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ゾンビになった私は平和に暮らしたかった  作者: 煮れもん
ノア編
8/22

第六話

リリーがその名前を口にした瞬間、当たりが桃色がかった煙に包まれる。

これは一体なんだ!?

「……っげほっ……げほ……」

煙はあっと言う間に晴れてゆき、中から現れたのは、どこからどう見ても人間ではない、大型の動物。

その体は薄いピンクに彩られており、しっぽはまるで蛇の頭のようだ。

『ヒサル』というより『鵺』のように思える。

「な、何だこいつは……」

ペストマスクの男はそう言って一歩後ずさった。

それを見たリリーはフンと鼻を鳴らし、男に向かって言い放った。

「もう一人の、助手だ…いや、護衛だ」

リリーはそう言うと、アルベルトの方へ歩み寄って行った。

「大丈夫か?」

「あ、ああ……なんとか」

リリーはアルベルトに手を貸して起き上がらせる。

「お、おい待て、どういうことだ」

ペストマスクの男が動揺しながらこちらに問いかけてくる。

「何だ?お前の相手はこっちだろう?」

その言葉を皮切に、ヒサルと呼ばれた化け物がペストに襲い掛かる。

ヒサルは大きくジャンプしてペストに飛び掛かり、鋭い爪を振りかざす。

ペストはその攻撃をギリギリでかわすと、銃を構えなおし、そのまま引き金を引いた。

パァン!と乾いた音が響き渡る。

しかしヒサルはなぜかけろりとしている。まるで何事もなかったかのように。

ふとヒサルのいる場所の背後…壁を見ると、銃痕がついている。まさか銃弾がヒサルの身体をすり抜けていったとでもいうのか?

「くそ……面倒ですね」

ペストは舌打ちをしてもう一度銃を構える。するとその隙を狙ったようにアルベルトが飛び出して行き、ペストにバールのようなものを思い切り振り下ろした。

「どぉりゃぁぁぁぁ!!」

ペストは咄嵯にそれを横に避け、その攻撃は空を切る。

「馬鹿な、肩を撃ったはずなのに、何故…」

「そんな玩具で俺たちに勝てると思っているなら考えを改めた方がいいぞ」

アルは余裕綽々といった様子でペストを挑発している。

「……仕方ありませんね」

ペストが懐から何かを取り出した。……あれは手榴弾だろうか?

私はペストの行動を見て、思わず駆け出していた。

「危ない!!!」

ペストがピンを引き抜くと同時に、私はペストにタックルをかけるようにして押し倒した。

本当ならペストの腕を蹴り上げるつもりだったのだが、麻酔のせいで体が言うことをなかなか聞かず、結果として倒れこむような形になった。

「なっ……何をするんですか」

ペストが驚きの声を上げるが、私だって驚いている。

しかし今ここで爆弾を爆発させたらリリーやアルベルトも巻き添えになってしまうかもしれない。

「……ふぅ」

ひとまず安心だ。

ふと、ペストマスクに目をやる。

そこから青い瞳がちらりと見えた。

……どこかで見たことがあるような気がする。

「君は、まさか」

「離してください」

「え?」

「どけ」

ペストがそう言った瞬間、私の腹部に強い衝撃が走る。

「うぐっ……」

「…またお会いいたしましょう、『ゾンビ』」


……意識が遠のいていく……。


「服部……!」

遠くでアルベルトが叫ぶ声を聞きながら、私は気を失った。







◆◆◆◆




「……ここは」

目が覚めると、そこはリリーの部屋のベッドだった。

銃痕はすでに消えており、同じくあの体の倦怠感も嘘のように消えている。

……そうだ、確か私は、あのペストマスクの男に腹を蹴られて気絶してしまったのだ。


「起きたか」

すぐ隣から聞き覚えのある声が聞こえる。

「リリーさん」

そこには椅子に座って本を読んでいるリリーの姿があった。

「気分はどうだい?」

「あー……ちょっと痛いですけど、動けなくはないですよ」

私がそう答えると、リリーは少しだけ微笑んで、手に持っていた本を机に置いた。

「……君には感謝しなければいけないようだ」

「え?何がですか?」

「さっきの奴のことだよ。あいつ、どうやら爆弾を隠し持っていてね。もしあの時服部が助けてくれなかったら私は死んでいただろう」

「いや、それは別にいいんだ…ところでさっきのは…」

「ああ、ヒサルの事か。彼女は私の友だ」

さらっととんでもないことを言ってのけるリリー。先ほどのことを思い出すと背筋がぞくりとする。

「厳密に言えばそうだな…『神獣』だろう」

「神獣⁈」

先ほどのヒサルの姿からして神獣と言うのは少し信じがたい。

「「……まあ、信じられなくても無理はないがな。さすがに魔術だ妖怪だなんて言われても納得はできないだろう?」

「むしろ神獣の方が納得できねぇよ」

私のツッコミにリリーは目を丸くさせ、クツクツと笑い出す。

「ふふ、確かにその通りだな

「……しかし、どうしてあんな化け物を?そもそもリリーさん、君は何者なんだ?」

「分かっているだろう、ただの医者だ」

「そんなわけあるかい!」

そう言ってツッコミを入れる。

「本当にただの医者だ。だが、ただの人間ではないのは確かだな。この地には私のように人間の理解の範疇を超えた力を持つ者がいる。東に位置するNEO日本橋などはそういう人間の宝庫だ」

