本当の
「どうするつもりだ?どうせ勝てないとわかりきっているのに。」
サリサがエルペンドに勝てないことなど、本人が一番理解している。けれど、サリサは端からエルペンドに勝とうとなどしていない。
「何をもって勝ちとなるのか。それはきっとひとつじゃないよ。」
「…なるほどな。あくまでもこいつを助けたあと逃げることを目標にしてるのか。たしかにそうかもな。だが、どうせ俺から逃げられない。そもそも助けることすらできないだろうに。」
「決めつけるのは、早いんじゃないかな!」
サリサは武器を構えて無鉄砲にエルペンドに向かっていく。エルペンドは焦らずその動きを予測し適切な位置に拳を振るう。
……が、その攻撃は全て躱され、サリサはエルペンドを通り抜けようとする。
「…ほう。これがお前の《幸運》とやらか。確かに、そう簡単には対処できなそうだな。」
(よし。いける!このままライカさんのところまで…!)
「だが、そう簡単に逃げられると思うなよ?」
サリサはエルペンドの後ろを通り抜けようとしたが、そこに反応したエルペンドが後方に暗闇を展開する。視線を奪われたサリサは一瞬ではあったが動揺し動きが止まってしまう。その隙をエルペンドは逃さない。エルペンドはサリサに容赦ない一撃を与え、ライカから突き放すように吹き飛ばす。
(だめだよサリサ…早く…逃げないと…)
「そうやって、攻撃を躱せればどうにかなると思ったか?一瞬状況が切り替わるだけですぐに動きが止まる。お前みたいな奴らは行動が単純で助かるよ。俺の神術は《光源》、周囲の光の強さを操る。単純だろ?こんな神術、慣れちまえばそこまで脅威にならない腑抜けた神術だ。だが、こんな力でもお前みたいな雑魚にはよく効く。弱いものいじめにしか使えないゴミみたいな力だよ。」
自分が吹き飛ばされたことに遅れて気付いたサリサはすぐさま体制を立て直しエルペンドに向き直る。しかし、吹き飛ばされた衝撃で頭を打ち、武器も落としてしまっている。
「…はぁ、あとどれだけ殴ればお前は倒れる?さっきも言ったが依頼に関係ないやつを故意に殺したくはない。そうやって起き上がってもお前が苦しいだけだ。もう一度言う、逃げろ。」
「…いや…だ…絶対…助ける…!」
「なぜそこまでこいつを助けようとする?こいつはお前の大事な仲間なのかもしれないが…自分の命を賭けてまで助ける必要があるのか?」
「そんなもん…言う義理ない…」
本当に、嫌な眼だ。まぁ、仲間だって言うなら助けたいのは当然かも知れない。だが、この世界は自分が助けたいものを全て助けられるほど甘い世界じゃない。常に取捨選択を強いられ、その中で正しい選択をどれだけ選ぶことができるのかが人生の勝敗を決める。合理的な判断をできないやつは、いつか心が死ぬだけだってのに。
「《死神》を売れば、お前もこいつも助かるんだぞ?なぜそこまで《死神》を庇う?」
「…あの人は、私の全てだ!」
「…そんなこと言っておいて、《死神》を呼んで助けを求めないことが、やつを信頼していない何よりの証拠だろ。そうやって、きっと勝てるっていうふざけた希望を宿した眼が一番嫌いだ。折角の機会だ。お前が今後の人生を、合理的でいい人生を送れるように、絶望を叩き込んでやるよ。」
エルペンドはサリサの眼の前にすぐさま移動し、まだ態勢を立て直しきれていないサリサの腹を殴る。多少手加減しているのか、全力で殴っているようではないようだが、それでも華奢な体に対してその攻撃は十分な威力だった。
「かっ…!?」
「すぐにやられたら絶望なんて味わえないままくたばっちまうもんな。特に女ってやつは体が弱々しいからすぐにやられる。まぁせいぜい、希望ってやつを信じて耐えてみろよ。」
無情に殴られ続けるサリサは、今にも死んでしまうかのように苦悶の表情を浮かべている。ライカはそんなサリサを見て、ただ見ていることしかできず、ただただ胸が苦しくなる。
「どうしたよ?さっきみたいにお得意の幸運で避けてみるよ。それとも運を使い果たしたのか?結局はそうやって殴られ続けるだけなんだよ。…頼むから、さっさと諦めてくれ」
(苦しい…もう数発受ければ意識が飛ぶ…もう耐えられる気がしない…………いや、あと数秒でいい。意地でもこいつの注意を引く!僅かな可能性に賭けて!)
