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風車の菊之丞  作者: みさきち
5/10

左近次という男

番外編

「菊花の風車祭り」を催す菊花の国で、左近次は一人の生意気な少年と知り合う。





菊花(きっか)風車(かざぐるま)(まつ)り」が開催(かいさい)され、一週間の期間、菊之丞(きくのじょう)達は各々(おのおの)で楽しむことを決めた。


菊之丞達と別れ、島田(しまだ)左近次(さこんじ)は街を一人歩いていた。


「あ、左近次さん!」


屋台を出している青年が左近次を見付けて声を掛ける。


「おお、正吉(しょうきち)! 何とも美味そうな匂いだ!」

「今朝(さば)いた鳥の串焼きですよ! お一つ如何(いかが)ですか?」

「これは嬉しいお誘いだ! どれ、一つ頼む」


正吉に代金を渡し、左近次は貰った串焼きを一口食べる。


「ん! こいつは美味い!」

「ありがとうございます!」

「左近次殿! うちの畑で()れた野菜も美味いですよ!」


別の屋台から顔を出した男が左近次を呼ぶ。


「おお、辰平(たつべい)殿! それは実に良い!」

「左近次殿! 桐生(きりゅう)様から酒の差し入れが入ったのですが、ご一緒にどうですか?」


近くで酒を飲んでいた男達の一人が左近次に声を掛ける。


「おっ! 例の地酒だな! そういえば、こいつの名前は決まったのか?」

「ええ、「風見酒(かざみざけ)」だそうです!」

「名前を考える(さい)銀次(ぎんじ)様がボソッと()らしたのを、桐生様が聞き逃さなかったそうですよ!」

「はははっ! 地獄(じごく)(みみ)だな桐生殿は!」


楽しげに話す左近次に数人の子供が駆け寄った。


「おいちゃん! やり回し見せて!」

「わたしも見たい!」

「ん?」

「こらお前ら! 左近次さんに我儘(わがまま)言うな!」

「えーっ! だって昨日のやり回し、おれ見れなかったんだもん!」

「そうよそうよ! 大人がみんな前に出るから見えなかった!」


子供達が駄々(だだ)()ね、左近次は持っていた長槍(ながやり)を見る。


「ふむ…手が空いていると落ち着かんから持ち出して来たが、そういうことなら任せておけ!」


左近次は広場のようになっている場所に立つと、槍を(かま)えた。


(みな)(しゅう)とくとご覧あれ! 大槍(おおやり)使(つか)いの島田左近次、その大槍回しをお見せしよう!」


人々が歓声(かんせい)を上げ、左近次は揚々(ようよう)と槍を回す大道芸を披露(ひろう)する。

子供達は目を(かがや)かせ、大人達は楽しげな左近次を見て笑みを(こぼ)す。

最後に左近次が槍を空高く投げ、落ちて来たものを掴み取り、一際(ひときわ)大きく回して止まると大きな拍手が巻き起こった。


「いやはや! お付き合い頂き感謝する!」

「おいちゃんすごーい!」

「もっかいやって! もっかい!」

「いやいや! 喜んでくれるのは嬉しいが、儂もそう若くない! 今日のところはこれで勘弁(かんべん)して貰えぬか?」


左近次がしゃがんで子供達に謝っていると、一人の子供が前に出た。


「へんっ! 何だよ大したことないな!」

「ん?」


左近次が顔を上げると、そこには十二歳くらいの少年が腰に手を当てて立っていた。


「若様を救った英雄の一人って聞いたからどんな奴かと思えば…ただの槍ぶん回すだけのおっさんじゃん!」


鼻で笑う少年を左近次が見つめていると、一人の男がやって来て少年の頭に拳骨を落とした。


「ッテェ!!」

「こら! 何を失礼なこと言うかこの馬鹿息子が! 失礼致しました、左近次殿!」


男が少年の首根っこを掴みながら謝り、左近次は思い出したように掌に拳を乗せる。


