46 サプライズ!
涼子は目を疑った。見たものは、それはそれは、大きなホットケーキの塔であった。
「サプライズです。さあ、16枚目、載せます」
ケシーは脚立の上に乗りながら、慎重にホットケーキを運ぶ。
「ホットケーキを鉄板で作っているのか? もういいって、倒れるぞ!?」
その場の全員が、16枚目を載せたので、安堵した。
「お嬢様、誕生日おめでとうございます!」
たなたんはいつもの張りのある声を上げた。
「あたしの誕生日、明日なんだけどな」
「ええ? たなたんさん、今日って言いませんでしたか?」
「あれ? 今日じゃありませんでしたっけ? 思い違いをしてました、ごめんなさいね〜」
「このホットケーキどうするんだよ?」
「せっかくだから皆で食べましょうか」
たなたんは悪びれもせずに言う。
「明日、お母さんがフルーツケーキを注文してたぞ。なんでたなたん知らないんだよ」
「あはは、そうでした?」
「おい、こら、赤石、どういう事だ?」
「すみません、目を離した隙にやられてました。止めようとしたときにはすでに遅くて」
赤石は汗をハンカチで拭いている。
「まあ、作ってしまったもんはしょうがない、皆で食おうか!」
涼子はどうにでもなれと言わんばかりの声を出す。ケータイでそのホットケーキの写真を撮っておいた。
皆で分けて食べ始める。
「そうそう、ケシー、明日きららちゃんが来るよ」
「そうなんですか? ちゃんとしないといけませんね」
「テレパシーを送れるようにすればいいのに」
「チューするってことですか? うーん、ボク好きな人に嫌われたくないんですよね。できませんよ」
「渋谷君とはしてたじゃん」
「あの時は非常事態だったからですよ。人工呼吸のようなものです。いきなりそんな事できません。ましてや異性にそんな事……!」
「ケシーってきららちゃんのことが好きなんだな」
「なんで知ってるんですか?」
「あんたはお馬鹿なのが玉に瑕だ」
「夕食はお作りしますか?」
「いや、作らんでいい。目の前のケーキ食べるのが先だ。もったいないだろ」
「ケーキ食べたら、修行ですよ」
「絵空ならたくさん食えそうだな」
「まあ、はい」
「その氷のような目つきやめろ」
「普通ですけど」
「まあまあ。美味しく焼けてますね。ホットケーキ」
「今度、食料無駄にしたら、全部その人に食わせるからな」
「「すみませんでした!」」
全員で食べて、ホットケーキの塔は無くなった。
「涼子さん、なにかほしいものありますか」
「とりあえず、水をくれ。口の中がぱさぱさなのだが」
「どうぞ」
赤石は言う前から控えていて、すぐに水を出した。
「そうじゃなくて!」
「ケシー、無理すんなよ、気持ちだけで嬉しいぞ」
「じゃあ、きららちゃんの番号を教えて下さい」
「それは自分で聞け。あと、誕生日のこと黙っておいてくれよ」
「言えばいいじゃないですか?」
「気を使わせたくないんだ」
「でも明日の部屋の様子で見つかりそうですよ」
「何をする気なんだよ。頼むから何もしないでくれ」
「「「わかりました」」」
絵空以外の使用人の声とケシーの声が交じる。
涼子と絵空は防音室へ入っていく。
「修行ですよ。先ずはトランスクライブして楽譜にアドリブをメモするところからです。その後、基礎練習に入ります」
「とら?」
「いわゆる耳コピです」
「クラシックからやるんじゃなかったのか?」
「ええ、クラシックを弾きます。それでポイントポイントで、ここはスイングする場所というところを把握するのです」
「ふうん、じゃあ早速ラジカセで聴いてみるか?」
「俺が弾くので」
「弾けるのか?」
涼子は楽譜とボールペンを持つ。
「多少は」
絵空はピアノを弾き始めた。
♪
迫力のある演奏だった。
豪快でしなやかな指使いに涼子は聞き入っていた。
(アドリブも素敵だな)
音が喜びを持って、ピアノからでているようであった。
涼子の持つ、楽譜がどんどん黒くなっていった。
♪
最後の音は心のこもった音だった。
「メモとれましたか?」
「おう、とれたよ」
「それでは基礎練習から始めてください」
絵空の圧に押され、ピアノの椅子に座る涼子。
「両手で音階、メトロノームでテンポの指示をします、60からです」
絵空は左右に揺れるメトロノームをネジを巻いて動かした。
♪
涼子はピアノを習い初めた時のように緊張しながら指を運んだ。
約15分間、速くなったり遅くなったりしたが、練習内容は同じことを繰り返した。
「ウォレスト」
絵空はアルトサックスを出した。
「次は1個飛ばし中間の音を弾きながら、戻る時も一緒です。これは基礎練習の楽譜です」
その楽譜は手書きのようだった。
(ドミレファミソファラソシラドシレド、ドラシソラファソミファレミドレシド)
涼子は絵空と一緒に弾いた。
基礎練習は意外と手こずるものだった。それから、シャルル=ルイ・ハノンの教本で練習曲を弾いた。
20分程、色々な基礎練習をして、15分の小休憩を言い渡される。
「ふー! 肩痛いな」
「湿布をお持ちいたします。少々お待ちください」
絵空が出ていくと涼子は周りを見渡した。
数々のトロフィーがガラス板に仕切られて飾られている。どれも朝陽のものだ。ピアノで賞をおとっていたようだ。
「涼子さん、練習の方は進んでいますか?」
いきなりドアが開き、ケシーの顔が出てきて、涼子は驚く。
「まあまあだな。何か用でもあるのか?」
「絵空さんのお手伝いです」
ケシーは扉を大きく開く。
すると、絵空はペットボトルのお茶と湿布をお盆に乗せて手に持ち、入ってきた。
「頑張ってくださいね」と言い残し、ケシーは扉を閉めた。
「お嬢様、お茶どうぞ」
「サンキュ」
「後5分休んだら、クラシックの演奏に入りましょう」
「おー」
涼子はお茶の蓋を握りしめ、お茶を飲む。
その後、ああでもないこうでもないと指導を受けながらクラシックを弾き、最後の1時間はジャズの耳コピの時間となった。
その夜はぐっすりと眠れた。




