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20年振りに帰ってきた勇者「待たせたな、結婚しよう!」って遅すぎるー!! もう魔女になってるんですけど!

作者: 城壁ミラノ

 ここはグレネイド王国。

 場所は昼間でも真夜中のように暗い、恐ろしい魔女の住む森。

 誰もが恐れて近寄らないそんな森に、一人の勇者が勇ましく足を踏み入れていた。


 “あの森にいるのは恐ろしい魔女です”

 “伝説の勇者様、行かないで”

 “あの魔女に会えば、いかに伝説の勇者といわれるお前でも無事では済まぬぞ”


 “大丈夫、俺は――”


 勇者は笑みを浮かべた。


 それを油断と見て襲いくる魔物を剣で切り裂き、暗闇に近い道なき道をカンを頼りに先へ進む。


 辿りついたのは蔦に覆われた木の家。


「いかにも、魔女が住んでそうだな」


 そう呟くと、ドアノブを握った。

 結界が張ってあったようでビリッときたが、かえって開けてやる気に火がつき力を込めて引く。


 結界と鍵どころか蝶番も外れて、扉は完全に取れてしまった。


「ベネイアー! 帰ったぞー!!」


 気にせず家に足を踏み入れた勇者の目に映ったのは。


 部屋の真ん中でグツグツ煮える大鍋を前にする、黒いローブ姿の絵に描いたような魔女。


 魔女ベネイアは振り返った姿勢で硬直しており、驚愕の目が勇者を見つめていた。


 そこでふたりの間を流れる時が止まった。

 どれくらい、ふたりは見つめあったか。


 ベネイアの呆気にとられて開かれた唇が動きだし、魔女らしくない綺麗な声が部屋に響いた。


「グリフィス!?」


「そうだ、俺だ!」


 グリフィスは大股で近づくと、ベネイアを掴めそうな距離で両手を広げた。


 そしてそこでまた、懐かしい可愛い婚約者の、白くなった肩までの巻き毛と変わらない紫の瞳と、20年の時を経た顔と姿をよくよく見直して――。


 満面の笑顔で告げた。


「待たせたな! 結婚しよう!!」


「遅すぎるわよー!!」


 牙を向いたベネイア。

 グリフィスはついマントで顔と体を隠した。


「ヒッ」


「何年待たせたと思ってるの!?」


「えっと、に、20年くらい?」


「待たせすぎよ! その20年の間に、どうなってしまったと思ってるの!?」


 グリフィスはマントの端から、チラッともう一度確認した。


「ま、魔女になった?」


「そうよ! 魔女よ!!」


 両の爪を突き立てるように威嚇するベネイア。

 グリフィスはまた悲鳴を上げた。


「ご、ごめん! 待たせすぎた」


「謝ってすんだら……」


 ベネイアは籠からりんごを取り出した。


「毒りんごはいらないのよ!」


「毒りんご!?」


 突き出された毒々しいほど赤いりんごを見つめ、グリフィスは顔を強張らせた。

 愛する女がまさか――


「ベネイア、まさか、それで人を殺めてきたのか?」


「……ふん、あなたとの約束が頭に引っかかって、さすがに命を奪ったことはないわよ。これは仮死状態にさせるりんごよ。他にも、カエルやネズミに変えてやったりもしてきたわ」


「充分、ヒドイぜ」


「ふん、わかっているわよ」


 ベネイアはグリフィスに背を向けた。


 歳は取っても態度は変わらない。

 輝く金髪も火のような赤い瞳も。

 そんな懐かしい彼の姿が見えなくなると、現実が押し迫ってきて。

 それと同時に――


 “必ず帰る。その時は結婚しよう!” 

 “ずっと、待ってる!”


 そう約束した20年前のふたりの姿が、思い出の彼方に消えていくのが見えた。


「私は魔女なの。もう帰って」


「帰らない! 俺の家はここだ!!」


 声の大きさと勢いに、ベネイアは思わず振り返った。


「グリフ」


「ベネイア、愛してる! 魔女になっても綺麗だ。美魔女だ!」


 笑顔で片手を差し伸べるグリフィス。


「あ、ありがと」


 絆されそうになっている。

 ベネイアはキッと顔に力を入れた。


「ふん、今さら遅いのよ。愛してるなら、どうしてもっと早く来てくれなかったの? 待っててくれて当然みたいに意気揚々と帰ってきたけど、20年待たせるのは長いと思わなかったの?」


