買い物
ひだまり童話館 第33回企画「開館9周年記念祭」参加作品です。
お題「9の話」
僕は、いつもお母さんと買い物へ行く。学校で算数を勉強している。だから、物の値段がわかるようになったし、合計がいくらなのか、計算するのも楽しくなった。
お母さんは、いつも行く果物屋さんで、僕に聞く。
「このりんご2つでいくらかな~」
なんて、算数のような問題をだす。僕が答えると、
「合ってる! 凄いね!」
と褒めてくれる。僕は、それが嬉しい。自分で買い物をした気分だ。
僕は学校があるから、お母さんと毎日買い物に行く訳じゃない。だから、お母さんからの算数の問題は出してもらえない。それはなんだか寂しい。だから、お母さんに、「買い物に行きたい!」と駄々をこねる。そんな僕に、お母さんは不思議そうに聞いた。
「どうして、買い物に行きたいの?」
「算数の勉強をしたいから……」
僕が小さな声で答えると、お母さんは嬉しそうな顔をした。「じゃあ、出来るだけ一緒に買い物に行こうね」と、お母さんは言ってくれた。あと、僕に小さなお財布を買ってくれた。お母さんは、「おこづかいをそこに入れて買い物してみたら?」と笑ってくれた。
これなら、果物が買えるかも! 僕は喜んだ。それからお母さんと買い物へ行って、僕の好きな果物を買うようになった。
また今日もお母さんと買い物。僕は自分のお財布を持って、お母さんと家を出た。いつもと同じように、果物屋さんへ果物を買いに行く。いつものおじさんが、嬉しそうに、「何が欲しいんだい?」と、聞いてくれる。僕は、「りんごとオレンジを1つずつください」と言うと、おじさんがりんごとオレンジを差し出してくれる。僕は、自分のお財布からお金を出した。僕は、りんごとオレンジが置いてある所の値札を見て、払おうとした。お財布には、細かいお金が入っていた。僕は、その細かいお金を数えた。
「9円足りない……」
いつも食べている、少し小ぶりなりんごと、みずみずしいオレンジ。でも、買えない。お金が足りないから。僕はどちらを買うか迷った。でも、僕の小さな呟きを聞いていたおじさんは、にっこり笑って、「いつも買ってくれるから、9円はサービスだ!」と、言ってくれた。お母さんの顔を見上げると、「良かったわね。値切りが成功よ!」なんて言ってる。僕は、少し恥ずかしかったけど、おじさんにお金を渡して、りんごとオレンジを買った。
「ありがとうございます!」
と、僕が言うと、おじさんは、「いつも買ってくれてありがとな!」と、笑ってくれた。
そして買い物が終わった後の帰り道。お母さんが言った。
「これから値切り交渉のやり方を教えようと思っていたのに、もうやっちゃったね」
と、笑った。
「これは値切り交渉なの?」
僕はお母さんに聞いた。
「正確には違うわね。今回は、おじさんの好意からよ。だから値切る時は、お金をきちんと持っていても出来るものなの。今度は、きちんとお金を持っていって、値切ってみようね!」
お母さんは嬉しそうだ。そうだ。値切れば、その分おこづかいが残る。僕は、お母さんの言うことがわかり、嬉しくなった。
「うん! 僕も値切ってみる!」
「あら、頼もしいわね」
と言って、お母さんは笑ってくれた。
でも今日は、9円足りなくて、おじさんに迷惑かけちゃったな……。次はお母さんに値切り方を教えてもらって、正々堂々と値切るんだ! それから僕はそう心に誓って、買い物に挑むことになる。
それから10年。僕は高校生になったけど、値切ることはやめない。いつもの果物さんのおじさんの所で値切る。
「本当に値切るの上手くなったね」
と、おじさんは笑った。
「10年頑張ったからね」
僕は、おじさんにお礼を言うと、大好きなりんごにかぶりついた。この味! スーパーとは違ったこの味が、僕は大好きだ。値切るって楽しいな。そんなことを思いながら、僕は家へと帰った。お母さんに喜ばれたのは、言うまでもない。
でも、スーパーだと値切り交渉が出来ないんだよね。だから、八百屋さん、魚屋さん、果物屋さんはなくなって欲しくないな、と、僕は思っている。