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ジンタイモケイ抄  作者: 押野桜
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役にも立たない職業病が、世の中には色々あるといいます。


例えば銀行の窓口をしていた友人は、お客の貯金額が大体分かると言っていました。

どんなにみすぼらしい格好をしていても、この人は少なくとも億以上持っているな、とか、ブランドで固めた美女が、借金で首が回っていないな、とか。

たまに預金額ジャストを当ててしまって愉快になったり、恋人候補にしようとしていた男の預金額がびっくりするほど少なくて手を引いたり、そんなことがあるらしいのです。


 それに似ていますでしょうか。

私の仕事は百貨店のシューフィッター。

 お客様にピッタリの靴を探してもう8年、年齢にしては早く売り場のチーフになって、指名して下さるお客様もたくさんいます。


……全ては私の職業病のせい(おかげ?)です。

 足を機械で測り、好みのデザインを聞いて、ちょうどいい靴を何足かお出しし、そして、十数歩歩いていただく。

 そうすると、私にだけは見えるのです。

 様々な色に、光る足跡が。


「もっと派手な色が良いわ。」

「ヒールがちょっと高いみたい。」

「この人に後でオススメランチの店を聞いてみよう。」

「夫にバレたらまた無駄なものを買ったって叱られるかしら。」


 など、足跡が雄弁に私に伝えてくるのです。

 売り上げで日本一になったこともあります。

おごった事を言いましょう、靴の販売で私より接客が上手な人はなかなかいない、いえ、いないのではないでしょうか。

街を歩けば様々な色の足跡が語りかけてくるのを避けて歩くのが大変なほどです、入社一、二年くらいまでは人ごみが苦手でした。

でも、八年目になった今はこの喧噪を楽しみながら歩くことができるようになりました。


私は昨日職場で買ったワンピースに、低めのヒール靴を合わせ、バニラの香りがする香水を振っています。

これからつき合って四年の彼と会うのです。

待ち合わせは二時。

けれども三〇分前についておくのが私の流儀です。

待つ時間が楽しいのです……と、待ち合わせの場所に、彼の足跡を見つけました。  

私より早く来るなんてぼんやりの彼にしては珍しいこと。


思わず足跡を観察すると、それは思ったよりずっと前につけられたことが分かりました。

さらに、彼に近づく小さな足跡があって、彼はその女性と密着しながらこの場所を離れていったことが分かりました。


……その小さな足跡に見覚えがありました。

一昨日、私がお手伝いさせていただいて、ちょっと高い靴を買われたお客様のものでした。

自分には過ぎた靴だと最後まで迷っていらっしゃった。

でも、特徴のあるヒールの形に惹かれて、仕事がんばろう、と買っていかれました。


「彼女、絶対落としたい男がいるんですよ。」


 と、話すのは後輩のもてる派遣社員です。


「服も、ひとそろい買って紙バッグに持っていたでしょう?彼に見せて「おっ」と言わせ

たいんですよ。今まで地味な格好で会っていた女が突然華やかになる……人間はギャップに弱いですからねぇ。」


 そんなものでしょうか。

 同じ大学の同じサークル仲間同士で何となく付き合い始めた自分には判りません。


「でも、彼女、不倫ですね。」


 何でそこまで分かるの?


「指輪、つけていたじゃないですか。」


 ……おみごと。自分の不注意を恥じました。


その彼女の足跡をたよりに私は街を巡りました。そして、最後にたどり着いたのはラブホテルでした。

その時の自分の精神状態を説明できません。

私はずっと物陰に隠れ、二人が出てくる瞬間を待ちました。スマホで動画をとるためにずっと構えていました。

数分後、二人は腕を組んで出てきて、ホテルの前でキスをしました。

私はそれらすべてをデータに収め、不備がないかチェックし、それから家に帰りました。


「ごめんなさい、夏風邪をひいてしまって。当分会えないかも。」


と、彼に弱々しく謝りました。

翌日出勤し、顧客名簿をあさりました。


「何してるんですか?」


と聞く後輩に、


「この間珍しいヒールのパンプスを買ったお客様がいらっしゃったでしょう?お手入れをちゃんと伝えたかしらと思って。心配になっちゃったのよ。」


さすが先輩はやることに抜けがない~。

と、ヨイショされながら彼女の個人情報を手に入れました。


まずやったのは彼女の夫への連絡。

メイクと服装と髪のセットで女は別人になれます。私もです。

データを見せると激高しました。人の多い静かな喫茶店なのに大きな、汚い言葉で妻を罵り、私もこんな夫は嫌だと思いました。

そのデータのコピーを彼に渡し、喫茶店を出た時大きなため息がでました。

私はあんな男に引っ掛かるまい。


数日後にやったのが彼女の勤務先の代表にデータを送信する事でした。

どうやら彼女は親族会社の家の人と結婚していたようです。

私の彼の周囲も、荒れた事でしょう。

そんな彼から、会いたい、とメールが来ました。


「急に嬉しいな。久しぶり!」


あの時のワンピースにあの時の香水、あの時の靴。

私はなるべく自分のテンションを上げ、私の中でもう恋が終わったことを悟られないようにしました。


「……なんだか、いつにも増して、きれいな気がする。」


 彼がまぶしいものでも見るような目で私を見て、すぐにホテルに誘いました。

 私は、体調が悪くてごめんね、でも次はねと言い、ちょっとおしゃれしたから写メ二人で撮りたいな、と都内の撮影スポットで体を寄せあい写メを撮りました。

 そして、帰宅後データを整理し、彼女と彼がホテルから出てきたところの写真と、私とその日撮った写真をセットで彼の会社の代表へメールしました。彼女は既婚者だという事を付け加えることも忘れませんでした。

 彼は彼女の夫から訴えられ、職を失い、彼女は家庭と職を失いました。

 何より二人とも社会的な信用を失ってしまった。

 私は一生懸命演技しました。


「私だけだと思っていたのに、浮気なんて……。」


 逆に被害者であることを(確かに私は被害者なのですが)強調すると、彼は引きさがって行きました。

あのアングルの写真が、私以外に撮れるはずがないでしょうが!

本当にぼんやりなんだから。

職と家を失った彼女は私の元彼にすがろうとして失敗し、水商売を始めたようです。あの、特徴的な靴が光って全て教えてくれます。

彼は彼でそのままひきこもりになってしまい、家から出てくる気配がないそうです。

これは同級生達が教えてくれました。


独り身になった私はますます仕事が愉しく、足跡を見ながら人様の人生を覗く日々です。

……時々思うのです。

私は足跡に愛されているのかしら、それとも呪われているのかしら?と。

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