外伝:其の眼に映るは闇の中の光 その2
ジェイドが『シンエン』に加入してからおよそ一ヶ月、様々なギルドを転々としてきたジェイドにとって一ヶ月というのは快挙であった。ジェイドの態度が気に食わない団員もいたが、それを覆すほどの実力がジェイドにはあったため、脱退されることはなかった。
あの日までは.......
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「ジェイド、明日何人かで迷宮に赴くつもりなんだ。今回はBランクの中でもかなり難易度が高いとこに行こうと思ってる。どうせ暇だろ?ついてきてくれないか?」
「あぁ、分かった。ていうか、あんたも行くのか?」
「あぁ、今回は個人的に気になる迷宮だからな。後で情報は共有させておく。準備を怠らないようにな。」
ジェイドはその観察眼と戦闘力が優秀であるため、基本的に攻略に赴くことが多かった。それに対し、団長のウィリックは基本的に拠点で待機、攻略に出向くことはほとんどない。そんなウィリックが興味を持った迷宮となると、ジェイドも少しばかり気になってしまう。
「あんたがそんなに気になる迷宮なんて、しかもSランクでもないただのBランクだろ?何かあるのか?」
「あぁ、ある。いや、あると思ってる。」
「思ってる?確証はないのか?」
「ない。けど、ほぼそうだと思ってる。今回の迷宮は、本来誰も攻略できていない迷宮だと思うんだよね。」
「本来?」
現状、多くの迷宮が発見されているが、そのうちの3割〜4割ほどはまだ攻略されていない。ましてや未発見の迷宮も数多く存在しているため、攻略者という職業が廃れることはしばらくはないだろう。
攻略されていない迷宮かどうかは、ギルド本部が管理しているが、Bランクとなれば、大抵の迷宮は攻略済みだ。しかし、ウィリックはただ攻略されていないのではなく、本来と付け加えた。
「今回俺達が向かう迷宮は、迷宮名《ヘルヘイム》っていうところだ。」
「ヘルヘイム?聞いたことねえな。最近発見されたのか?」
「発見は半月くらい前だな。この迷宮は、普通に死者も出てる。だから、主の強さもそれ相応に強いんだと思う。でも、気がかりなのは、この迷宮、死者が出るか無傷で攻略するかの二通りしか結果が出ていない。要するに、その中間である負傷者が一切いないんだ。」
決して強くない主であれば無傷での攻略も可能であろう。しかし、相手は死者を排出させるほどの実力を持っている。それほどの実力がありながら、負傷者が一切出ず0か100かの二択に偏ってしまうのは不自然である。
「負傷者がいない、か。主の情報は?神術がどんなもんかくらいわかるんじゃないのか?」
「いや、神術はよくわからない。というか、情報がやたらと曖昧なんだよ。」
「曖昧?情報が少なすぎるってことか?」
「いや、その逆だ。情報が多すぎるんだ。小さな少女の見た目だったり、老けた老人だったり、他にもいろいろ報告があって容姿や能力が一つに収まらないんだ。」
情報が一つに定まらない。人によって主の見た目が変わって見えるのか、はたまた主が複数体いるという今までにないイレギュラーな主なのか。どちらにせよ、今回の主は只者ではないように思える。
「その変な主の正体が気になるってことか。確かに奇妙な話だな。了解、すぐに準備に入る。」
「あぁ、頼んだよジェイド。」
今回の迷宮は普段とは違う異質なものであるため、準備もより念入りにしたほうが良いだろう。話を終えたジェイドは足早に街へ買い出しへと向かった。
「.......すまないな、ジェイド。ただ、きっと会えるんだ。だから、許してくれ。」
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「よし、準備はいいか?」
翌日、ジェイド含む『シンエン』のメンバーは、Bランクダンジョン《ヘルヘイム》の入口の前に集まっていた。団長のウィリックだけでなく、副団長のルーラルもこの場にいる。
「入るぞ。今回は何が起こるか全く予想できないダンジョンだ。基本的な立ち回りはジェイドにまかせても大丈夫か?」
「あぁ。今回は難易度もよくわかんねえし、しばらくは固まって動いたほうがいい。もしなにか異変があればすぐに報告しろ。」
ジェイドの指示とともにその場にいた全員が今回の攻略のプロセスと覚悟を決め、意を決して迷宮内部へと入っていく。
「中は、今のところは普通か?特別異変はなさそうだが.....」
