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風車の菊之丞  作者: みさきち
7/10

優しい手

[番外編]

「菊花の風車祭り」が開催された夜、銀次が風邪を引いて倒れてしまい…




菊花(きっか)風車(かざぐるま)(まつ)り」が始まり、式典(しきてん)を終えて町の様子を見て回った銀次(ぎんじ)源蔵(げんぞう)三太夫(さんだゆう)の三人は夜、勝島(かつしま)邸へと戻って来た。


「けほっ」


銀次の口から(せき)()れ、三太夫と源蔵は銀次を見る。


「兄上? どうされました?」

「ん? いや、何か(のど)が変な感じして…」

「何だ銀次、風邪(かぜ)でも引いたか? 今日から祭りだと言うのに…」

「風邪ぇ? 無い無い! 生まれてこの方、風邪なんて引いたことは一度も無いぜ? 熱出したりは(たま)にあったけど、大抵が川に落ちたせいとか傷口から感染症に(かか)ったとかだし…でもそれも一度や二度くらいだよ」

「兄上は身体がとても丈夫ですからね…普通は毒を()らって、解毒(げどく)したとはいえ一日で歩けるようにはならないでしょう?」

「ははっ! それ昔兄貴達にも言われたな!」

「全く、(おそ)ろしく頑丈(がんじょう)だな」


土間(どま)に入り、三太夫は草履(ぞうり)()ぐ。


「さて、明日も忙しいぞ二人とも! 私は挨拶(あいさつ)回り、お前達は菊之丞(きくのじょう)殿と共に、菊丸(きくまる)様の護衛(ごえい)を…」


何かが倒れる音が聞こえ、三太夫と同じく草履を脱ごうとしていた源蔵は顔を上げる。

たった今入って来た玄関口で、銀次が(うつぶ)せに倒れていた。


「銀次!?」

「兄上!?」


二人は銀次に駆け寄る。

三太夫が銀次を抱き上げ、源蔵は銀次の(ひたい)に触れる。


「父上! (ひど)い熱です!」

「源蔵! 医者を呼んでくれ! 誰か! 銀次を運ぶのを手伝ってくれ!」


源蔵が屋敷を飛び出し、三太夫が使用人達を呼ぶ間、銀次は朦朧(もうろう)とした意識の中、状況を把握(はあく)しようとしていた。


(何だこれ…熱い…熱いのに、寒い…頭が割れそうに痛い…喉が焼けるみたいに痛い…視界が、ぼやける…)