「おおっ! おぬしは確か家臣の!」

「はっ! 志波(しば)雅彦(まさひこ)と申します! 此方は(せがれ)冬彦(ふゆひこ)と申します!」

「離せよ父上!」


冬彦と呼ばれた少年は志波の手を振り払い、左近次を指差す。


「何でこんな大して強くなさそうなおっさんに頭下げるんだよ! こいつが英雄の一人なんて嘘だろ!?」

「こら! 冬彦!」

「はっはっはっ! その通り! 儂は英雄なんて大したもんじゃないぞ、お若いの!」


左近次は笑って答える。


「運良く大戦で生き残っただけの無骨(ぶこつ)(もの)だ、人に(ほこ)れるようなことを()()げた訳でもない…ただの駄目親父さ」

「左近次殿! そのようなことは…!」

「はっはっはっ! 良い良い! 今じゃ大戦を知る者も少なかろうて! 儂は気にしとらん!」


左近次は槍を(かつ)ぎ、笑ってその場を去る。


「左近次様はいつも笑っておられるな…」

「やはりあの方も大戦を駆け抜けた方だ…子供の戯言(ざれごと)には引っかからんのだろう」


大人達がヒソヒソと話し、冬彦は眉間を寄せる。




正吉の屋台で買い足した串焼きを食べ歩きながら、左近次は国の外れの林まで来た。


「…なぁ坊主! お前さん何処(どこ)まで付いてくるつもりだ?」


左近次が振り返り言うと、冬彦が木の(かげ)から現れた。


「…気付いてたのかよ」

「人を()けるならば気配を消す鍛錬(たんれん)をせねばな! 戦いも知らぬ子供には難しいが!」

「なっ! 俺のこと馬鹿にしてるだろ!?」

「いやいや! 儂は事実を()べたまでだ!」


左近次がヘラヘラと笑い、冬彦は怒って顔を真っ赤に染める。


「ずっとヘラヘラしやがって…! 英雄の一人なんて言われてるけど! どうせ四人の中じゃ一番弱いんだろ!?」

「ん? そうさなぁ…まぁあの三人には勝てんだろうな」

「ほらな!」

「あの三人は化け物並みだからのぉ…あれと比べるなんて、人と別の生き物を比べるようなものだな」


左近次は一人で納得するように言う。


「ところで、冬彦と言ったか? お前さん、どうしてそこまで儂に突っかかる? 儂はお前さんの気に触るようなことを何かしたか?」

「ッ…うっせぇ! 俺はお前みたいな歳食って威張(いば)ってるだけの奴が嫌いなんだよ! 祖父ちゃんみたいで腹が立つ!」

「祖父ちゃん? となると、お前さんのお父上の前に家臣だった方か」

「そうだよ! 代々家臣を務めた家だが何だか知らねぇけど、いつも威張り散らしてて! 父上や母上のことも見下してて! 死ぬ間際(まぎわ)さえ父上達を罵倒(ばとう)して遠ざけて…一人で死んじまった糞爺(くそじじい)だ!」


鼻息荒く言う冬彦を見つめ、左近次は笑う。


「それはお前さん、祖父様は死に様を見せたくなかったんだろうさ」

「…は…?」

「父親とは妙な所で意地を張る生き物でな…息子夫婦、更にはお前さんに、弱った姿を見せたくなかったのだろう」

「はぁぁっ!? 適当言うなよおっさん!」

「あながち間違ってはおらんと思うがなぁ、儂も息子が三人も居ったからな! 父親としての考えは分かるつもりだ!」

「ふんっ! あんたみたいな父親、どうせ鬱陶(うっとう)しがられてるんだろ!?」


冬彦が罵倒するが、左近次は笑顔を崩さずに口を開いた。


「もう分からんなぁ、全員死んでしまったので」

「…え?」

「大戦には、息子達と参加してな…皆、この父より先に()ってしまった」


左近次は串焼きを食べ終え、串を折って懐にしまう。


「妻の葉月(はづき)からとって、青葉(あおば)紅葉(こうは)緑葉(ろくば)と名付けてな…妻を早くに亡くして男手一つで育てたが、実に立派な子らだった! しかし、大戦で皆…儂を置いて逝ってしまったよ」

