遂に転生の時
父親による地獄の筋トレは10分続き、海はもうヘトヘトだ。
疲れた体でなんとか制服に着替えた。
バター、蜂蜜をたっぷり塗った甘ったるいパンを食べて、母の作った弁当を鞄に入れる。
「うぉっし、行ってきまぁーす」
「「いってらっしゃい」」
由美は家の近くの学校に通っているため、まだ登校時間ではない。
この時まだ海は気付いていなかった。
これが家族との最後の会話になることを。
海はローファーを履き、家を出た。
天気は曇り、今にも雨が降りそうな天気だ。
「は〜、一応傘持っとくか」
傘を持ち、重い足を動かして駅に向かって歩く。
時間的に余裕を持って駅に着くことができた。
駅には定石通り大量の人で溢れていた。
「うわぁ、ダル、どこ並べばいいんだこりゃ」
人を避けつつなるだけ並んでいる人の少ない列に並ぶ。
到着した電車の中へぎゅうぎゅうになりながらも入り込むことができた。
(本読もうにも読むスペースすら無ぇな)
学校の最寄り駅まで約15分。
その間本を読もうと思ったが、スペースが全くない。頑張って適当な妄想で過ごしきった。
最寄り駅につき、ようやく暑苦しい電車から出ることができた。
(死ぬかと思った...ん?)
順路の前方から誰かが来ている。
遠目から見ると同じ学校の制服を着ている。
(あれは...片岡か)
「先輩、おはようございます!」
「おはようさん」
体格のいい片岡は、陸上部で海より優秀な成績を残していた。
(全く、月曜日だってのに元気だなコイツは...)
一年生の後輩は登校している間一方的に海に話しかけていた。
月曜日だからか、海は殆ど適当な相槌しか打てなかった。
教室の前で片岡と別れ、机に座る。
(あれ?菜乃花はまだ登校してないんだな)
いつもなら海が登校する頃には菜乃花は席について勉強しているはずだ。
「おはよっ!海ぃ」
「うぃす」
「なんかお前今日元気無ぇなぁ」
「月曜だし、雨だし、お前居るし」
「ひど」
この明るい男は福戸 累。海の友達のうちの1人だ。
常に元気のように見えるが、体調を悪くしてよく休む。
今日は珍しく学校に来ていた。
「累、宿題あったけどやったか?」
「それよりさぁ」
「話を逸らすな。今日までの宿題があるはず」
「うっひー、やってねぇ」
なんだかんだ言ってる間に朝礼の時間。だが菜乃花はまだ来ていなかった。
「おはようございます」
『おはようございまーす』
先生が明るく挨拶する。
「今日は北野さんがお休みです」
急に先生の声のトーンが下がった。
嫌な予感がする。
「交通事故に遭ったそうで、心臓も動いているし呼吸もしていますが、まだ意識は戻ってきていないそうです」
ドキン、と胸が鳴った。
鼓動が激しくなり、いても立っても居られなくなった。
(菜乃花が...嘘だろ...?)
「他に連絡することはありません」
「起立、気を付け、礼」
『ありがとうございました』
「...ありがとう、ございました」
その日1日、海はまともに授業を受けることが出来なかった。
学校がようやく終わり、体調が悪いと言い訳をして陸上部を休んだ。
(急いで帰って早く病院に...!)
最寄り駅まで走って向かったその時、信号が赤になった事に気付かず、道路へ飛び出してしまった。
(あ、ヤバい)
海は、横から来た乗用車に衝突した。
激突した衝撃で吹き飛び、道路に転がる。
体から出血しているのを感じた。
「痛い...痛い痛い痛いっ!!」
だんだんと意識が遠のいていく。
(俺、死ぬのか...怖い。死ぬのがここまで怖いなんて。転生小説とかの主人公って、こんなに苦しんでたのかよ)
「......最後に、1回くらいは...菜乃花と喋りたかったな...」
もう叶わない願いを声に出し、目を閉じる。
周りの人が急いで話しかけている声も遠のき、意識を失った。
高校2年 目黒海、徳を積むわけでもなく、死去。
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長く眠っていたのか、なんとなく車にはねられた痛みを思い出しながら、体を起こす。
「いっつつ...ここは...天国か...?」
『黄泉の国です。未だ天国じゃありませんよ』
「あ、ハイ。貴方誰っすか」
急に目の前に現れた女性(女性のように見える)は、『神です』と言った。
「...俺死んだんですよね?」
『はい、今は決断の時。天国又は地獄で1000年過ごすか、転生し、命のループに入るか』
(展開が早すぎて...脳が追いつかねぇ...!)
よく見れば、自分の後ろの方にも死んだような眠り方をしている人がたくさん並んでいる。
その人達の「決断」も早くさせたいのか、神は若干焦っているようにも見える。
「つ、つまり...俺は確実に現世で死んで、この先どうするかを決めなきゃならんと?」
『そういうわけです。この世で過ごせることがどれだけ良いことか...一万人に一人しかこの権利を持っていないんですよ?』
なんとなくレアな感じはする。
だが、死の恐怖を味わった後の脳に決断は難しかった。
(神様、なんだよな...なら、こんなことはわかるのかな...?)
早くしろ、と言わんばかりに、神は圧力をかけている。
「なぁ、神様。もうすぐ、俺の幼馴染の北野 菜乃花がここに来たりしないか?」
『貴方はその幼馴染の方に早く死んでほしいと?」
「そ、そういうことじゃない。ただ、現世ではあいつは意識不明だって言われてて、もし死んでしまうようなら会いたいなって思って」
『結構クズですね、貴方。...本来こういうことを言ってはいけない規則ですが、今回は特例です。幼馴染とあれば尚更...』
しばらく沈黙が続いた後、ようやく神は口を開いた。
『貴方の幼馴染も、転生しました』
「え...?」