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奇跡の口紅  作者: つっちーfrom千葉
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奇跡の口紅 第一話


 市立大学の教授であり、大胆な発明家としても有名なウィズ氏は、これまでよりも、さらに野心的で画期的な商品の開発に成功した。それは『性格が5%よくなる代わりに、金運が5%下がる』という製品であった。その製品は一見にして女性向けの口紅のような外観をしていた。彼はそれを顔の造形と口が悪いことで有名な政治家のオブニ氏に贈った。


「先生の大胆な想像力にはほとほと感心させられます。確かに、性格の良さと金運は反比例の関係にあるといえます。ほとんどの人間は金が貯まるたびに、その性格は、ケチで陰険になっていくからです。この商品が市場に出回れば、人々の行動は著しく謙虚になり、凶悪事件は目に見えて減少することでしょう。ウィズ先生はまさに天才です。次回のノーベル賞の発表が実に楽しみです」


 オブニ氏は発明品をそのように絶賛したが、自分自身がそれを使用することに関しては丁重に断りを入れてきた。『来年の大統領選挙に向けて、今は手持ちの選挙資金を1ドルでも失うわけにはいかないから』というのがその理由であった。


 そもそも、この製品を開発した目的は富の再分配であった。いわゆる支配層や貴族層、あるいは資産家階級にある人々が、その貯蓄を少しでも貧しい人々に分け与えてくれれば、貧困率は低下し、それに伴い犯罪率も減少し、その国の幸福度は目に見えて上がるはずだった。ウィズ氏は貧しい母子家庭やホームレスの人々を救うためにこの口紅を開発したのである。テレビでこの製品のCMが流れ始まると、たちまち街を行く人々の話題の種になった。


『金持ち連中がその莫大な資産を我々に分け与えてくれる』


『これまでには少なかった貧困階級向けの法案が議会で成立するようになる』


『犯罪率が著しく低下して、夜中でも安心して暗い道を歩けるようになる』


 世の大半を占める労働者階級の人々は諸手を上げてこの製品の発売に賛成した。これまで一ドルの寄付もしたこともない性悪の資産家階級の連中の態度が、この製品を用いることで大きく変化することを皆が期待していた。それと同時に自分たちにはまったく関係のない製品であるという理解も大きかった。


 この口紅はミラクルティアーと名づけられ、大手デパートはもちろん、街のコンビニや雑貨屋などでも販売されることになった。その発売当日、街の人々は自分の仕事や家事をそっちのけにして、口紅を販売する店舗に殺到した。この日を境に、自分たちの暮らしが大きく変わるのだと期待しているわけだから、それも当然である。価格はひとつ50ドル。その性能を鑑みれば、まあまあ妥当な値段のように思われた。コンビニや雑貨屋の店主たちもこの製品が大量に売れることを期待して、ポスターや大量のチラシなどによる大々的な宣伝を行った。


 とあるコンビニ店には朝早くからマスコミや野次馬を含む数百人の見物人が興味本位で販売店舗に殺到し、これを二重三重に取り囲んで商品が爆発的に売れるところを見物しようとした。販売開始は午前9時。人々の見守る中、その時刻が訪れたが、この口紅を購入するために店を訪れた人はほとんど見られなかった。店を訪れ、興味深そうにこの製品を手に取る一般人は数人見られたが、わざわざこれを購入していく客は存在しなかった。自分たちの住む街の治安や暮らし向きが良くなると期待して集まった見物人たちは、正午過ぎまで各地の店舗の周辺で待機したが、自分たちが期待していたような爆発的な売れ行きが見られないことが分かると、そのほとんどは残念そうな面持ちで家路に着くことになった。


 その日の夜のニュースでは、人間の性格にメスを入れるという、これまでには見られないほどの画期的な製品であるにも関わらず、売れ行きが芳しくないことが報じられた。インタビューのマイクを向けられたベテランの政治家は、「製品自体の素晴らしさについては、よく理解している。何しろ、一般人から欲望を取り去って道徳心を高めようというのだから。テレビや洗濯機と同じくらい我々の社会に必要な物ですよ。売れ行きが伸びないのは、きっと宣伝の仕方が悪いに違いない」と語った。この日実際に購入された数は全国で1300本ほどであり、そのほとんどは一般市民による購入であった。この売り上げ本数が期待外れのものであることは誰の目にも明らかであった。


『財布の中に金が有り余っている資産家階級こそが真っ先にこの商品を手に取るべきだ』


 下層階級からはそのような意見が多く聞かれた。自分たちの暮らし向きが少しでも良くなると期待していた人々は、次第に上級階級の姿勢の悪さを叩き始めたが、発売開始から何週間が経過しても、ミラクルティアーの売り上げの上昇は見られなかった。人々の苛立ちはさらに高まり始めた。


 一般庶民はこの口紅は支配層が率先してつけるものだと主張して譲らなかったが、政治家や資産家などは、まるで逆のことを主張した。すなわち、下層階級の大半を占める労働者や貧困層こそが、この製品の購入者になるべきだと。本来、寄付というものは、下層から下層に対して行うべきであると……。結局のところ、この口紅を喜んで購入する者はほとんど現れなかった。国民の大多数にとっては、この製品を使用することは、自分の持っている優位性を進んで他人に引き渡すに等しい行為だと受け取られたからである。ウィズ氏は街頭に繰り出して長時間の演説を行い、この製品は資産を奪うためのものではなく、皆を幸福にするための発明品であると、人々の良心に向けて訴えたが、それを聞き入れる者は、ほとんど存在しなかった。


「先生の想像力や知性の高さには誰も異論を挟みません。貴方の開発した口紅は実際素晴らしいものです。ただ、どんなに優れた製品も売れなければ意味はありません。成功者とは必ずしも道徳家とは限りません。商売とは、製品の良し悪しではなく、宣伝や広告を駆使して、どれだけ多くの数を庶民に売りつけるかで勝敗が決まるのです」


 ウィズ氏にそう言い寄ってくる者が数十人規模で現れた。彼はそんな腐った意見には賛成しかねた。ウィズ氏はこの製品の売り上げにより、多額の利益を得ることには、あまり関心を持っていなかった。僅かな人間が巨額の富を独占することの不利益をよく知っていたからである。ただ、発明家として他人に認められたいという、野心と功名心だけは、確実に心中に存在していた。『どうしたら、この製品が売れるようになるのだろうか……』成功者になるつもりは少しもないと主張しつつも、その疑問だけは常に持っていた。



ここまで読んで頂き、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

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