内部は、今まで攻略してきた迷宮と大差ない、シンプルな構造だった。強いて言えば少し明かりが少なく暗闇に近い明るさであることくらいだろうか。しかし、ウィリックだけは何か訝しんだ表情で周囲を警戒している。
「確かに、見た目は普通っぽいか。ただ、なんというか、魔力がざわついてる感じがするんだが。なんか、そこら中に目に見えない生き物が無数に蔓延っているような。」
魔力の流れを読むのが苦手なジェイドは集中しなければよくわからなかったが、言われてみれば少しばかり体がゾワゾワしている感覚がある。
「やっぱこの迷宮、普通じゃないようですね。団長、はぐれないように警戒して」
ルーラルが落ち着いてウィリックの心配をしていたとき、突如として周囲が真っ黒な闇に飲まれる。それと同時に、不気味な幼女のような高い声が辺りに響き始める。
「ふふ、ハハァ。ねぇ、あんたたち?あんたたちは、いまどんなヒトにあいたいのぉ?ママにあいたい?オトモダチにあいたい?いいよ〜あわせてあげるんだ。だって、『ヘル』はやさしいくてかしこいこだからね。」
その言葉は、ひどくぎこちなく、どこか言葉を覚えたてのような発音であった。しかし、その声は、ひどく頭の中で響き続けていた。
「何だこの声?会いたい人?『ヘル』って誰だ?よくわかんねえな。とりあえず警戒態勢に入れ。何か攻撃が来るかもしれない。」
ジェイドが警戒を促すも暗闇の中からは返事が一切聞こえない。それどころか気配も少しずつ少なくなっているように感じる。
「.....?おい、何が起こってる。無事か?」
「ジェイド!僕は大丈夫だ!ただ団長と他の団員はいなそうだ!どうする?」
「......とりあえず、俺とお前が離れることだけは避けるぞ。一人になったらすぐに死ぬぞ。」
ジェイドとルーラル。互いに居場所を確認しながら周囲を警戒する。しばらくして、周囲を覆っていた闇が晴れ始める。徐々に明るくなってきたその部屋は、先程いた部屋とは全く違う部屋であった。また、ウィリックたちの姿もどこにもない。
「誰もいない?別々のところに飛ばされたのか?」
「とりあえず、2人だけじゃ限界もある。他の奴ら探しながら進むぞ。」
ただでさえ不明な点が多い迷宮であるため、人数不利な状況にはなるべくなりたくなかったため、すぐさま他の団員と合流したかった。
周囲医を警戒するジェイドとルーラル。その前に、一つに影が現れる。
(誰だ?この迷宮の主か?だとしたらびっくりするほど敵意がない。魔力が特別強大なわけでもなさそうだし、とりあえず意思疎通でもとってみるか。)
「なああんた。色々聞きたいことあるんだけど、いいか?」
ジェイドとルーラルの前に立っているのは、艶のある長い髪を下ろしている長身の女性だった。ジェイドはこの女を見たことがない。ただ、ルーラルは先程までの警戒をすべて解いてその女に近寄った。
「嘘.....だろ?姉....さん?僕だよ、弟の.....そんな、また会えるなんて.....」
女は何も喋らず、ルーラルの姿をただただ見ながら佇んでいる。
「ルーラル?お前の姉なのか?そんな話聞いてなかったけど。」
ルーラルはジェイドの方を見る素振りもせず、姉と呼んだ女の姿を見続けながらその女に近づく。
「あぁ、お前には話してなかったな。そうだよ、僕の姉さん。攻略者だったんだが数年前に迷宮攻略に出てから行方不明になって、そのまま迷宮内で死亡したってことになって音沙汰なかったんだ。でも、生きていたなんて。あぁ、姉さん、一緒にまた話そうよ。僕、話したいことがいっぱいあるんだ。」
(行方不明になっておいて今更見つかったってのか?しかも今俺達がいる迷宮は最近見つかったばっかなはず......なのに死んだはずの姉がいるわけ......まさか....)
その時、ジェイドの頭の中に一つの可能性が出てくる。絶対に起きてはいけない、一つの可能性にたどり着いてしまった。
「おい、ルーラル!そいつから離れろ!そいつはお前の姉じゃない!そいつは」
「何言ってるんだジェイド?どっから見ても僕のねえさ」
ルーラルの言葉は最後まで続かなかった。
ルーラルの心配をするジェイドの視線の先には、心臓を剣で貫かれているルーラルの姿があった。
迷宮や主の情報はギルド本部に申請すれば聞くことができます。ただ、攻略者の多くは高難易度な迷宮でない限りは情報無しで挑むというのが暗黙のルールだったりします。ゲームで言う、攻略本を見るか見ないかの違いと言うか。