「力?超能力とかそういうものか?」

「まあそんなところだ」

改めて考えると、私はどうやらとんでもない世界に来てしまったらしい。

「そう言えば…アルベルトはどこに?」

私はきょろきょろとあたりを見渡す。あの時私を心配していた彼は何故か姿を消していた。「彼ならこの建物の外にいるよ。どうせどこかブラブラしているんだろう」

「そっか……って、え?!大丈夫なのか?!」

「問題ない。一応手当はしておいた」

そう言いながらリリーは席を立つ。

「?どこに行くんだ?」

「決まっているだろう、都市だ。今回のことを報告しに行く」

「報告?誰に?」

「女王にだ」

リリーはそう言うと部屋を出て行ってしまった。

私は一息つくと、ベッドの上に寝転がる。

「……これから、どうなるんだろうか」

そんな不安を抱えて目を閉じる。

……

…………

………………


……

「……おい、起きろ」

「ぐぇっ」

私は何者かに思い切り頬を叩かれ、目が覚めた。

「……アルベルト」

「やっと起きたか。もう昼過ぎてるぞ」

「え?……あ、本当だ」

「どうやらすっかり元気になってるみてーだな」

アルベルトは歯を見せてニカッと笑った。

しかしその眼は充血しており、明らかに涙の痕と思われる筋が目尻から頬にかけて残っていた。


「……泣いてた?」

「ばっ、馬鹿野郎!!泣いてねぇ!!」

「ならその顔は何だ」

「これは、あれだ!今日の晩飯に玉ねぎ切ってて……」

「ああー…すまん」

「なっ、謝んじゃねえよ…むしろ謝りたいのはこっちだ。ごめん、たぶん俺がお前の事ライラに話した時、どっかから漏れたんじゃねぇかと思う…」


アルベルトが申し訳なさそうに言う。やはり大丈夫ではなかったらしい。


「全部、俺のせいだ」

アルベルトは顔を伏せ、小刻みに震える。まるで溢れ出す感情を必死にこらえているかのように。


「いや、いいよ。むしろ話してくれて良かった」

「え?」

「だって、隠していたらいつか爆発するかもしれないだろ?それだったら早いうちに知っておいた方がいい。それに、君が悪いわけじゃないし」

「……ありがとな」

それに起こってしまったことは仕方がない。アルベルトのやってしまったことは大変なことだが、それで彼を責めるのは違う気がした。

リリーの話からも察するに、きっと彼も辛い思いをしてきたに違いない。


「それで、服部さん、これからどうするつもりなんだよ」アルベルトが顔を上げて言う。

それを聞いて私は一瞬押し黙る。


ペストはあの時確かに「また会おう」と言った。つまりこれからも来る可能性が少なからずある。

ただでさえ世話になりっぱなしだというのに、命を狙われている者をいつまでも置いておくのは二人にとっても非常に負担になるだろう。

リリーなら「私とヒサルがいれば十分だ」と言いそうなものだが、問題はそこではない。

これ以上迷惑をかけるわけにはいかないのだ。


「……とりあえず、ノアを離れる」

「……そうか」

私がそう言うと、アルベルトは少しがっかりしたように顔を再び伏せた。

「そう、だよな……」

「?何かあったのか?」

「いや、なんでもねぇ。気にしないでくれ」

そう言ってアルベルトは立ち上がり、部屋の出口へと歩いていく。

「俺はちょっと出かけてくるわ」

「ライラに会いに行くのか?」

少し重くなってしまった空気を換えようと、私は彼をすこしからかうように声をかける。


しかしアルベルトの口から出てきたのは、「ああ」という元気のない返事だけだった。


私はその反応を見て、ふと気が付く。

「もしかして、さっきまで泣いていた理由って」

「だから泣いてねぇっつの!」

アルベルトはそう言い残して部屋を出て行ってしまう。

私はその後ろ姿を見送ると、一つため息をつく。


そのまま近くに転がっていたトランクを掴むと、準備を始めた。


30分後。

「……よし、こんなものかな」

私は自分の格好を確認する。

リリーの家にいたころの白シャツに黒いズボンの上には茶色いトレンチコート、靴は革製のブーツを履いている。顔には黒いマスクをつけ、サングラスも付ける。

とりあえずはこれで大丈夫だろう。

普段の仕事では絶対にしないような服装なうえに、心なしか暑苦しいような気がするが、背に腹は代えられない。


「さて、行くか」

私はリリーさんがいつも使っている机の上にメモ用紙を置くと、部屋を出た。

外に出ると、空はすっかり夕焼け色に染まっている。


「それじゃ、お世話になりました」

私は診療所にぺこりと頭を下げると、出口に向かって歩き出した。


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