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変わりたい

 ベレムの足の怪我が治ってすぐに、自らの居場所に帰らせた。帰る場所があるというに、羨ましく思う私がいる。


 ベレ厶に知られたため、私もすぐに安住にしようとした山奥を捨てる。

 次はどの場所に移ろうか。


 人間に見つからないように慎重で気長だった。

 緊張感はあった。予想して追ってができる可能性を考えていた。その中でも突飛で、恐れるべき相手だった。


 まずは出合い頭に斬られた。針山の体が守ってくれて、現在逃走中である。


「待てって言ってるだろッ」


 ただ相手は血まみれで、だというのに追いかけてくる気概がある。


「そんな立派な体があるってのに、臆病だなあ!」


 巨体の私についてくることができる脚力で、見聞きしたことがある姿と声。獣を切り捨てていた記憶を思い出し、恐ろしさに身震いする。


「なぜ、今ここに……」


 研究所の奴らが私の生きている噂を聞きつけて、追手を差し向けたのか。

 処分したにも関わらず、このように化け物の体ができあがったからか。また検体にするならば。


「迎え撃ってやる」


 逃走をやめ、立ち止まる。相手は男で剣―――刀を佩いている。引き締まった筋肉があり、すらりとしているが、身長はあまり高くない。このあたりでは見ない異国人の顔立ちだった。


「やあっとやる気になったか?」

「ああ。その前に私を追う理由を聞かせてもらおう」


 研究所関係と確信しつつ尋ねる。男ははんっと鼻を鳴らす。


「理由ねえ。皆々様にはよおく笑われる話だが……闘争心だ」

「闘争心?」

「そうだ。化け物も人間と同じ反応をするもんだな。満たされることがないんだよ。ちびだった頃から戦って戦って戦っても…………血がたぎるんだよ。刀を振るいたい。つええ奴と戦いたい。死闘を繰り広げて、永遠に続けばいいのにと思う」


 男は肩の力を抜いて言う。


「お前を化け物と呼ぶには、俺も化け物じみてるだろ?」


 この男も化け物、か。私のように何度も言われた経験がありそうだった。

 だが、足りない。

 私のように、本当の化け物のように、悲しみや苦労が足りない。そんな簡単に、易々と自身のことを化け物とは言えない。


「研究所関連ではないのだな」

「研究所? 奴らから仕事を引き受けてはいるが……もしかして関係しているのか?」

「といったら?」

「完っ全に関係している奴の言い方だが、確保しろとは言われている」


 処分したものをわざわざ確認したのか。そして、確保しろと。

 私が化け物になっていることを知ってのことだろうか。コロシアムとその後のニーナの墓場探しと墓場から動けなかったことがある。研究所は逃げた検体と考えて再度捕まえようとしても決しておかしくない。


 その追ってと考えられる目の前の男は、そんなことはどうでもよさそうに、口角をあげて瞳を輝かせながら、嬉しそうにして刀を抜く。


「さあ、始めようぜ」


 私も覚悟を決める。刀なんて大層なものはない、ご立派な体だけである。それだけでどんな人間にも負けることはない、強靭な化け物の体だ。


 この男は殺さないといつまでもいつまでも追いかけてくるだろう。この男は強い。

 標的として私は最適だ。なんせ化け物は強いのだから。研究者が男の闘争心を知っていたのなら、最適な人選だろう。

 化け物に臆することのない人間は滅多にいない。この男が初めてだ。なんなら他にいるか怪しい。


 刀を振るってくるのに合わせて、剛腕を叩き下ろす。手加減はした。

 男はするりと刀で受け流して打ち合っていく。上手い。戦った上でこれほど私の前に立っていた者はいなかった。

 だが、決定打がない。私を打ち倒す手段を、この男は持っていない。


 針と針の間を狙うが、針でなくとも頑丈な体なのだ。刃越しの歯ごたえに、男はしかめっ面をする。


「もういいだろう」


 男を殺すつもりはない。追っては面倒だが、殺すまででない。死の脅威が私にはないのだから。

 戦闘不能にするために、刀を折る。あまりに細い刃だ。簡単に折れるだろう。


「まだっ終わっちゃいねえッ!」


 男は恐れ知らずだ。臆することなく、前に出る。

 キイン、と甲高い音が鳴る。


 その音は私の針の一本が折れた音だった。


「ッ!?」

「おら見たか!」


 後から振り返ってみると、私は必死だった。コロシアムで外すと死ぬと言われていた首輪以来の死の恐怖に晒されて、男に殺される可能性が出たことで、死を排除した。


 殺すつもりまではなかった。

 殺したら、本当の化け物になる


 男を殺した今も、そう思う。


 私は化け物になった。


 刀を握り潰し、男を叩きのめすと針が貫通した。

 男は刀を失うと次は折った針で、それはもう見事に戦ったが、私の敵ではなかった。


「化け物!」


 男の声ではない。男は私が殺した。

 もっと若い、子どもの声だ。


「ごめん、俺…………。化け物のことは話していないんだ。でも、勘づかれて」


 べレムは泣きじゃくりながら、何度も謝る。あれほど偉そうにしていた態度からは考えられない姿だ。


「なぜ、謝る」


 過去に男と会ったのだろう。

 現在男が死んでいることから、何があったかは分かるはずだ。

 殺人を犯した私に、なぜそうも必死に謝る。


「だって、化け物が、人間と同じように…………泣いているから」

「……化け物でも泣くさ」


 じゃないとおかしい。この身は心まで化け物になってしまったのだから。


 *



 べレムと分かれて、どこまでも歩いていく。

 ただ平穏に暮らしたい。

 化け物にしかなれなかった化け物には、壮大な夢を抱えて。


 安住も続かず流浪の旅は続く。

 行きついた先は砂漠だった。ここなら人間はいない。化け物が住まうにはちょうどいい場所だろう。


 やっと納得できそうな場所だった。魔女も相応しいと文句は言うまい。


 ただそういうときに限って登場するのが人間だ。

 どこかステラに似た褐色の少女がいて、私を指差す。


「ねえ、そこの!」


 人間は私を化け物と呼び、私はその通り、化け物になった。

 だが、化け物でも、人間にとって何かになれるのだろうか。


 例えば―――良き隣人なんかでもいい。


 この少女にもたらされて何かが変わる。

 人間との出会いがよくも悪くも私を変えてきた。


 平穏に暮らすには、一匹は寂しい。

 少女に返答するまで、あと1秒もかからなかった。


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