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実家を追い出された魔導師、イケメン王子に告白されました

作者: ミカモ

「お前はもう帰ってくるな!」

 父の怒声が部屋全体に響く。私、ノーリア・アルバートンは17歳の誕生日に実家から縁切りを宣言された。

 隣の母はうつ向いてハンカチで涙を拭っていた。姉と弟は軽蔑するように私を嘲笑している。


「分かりました。今後一切、アルバートン家と関わりません」

 そもそもこうなった原因は父にある。代々アルバートン家は水の魔法が得意な一族だった。何人もの先祖が歴史に名を残している。


 そんな優秀な家系で私は希代の天才と世間で話題になったが、家の中では最底辺の扱いを受けていた。

 おばあ様の診断によると、私は【水】以外の魔法を得意とする変わった体質だそうだ。


 普通なら喜んでくれるはずだが、父は喜ばなかった。むしろ嫌悪の表情を見せた。

 5歳の頃にこの才能が発覚して以来、有名な水魔法の使い手を雇って私に覚えさせようとしたが一向に上手くいかない。


 試しに別の魔法をやってみるとすんなりと成功するのだ。初級の水魔法はできないのに上級の闇魔法は成功するといった具合で今まで私についた先生達は非常に驚いていた。

 何人かは父に別の才能を伸ばすべきだと進言したがどれも却下された。


「ようやくアンタともおさらばできるわけね」

 と、姉のヒルダが言う。

「ホント、馬鹿なのがいなくなってせいせいするよ。僕のお姉ちゃんはヒルダお姉ちゃん一人だけだからね!」

 と、弟のラフカが言った。

 毎日聞かされたこの罵倒も、もう聞く事がないと思うと悲しく──なるわけもなく、最後に文句の一つでも言ってやろう。


「そうね、私も嬉しいわ。水魔法しか使えない馬鹿達と会わなくて良くなるんだから」

 吐き捨てて魔導書数冊と着替えを詰めたカバンを背負う。後ろから魔法と罵詈雑言が飛んできた。

 捕まる前に屋敷から飛び出し、風魔法で細工を施した箒に跨がって空へ飛び立つ。


 今まで無能のような扱いを受けていたが、本日をもって私は自由な世界へ飛び出す事ができるのだ。この世のもの全てが輝いて見える。

「いい気分ね、今なら何でもできそう」


 家から出たのはいいが、これで寝泊まりできる場所がなくなった。部屋のクローゼットの奥に隠していたお金でしばらく泊まれる場所を探すしかない。

 このお金が尽きるまでに働き口を探さなければ野宿をする事になる。


 取りあえず様々な人や物、情報が集まるリンダーラ城下町へ向かった。町の正門で通行証を兵士に見せる。

 人の波をスルスルと抜けながら仕事探しの王道、酒場へやって来た。


 端のボードには依頼が大量に貼り付けられている。畑仕事の手伝い、薬の調合、モンスター退治など多岐にわたる。

 誰でも利用できるこのボードは金を稼ぐために必須の場所となる。


「これは……」

『王子の奇病を治せる者を探している 報酬は望みのまま』


 ボードの中央に貼り付けられたこの依頼書、羊皮紙の状態から見て数ヵ月前のものだろう。

 ここまでアピールされているのに誰一人として達成できない程の奇病とはなんなのだろうか。

「気になるわね」

 興味本位で城を尋ねると人の良さそうな大臣が迎え入れてくれた。


「よろしくお願いします。何とぞ、リック王子を治してください」

 大臣曰く、王子がこうなったのは半年程前から。最初は風邪に似た症状だったが、次第に王子の体はどんどん衰弱していったらしい。

