第参話 胃袋を掴むのが女子力
「奏!本当に手抜きなのか!
作り始めてから10分も経っておらんのに、いい匂いがしてきたぞ!」
「いい匂いって思ってもらえてるのは助かるわ。
口に合わなかったらどうしようとか思っていたの。
スーパーの売れ残り弁当と温めるだけの簡単なものだけだから手抜きも良いところよ、ふふっ」
ケトルでお湯を沸かせながらフライパンにも水を張って湯を作り、フライパンに沸騰したお湯ができたところで乾麺パスタを投入。
吹きこぼれ防止も兼ねてスープスパゲティのソースを投入し一緒に温める、時間を逆算し出来上がるタイミングに合わせて半額弁当をレンジで温める。典型的な日本人の手抜き作業だ。
お弁当も盛り付けるのが面倒なので、蓋を取ってそのままテーブルに出し、スープスパゲティも置いたところで、
「本当にこれが手抜きなのか?」
「見てたでしょ?
そこの機械に入れてボタンを押しただけと、こっちも雑にお湯を作って温めただけ」
「それなのにこれほどまで美味そうな料理ができるのか・・・これもこの国のちからか?」
「そんな事は後でいいじゃない。あたしもお腹がぺこぺこだし、食べましょ」
「そうじゃな。いただくぞ!」
「はい、どうぞ」
「なんじゃこれ。滅茶苦茶美味いぞ!」
「それはハンバーグって言ってこの国でも人気の肉料理だよ。
隣の白いのと一緒に食べると、また違った美味しさがあるよ」
「ふむ・・・たしかにこの白いのが引き立てておるな!」
「こっちの皿に盛られた麺もいいか?」
「もちろん良いわよ」
「これも美味い!」
「口にあったみたいで良かったわ」
「奏、お主。本当はこの国の料理ができる魔法使いではないか?」
「違うわよ。あたしはもちろん、この国には魔法使いはひとりもいないわよ」
「じゃあ、なんで何もないところからこれほどの豪華な食事を用意できるんじゃ?」
「すごく褒めてくれているところを大変恐縮なのだけど、今リシュナちゃんが食べているものってこの国の人間からすると特別美味しいものってわけではないの。
本当に安価で手軽に用意したものなんだよ。むしろ、これらを出すと怒り出す人すら居るんだから」
「な・・・なんじゃと・・・こんな豪勢な食事を出されて怒り出すとは・・・王族か!?いや王族以外ありえまい!?」
「この国には王様みたいな人や貴族みたいな人とか、先祖を辿ると昔は貴族だった人はいるんだけど、基本的にみ~んな平民」
「そんな・・・馬鹿な・・・じゃあ、平民がこれを出されて怒るのか?」
「そうよ。しかもお金持ちとか偉い人じゃなくて本当に極々普通の人でも怒る人がいるのよ」
「そんな贅沢な・・・
しかし、それは僥倖じゃ」
「なんで僥倖なの?」
「今の段階ではまだハッキリとしたことは言えんが、高い確率で妾は元の世界に戻ることができないと思う」
「戻れないから、これらが当たり前に食べられるこの世界に居られるのが僥倖なのね」
「そういうことじゃ」
「じゃあ、用意したご飯も食べちゃったし、リシュナちゃんがどうしてここに来てしまったのか教えてもらっても良いかしら?」
「そうじゃな、その説明をせねばならんな」
リシュナちゃんの話はこんな感じだった。
生まれた時にリシュナちゃんの世界のもっともメジャーな教会の偉い司祭から神託で世界で一番の力持つ魔女になると言われ、それから15年後に復活する魔王と戦う勇者を支える仲間となるように育てられた。
その勇者や仲間とともに復活した魔王へ挑んだ闘いの最中に、勇者と魔王が互いに強力な魔力を出してぶつけ合い爆発しそうになってしまった。その2人の強大な魔力を暴走させないようにコントロールしようとしたのがリシュナちゃんで、コントロールができていたけど最後の最後で制御がしきれず、やむを得ず魔力を何処かへ逃がそうと転移魔法へ変換したら、その魔力に押し流されてリシュナちゃんはこの世界へ来てしまったらしい。
そして、元の世界に戻ることができないと言うのは、この地球は元いた世界と違い空気中に魔力がほとんどない状態で、元の世界へ戻るための魔力を工面することができそうにないからだという。
ところどころ日本語への置き換えで躓いたりもしたけど、ほとんど問題なくあたしが理解できる様に話してくれた。
見た目は金髪ブロンドの20代半ばくらいの雰囲気のリシュナちゃん、まだ16歳だそうで・・・今年30歳になるあたしは勝手に同年代でちょっと下くらいと思っていたけど、よく白人のブロンドの娘が年重に見える現象ですね・・・はい。
さっきまでは全然意識してなかったのに、干支1周以上離れていると意識してしまうと、これからどう接して良いのか迷ってしまう。
話も一段落したところで眠気が強まったので、続きは明日にすることにして今日は寝ることにした。
寝る直前に、あたしが社会人になって一人暮らしを始めた年の冬に安さ優先で誂えた羽毛掛け布団と、一昨年ちょっとだけ贅沢したマットレスに甚く感動したブロンド美女の姿があった事は言うまでもない。