17 テイアへ!
4人は某ジブリ映画のように神隠しに遭いそうなトンネルの中に入っていった。
「止まって。ウォレスト」
ローカが言った。
涼子は暗がりで見えないが、ビオラの音が聞こえた。
♪
エリック・サティのジムノペディが流れた。
綺麗な心を揺さぶる演奏だった。
「終わった?」
「おう、このまま真っ直ぐに進んでくれ」
青い渦巻きが見える。
「お嬢様、私めが先に行きます」
赤石はドンドン歩いて、目の前からいなくなった。
涼子はリコヨーテに行ったときのことを思い出し、勢いをつけて通った。青い濁流に飲み込まれる。
「うわーーーお!」
涼子は下に向かう風を肌で感じた。
赤石がお姫様抱っこで涼子をキャッチした。
「ありがとう」
「きゃああああ」
隣で勇は顔面から落ちた。
「大丈夫か?」
涼子は勇を心配する。
ここは草原? 近くに森も広がっている。どうやら全くの異世界に来ているようだ。頬をつねるも夢ではなくらい痛かった。
ローカは1回転しながら着地した。
「大丈夫だよ。で、お父さんは何処に?」
「クライスタルでパチスロ打って、2万儲けて、後1時間後にキャバクラに行ってシャンパンを2瓶空ける未来が見えた」
「へえ、ずいぶんと酒豪のようだな」
「帰ってくると酒臭いのはそのせいなんだね」
「パース」
ローカは虫除けスプレーを身体にかける。そして他の3人にも行き渡らせた。
「パース?」
「初心者はパース・ストリングスだよ」
「パース・ストリングス」
涼子は小さめな黄色い花柄の箱を出した。
「可愛い箱だね」
「ねえ、嬉しい、ありがと」
涼子は勇と言葉を交わす。
ローカはジトッとした目で涼子と箱を見比べている。
「何その顔? あたしには似合わないとでも言いたいのか?」
「そんな事ないですよ。メルヘンチックが好きなお嬢様にとってもお似合いです」
「赤石! バラさないでくれるか?」
「失礼しました」
「俺は別になああんにも思ってないよ」
「変なこと思ってたらどうなるか分かってんだろうな?」
「んや、別に、可愛いなあって」
「ああ? 喧嘩売ってんのか?」
「嬉しそうだけど?」
「なんだよ、可愛いって久しぶりに言われたんだが。2人の箱はどうなんだよ?」
「「パース・ストリングス」」
赤石の箱は赤い格子状の箱だ。
勇の箱はエメラルドブルーの箱だ。
両方とも一口サイズだ。
「武楽器は持ってるんだよね、勇」
ローカはフレンドリーに勇に話しかけた。
「あなたまで……、そうだよ、私はね。ウォレット・ストリングス」
勇の前にはコントラファゴットが現れた。
コントラファゴットは管を4回折り曲げてある、パイプオルガンのような重低音のような豊かな響きを持つ楽器だ。
「すごいね。コントラファゴットは見たことなかったから」
ローカは物珍しそうに見る。
「なにか血の匂いがする?」
勇は森の方を見る。
人がこっちに走ってきている。若い男性だ。アーガイルチェック柄の服を着ていて、片腕がもげていて、血が出ている。
「遷移」
勇の一言で場の雰囲気が重くなる。
コントラファゴットの形が鎌に変わったのだ。管の途中の部分からぐにゃっと曲がり刃になった。
「あなた達に危害を加えるつもりはないよ。助けに行こう」
「俺はヴィオリストなの! 俺も手伝う。ウォレスト」
ローカの出したビオラはネックを引き抜かれ、剣と盾に早変わりした。
2人は風のように走る。森へ入っていく。
「待ってくれ!」
「お嬢様、後ろは私がお守りします!」
赤石と涼子は置いていかれないように、全力疾走した。
「大丈夫ですか?」
「qkyz! mz〜!」
若い男性は何語かわからないがなにか言っている。
「赤石、彼の治療を頼む」
涼子はリュックの中から救急道具を投げ渡し、赤石に任せる。
「ですが!」
「頼む!」
涼子はラストスパートのようにローカと勇に追いついた。
見ているのは3メートルくらいの大きな月影のオオクワガタだ。目は両方とも赤く光っている。
周りには血がついている木があり、死臭もする。青い服の金髪の女性が死んでいるように、横たわって動かない。
「涼子は下がっていて」
「魔法曲で倒す? 武楽器魔法で倒す?」
「硬そうだから、混乱させよう。ウォレスト。サン=サーンスの“死の舞踏”だ」
2人は箱を出している。
「あたしも弾くぞ、ウォレット・ストリングス」
涼子は88鍵のキーボードピアノを出した。
「私は耳栓つけて、少し戯れてくる」
そういう勇に、ローカが耳栓を渡した。
「涼子行くよ。箱を出して!」
「パース・ストリングス。いいぜ」
涼子は宙に浮く箱を出した。そして正座するとポンとピアノを鳴らした。
♪
初めてのアンサンブルをした。緊張して頭が痛かった。
♪
音が多くなっている。
前後を見ると、バイオリニスト、チェリスト、ホルニスト、パーカッショニストの人が集まり出してきた。たくさんの人が参加してオーケストラになっていった。そして、その音はどんどんと大きくなっていく。
戦っている人も、勇だけではなかった。ホルニストはシの音をたてて、木々を操り月影のオオクワガタを足止めしている。
月影のオオクワガタは理由もわからず、大樹に突撃する。
ドゴーン!