 先月から血を吐くようになり、もう長くはないと医師から言われたそうだ。


 早速部屋に入るとベッドで横になっているリック王子がいた。さらりとした金髪に空を思わせるような青い瞳。

 美男子と言っても差し支えないが、頬が──いや、全身が痩せこけていた。


「貴女が新しい方ですか。今度は何で治療してくれるんですか?」

 トゲのある口調で王子が言った。


「治せるかは分かりませんが、できる限りの手は尽くします」

 そう言って大臣が見守る中、私は王子を仰向けに寝かせて触診を始めた。青年の体とは思えないほど痩せ細り、骨なんかは強く押せば折れてしまうかもしれない。


 痛がる様子はなく内臓系の病気とは考えにくい。外傷もなければ中身も無事、となれば病気ではなく呪いの可能性が高い。

 この程度ならば少し魔法をかじっていれば分かる事だ。しかしここに行き着いて原因が分からないというのが不思議だ。


「ちょっと失礼しますね」

 王子の胸に手を当てて自分の魔力を少しずつ流す。彼の体を流れる魔力と同調し、肉体の調子が細かく伝わってくる。

 魔力の流れが全身にまで達すると、心臓辺りに微かな違和感を覚えた。


 同調を切って光魔法で心臓付近を照らした。

「なるほど、こりゃ気づかないわけだわ……」

「な、何か、分かりましたか!?」

 大臣がドタドタと慌てて駆け寄ってきた。王子も目を丸くして私を見つめている。


「この奇病が始まる前、何かしませんでしたか?」

「……北の森で大量に発生したカースを退治しました」

「なるほど、分かりました」

 敵ながらなんとも見事な手腕だ。熟練の魔導師でも見つけられるか難しい位置に潜んでいる。


「王子は呪われてます。カースの残滓が集まって王子に取りついたのでしょう」

「教会の神父にもお払いを頼みましたが効果はありませんでしたが」


「神父のお払いは肉体の表面や精神に関する呪いは解けますが、内臓を侵食している呪いには効果が薄いです。それに上手い具合に心臓や血管と同化してますから中々見つからないわけですよ」

「それで助かるんですか?」

 原因が分かってホッとしたのも束の間、さらに慌てて大臣が詰め寄ってきた。


「もちろん治せます。明日から治療を始めますので、準備のために一部屋貸していただけませんか?」

「もちろんですとも!」

 大臣が深々と頭を下げて部屋から飛び出していった。


「それではリック王子、また明日来ます」

「君、名前は?」

「ノーリアと申します」

 呼び掛けに足を止め、少しだけ振り返って名を告げて部屋から出た。


「こ、こちらの部屋をお使いください」

 息を切らした大臣に連れられて用意された空き部屋にはいる。簡素なベッドと箪笥が設置されているだけの部屋だった。


「感謝します。それと、彼に輸血しますので血液を集めてください。明日から大量に血を吐きますから」

「分かりました。なんとか集めて見せます」


 大臣と別れて城下町で必要なものを買い揃える。薬を作るための大鍋と効能を調えるための薬草を数種類購入した。

 この大鍋は大人が一人入れる程のサイズのものにした。出費としてかなり痛いが、王子を治せば金はいくらでも手に入るため問題ではない。


 大鍋を箒にぶら下げて再び飛び立つ。道行く人々から奇異の視線を向けられるが気にせず直進。行き先は実家から北東にある精霊の泉。

 その昔、アルバートン家の先祖が泉の精霊から力を貰った事が我が家の始まりと言われている。


 そこの水は魚が住めないほど清く、あらゆる魔を遠ざける力があるとされている。この水に少しばかり手を加えれば呪いの源を吐き出させる事ができる。

 