三太夫や使用人達から掛けられる声を認識するが上手く声が出せず、銀次はそのまま意識を手放した。





翌朝、裏御殿(うらごてん)に泊まっていた菊之丞は(あわ)ただしくやって来た左近次(さこんじ)恭弥(きょうや)に叩き起こされた。


「銀次が風邪ぇ!?」


菊之丞が驚き、左近次と恭弥は(うなず)く。


「あの銀次が!? 冗談だろ!?」

(いな)! 今朝早く勝島邸を訪ねたら、三太夫殿が銀次は熱を出して寝ていると」

「あの銀次が風邪を引くとはな…これから槍でも降るか?」


三人が驚く様子を、朝餉(あさげ)を終えた菊丸はお茶を(すす)りながら眺めていた。


「あの…銀次殿が風邪を引かれたことが、それ程に驚くことなのですか?」

「ん? ああ…昔一緒に行動してた頃、銀次が風邪で寝込むなんて一度も無かったからよ」

「儂ら三人が感染病で数日寝込んだ時も、一人だけけろっとして儂らの看病をしてくれていたよな」

「本人(いわ)く、体質的な問題ではないかと…」


そこでふと、菊之丞は青褪(あおざ)める。


「…なぁ、あいつ、このまま死んだりしねぇよな?」


菊之丞の言葉に、左近次と恭弥も青褪める。


「菊丸! 今だけ離れること許してくれ! 銀次のこと見て来る!」

「え、菊之丞さん!?」


三人が慌ただしく出ていき、菊丸は唖然(あぜん)とする。


「…三人とも…銀次殿に対して、少し過保護ではありませんか…?」





勝島邸、銀次は自室の布団の上で寝込んでいた。


「うーん…」

「兄上、お加減は如何(いかが)ですか?」


源蔵が顔を(のぞ)き込み、手拭(てぬぐ)いで銀次の汗を(ぬぐ)う。


「熱い…でも寒い…喉痛い…頭も…」

「お医者様の話では、最低でも三日は寝ていなければならない症状だそうですよ…無理はなさらず、ゆっくりお休みください」

「でも…菊丸の護衛…」

「大丈夫です、兄上程の実力が無いとは言えど、我が国の兵達も力を付けてきています…何より今は、菊之丞様達がいらっしゃるのですから」


その時、ドタドタと廊下を駆けてくる足音が聞こえ、銀次の自室の(ふすま)(いきお)い良く開いた。


「銀次! 生きてるか!?」

「銀の字!!」


襖を開けた菊之丞と左近次は銀次に駆け寄って顔を覗き込み、後から部屋に着いた恭弥は二人を見て慌てる。


「お前達、少し声を(おさ)えろ…」

「お前が風邪引くとか驚きだぜ銀次! 感染病にも負けねぇお前が!」

「銀の字! まさかお前さん身体が何処か悪いんじゃ!」


菊之丞と左近次が騒ぎ、源蔵と恭弥が止めようと慌てる中、銀次の眉間が寄る。


「死ぬなぁ銀の字!! お前さんには家族が居るのだぞ!?」

縁起(えんぎ)でもねぇこと言うなよ左近次!!」


菊之丞と左近次が一際(ひときわ)、声を張り上げた。

次の瞬間(しゅんかん)、数本の苦無(くない)が飛び、菊之丞と左近次を廊下の壁に()い付けた。


「うおっ!?」

「おぉぅっ!?」


起き上がった銀次は苦無を投げた体勢のまま、額に青筋(あおすじ)を立てて菊之丞と左近次をギロリと(にら)み付けていた。


「頭に響く…黙れ」

「「は…はい…」」


いつもと雰囲気(ふんいき)が変わり、冷たく言い放つ銀次に菊之丞と左近次は口を(つぐ)む。


「俺は、死なねぇから…兄貴達は…菊丸の、護衛を…」


銀次がふらりと後ろに倒れかけ、恭弥が銀次の背中に腕を回し支えた。


「銀次…!」

「あぁ! 無理に動いたから…!」


恭弥は銀次を布団に寝かせ、汗で額に張り付く前髪を流す。


「熱いな…」

「朝の分の薬は既に飲んだのですが、兄上、今日は朝餉を取られていなくて…食欲が無いと、口に出来なくて…」

「銀の字の食欲が無い!?」


左近次が驚きの声を上げ、恭弥が無言で刀の(さや)を握り、左近次は再び口を噤む。


「あらあら、二人とも怒られたのですか?」


声に見ると、菊丸が三太夫と共に立っていた。


「菊丸!」

「菊丸様、朝早くから御足労(ごそくろう)をお掛けしまして…」

「何を言われますか、三太夫殿…銀次殿が心配なのは私も同じです、どうかお見舞いをさせていただきたい」


菊丸は三太夫に答え、部屋に入ると銀次を見る。


「銀次殿が風邪…確かにこの三年、風邪を引かれたところなど見たことがありませんでしたね」

「ええ、私達も驚いていて…」

「兄上、死児間(しじま)の谷で川に落ちたのですが、その時の()(かえ)しでしょうか…?」


源蔵は銀次の汗を拭う。


「…ああ…なるほど…」


源蔵の様子を見て、恭弥は納得したように声を漏らす。


「恭弥殿?」

「恐らく銀次は…気が(ゆる)んだのだろう」

「え?」

「今までのこいつは一人だった(ゆえ)に、(おのれ)でも気付かずうちに、常に気を張っていたのだろう」


恭弥は源蔵と三太夫を見た後、銀次を見下ろす。


「しかし今は…気を張らずとも良い存在が、近くに居る」


源蔵と三太夫は目を見開き、次に照れくさいのか首や頭を()く。