「言い訳させてくれ」


「あなたが言い訳なんて、なによ?」


「本当は、10年前に帰るはずだった。しかし、帰る途中に “帰らずの森” に入ってしまったんだ」


「帰らずの森!?」


 帰らずの森といえば、現実世界に嫌気が差し帰りたくない者が入ると言われている森だ。

 勇者大好きなグリフィスが夢を叶えたのに、まさか、そこには行かないだろうと行方不明の10年そこは探していなかった。


「どうして、入ったの?」


「帰らずの森なら、俺は必ず帰ってやろうと思ってな。ただの根拠のない勇者の自信というやつで入った。言い訳しようもない!」


 高笑いではぐらかすグリフィス。


「ほんと、今度は言い訳を聞く気にもならないわ……」


 彼のいつもの向こう見ずさで入ったなどと。

 妙に安心して脱力していくなかで、自分との約束が原因ではなかったということだけが救いでなんとか立っていた。


「それで、行方不明と言われていた10年間、そこにいたの?」


「ああ、森で1年過ごしたと思っていたら、10年の時が流れていたんだ」


「それって――」


 魔女のせいか、即座に邪推の目を向ける。 


「美女と1年楽しく過ごしてたんじゃないでしょうね?」


「ギンガモールさんかよ! そんな昔話みたいな、うまい話があるわけないだろ? 真面目に勇者して魔物を退治していたよ!」


「そう……とにかく、あなたが10年行方不明だった理由はわかったわ」


「わかってくれたか!」


 また手を差し伸べるグリフィス。


 しかし、ベネイアはフンと顔をそらした。

 グリフィスが行方不明の間に、魔女になってしまっていた。

 なんの音沙汰もなく消えたグリフィス。


 “勇者グリフィスは死んだ”

 “いや、勇者をやめて、どこかでひっそりと暮らしているんだろう”

 “誰かと、幸せに……”


 そんな噂話に屈して魔女になってしまった。

 真相は知れても、自分への怒りと後悔は簡単には消えそうになかった。


「行方不明だった理由がわかったと言っただけよ。結婚はしないわよ」


「なんでだ! してくれよ!! 20年待たせてもう一日も待たせたくないんだ!」


「私は魔女なのよ!」


「なんで魔女になんかなったんだ! ややこしい!」


 ベネイアでなければ、ぶった切って終わりなんだが。

 グリフィスは剣に伸びそうになった手を握りしめて歯ぎしりした。


 ベネイアの方は、うつむき加減で告白した。


「なんでってそれは、単純に嫉妬よ。仲のいい恋人同士や夫婦にイライラして仲を邪魔したくなったからよ」


「うわー、最低だあ。普通に最低の理由で魔女になってるじゃないか。いかにも魔女だ。正真正銘の魔女」


「魔女魔女うるさいわよ!」


「ごめん! 気にしてることを……」


 本心を見抜かれて、べレイアの胸はズキンと痛んだ。


 嫉妬だけが理由なわけがなかった。

 グリフィスが来てくれない。

 忘れられたんだという悲しみを消したかった。

 ただの可哀想な人でいることが耐えられなかった。

 魔女になって、悪い女になれば――

 勇者グリフィスをスッパリ諦められると思っていたのに。

 諦められるどころか――

 いつか、もしも、グリフィスがこんな風に帰ってきたら、きっと、魔女になったことを後悔する。

 その恐怖ばかりが、今日までべレイアに付きまとっていた。


 そして、恐怖は現実となった。


 グリフィスを見た瞬間恐怖にかられた。

 しかし、彼の勢いに返す形で、魔女らしく振る舞うことはできた。

 再会の瞬間、待たされた怒りに支配されたのもあった。

 そう、自分は正真正銘、怒れる魔女になってしまっているのだ。

 魔女魔女魔女。

 そうグリフィスも言った。

 ……気にしていないようだけど。

 他の人々は……


 今こそグリフィスと決別しよう。

 ベネイアはもう一度背を向けた。


「ごめん、俺のせいだよな。共に償い生きよう」


 聞こえてきた彼らしくない弱々しい声に応えて、新しい道をあげるために。


「気にしてないし、気にしないで。あなたが償い生きる必要なんてないし、私も後悔してないし」


「してないのか、振り切ってるなぁ」


 腰に手を当て胸を張るベネイア。

 グリフィスはたじたじになった。


「もう、いまさら出てきてとやかく言わないで。魔女になった事実は変えられないのよ……」


 つい、辛い現実から目をそらすように、グリフィスから視線をそらすベネイアだったが。

 グリフィスはへこたれない精神の持ち主だった。


「わかった! 魔女のままでいい! 結婚しよう!!」


「だからしないってば!」


 つられてベネイアも勢いを取り戻したが、なるべく冷静に言い聞かせた。


「いい? あなたが結婚すべきはもう、私じゃないわ。あなたは勇者なのよ? 魔女と結婚するなんて、誰も望まないし許さない。早く……」


 辛さを吐き出すようにため息をついてから、息を吸い込み、


「お姫様とでも結婚しなさい! 毒りんごでお祝いしてあげるわ!」


「俺のお姫様はお前だけだ!!」


 言い切ったところに倍の勢いで言い返されて。


 ベネイアはグリフィスにのまれてしまった。

 20年振りに、真剣な瞳を見つめ返した。


「王国のお姫様にも、そう伝えてる。いつだったか王様から結婚しろと言われた時にな。それから、この森に入る前に止めてくれた人々にも伝えた。 “俺は、ベネイアと結婚するんだ” ってな!」

