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奇跡の口紅  作者: つっちーfrom千葉
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奇跡の口紅 第二話


 ミラクルティアーが発売されてから数ヶ月が経ったが、この国の経済と治安にはまるで変化が見られなかった。社会経済は金持ちと貧乏人とに大まかに二極分化されたまま、凶悪犯罪率は高止まりの一途を辿っていた。性格を良くすると銘打った商品が発売されたにも関わらず、自分たちの暮らし向きに何の変化も現れないことに、大多数の庶民は苛立ちを露わにしていた。その頃、ウィズ氏はとある大学教授の訪問を受けた。


「その口紅が売れるようにすることは簡単です。使用者から金運を奪う仕組みにしたことがまず良くないのです。性能を逆にすればよろしい。人間にとって性格など大きな意味を持ちません。金運を上昇させてやることこそが重要なのです」


 政府の顧問団を名乗るその教授は、それだけを言うと引き上げていった。ウィズ氏は人々の性格、すなわち、モラルや道徳心を低下させることには賛成できなかった。今以上の政治腐敗や公務員のモラル低下、あるいは犯罪率の増加を見たくはないからである。しかしながら、怪しい教授の言っていたことも一理はある。どんなに高い理想を掲げたところで、ほとんど売れていない製品に意味はないのである。もっと大きな売り上げを出して有名になってみたい気持ちは当然のように持ち合わせていた。彼はミラクルティアーと真逆の性能の口紅を開発して、それを小数本だけ販売することに決めた。すなわち、『性格が5%悪くなる代わりに、金運が5%上がる』という真逆の性能。製品名はエンゼルティアーと名付けられた。今回は宣伝や広告をいっさい行わず、2000本だけの限定発売とされた。


 こうして性能を真逆にした新製品は、今回はさしたる宣伝もなくひっそりと販売されることになった。しかし、どういうことなのか、結論から言うと、このエンゼルティアーは各販売店舗から、それこそ、あっという間に消えてしまった。もう少し正確に言えば、あっという間に売り切れてしまった。今回はテレビや新聞などで取り上げられなかったために、開発者のウィズ氏でさえ、これがどのような現象なのかを見定めることができなかった。権力者層による独占なのか、それとも、その性能をあざとく聞きつけた一般庶民たちが我先にとこれに群がったのか、結論はなかなか出なかった。


 いずれにせよ、売れたことに変わりはない。これは喜ばしいことだと支援者たちは声高に主張した。口紅の生産を取り仕切る販売会社はすぐに増産を提案してきた。『自分の発明品が世に認められてきている』ウィズ氏は自分の製品が評価されたことに多少の興奮を覚えていた。そのため、さしたる反論も挟まずに、エンゼルティアーの大量増産にOKサインを出してしまった。こうして、大々的な宣伝とともに、商店街の各店頭には大量の性悪口紅が並べられることになった。人々はわずかでも金運を上昇させるという、この奇跡の商品に殺到した。彼らは自分の境遇を変えること以外は何も考えていなかった。皆が我先にと販売店に殺到し、商品を奪い合うようにして購入していった。その売れ行きは、いくら増産を繰り返しても間に合わないほどだった。かくして、ウィズ氏の発明品は、この年最大のヒット商品となった。


 ウィズ氏は当初の目的とはまったく逆さまになってしまった口紅の性能ちからを恐れないわけではなかった。市民らが性悪になっていくことで、もっとも危惧されることは犯罪率の単純な増加にあると考えられた。金運が上昇する代わりに性悪になってしまう口紅は、発売からひと月経つ頃には、すでに十万本以上も売れてしまっていた。だが、国全体の人口は一億を超えている。たかが数万人の性格に変化が出たとしても国全体に与える影響は極めて限定的になると、多くの関係者が考えていた。その証左として、毎晩欠かさずに見ているニュースの中身は、エンゼルティアー発売以前とほとんど変わらぬ内容であった。すなわち、満月の夜になると大都市で起きる通り魔事件やコンビニ強盗、国家公務員によるわいせつ事件、普段は大人しかったとされる学生による銃の乱射事件、五人以上の死者を出す凄惨な交通事故……、これらは口紅販売以前から起きていたものばかりであり、エンゼルティアー販売の影響によって起こされたものとは考えられなかった。


 性格と金運を変える口紅の大当たりにより、ウィズ氏の発明家としての著名度は飛躍的に上がり『今年活躍した十名の有名人』のひとりとして表彰されるに至った。世間とは単純なものである。これまで雲の上の存在と考えていた多くの著名人たちからも競うように面会を求められた。実際のところ、今度の新製品は上下あらゆる階層から満遍なく高い評価を受けることになった。多くの人がこの口紅を唇に塗りたくることを習慣とするようになった。このエンゼルティアーの売り上げ本数は最終的には数百万本にのぼった。ただ、売り上げが上昇するごとに気になるデータが浮上してきた。都市部において、軽犯罪の多少の増加が見られるようになったのである。子供の不登校や家庭内暴力を訴える人も増え始めていた。一部の弁護士団体が現状を危惧する声明を出した。少数ではあるが、ある種の市民団体が駅頭において性格を変える口紅の販売停止を求める署名を集め始めていた。しかし、金運の上昇により大きな利益を得た政治家や企業家たちは、そんな小さな反対意見にまるで耳を貸さなかった。口紅の生み出した良い影響により、自動車や高価な家電など、各種生活製品の売り上げが上昇していることを何よりも重視したためである。いじめられる子供たちやパワハラに脅える労働者たちが増加しても、マスコミ各社もそれを取り上げようとはしなかった。


 さらに時が経ち、エンゼルティアーが国全体に浸透してくると、口紅を購入してそれを使用する者は国家の政策に対して従順な人間だと評されるようになった。さらに、これを買えない(買わない)者たちは、購入者たちから迫害を受けるようになった。軽微な暴力行為や中傷が横行していた。口紅の持つ性能が市民を買える者と買わざる者の二極に分かち始めた。ウィズ氏はついに国家に大いに貢献した者として議会に呼ばれ、英雄勲章を受けることとなった。彼は完全に権力者層に取り込まれ、さらなる高性能な口紅を製作するよう要請を受けるようになった。一般的な大学教授を遥かにしのぐ位置に立ったことにより、ウィズ氏は当初の理想を完全に見失ってしまい、それらの要請に逆らうことができなくなっていた。その後、極めて自然な流れの中で、さらに進化した口紅が開発され、その爆発的な人気により増産に次ぐ増産を重ねていった。『性格がX%悪くなる代わりに、金運が20%上がる』当初は確かにあった反対意見は権力によって完全に消し去られ、人々は何の躊躇もなくその高性能な口紅を購入していった。


ここまで読んで頂きありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

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