「…三人とも…?」

「ああ…緑葉は戦闘での怪我の手当てが遅れたせいで感染症に(かか)り、苦しみながら…紅葉は敵に脚の腱を斬られ、歩けないまま生きていくならばと、儂に介錯(かいしゃく)を頼んだ」


左近次は木々を見上げる。


「そして青葉は…儂や仲間を守る為に、抱えられるだけの爆薬を抱えて、敵陣に飛び込んだ」


冬彦は青褪(あおざ)めた。


「…戦とは…そうも簡単に人が死ぬのか…」

「ああ、一瞬だ…未来ある若い者達が呆気なく散り…儂のような年寄りが、運悪く生き残ってしまった」


左近次は自分の手を見る。


「…あの子達の代わりに儂が死んでおれば…何度、考えたことか」


そう呟く左近次の笑みが悲しげで、冬彦は息を呑む。


「しかしそんなある日、戦場であいつらに出会ったんだ」

「あいつら?」

「菊之丞、恭弥(きょうや)、銀次の三人だ…偶然にも、あいつらは儂の息子と歳が近くてな…それでつい世話を焼いてしまい、鬱陶しがられてしまっての!」


左近次は笑顔で話す。


「お前さん達の殿である菊丸様を救ったのも成り行きよ! 菊之丞が彼を守ると決めたならばと、それに付き合ったに過ぎん!」

「な、何で…」

「…あいつらが大切に思うものは、儂にとっても大切なものなのだ」


風が吹き、舞い落ちる木の葉を左近次は(つま)み取った。


「息子達に出来なかったことをしてやりたいのだ…菊之丞達の大切なものならば、儂も共に守りたい…そうして死ぬことになっても、それならば僥倖(ぎょうこう)! その時には儂は(ようや)く、胸を張って息子達に会いに行けるだろう」


左近次は優しく温かみのある微笑みを浮かべ、冬彦はその表情に見惚(みと)れる。


「さて、お(しゃべ)りはそろそろ(しま)いだな!」


冬彦に背を向け、左近次は槍を構える。


「良い加減に姿を(あらわ)したらどうだ?」

「え?」


冬彦が首を(かし)げていると、野伏(のぶせり)が木々の陰から現れ、二人を(かこ)んだ。


「ひっ…!?」

「ふむ…三太夫の旦那から、盗人(ぬすっと)へと落ちた野伏が目撃されるようになったと聞いていたが、まさかこれほど国の側まで来ていようとは…すまんな冬彦、本当はここへ着く前にお前さんを()くつもりだったのだがのぉ」


冬彦を背後の木の側に突き飛ばし、左近次は笑みを消し野伏達を(にら)む。


「儂の名は島田左近次! この国は儂の息子の宝が治める国…手出しをしようと目論(もくろ)むならば、この儂が黙ってはおらんぞ!!」


野伏達が雄叫(おたけ)びを上げながら向かってくるが、左近次は槍で蹴散(けち)らしていく。

長い槍を自らの手脚のように操り、向かってくる敵を()じ伏せていく。


(す、凄い…さっきの町で見せた立ち回りなんて序の口かよ!?)