険しい表情をしながらも、サリサの眼は決して諦めてはいなかった。ほんの僅かな勝利への可能性に、幸運を祈り、苦痛に耐えている。
「…もういい。多分、お前はなにをしても夢を見ることしかできない、現実と向き合うことができない、理想郷に酔った存在だ。なら、今ここで、ぶっ殺す。」
エルペンドは、サリサの体に向けて渾身の一撃を放とうとする。その攻撃は、無常にもサリサのみぞおちに向けて放たれる。
「ありがとうサリサ。あとは任せて。」
「…!?なぜ、お前が?目隠しが取れていたとはいえ、手足の縄はキツく縛られていたはず…どうやって解いた?」
「さぁ?なんかわかんないけど、運が良かったのか、いい感じに手足両方とも緩い部分ができたんだよ。あんたがサリサを吹き飛ばしたときに、その衝撃で手と縄の間の隙間が若干広がって、あとは力任せで解くことができた。」
ライカは余裕な表情でエルペンドと対話をしている。
「運が良かっただと?……まさか、この女、自分への運を無視して、この女の運気にすべてを注いで拘束を解くために時間を稼いでいたのか!?」
サリサは、最初から自分で勝とうとなどしていなかった。最初に自分の運気をあげて、エルペンドにサリサは神術に頼り切っていると信じ込ませる。その後、エルペンドに殴られてからは自分とエルペンドの運を全てライカに注ぐ。ライカがこの場をどう切り抜けるのかは賭けでしかなかったが。
「本当に…ありがとう。だから、今度は私が助ける番。」
「…ふん。助けられたのは想定外であったが、この状況を打開できたつもりか?」
「まだできてはないけど、できる可能性は出てきたんじゃない?」
ライカは、内心では体の疲れとエルペンドの圧に今にもやられてしまいそうだ。しかし、サリサが命をかけて自分を助けてくれた以上、簡単に倒れるわけにはいかない。ライカは、サリサが先程まで握っていた《レーヴァテイン》を模して作られた武器を持つ。
「うん。良く出来てる。すぐに手に馴染むいい武器だよ。」
サリサの武器は、あくまで模して作られたもの。神物としての能力はないだろうが、それ以外の武器の形状や触れた感覚はそっくりそのままだ。
「それじゃ、終わらせるよ。」
一歩、ライカは前に踏み出しエルペンドに距離を詰める。それに対応し後ろに下がるエルペンドだが、ライカはより一層大きく踏み出しエルペンドに距離を詰める。
(こいつ、動きが早い…連れ去ったときはそこまでの実力がないように見えたが…武器の有無でここまで実力が変わるのか?)
客観的に見れば、ライカが圧倒しており、一方的な攻撃をしているように見える。しかしそれは、エルペンドが避けに徹しているからであり、攻撃は一撃もあたっていない。なにか、一瞬の隙で状況はライカが一気に有利になり得る。その一瞬の隙を、エルペンドは見せない。隙を作らなければこのまま避けられて終わる………なら、自分で作り出すまでだ。
(ライカ・ウェイリオ、ランキングも上位にいたようだが…まさか。)
考え事をしているエルペンドは周囲の状況を把握しきれていなかった。というより、想定外の出来事がエルペンドを襲った。
(…!?床が抜けて……そうか、あのガキが俺に神術をかけて不運を呼び起こしたのか。)
体勢を崩したエルペンド、その隙をライカは見逃さなかった。たった一撃ではあったが、その攻撃はエルペンドのみぞおちに当たった。
(…なるほどな…すぐそこにいたんじゃねえか…《死神》…)
エルペンドは、何かを察したかのように、抵抗することもなくそのまま気絶した。
ーーーーーーーーーーー
「…なんで、助けに来たの?」
「なんでって、なに言ってるんですか。」
助けに来た理由なんて、そんなの決まり切った答えだ。
「理由なんてないですよ。私はあなたがいないと自分の人生の多くを無駄にしてしまう。だから、自分の利益のために助けただけです。」
かつて、私が言われた言葉を、彼女にそのまま言い返す。彼女がその言葉を覚えているのかわからないけれど、別にそれでもいい。
「…なにそれ。面白いこと言うじゃん。そうだよね、最終的に自分に利益が残らなきゃ、人助けなんて意味をなさないもんね。でも、今の理由じゃ私はあなたに利益があるとは思えない。だから、私から報酬を上げるよ。」
