絶望少女
ライカは、おそらく《死神》狙いの攻略者に攫われていると考えた。腕は縛り上げられており、武器や魔法が使えなくなっている。どこに向かっているのかもわからなかったが、おそらく彼らのギルドの拠点であろう。ならば、情報を誰かしらに伝えられれば拠点をあぶり出して助けてもらえるはずだ。
それでも、無事に返してもらえるかはわからない。そのため、自力で逃げられるよう情報をなるべく集めるようにする。
「ねぇ、どこに向かっているの?あなた達は何者?」
「黙ってろガキ。お前は今から人質なんだ。さっきお前が一緒に居たのって《死神》だよな?あいつの情報を欲しがってるやつがいんだ。悪いが、少しばかり犠牲になってもらう。」
なるほど、そういうことか。サリサは《死神》の格好をしていたから、事情を知らない彼らはサリサのことを本物の《死神》だと勘違いしてるのか。なら好都合、ライカに警戒していないうちに隙をついて逃げ出せるかもしれない。
「あの人は《死神》なんかじゃない!《死神》さんはもっとすごく背の高い人なんだよ!」
「何いってんだ?あのときギルド本部に現れてから後を追ってきたんだ。それに、俺はあいつを一度見たことがある。その時と背丈がそっくりだ。これ以上なんか喋ったら自分の身に何が起こっても責任は取らねえからな?」
できる限り幼い少女のような声で話し、警戒が強まらないようにする。これくらいの実力ならばきっと逃げ切れるはず。
「あと、その作った声やめとけよ?二次審査まで残ったギルドの団員がこんなガキなわけ無いだろうがよ。」
っ!?そうか、ギルド本部からついてきていたならファルタたちと一緒に居たところも見られてる…幸い会話は聞かれていない。でも、黙っている理由もない!
「そう?なら普通に喋る。さっさと離してくれない?じゃないと呼ぶよ?大きな声で助けをさ。私の仲間はこういうときすぐ駆けつけてくれるかっこいい人ばっかりだからさ。それが嫌なら今すぐ」
「うっせえな。光源魔法《暗黒》。」
ライカがなるべく意識を自分に向けさせるように煽っていると、突如として周囲が暗闇で包まれる。
「ちょっとは驚いたか?俺は周囲の光の強さを自在に操れる。お前の視界の周りだけ暗闇にした。何も見えない状態だろう?ついでに口と耳も塞いでおく。これ以上何もされたくなければ大人しくしてろ。」
(まずい……本当に、何も見えない…暗闇は……いや、ただ暗くなっただけ。諦める理由にはならない。幸いまだ足は動かせる状況だ。だったらまだ…)
「ちっ。あぁもう、うぜえんだよクソガキが!」
ライカは、何も見えないし、何も聞こえない。だから、今自分を抱えている男がなんて言ったのかわからないし、自身に何をしようとしているのかもわからない。ただ、ライカは少し身構えたときには、すでに男の手から体は離れており、困惑している時間もなく、裏路地の外壁に自身の身体が打ち付けられていた。
(…!?何がおきたの…?まさか、投げつけられた?痛い…受け身が取れなかった…でも、今なら逃げられる…!)
「何逃げようとしてんだよ。」
先程まで、そこに人の気配なんてなかったはずなのに、気づいたときにはライカの眼の前には先程までライカを抱えていた男が立っていた。
ライカは何をされるかわからなかったためどんな状況にも対応できるように身構える。しかし、結果的にそれは意味を成さなかった。男はライカが女性であることなど気にすることなく、渾身の一撃をライカに打ち込んだ。
「……!?」
ライカの顔がこわばる。暗闇で覆われているため周囲の状況はわからない。それでも、ライカは自分が今どんな状態であるのかを理解せざるを得なかった。今、ライカの顔はみぞおちを襲った異常な苦しみで苦悶の表情を浮かべている。先程までの反抗的な顔は一切残っておらず絶望に打ちひしがれているような表情だ。
「俺の名前は、エルペンド・ヴェールヴォーグ。これがどういう意味かわかるよな?これ以上余計なことしたら、いよいよ何をするかわかんねえからな?」
その名前を聞いて、ライカは男の正体がとんでもない人物であったことを理解する。エルペンドは、かつてAランクの攻略者として名を馳せていた攻略者。その実力は折り紙付きであったが、人の心がないかのような非常な暴力や攻撃が目立ち、数年前に攻略者を追放された。
そんな男に武器も持っていないライカが勝てる可能性など最初からなかったのだ。今のライカは、この男に従う他道が残されていない。
(嫌だ…嫌だ…嫌だ…やめて…やめて…やめて…怖い…怖い…怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……………………もう、痛いのは嫌だ……)
