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生き返ってほしい

 音が耳に届く。何の音か。誰の声か。吼えているのは私か。泣き叫んでいるのは私か。怒り狂っているのは私か。


 私は外に出ることができた。力を振るえばいとも簡単に、首輪の機能によって死ぬこともなく、生きて外に出られた。

 怒りは騙されたことで芽生えた。ニーナを私と戦わせた看守や、まんまと騙されニーナを死なせた私も、後から怒りと対象になった。


 音が耳に届く。誰かの悲鳴だ。

 周りを見る。町があり、人が逃げている。私から逃げている。


「さあ、どこに行こう。どこにでも行ける」


 私の腕の中にいるニーナに話しかける。ニーナが血塗れなのは自害のせいと、私の体の鋭い針のせいだ。死んでいるとはいえ、傷つけていることに心が痛む。


「まずは静かな見晴らしのいいところに行こう。本当はニーナのお気に入りの場所に連れて行ってあげたいが、教えてくれなかった。……責めてはいない。全て私が悪い」


 悲鳴は気にせず歩き、行く手を阻む人間は片手でどけていく。

 片腕でニーナを抱くことになるが、これ以上血塗れにならないよう大切に扱った。途中で見かけた布で何重にも巻いておく。生身よりはましだ。



 うるさい人間はいない、静かで落ち着ける丘陵に辿り着く。

 追いかけてくる人間がいて、よい場所を探すためもあって、時間がかかってしまった。もう夜になる頃だが…………ちょうどいいか。


「よく星が見えるだろう」


 拙い墓を作っている内に夜が来て、数々の星がある。お気に入りの場所は分からないが、出会ったとき星が見えるとはしゃいでいた。緊張で思いつくままに言った一つかもしれないが、私はニーナにうんと星が見えるところにいてほしいと、喜んでくれるだろうと思ったから。


「私はもうそんなことしかできないから」


 拙いながらも作った墓には大きな石があり、『ニーナ』と刻まれている。その名を大きな指でなぞる。


 私はニーナを死なせてしまった自責の念に駆られていた。

 私が先に死んでいれば。ニーナよりも早く、私が死ねばいいと気付いていれば。そもそもニーナと話をしなければよかった。親しくならなければよかった。あの看守が私たちを戦わせることにはならなかった。私と戦ってニーナが死ぬことはなかった。



 延々と自責し、どのぐらいの時間がたっただろう。ニーナの墓で許しを請うことも謝罪することもしない、ひたすらの自責だ。

 眠っているニーナにとって迷惑なものだろう。うるさいと言ってくれればいいのに。一生起きることはないと分かっているのに願ってしまう。



「うおおおおおおおおおお! 死ね、化け物ぉ!」

「またか」


 突貫してくる人間のしつこさに、怒り半分呆れ半分の感情を抱く。これで三度目だ。しかも軍隊にまで数が膨れ上がっている。


 初めは静かで落ち着ける丘陵であったが、ずっと居続ける化け物のせいで騒がしい場所となった。

 私が去ればいいのだろうが、今からでは私が居続けた理由探しでニーナの死体漁りをされる可能性が高い。


 墓を作ってから、さっさと去ればよかった。


 尽きることのない自責に駆られつつ、私は肺を膨らませる。空気を貯めた。


「グルァアアアアアアアアアアアアアア」


 咆えれば人間が恐怖に染まる。突撃の勢いが弱まり、私にまで辿り着く時間がかかる。それでも軍隊から外れて飛び出してきた兵の一人がいるため掴む。その兵が勇気で振り落ろした大剣は、私の体に生える針に簡単に弾かれていた。


 剣を防御すらしなかった私は、兵を軍隊に投げつける。投げつけられた一帯は吹き飛ばされていた。


 人間はなんて弱いのだろうか。


 それだけで兵士は逃亡した。

 指揮官が怒鳴り散らして逃亡しようとする兵士をまとめあげようとするため、その指揮官の方に土を踏み鳴らしながら進めば、指揮官は我先にと逃げ始める。


「次はどのくらいの規模になるのか」


 どこまで繰り返せば、諦めてくれるのだろうか。


 人間に私は殺せない。だとしても疲れることになるし、なにより人間への怒りが強くなる。


 私はせめて自責と悲しみに暮れるままでいたい。

 化け物の身ではあるが、怒りから人間を殺すことはしたくない。殺人には忌避感がある。


 殺してしまえばあと腐れなく楽かもしれないのに。

 おそらく私は完全に化け物にはなりたくないのだろう。ただ人間を襲うだけの存在には成り果てたくない。心は理性的でいたい。



 ニーナの墓から去るに去れず、墓守のような存在となって丘陵に居続けた。化け物の体でも食は必要らしい。丘陵やその付近で食べられるものを食べるが、体は求めていても食欲はなく、日が経つごとに衰弱していく。