「報酬?そんな…お金なんていらないですよ。」
「いやお金はあげないよ。サリサはさ、私の情報ならだいたいなんでも嬉しいでしょ?」
「それは…そうですけど…」
「じゃあ、まだ誰にも教えていないとっておきの秘密を教えてあげる。ファルタやエルナも、今から言うことは私と私のお父さんしか知らない。だから、言いふらそうとしないでね?」
「それは…しませんけど。でも、なんで私には教えるんですか?そんなに重要そうなことなのに、ただの厄介者に教えるなんて…」
サリサは、ただライカのことを尊敬しているだけの一般人だ。ただちょっとだけ尊敬の度合いが違うだけで。しかもさっき出会ったばっかだ。それなのに、仲間である人物にも教えていない情報を教える理由がわからない。
「…今、私を助けてくれたことが、何よりの理由だよ。サリサの目を見て、サリサは信頼に値するって納得できた。」
正直サリサ的には納得できないけれど、ライカが納得したのならまぁいいか。
「それで、秘密っていうのは?」
「………私の、本当の名前だよ。」
ライカは真剣な顔でそう言い放った。サリサは何を言われたのかわからなかった。本当の名前?ライカという名前は本当の名前ではないのだろうか。
「私の本当の名前は、『ーーーー・ーーーーーー』」
その名前を聞きいたとき、なぜ本名を語ろうとしなかったのかを理解した。確かに、この名前を名乗ってしまうのは色々と良くないのは私でもわかる。
「その、えーっと、ありがとうございます?」
「そんな感謝されるほどのことでもないけどね。どうせこの名前はいずれなくなる名前だから。」
その言葉の真意はわからなかったけれど、ライカさんの顔は、少し悲しそうな顔をしていた。
「まぁ、そんな事はいいよ。それよりも、早く戻ろう。ファルタたちにも色々事情説明しないとだしね。あと、こいつら本部に連行しとかないと……って、あれ?」
先程までいたはずのエルペンドたちの姿が見当たらない。気づかぬうちに何処かへ逃げたのか。とはいえ、追いかける気力など残っていないため人まずは放っておくことにする。
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「まさか、本物だったとはな…あそこで戦っても勝ち目がない。」
エルペンドは一度仲間を連れて別のアジトへと移動していた。
「しかしエル、依頼失敗ってなるとあの人がどう動くかわからない。次会ったときには俺達殺されるかもしれないだろう。」
「どうだかな。ただ、俺は大丈夫だと思ってる。3人とも殺されるなんてことはないだろう。」
「何だよそれ、根拠もなしによく言うよ。とりあえず、あの人にバレないうちに再挑戦と行こうぜ。」
《死神》殺しの依頼に失敗してしまったのは事実であるが、また次で頑張ればいいという楽観的な考えが頭を巡る。しかし、現実はそう甘くはない。一度の失敗が許されることなんて殆ない。そういうやつには、天罰が下るものだ。
「その話、詳しく聞かせてくれないかい?」
エルペンドたちは、その者が近づいてきているのに一切気付けなかった。その男の正体は、誰もが知っている人物であった。
「なっ!?なんで…あんたがここにいるんだよ…《魔眼》のディーレ!」
「なんでって、これでも一応王国守護攻略者。攻略者の精鋭としての立場がある。お前らはもう犯罪者だし、連行するために俺が出向くのは何もおかしくはない。だから、だまって俺について来い。逆らったらどうなるかはわかるよな?」
「ふざけるな!元はと言えばあんたが」
その男の言葉は、途中で切られ、その男のからだは、2つに分断されていた。何が起こったのかは、言うまでもない。
「だから、逆らったら殺すっての。いいから俺について来い。」
エルペンドは、気味悪く輝いているディーレの眼を見て、自分の残された道はたった一つであることを理解した。いや、エルペンドの落ち着いた表情から見て、おそらく彼はこの状況になることを理解していたのだろう。ここでディーレと戦ったところで勝てるはずがない。素直に従うことが最善な策だ。
「…分かった。好きにしろ。」