野伏達を蹴散らす左近次から目が離せない冬彦は、木の陰から近付く野伏に気が付かなかった。


「冬彦!!」

「えっ!?」


左近次に名前を呼ばれ、野伏に気付いた冬彦は咄嗟(とっさ)に両腕で身体を(かば)う。


次の瞬間、木の上から飛び降りて来た銀次が二振りの刀で野伏を斬り伏せた。


「銀次様!?」

「楽しそうなことしてんな、おっさん!」


冬彦の頭を撫で、銀次は左近次の側に立つ。


「何だ銀の字、お前も尾けて来たのか?」

「気づいてた癖に何言ってんだよこの狸爺! 兄貴と恭弥にも伝達(でんたつ)は済ませてるっての!」


野伏達の背後に、菊之丞と恭弥が現れる。


「おいおい左近次、一人で始めるなんてつれねぇなぁ?」

「これは俺達四人で受けた依頼だ、抜け駆けは許さん」

「はっはっはっ! すまんすまん! 儂もちょっとした()(ちが)いがあってな!」

「まぁ、話は後でゆっくり聞くわ」


菊之丞と恭弥も刀を抜き、四人は笑みを浮かべる。


「さて…やるぞ!」

「「「おぅ!!」」」


菊之丞の掛け声と共に、四人は野伏に向かっていく。






「…兄上の伝達を聞き、直ぐに駆け付けたつもりでしたが…」


数刻(すうこく)後、兵を引き連れて林へやって来た源蔵(げんぞう)は、四人によって縛り上げられた野伏達を見て溜め息を吐く。


「悪いな源蔵! もう片付いちまった!」

(ひど)いですよ兄上! 次の任務では共に戦わせてくれると約束していたのに!」

「我儘言うなって! ごめんって!」


源蔵が右手で銀次の胸をポカポカと殴り、その様子を見て恭弥は笑みを溢す。


「左近次、そいつは…」

「ああ、家臣の志波殿の倅だ、冬彦と言う」

「ふーん」


左近次の紹介を聞き、菊之丞は(かが)んで冬彦と目を合わせる。


「どうだった、冬彦」

「え…」

「左近次は、強いだろう?」


菊之丞の質問に、左近次は目を見開く。


「…はい…あの! 散々(さんざん)失礼なこと言って、ごめんなさい!」

「ん? ああ…気にしとらんぞ!」

「冬彦!!」


見ると駆けてくる志波の姿があり、志波は冬彦を抱き締める。


「父上…」

「良かったぁ! お前に何かあったらと、父は心配で心配で…!」

「すまんな志波殿、御子息(ごしそく)を巻き込んでしまった」


左近次が頭を下げ、志波は首を横に振る。


「いいえ! 冬彦が勝手に貴方について行ったのでしょう! 守ってくださり、本当にありがとうございました!」

「いやいや、全ては儂が…」

「左近次様」

「さ、様!?」


冬彦からの呼び方が変わり左近次は驚く。


「…こんなこと、俺なんかが無責任に言っちゃ駄目かもしれないけど…」


一度目を伏せて、意を決したように冬彦は左近次を見つめる。


「貴方の御子息達は、貴方を誇りに思っていると思います」


左近次は目を見開き、口を少し歪ませた後、恥ずかしそうに笑った。


「そうかのぉ…そうなら、嬉しいなぁ」







「左近次様は、素敵なお父上だったのでしょうね」


夜、裏御殿(うらごてん)(まね)かれた菊之丞達は酒を飲み、月を見上げながら酒を(あお)る左近次の隣に菊丸が座って言った。


「えぇ? そんなことは…息子達を守り切れなかった…父親失格ですよ、儂は」

「いいえ、左近次様…貴方を見ていれば分かります…貴方の御子息達は、きっと立派な人達だったのだろうと」


菊丸は優しく微笑む。


「それに、貴方の子は他にも居ます」

「え?」


菊丸が振り返り、左近次も視線を追うと、酒を飲み騒ぐ菊之丞達の姿があった。


「菊之丞さん達も、各々の形で貴方の教えを受け止めていると思います…それに、冬彦君も」

「え、冬彦がどうされました?」

「…志波殿と、お祖父様の話をしたそうです…志波殿から、お祖父様は人に弱さを見せたがらない人だったと聞き…左近次殿の言う通りだと、笑っていたそうです」

「…そうですか…少しは、(わだかま)りを解けたら良いが…」

「冬彦君、貴方のような槍兵(やりへい)になりたいそうですよ」


菊丸は左近次に笑い掛ける。


「貴方のように、笑って国を守れる男になりたいそうです」


左近次は目を見開いた後、大声を上げて笑った。




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