がさがさと葉が落ち、鳥達は鳴きたてて、その大きな木が倒れた。
そこへすかさず、勇の鎌が追撃した。
月影のオオクワガタの前胸背板からセロテープのようなうっすら青く、また透明な体液が出てきた。勇はその体液を身体中に浴びた。しかし、その体液は金貨、銀貨、銅貨、装飾品、宝石、貴金属に変わり、剥がれるように勇の身体から離れていった。そしてオーケストラの1人1人の箱の中へ。
月影のオオクワガタは樹木が根っこからまとわりついて、1ミリも動けない様子だった。
「ウォレット・ストリングス。パース・ストリングス」
勇のコントラファゴットは鎌の形から元に戻った。
勇は曲に参加した。
フレンチホルンを吹いていた人もオーケストラに巻き込まれるように入っていった。
涼子はローカに噛まれたわけでもないのに心臓がドクンドクンとうるさかった。
月影のオオクワガタは外骨格と上翅を残して、命の灯火をなくした。
「qkpja!」
「何を言ってるのかわからない」
「私も」
「パース。これを耳に!」
ローカは箱から、黒い三角錐の、謎のクリップを2人に手渡した。そして、自分にも着けた。
「君たちの音楽のお陰で散開していた兵士が戻ってこれた、本当にありがとう」
言葉が分かるようになった。黒いクリップは自動通訳機のようだ。
「あなたはクライスタルの兵士ですか?」
涼子は問うた。
「そう、赤チェックが目印さ」
赤いチェックの帽子を被った中年の男性が答える。
「アーガイルチェック柄の服の、腕に怪我を負った人がまだ、戻ってませんね? 私が案内します」
勇は冷静に言う。
「ああ、ウォンドのことかな? 彼は半月だから自己再生するはずだ」
「切断された腕発見! 早く行きましょうや、ハット隊長」
赤チェックのバンダナを着けた目つきの悪い短髪の少年が首をとったように騒ぎ出す。
ハット隊長とは先程答えた赤チェックの帽子の人だ。
「こっちです」
勇は来た道を戻っていく。
倒れた大樹を皆でまたいだ。
「赤石、おまたせ」
涼子は2人を見つけた。
ウォンドの腕は心臓に近いところを圧迫され、止血しているようだった。
「速く腕をつなげる、ウォレスト」
ハット隊長が黄色みの強いバイオリンを出した。
「「「ウォレスト」」」
周りのクライスタル兵は楽器を持ち寄った。
♪
涼子はワンフレーズでわかった。
(”主よ、人の望みの喜びよ“、だな)
ウォンドの腕は切断面と切断された腕が金の糸のようなものでくっついて再生していく。
「君たちはリコヨーテ兵かね?」
ハット隊長がそういうのも、ローカがアーガイルチェックのネクタイをつけているからだ。
「彼は違うけど、我々はまだ何処にも属してない初心者です」
「はっはー、まだやって来たばっかりにしてはお嬢ちゃん、戦い慣れしていたね?」
ハット隊長は吟味するかのように見定めようとしる。
「それほどでも。ははは」
焦る勇は笑ってごまかす。
「まぐれですよ」
涼子も苦笑いを浮かべた。
(流石に半月を狩っていたとは言いにくそうだ)
「そりゃ、特訓してるからな」
ローカは空気を読まない。
「普段から? どうやって?」
「そりゃ半月に相手になってもらって」
「黙ろうか?」
「呼んだ?」
「呼んでない」
「私達はリコヨーテの兵士になるので勧誘しないでください」
勇はそれだけ言うと黙った。




