プロローグ
「ボクはネオテニーだから身体は中学生みたいだけど、
頭の中や感情は21歳だから、性欲もあるし恋人だって欲しいんだよ。
里中さんのことを思うと抑えきれなくなる夜もあるんだ」
【ネオテニー】
動物が幼生や幼体の形を保ったままで繁殖行動が可能な性的成熟に達する状態で、幼形成熟、幼態成熟と呼ばれる。
里中裕人の携帯電話に村上健二から着信があったのは、いつものように麻木美緒の部屋で彼女の手料理を食べて、他愛のない話をしているときだった。
健二と裕人は高校一年のときからずっと同じクラスで、別々の大学に進学した今でも一緒にキャンプやツーリングに行く仲で、裕人の自宅アパートの近所で飲むときは、必ず誘いの電話をくれる。このときも、きっと、それだと思って「今日はアパートにいないから飲みに行けない」を伝えるべく電話に出た。
「おぉ里中、ちょっと話したいんだけど、今、大丈夫か?」
「飲みの誘いかと思ったけど違うのか?悪いが自宅じゃないんで手短に頼む」
「バイト中か?それとも傍に誰かいるのか?実は合コンの誘いなんだけど」
「今は彼女の部屋なんだ。だから合コンのお誘いなら、お断りだな」
「彼女の部屋か。それじゃダメだな。アパートには、いつ戻る?」
「うーん、明後日かな?」
「了解。こんな用件で電話してすまない。彼女には謝っておいてくれ」
真向かいでは漏れ聞こえた「合コン」という単語に反応して、すでに美緒が不安そうな顔をしている。やれやれ、これは厄介なことになったな。
「今の電話は何?合コンとか言ってたけど、裕人、誘われたの?」
いきなり怒り出すのではなく、とりあえず話を聞いてくれるみたいだ。健二は高校時代からの友人で、用件は合コンの誘いだったけど、聞いてのとおり断ったよと説明する。
「よりによって彼女の家にいるときに合コンの誘いの電話をしてくるなんて、
最悪な奴だよ。絶対に合コンなんて行かないよ」
健二をディスって、その場は切り抜けたが、翌々日、裕人が自宅アパートにいるときに再度、健二から電話があった。二度も電話をしてくるのだから、かなり切羽詰まっているのかな?と思い、すぐに切らずに話を聞くことにした。
「一昨日は彼女と一緒のところを悪かったよ。全然、知らなかったけど、
いつから付き合ってるんだ?5月?じゃあ、入学してすぐに彼女ができたのか。
そういうのは、ちゃんと教えろよ。まぁ、里中は変り者だけど、
基本イケメンだから、彼女がいても不思議じゃないんだけどさ」
「いや用件は、この前の続きで、合コンの話なんだ。
うん。来ないんだろ。でも、とりあえず最後まで話を聞いてくれよ。
今回は、ノリの部活の後輩に俺の友人を紹介するってことで、
3対3の6名、幹事も入れて計8名でやる予定で
会場も俺のバイト先のイタリアレストランを予約したんだよ」
健二は高校三年生になったばかりの頃から、他クラスの同級生だった「ノリ」こと片山範子と付き合っていた。明るくて面倒見が良い学級委員長タイプの彼女は、二年生のときに生徒会の副会長を務め、一浪した裕人や健二とは違って、興立女子大学に現役合格していた。
今回は二人が幹事で、それぞれの後輩と友人で合コンをやるが、普通の合コンとは違って、事前に女子が好みの男子を選んでいるとのこと。
発端は、ノリちゃんが健二と一緒に行ったキャンプや旅行の写真アルバムを部活の後輩たちに見せていたら一年生の「モリカヨ」こと森脇香代子から、そこに写っていた健二の友人がタイプだから紹介して欲しいと頼まれたことだった。「全然OKだよ、健二に頼めば、紹介してもらえるよ」と返事したら、それなら私も…と次々に手が挙がって、最終的に3組6名をまとめて面倒みる羽目になったらしい。こういうところは実にノリちゃんらしい。
「おもしろい企画だと思うけど、そういうお見合いみたいな合コンで
電話をくれたということは、ひょっとして4人目の女子から、
まさかの御指名があったとか?いや、それだと嬉しいな。うん。
嬉しいけど、もう何度も言ってるように、
彼女にバレてるから参加は無理だって。
しかもノリちゃんの後輩なら、女性は全員、興立女子大生だろう?
今の彼女は興立女子の短大生なんだ。同じ学校は絶対にヤバいでしょう?」
裕人は断る方向で話をするが、おかまいなしに健二は続ける。
「うん、まあ、それは、ちょっとヤバいかもな。
いやいや、行かないって結論ありきじゃなくて、話を最後まで聞けって。
実は、ノリの先輩で大学三年生なのに中学生にしか見えなくて、
妖精って呼ばれている、すっげぇ可愛い人がいるんだ。
んで、その人が熱心に追いかけている男性モデルと、お前が似てて、
前から会いたって言ってるんだよ」
「ノリは、その先輩のことが大好きで尊敬もしているんで、
なんとか、里中と会える機会を作ってあげたいって相談されてさ。
じゃあ、今回の合コンで顔合わせしたら、どうだろうって俺が提案したら
向こうは、すごく乗り気で、あとはお前次第なんだよ。
それで、その子は自分のことを『ボク』っていうんだと。
里中は昔、岩倉と半同棲してたんだから僕っ娘、好きだろう?」
高校を三年間も一緒だった奴は、こういうとこが面倒くさいんだよな、と思いながら、裕人は、お約束のパターンになっている反論をお笑い芸人の一発ギャグの如く返す。
「あぁそうですとも。俺は岩倉智子から僕っ娘の呪いを掛けられた奴ですわ」
さらに、そこに訂正を被せる。
「あのな、彼女は頻繁に俺のアパートに来ていただけで、半同棲じゃないからな」