第二話
すみませんそろそろ話進めます…
「ふぅ……」
「疲れたか?」
「いや、そういうわけではないが」
「頑張れ、あと少しで目的地だ。」
「すまない」
砂漠地帯を出てからおよそ30分。私たちは廃墟となったビル群の間を歩いていた。
周囲に人の気配はなく、時折聞こえる鳥の声がひどく場違いなように思えた。
「この辺りは……随分荒れているんだな」
私の言葉を聞いたのか、リリーがこちらを振り向いた。
「本当に何も知らないのだな。ここら一帯はすでに2140年に起きた内乱で廃墟になってしまった場所だ」
「そうだったのか…」
コンクリートのヒビの入った壁をそっとなぞってみる。しかしすぐに壁から手を離した。
この国のことを何も知らないというのに、私にそんなことをする資格はないのだ。
しばらく歩いていくと奥に高い壁のようなものが見えてきた。ふと、生前読んだ漫画を思い出す。その漫画にもこんな感じの高い壁出てきたな、などと考えていると、
「着いたぞ」と女に声をかけられた。
どうやらここが女が暮らしている都市らしい。だが私はふと疑問に思う。この壁には入り口らしきものが見当たらない。一体どこから入るのだろうか。
困惑する私をよそに、女が壁をぐい、と押す。
するとその壁の一部がへこみ、先ほど廃墟で見た鉄の扉よりも大きな、真っ黒い扉が出現した。
「おお…」
「よし、あとは住民コードを入力して…」
リリーが扉の入力装置に8桁の数字を打ち込んでいく。
『認証完了、お帰りなさいませ』
抑揚のない機械音が響き、轟音を立てて門がゆっくりと開く。
「さあ行こうか、服部裕二」
「えっ!?いや、ちょっと待ってくれ!!」
「なんだ、何か問題でもあるのか?」
「大ありだ!私はこの年の住人じゃない、勝手に入っても大丈夫なのか?!」
そう。私はこの世界に来たばかり。おそらく戸籍もないだろう。住民コードなど尚更持っていない。
「安心しろ、君の住民コードはちゃんとある」
「は?」
「ほら」
リリーが端末を操作し、私の目の前にホログラムが浮かぶ。そこには確かに自分の顔写真(と言っても「現在の」顔だが)と、5桁の文字列が表示されていた。
「目的地に向かっている間にゲストとして登録しておいた。一時的ではあるが君はこの都市に居られる権利を手に入れたわけだ。君がこの都市に永住したいのであれば役所での厳正な審査ののち、正式なコードが発行される。ちなみにコードの桁数が違う理由は、君がここの正式な住人ではないからで…」
リリーがべらべらと都市のシステムの説明をしているが、あいにく私はここに永住する気はない。
「……説明は以上だ。とりあえず中に入るぞ」
リリーはそれだけ言うと私を置いてスタスタと進んでいってしまう。「ちょ、おい!」
慌てて後を追いかける。
「その、リリーさん」
「何だ」
「どうしてそこまでしてくれるんだ?君はいったい何者なんだ?」
「私は……ただのしがない医者だよ」
リリーは私の顔を見向きもせず、そっけなく答える。
「そうか、君は医者なのか」
リリーはこっくりと大きく頷いた。
「ああ、そうだ。そして君の怪我の治療をする義務がある」
「ありがとう、感謝するよ」
「礼はいらない。私がやりたいだけだからな」
言いながらリリーは門をくぐり、すたすたと歩きだす。そして私もその後に続く。
どうやら彼女は悪い人間と言うわけでもないようだ。まあ助けてもらった(?)だけでなく、この都市に入ることができるようにしてくれたわけだ、疑い続けるのも失礼だろう。とりあえず私は彼女を信用して見ることにした。
そういえば、と。私は彼女に話を振る。
「この都市はなんという名前なんだ?」
「ああ、そういえばまだ教えていなかったな」
リリーがくるりとこちらを振り向き、少し笑みを浮かべた…気がした。
「ようこそ、『ノア』へ」
都市に並ぶ無数の建物からは、青白い光が漏れ出していた。