善意
「ライカさん、助けに来ましたよ!」
ライカは、眼の前の事実を受け入れられない。確かに助けを願っていたのは事実だ。けれど、サリサじゃ……こいつには…
「《死神》さんの登場か。一応聞くけど、こいつもお前のせい?」
エルペンドは背後で倒れている自身の仲間を指しながら問う。
「さぁ?私には運悪く木片が落ちてきただけのように見えましたけど?」
「どうやら、《死神》さんは想像よりもずる賢いタイプらしいな。」
煽り合いをしているサリサとエルペンド。その様子は、ライカにとって苦しくてしょうがないものであった。サリサはたかがBランクの攻略者。今は、《死神》という姿をしているから警戒されて攻撃されていないだけ。
対するエルペンドは攻略者の中でも上位に君臨する。サリサに勝ち目は殆ど無いと言っていい。
(お願い…逃げて…)
「…《死神》ってやつがどんなもんか。興味はあったんだ。だが、まずは期待通りの実力かどうか試させろ。お前ら、手加減はすんな。」
エルペンドの背後に居た二人の男たちがサリサに向かって走り出す。その動きは、獲物を殺す野獣のような動きをしていた。
(大丈夫……大丈夫……私は今、《死神》だ!)
サリサの体の数メートル近くまで男が近寄ってくる。ほんの数秒でサリサに攻撃が届く。
(お願い…!発動、《不幸》!)
サリサの側まで近寄ってきた一人目の男は、運が悪かったのか、床がバキバキ音を鳴らしながら大きな穴を開け、その中に嵌まってしまった。
「なっ!?てめぇ、何してやがる!」
(次は、発動、《幸運の舞》!)
男はサリサに向けて短剣を乱雑に振り続ける。しかし、サリサは多少動きをつけるだけでその攻撃を簡単にかわしている。
「クソが!なんで当たらねえんだよ!」
「本当に攻撃のつもり?攻撃っていうのは、こうやってやるんだよ!」
躱し続けていたサリサは、手に持っていた鎌を男に向けて振りかざす。工夫のされていない、貧相な鎌の攻撃ではあったが、男は回避することができず攻撃を直撃される。
「……なるほどな。人の運気を操るってか?面白い。」
離れて状況を伺っていたエルペンドは、サリサが優位である理由が運の違いにあるのではないかと考える。その思考は、ほぼ的中していると言っていい。
サリサ・セフィリムの神術は《不幸運》。自分から、面積50平方メートル分の範囲内の人間の運気を操作できる。自身を中心に円形の範囲に神術を展開すればおよそ半径4メートルの円形の範囲内の人物の運気を操作できる。また、自身から正面に縦50メートル、横1メートルの範囲で展開すれば正面約50メートルの直線上の人物の運気を操れる。
「…なぁ《死神》。一ついいか?お前は、迷宮攻略のときも、そうやって運を操作して敵をぶっ倒してたのか?」
サリサは答えない。その問いを否定することは簡単だ。けれど、それでは《死神》としての評判は大きく下がる。それはなるべく避けたい。
「ついでにもう一つ聞く。…本物の《死神》はどこにいる?」
背筋がゾクッとする。冷や汗が頬を伝う。いつ、バレたのだろうか。いや、今はそんなことどうでもいい。問題なのは、サリサをエルペンドが殺す気で戦おうとしたとき。実力差は歴然。真っ向勝負で勝ち目などない。
「…何を言っているのかがわからない。」
苦し紛れにでた言葉は、ほぼ言い訳にならない気弱な回答だった。こんな言葉が通じないことはわかっている。けれど、認める勇気も出すことができなかった。今すぐにでも逃げ出したい。それでも、逃げようとした瞬間に自分の人生は終わってしまうかもしれない。
「…まぁいい。はぐらかすならそれでも構わない。とりあえず、俺はお前が偽物っていう前提で話す。お前、俺に勝てないってことくらいはわかっているんだろ?」
何を提案されるのだろうか。逃げたい。けれど、それではライカが助からない。怖い、怖い、助けてほしい……誰か……
「お前、逃げろ。」
「……………へっ?」
何を言われたのか理解できなかった。逃げろ?逃げていいの?