「ごめんくださーい」


玄関から声が聞こえ、三太夫が玄関に向かうと、数人の村人が立っていた。


「おや、小梅(こうめ)さんに三郎(さぶろう)さんに…皆さん、どうされたのですか?」

「勝島様、使用人の方から、銀次様が風邪を引かれたと聞きましたで」

「こちら、見舞いの品です」


小梅が包みを差し出し、三太夫は受け取る。


「これはこれは…わざわざありがとうございます」

「いえいえ! 我々の方こそ、銀次様にはいつもお世話になっておりますから」

「ごめんください」


更に人が顔を覗かせる。


「銀次様が風邪を引かれたと聞き、居ても立っても居られず…」

「ごめんください、銀次様に精が付く食べ物をお届けに…」

「銀次様はご無事ですか?」

「失礼します、うちの子が銀次様のお見舞いをしたいと聞かなくて…」

「このおはな、ぎんじさまにおわたしください」


人が次々と訪れ、三太夫は使用人達と共に対応に追われる。


「おぉ…凄い人だ」

「銀次はこれ程までに、国の方々に好かれておるのか…」

「銀次殿は(いとま)が出来ると、直ぐに民の様子を見て回ってくださるのです」


菊之丞達は菊丸を見る。


「そして困っている方が居れば、迷わず手を差し伸べて…皆、優しい銀次殿をとても好いておりますよ」

「へぇ…一匹狼だった銀次が、今じゃすっかり国の一員か」

「…もう、獣などとは呼べんな」


恭弥の言葉に、菊之丞と左近次は頷く。


「とりあえず、今日のところは菊丸の護衛は俺と左近次でやるか」

「うむ! 承知(しょうち)した!」

「源蔵、銀次の看病頼むな!」

「え、しかし…」


源蔵が菊丸を見ると、菊丸は微笑みを返す。


「銀次殿が良くなるまで、どうかお側に居てあげてください」

「…ありがとうございます、菊丸様」


源蔵は菊丸に頭を下げた。






数刻(すうこく)後、銀次は一人で眠っていた。


(熱い…熱、下がらねぇな…)


薄く目を開け、銀次は天井を見つめる。


(…そういや、ガキの頃…父ちゃんが看病してくれた時があったっけ…)


幼い頃、熱を出して寝込んだ銀次を看病してくれた龍次(りゅうじ)の姿を思い出す。


《銀次、大丈夫か? どこが辛い?》


龍次は銀次の横で薬を調合(ちょうごう)し、銀次に飲ませる。


《俺が調合した薬だから、どこまで効果があるか分からないが…》


銀次が弱々しく龍次の着物を掴み、龍次は両手で銀次の手を握り、優しく微笑む。


《大丈夫だ、銀次…目が覚めるまで、父ちゃんが側に居るからな》


(…ああ…そうだ…)


銀次は龍次と別れた日のことを思い出す。


(あの時も熱くて…でも、呼んでも父ちゃんが答えてくれなくて…誰も、手を握ってくれなくて…)


銀次は布団から右手を出し、弱々しく持ち上げる。


(それで、あの時、思ったんだ…)


力が抜け、床に落ちかけた銀次の右手を、暖かい手が受け止めた。


「銀次、大丈夫か?」


受け止めたのは三太夫で、三太夫は心配そうに銀次の顔を覗き込む。


「どこか辛いのか? 私に出来ることは何かあるか?」


三太夫が心配そうに声を掛け、銀次は三太夫を見つめたまま、涙を溢した。


「銀次…?」

「…俺…熱が下がって、父ちゃんが何処にも居なかった時…熱を出したせいだと、思ったんだ」

「え?」

「俺が、熱なんて出す軟弱者(なんじゃくもの)だから…置いて行かれたんだと思って…凄く悲しくて…苦しくて…」


銀次は弱々しく、三太夫の手を握る。


「だから、もう置いてかれないようにって、いつも気を張ってた…兄貴達と行動してた頃も…病気になったら、置いてかれるんじゃって思って…でも、そんなの嫌だから、頑張って気を張ってて…」


三太夫は右手で銀次の手を握り返し、左手で銀次の頭を撫でる。


「…置いて、かれるのは…とっても…悲しいから…」

「…大丈夫だ、銀次…誰もお前を置いて行ったりしない…だからゆっくりお休み」


三太夫が優しく頭を撫で、銀次は再び目を閉じ、数秒経つと寝息を立てていた。


(…お前はどれだけ…泣き出したい己を抑えてきたのだろうな…)


三太夫は悲しげに、銀次を見つめる。





ふと意識が浅く浮上(ふじょう)した(さい)、銀次は誰かの手が顔に触れるのを感じた。


(誰だろ…身体、動かせない…)


(まぶた)を上げることが出来ず、嗅覚(きゅうかく)(にぶ)い故か、銀次の触覚(しょっかく)敏感(びんかん)に感じ取る。


(この手…ああ、親父と源蔵だ…)


顔に触れていた手が離れ、少し間を置いて、別の手が銀次の額に触れる。


(このごつごつして硬い手は…左近次のおっさんだな…怪力(かいりき)なのに、凄く優しく触れてくるんだよな…)


銀次の前髪を流してから手が離れ、少し経つと、また違う手が銀次の顔に触れる。


(今度は二人…一人は、刀を握り続けて出来た胼胝(たこ)に、大きい傷跡…もう一人は、傷一つない綺麗な手…兄貴と菊丸だ…)


