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ゾンビになった私は平和に暮らしたかった  作者: 煮れもん
ノア編
7/22

第五話

今回は少し短めです

翌朝、私はいつも通り起床する。昨日リリーさんから聞いたことがどうしても気になってしまい、中々寝付けなかったのだ。

「おはようございます」


リリーが起きてきた。

「ああ、おはよう、よく眠れたか?」

リリーはいつもの様に聞いてくる。曰く、「よく眠るということは健康への第一歩だ」とのことだ。

「はい、おかげさまで」

「そうか」と言いつつ彼女はあくびをしながら洗面台へと向かう。


リリーはいつもの白衣に着替えると、キッチンへとやってきた。

「朝食の準備なら私がやるぞ」

「いや、大丈夫だ」

私は胡瓜を切りながら答える。

リリーは不思議そうな表情で私を見つめていたが、やがて興味を失ったかのようにそっぽを向いた。


「おい!やべぇって!」

突然玄関のドアがバァンと音を立てて開かれた。

何事かと思ってみれば、髪を振り乱したアルベルトが慌てた様子で駆け寄ってきた。

「アルベルト!一体どうした?!」

「服部!これ見ろ!」

アルベルトが私たちの目の前に新聞を差し出す。


その国の言葉で書かれた部分に私は目を通す。

「……リリー…これ、なんて読むんだ?」

ズコー!と言わんばかりにアルベルトがぶっ倒れる。

そう。この都市に来てからもう何日も立つが、私はいまだこの都市の文字が読めないでいた。

言語は英語に近く、多少の単語を読み取ることはできたがそもそも私は英語も殆ど理解することができない。


「はぁ…どうりで君は私の家の本を読まないわけだな……ならなぜ私たちの言葉は聞き取れるんだ」

考えてみればどうしてだろう。なぜこの世界の言語が理解できる?文字まで読むことはできないが。

もしかすると現在の肉体の持ち主は、ここに住んでいた時期があったのだろうか? その記憶が私の人格の中にも流れ込んでいるのだろうか?


「あー……とにかく、読めないんだよ……」

思考をシャットアウトして私はリリーの質問に答えた。

「まあいい。これは『日刊 ノア』というものだ。この都市で一番大きな新聞社が発行しているものだよ」

「へえ……じゃあこれがこの世界の一般的な新聞なんだな?」

「そうだ。しかし君が読んでいるのは、おそらくかなり特殊な部類に入る。いつも我々が読む新聞はこんな風に文字を大きくしたりしないし、挿絵や写真もカラーコピーにはしない」

「ふぅん」

「つまり、その記事はかなり重要な内容だということだ」

「重要?」


「…『ノアのスラム街にゾンビ現る』…この新聞にはそう書いてある」

私は絶句した。

「な…それはもしかして…」

「考えるまでもなく君の事だ…しかし彼は一時的ではあるがちゃんと住人として認められた。何でこんな報道を…」

その時だった。

ピンポーン、とチャイムが鳴る音がした。

「はい」

アルベルトがその扉を開く。

ガチャリという開閉音と共に現れたのは、真っ黒な外套に身を包んだ男。その顔面にはペストマスクが装着されている。

「ペストか…何をしに来た」

リリーが険しい顔でペストと呼ばれた目の前の男を睨みつける。

そんな視線など意にも介さず、ペストは言った。


「……「ゾンビ」はここに潜伏していると報告がありました。引き渡してもらいたい」

「断る。帰れ」

「……金は出します」

「無理だ」

「……なら力ずくでも」

そう言うとペストは懐から銃を取り出した。そしてそれをリリーに向ける。

しかしそれでもなお、リリーが動揺する素振りは感じられない。

「本当に私を殺す気か」

「ええ。あなたはノアの中では腕利きの医師、殺すのは惜しいですが仕方がありません。すべてはノアのため、そして…」

ペストは言葉を詰まらせた。どうやらこの先は言いたくないらしい。



「やめておけ、後悔することになるぞ」

「それはこちらのセリフです」

ペストはそう言って、リリーの眉間めがけて(実際どこを狙っていたのかはわからないが)躊躇なく引き金を引いた。



パァン!!



乾いた破裂音が響き渡る。

私はとっさにリリーの前に立った。銃弾が私の肩に突き刺さる。

「うぐ…」鈍い痛みが全身に広がり、私は膝をついた。

この身体がそこまで痛みを感じることが無いことはわかっていたが、さすがに銃弾を撃ち込まれれば痛みは出るようだ。

それに何故か強い倦怠感と眠気を感じる。もしや麻酔銃だったのか?


「その麻酔銃は打ち込めば象でも眠らせられるような代物、どうやら人外にも効くようだ」

頭の中でペストの声がぼんやりと反響している。


「服部!」アルベルトの呼ぶ声が聞こえる。


「ごめん!俺のせいだ…ッ」

ああ、アル、すまない、お前のせいじゃない。

半泣きのアルベルトにそんな言葉をかけたいが、うまく声が出ない。


「無駄な抵抗は止めて、大人しくゾンビを渡してください」


……このままではアルベルトもリリーさんも殺されてしまうかもしれない。私が何とかしなくては……。

私はふらつく体を無理やり起こし、立ち上がって、ペストを睨みつけた。

「……ゾンビ?」


「……そうだ、私は、ゾンビだ」

その呼びかけに私は必死に絞り出した声で答えた。

「ええ、存じていますよ。だから我々と共に来いと言っています。あなたが来なければここにいる全員を殺しますよ」

ペストは淡々と答える。

「断る、大体私をどうするつもりだ、もし戦争の道具にされるならそれはごめんだ」

「……残念です」

ペストがそう呟いて再び拳銃を構えた時だった。

「その辺にしておけ」

やけにドスの効いたリリーの声が聞こえる。

「……なんですか、邪魔をするのであれば容赦はしません」

「おいおい……こっちも容赦しないぜ」

今度はアルベルトがペストにバールのようなものを向けた。

「……あなたまで。まさか我々に逆らおうというんですか?」

「逆らうさ、彼は私の助手だ」

リリーがそう言った瞬間に二人は動き出した。

「おらぁぁぁっ!」

アルベルトがバールのようなものでペストの頭を殴りつけようとするが、ペストはそれをひょいと避けた。そして逆にアルベルトに足払いをかけ、バランスを崩したところで銃口を彼の頭に押し付けた。

「まず一人」

パン!! 再び乾いた発砲音が響く。

「……ぐあ」

アルベルトが地面に倒れこむ。肩からは血があふれている。

「……よくも」

リリーが険しい顔でペストを睨み、髪がふわりと浮き上がる。

こんな漫画をどこかで読んだことがあったな、と一瞬思ったが、猛烈に嫌な予感がする。

「リリーさん!駄目だ!」

しかしリリーがペストに襲い掛かる気配はない。

「……どうしました?早くしないと彼を殺してしまいますよ」

ペストはアルベルトを見下ろしながら言った。しかしその声色から察するに、彼はアルベルトを殺す意思はないように思える。

私は歯ぎしりをした。

どうして動かないんだ……!!



しばしの沈黙の後、リリーが口を開いた。


「来い、ヒサル」



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