 ニーナと同じ場所で眠るのもいいのかもしれない。


 ぼんやりとそんなことを考える辺り、私の死は近いのだろう。


「おやまあ、これはまさに化け物だ」


 声は頭上から聞こえた。

 ばっと機敏に上を向けば、宙に浮く妙齢の女がいる。


 たった一人。軍隊を相手にした私だが、宙に浮く異質な人間を相手にするのは初めてだ。

 緊張と不安で体が震えるが、ニーナの墓を守る気概で震えは直ぐにとまった。


「私を殺すつもりなら、容赦はしない」


 手の届かぬ宙にいるから話しかけた。咆えてもよかったが、私の姿を見ても一切恐れを感じていないようだった。話し合いと穏便に解決できると思っていなかったが、


「へえ、話せるとは」


 女はしゅるしゅると地上にまで降りてきた。しかも私が一歩踏み込めば手の届く距離まで近づいてくる。


「我はお前を殺しにきた。だが、理性があるのならばその前に話をしてやろう。人間の事情というものを知っているか、化け物」

「同じことを問うが、化け物の事情を知っているか、人間」

「くっくっく。あいにく、私は人間ではなく魔女でね。まあ魔女も人間と変わらず、化け物の事情は知らん」


 馬鹿にしていて、面白がっている。ただ話はできる。

 経緯を話した。魔女は静かに聞き入り、たまに説明が足りぬところを質問する。


「お前がこのままではこの場から去れないのは分かった。だが、人間もお前という脅威が去らねば、次はより多くの軍を差し向けるだろう」


 魔女は腕を組み、考え込んだ。


「仕方ない、人間からうるさいほどに頼み込まれ、報酬も先に受け取っている。化け物よ、この場から去ってくれるなら、魔法をかけてやる」

「去れる理由がその魔法にあるというなら」

「勿論、あるとも。隠匿の魔法をかけてやる。お前とあの墓にな」

「……効果を見たい」

「勿論いいいとも。そおれ」


 指先をくるりと回しただけで終わった。

 私自身を見てみる。何も変わりはない。


「墓を見てみろ」


 墓の石がなくなっている。実際になくなっていないか。走る速度は速かった。

 見えないが、ある。石にある名前の凹凸があり、安心する。


「墓にかかった魔法はいいが、お前にかけた魔法は長続きしないだろう」

「永遠には続かないのか」

「魔法はそんなに都合のよいものではない。そもそも永遠に見えないのは、それはそれで不都合がある」


 魔女が宙に浮き始める。用事は済んだということだろう。

 だが、私にとってニーナの他に話せるものがいた。人間でなく魔女というが、もっと話をしたい欲があった。


「忠告をしよう」


 そんな欲を見透かしたような、冷たい眼差しだった。


「お前は人間にとって害にしかならない。最悪、お前が吼えるだけで死に至るものもいるのが人間だ」


 魔女は手の届かない空から言い放つ。


「人間とは関わるな。人間のいない場所で隠れてひっそりと生きろ。……二度の縁がこないことを望む」


 魔女は私から遠ざかっていき、見えなくなるまで私はぼんやりと見ていた。拒否されて、次に考えるのはやはりニーナの存在だった。


 私にはニーナしかいない。ニーナに会えたことが、最初で最後の幸運だった。


 だから離れる。もう魔法がかけられてニーナの墓が暴かれないのなら、害しかならない私は誰にも迷惑にならない場所へ行こう。


「さようなら」


 時間をおいてはきっと離れることはできない。心変わりをするに違いない。


 魔女とは逆方向に進む。魔女は人間と関わりがある。どの方向に行けばいいか分からないので、そんな魔女とは逆に行く。


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