「バカ!」


 それ以上の言葉が見つからず――

 ビクリとして縮こまるグリフィスから、ベネイアは自分の服に目を落とした。


 その間もグリフィスは、


「怒らないで喜んでくれよ。みんな驚いていたが “おめでとうございます” と言ってくれる人もいたぞ! しかし、道行く人と話してビックリしたぜ。いつの間にか “伝説の勇者” にされててさ。まぁ、10年行方不明だったから仕方ないけどさ!」


 問題なさそうに高笑いする。

 ベネイアはまだ下を向いたまま、


「喜べないわよ。こんな」


 魔女になってしまってからでは。


「私がグリフィスのお姫様だなんて」


 嬉しいのに、もう素直に喜べる時は過ぎてしまった。


「もっと早く、聞かせてほしかった。私が――」


 今さら急速に流れはじめた、グリフィスとの時間。

 変わっていく自分の心に、いや、元に戻っていく自分の心に戸惑っていた。

 グリフィスをただ信じて待っていたあの頃には、もう戻れないのに、想いは口をついて出てしまった。


「グリフィスのお姫様になれるって信じてた、あの頃に聞かせてほしかった」


「それは、いつ頃だ?」


「いつ頃って……」


 繊細な心の動きを知る術もないから仕方ないけど。

 あっさり聞いてくるグリフィスに、ベネイアは脱力気味の目を向けた。


「そうね、やっぱり10年くらい前まではなんとか信じられたわね」


「10年前……そういや、帰らずの森に入る前何してたっけ、俺。いや、俺にとっては1年前なんだけど、10年前と言われると混乱するんだよなぁ」


「本当に勇者してたの?」


「してたにきまってるだろ! 逆にしてなかったら “ああー、あの頃は魔王と戦ってて大変だったなー” とか適当に嘘ついて誤魔化してるよ。変わらない勇者の日々だったからハッキリ思い出せないだけだ!」


「そう、わかったわよ」


 ここまで来て昔と変わらず元気いっぱいのグリフィスに、ベネイアは完全に負けた。

 そんな彼女の耳に、グリフィスの得意げな声が響く。


「勇者の日々のことは、後でゆっくり思い出しながら聞かせてやるぜ」


 聞きたい。

 ベネイアは両手に顔を埋めた。


「うぅ」


「どうした!?」


「どーしたもこーしたもないわよ! 寂しかった、会いたかった……!」


「ベネイアッ――、ごめん! 俺も会いたかった!!」


 グリフィスはグッと愛する人を抱きしめた。


 そこでふたりは硬直してしまった。触れ合うのは初めてで、いい大人だったが、なんだかもう、これだけで極限までドキドキしだしていっぱいいっぱいになった。


 ベネイアは熱が出たように顔が火照り、頬を濡らした涙が蒸発していくのがわかった。

 それでも、グリフィスの優しさと強さに包まれて懺悔の気持ちが湧いてくると共にしゃくりあげた。


「ごめんなさい、魔女になってしまって!」


「正直、そう人から聞いた時から “え? なんで?” ってビビりっぱなしだったぜ」


「魔女になる前に戻りたい!」


 胸にすがるベネイアをさらに強く抱きしめ、グリフィスはキッと前を見すえた。


「わかった! 俺がなんとかする!」


「なんとかって?」


 グリフィスはベネイアの肩に手を置き、濡れた瞳に笑いかけた。


「神竜グレイシスを探しに行くんだ! 神竜に力を認められれば、どんな願いでも叶えてもらえるからな!」


 そこで、20年前と同じように誓った。


「必ず、願いを叶えて帰る。待っててくれ!!」


 今回は、不安しか湧き上がってこない。

 ベネイアは眉を下げた。


「帰る!? ちゃんと……私が死ぬ前に帰ってこれる!?」


「縁起でもないこと言うな! 帰るよ!」


 威勢よく一歩踏み出したグリフィスだったが、名残惜しさに辺りを見て籠に手を伸ばした。


「りんごを一個もらって行くぜ。小腹がすいたんでね」


 その後ろ姿は、20年前とは違い寂しそうで。

 ベネイアの不安をさらに煽り、こう言わせた。


「おバカさん、それは毒りんごよ。そんなんじゃ心配だし、やっぱり、今度は待てない。ついて行く!」


 期待していた言葉だった。

 グリフィスは嬉しさに振り返り、


「国一番の魔女が仲間になってくれるか、心強いな! それに、世界で一番の嫁さん、だよな?」


 三度目の正直とばかりに手を差し伸べた。


 笑顔でうなずいたベネイアは駆け寄って、逞しい腕にギュッと両腕を絡めた。


 ふたりの後ろ姿はさながら花嫁と花婿のようで、新しい旅路は夢と希望に満ちていた――。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  好きな人のこと待つのは一日でも辛いと思います。反目しながらも待っていたベネイアの事を思うと辛いです。  二十年想いを変えなかったグリフィスも素敵ですが、今度は愛する魔女を守り続けて欲しい…
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