綺麗な手は銀次の汗を拭い、頬を優しく撫でてから離れ、掌に大きな傷跡がある手は、銀次の額を優しく二回、とんとんと撫でて離れた。


(変なの…皆、壊れ物でも扱うみたいに俺に触わる)


ぼんやりと考えていると、また手が銀次の顔に触れた。


(…指が長くて、大きい手…)


両手が銀次の髪を撫で、両頬を包む。


(あ…この触り方…)


銀次の脳裏に、幼い銀次に触れる龍次の姿が浮かぶ。


(父ちゃんに…そっくりだ…)


そう認識した時、銀次は無意識に声を漏らしていた。


「…とうちゃん…」


銀次の(ささや)きを聞き、銀次に触れていた恭弥は目を見開く。


(…うたがいつも喜ぶ触れ方を、試してみたのだが…)


恭弥は銀次を見つめ、小さく微笑む。


「…お前の父は…お前が愛おしくて仕方なかったのだな、銀次」





数刻後、銀次はふと目を覚ました。


(寒くない…熱が下がったのかな…)


のそりと起き上がり、何度か(まばた)きをして周囲を見回し、銀次は目を見開く。


「…え?」


銀次の布団の周りには、菊之丞に菊丸、左近次や恭弥とはなとうた、銀次の両隣には三太夫と源蔵が眠っていた。


「えっえっ? 何この状況?」


菊之丞達が雑魚寝(ざこね)している様子に驚く銀次だが、ふとあることに気付く。


(というか、俺…周りにこんなに人が居て、起きなかったってこと?)


銀次はかつて孤独に生きてきた日々を思い返す。


(あの頃は、隙を見せればやられると思ってたから、他人の前で寝ることなんて無かったのに…兄貴達と行動してた頃だって、兄貴達だろうと近付けば直ぐ目を覚ましたのに…)


寝相(ねぞう)が悪い源蔵が寝返りを打ち、左近次の顔を蹴ったので左近次が呻き声を上げる。

菊之丞は菊丸を抱き寄せたまま眠り、恭弥もはなとうたに寄り添い眠っている。

そして三太夫は、銀次の右手を握り締めて眠っている。


「…ふふっ…」


銀次は小さく笑い声を漏らし、同時に少し涙を溢した。






翌日の午後、銀次は勝島邸の屋根の上に立っていた。


「銀次! 本当に大丈夫なのか!?」

「兄上! ご無理はなさらずに!」


下から三太夫と源蔵が声を掛ける。


「大丈夫! もう全然平気だから!」


銀次は膝を曲げ、思い切り跳び上がった。


「勝島銀次! 完全復活だ!!」


他の家の屋根に飛び移り、銀次は駆け出していった。


「結局、一日で治してしまいましたね…」

「全く…恐ろしい回復力だな…」


銀次の回復力に、三太夫と源蔵は呆れる。


裏御殿に着き、銀次は襖を開けた。


「菊丸! 兄貴!」

「おっ銀次!」


菊丸から菊花の名産品の説明を聞いていた菊之丞は振り返る。


「銀次殿、もう大丈夫なのですか?」

「ああ、一日休んだら治った!」

「お前は本当に丈夫な奴だなぁ」


銀次が菊之丞の隣に座ると、恭弥と左近次が現れた。


「おおっ銀の字! もう大丈夫なのか!」

「当たり前だろ! 俺は丈夫なのが取り柄だからな!」


左近次に答える銀次の隣に、恭弥は静かに膝を着く。


「銀次、少し触れるぞ」

「え? うん…」


銀次の許可を取り、恭弥は銀次の両頬に手を添えた。


(…あれ…この手…)

「…確かに、全快しているようだ」


直ぐに離れ、恭弥は立ち上がった。


「では失礼する」

「え、恭弥様、何か用事があったのでは?」

「いや…ここに向かって行く銀次の姿が見えたので、無理をしていないか様子を見に来ただけだ」

「…恭弥の手…」


恭弥は銀次を見る。


「恭弥の手さ、俺の父ちゃんの手にそっくりだな! 形は違うし、小さい時に触られた記憶しかないんだけど、そう思った!」

「…知っている」


恭弥が背を向けて言い、銀次は驚く。


「えっ何で!? 俺、今初めて気付いたんだけど!?」


振り向いた恭弥は(いぶか)しげに見つめてくる銀次を見て、小さく笑みを溢す。


「さて、何故だろうな」





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