ライカは、何年ぶりかわからない涙を流していた。母が亡くなったとき以来だろうか。反抗する気力を失ったライカは素直にエルペンドについていくことにした。
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ライカは、大きな誤算を何度も犯していた。
1つ目は、現在レーヴァテインを持ち合わせていないこと。レーヴァテインがあれば、いや、何かしらの武器があればそれ相応の対応はできたかもしれない。ライカは身体能力こそ高いが、物理的な攻撃は強くなく、武器がなければあまり実力を出すことができない。そのため逃げることはできず、応戦する力も残っていなかった。
2つ目は、エルペンドの神術が光を操るものであったこと。ライカほどの実力者なら、暗影であってもある程度の対応はできたかもしれない。けれど、ライカは過去のトラウマから暗所恐怖症であり、自身に向けられた得体のしれない痛みに恐怖がピークに達していた。
これらが重なったことで、ライカの精神はほぼ崩壊してしまっていた。
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「おい、戻ったぞ。」
どれだけ時間が経ったのか、ライカにはそんなものを考える気力がもう残っていなかった。先程まで魔力の暗闇で覆われていたライカの目は、通常の目隠しに変わっている。魔力の維持が大変だったのかもしれない。
室内につれてこられたことは感覚でわかった。おそらく彼らのギルドの拠点なのだろう。
「こいつが《死神》なのか?」
「いや、《死神》の仲間だろうな。人質として連れてきた。流石に俺でもあれとタイマン張るのは自信がないからな。そんなことよりも、あの人はなんて言ってたんだ?今日はここに来たんだろ?」
「早急に《死神》を始末しろとよ。依頼してきた立場だってのに、横暴すぎるんだっての。」
「逆らおうとするなよ?俺達四人で立ち向かっても勝ち目なんてないんだから。」
「へいへい。」
何を話しているのかもライカには伝わらない。ライカはただ、仲間が助けに来てくれるのを待つことしかできない。けれど、期待もできない。ファルタたちとは途中で別れてしまっている。サリサが伝えに言ってくれていればわからないけど。
「……しかし、こいつ意外といい顔してるよな。」
エルペンドの仲間だろうか。品定めをするかのような視線でライカの顔を凝視する。
「体は多少貧相だが…年齢的にもまだ成長期だろうし。なぁエル、こいつを人質として使い終わったら売り飛ばさねぇか?こういう女は一部の貴族が高値で買い取ってくれる。良い稼ぎができると思うんだ。」
「…あくまで俺達の目的は《死神》の抹消ってことは忘れてないだろうな?それ以外に俺は加担しない。勝手にすればいい。責任は取らん。」
「ほんと、こういうところでは無駄に真面目だよな〜あんた。あの人に賛同したのも正直俺には理解できないし。」
「お前に理解されようとなんて思わん。」
どのような会話をしているのか、ライカには一切伝わらない。誰がいるのか、ここはどこなのか、何を話しているのか、何もわからないまま時間だけが過ぎていく。
(怖い…苦しい…痛い………………助けて…………)
「しかし、大丈夫なんだろうな?こいつの仲間、確かジェイド・エルンディストとレイシャ・アライシュが居なかったか?他の二人も実力が未知数な以上、急襲でもされたら対処できないんじゃねえのか?」
「大丈夫だ。こいつの仲間はあの人が対処してくれている。来れるのは《死神》だけだ。とは言っても、この場所はそう簡単に見つかる場所じゃない。あの《死神》でも、見つけられるかどうか…」
ライカの願いは、届かないのかもしれない。ファルタたちが助けに来ることなどない。助けに来るものなどいるはずがない。
………彼女のことを、尊敬しているもの以外は。
その時、ライカを拘束していた男が、運が悪いのか手を滑らしてライカの目隠しをうっかり取ってしまう。長い間暗闇で覆われていた視界に光が差し込む。
「おい、何してんだよ。目隠しをつけ直せ。」
「悪いエル、すぐになお…ガっ!?」
ライカの目隠しを付け直そうとした男の頭上に、また運が悪かったのか、屋根裏の少しばかり大きめの木片が老朽化によって降ってきた。
そして、ライカの視線の先には、一人の少女が立っていた。背丈よりも大きい巨大な鎌を持ち、フードを深く被った死神のような少女が。
「ライカさん!大丈夫ですか!?」