「俺は、面倒なことは極力避ける。俺が《死神》を殺そうとしているのはあくまで依頼があったからだ。依頼と無関係なことはしない。お前は俺に《死神》の場所を教えろ。教える気がないのならさっさと失せろ。それ以外の行動を取った場合容赦はしない。」
すべてを伝えれば、助かる。自分が偽物であることも、ライカが本物の《死神》であることも。言えば助かる。ここで立ち向かっても意味なんてない。負けることが確定している勝負に挑むほど自分は馬鹿じゃない。伝えれば無事。伝えれば無事。伝えれば無事。伝えれば……
ーーーーーーーーーーー
数年前、迷宮のヌシに敗北したサリサは間違いなく自分は死ぬと思った。仲間は皆死んだ。自分が生きているのも神術で運良く逃げられているだけ。それでも、魔力が切れればいずれ死ぬ。ただの悪あがきでしかなかった。
そこに、彼女は現れた。《死神》、噂では聞いていたがホンモノを見るのは初めてだ。その実力は、異常とまで言えるほどに素晴らしかった。たった数撃でヌシを倒してしまった。ただただ、その姿に自分は見惚れていた。何も言わず去ろうとする彼女に、私は考えるよりも先に声が出ていた。
「あの、えっと、なぜあなたは、人を助けるんですか。」
「…さぁ?そんなの知らないよ。」
淡白な回答が帰ってきた。けれど、当然な回答だ。人を助けることの理由なんて実際にはよくわからない。善意に従って動く者、私利私欲のために動く者、理由なんて多種多様だ。
「あと、別に助けるつもりはなかった。私はただヌシを討伐しに来た。あんたは運が良かっただけ。」
どこまで行っても、結局自分が生きている理由は運がいいという事実だけ。本当に助けるつもりはなかったのかもしれないけれど、彼女はただ借りを作るのが嫌だっただけなような気がする。もしくは、善意を表に出すのが苦手なのかもしれない。
だから、私は言いたかった。
「…ありがとうございます!」
これだけは、言わなければいけない気がした。助けるつもりがなかったとしても、私が助かったのは事実だ。その感謝を伝えないのは、人としてありえない。
「……だから、助けたわけじゃないっての……」
《死神》は少し照れくさそうに去っていく。…と思ったら、去り際に一言残していった。
「…さっきは、理由なんてないって言ったけど、多分、助けることに理由を持ったら、それを人助けって言えるのか、世間が大騒ぎだよ。人助けなんて、自分の利益のついででいい。」
人助けに理由なんてない。理由があれば、それは自分の名誉のためか、善意のおすそ分けか。何にせよ、真に人を助けたい気持ちというものは存在せず、気づいたときには助けるために動いていた。これを人は言葉で表すために善意と名付けたのかもしれない。
《死神》の行動が、善意のない行動だったとしても、誰かを助けた事実があるのだから、彼女はそれを誇るべきだと思う。助けたことに理由がないのも、きっと人助けに理由を求めていないからだ。彼女は今までも多くの人を助けている。助けたい気持ちがないわけがない。私は、彼女の、助けることに意味を持たせない姿勢が、すごくかっこよく見えた。
「…いつか、また会いたいな…」
その日から、《死神》さんのことを知ることに、私は夢中になっていた。
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伝えれば、無事。頭ではそう唱えていても、実際に放った言葉は真逆の意味だった。
「…意地でも、助けます…!」
「……そうか。そうだよな。その眼は、そう答えるっていう眼だ。ありもしない、希望を信じ切った、大嫌いな眼だ。」
逃げれたのに、本能がそれを許してくれなかった。きっと、ここで逃げたら、死ぬ以上に絶望的な後悔が待ってる。そんなの、耐えられるわけがない。
(……なんで……逃げようとしないの……私なんて、助けても意味のない存在なのに……)
自分を助けようとしてくれているサリサの行動が嬉しかったのか、サリサの運命を悟ってしまったことが苦しかったのか、ライカは、涙を抑えることができなかった。