 泉の側に降り立つ。アルバートン家以外の者が入ることを禁じられている泉に大鍋を沈めた。7割ほど溜まった所で引き上げて城へ帰る。

 城の入り口手前で降りて引き続き箒で鍋を運ぶ。


「よし、始めるわよ」

 部屋に着いたらど真ん中に炎の魔法陣を描いた。そこに大鍋を乗せて沸騰させる。買い込んだ薬草を規定の順番通りに入れてゆっくりと混ぜる。

 透明だった水が淡い青色に変化し、一晩寝かせれば完成だ。


 魔法陣の火を消して用意されたベッドに寝転がる。実家の事を考えたが、嫌な思い出ばかり甦ってくる。

 父からの説教、母からの小言、姉弟からの罵倒──誉めてくれるのは先生達だけだった。


 だがその先生達も私の水魔法の能力が伸ばせないと分かるとすぐクビにされた。そんな生活を10年以上続けていたら私は水魔法が嫌いになり、完全に水魔法が使えなくなった。


 昔はほんの少しだけ使えたが、今はもう水魔法を唱えようとすると体内の魔力が拒否するほどだ。そのせいで父から実家を追い出されたのだ。

 追い出された事に関しては別に悲しくはない。むしろ家出の口実をくれてありがとうと言いたい。


 おかげで今、王子の呪いを解くという重要な仕事をしているわけだ。彼を治せば何でも望みが叶うと依頼書に書いてあった。

 成功した暁には何を頼もうか今から楽しみである。

 候補としては家、それほど大きくなくて構わない。他には金、いくらあっても困らない。


「意外と欲しいものがないわね……」

 溜息をついて枕に顔を埋めた。別にすぐ貰わなければならないとは書いてなかった。必要になったら貰いに来ればいいか。

 そう結論付けて溜息をついた。





「……んん」

 もそりと体を起こすと朝が来ていた。それにしても何故私はこんな部屋にいるのだろう──と寝ぼけた頭で考えてカーテンを開けた。


「あぁ……思い出した。私、追い出されたんだった」

 乱れた髪を手櫛で整えて服を着替える。大口を開けて欠伸をしながら大鍋に指を突っ込む。


 指についた薬を舐めて完成したか確認する。色は薄い青色で問題なし、味もミント風味で呪いが嫌がる爽やかな出来映えだ。

 あとは王子に飲ませて呪い混じりの血を吐き出させるだけだ。


 朝食をとろうと部屋から出ると大臣に呼び止められた。

「ノーリア様、薬の方はいかがですか?」

「完成しましたよ。後は飲ませるだけです。輸血の準備はできてますか?」


「はい、それなりに」

「完璧です。最後の問題は私の薬が効くかですね……」

「ところでどちらへ行かれるのですか?」


「朝御飯を食べに町に行こうかと」

「そう言えば昨夜は食べずに眠っていましたね。良ければ今から作りますが、いかがです?」

「ぜひお願いします」


 食堂で昨日の余りのトマトスープを暖め直し、パンとサラダを用意してもらった。実家とあまり変わらない朝食だが、不思議とここで食べる方が美味

しい気がする。


 素材と料理人の腕の差もあるだろうが、やはり環境のおかげかもしれない。毎食ごとに文句や小言を言われれば美味い食事も不味くなってしまう。

 ここでは私の素性についてあまり知られていないため、気楽に過ごせる。


 朝食もそこそこにして遂にリック王子の治療が始まろうとしていた。この国の王と王妃──つまり王子の両親と大臣、それから輸血の準備をした医師達がいる。


「本当に成功するのだろうな」

「はい、ほぼ確実に成功します」

 万が一に薬が効かなかった場合の対処はまだ考えてはいないが、それは失敗してから考えればいい。


「それでは、これを飲み干してください」

 ジョッキになみなみと注いだ薬を渡す。王子は躊躇う事なく一気に飲み始めた。時おり休憩を挟みながらもゴクゴクと喉を鳴らした。


「それで……この後は?」

 空になったジョッキを受け取って代わりにバケツを渡す。

「これは?」

「バケツです。薬が効けば吐き気を催すのでそのバケツにぶちまけてください」


「吐き気……?」

 突然王子が苦しそうに呻いた。背を丸めて腹部を痛そうに抑えている。全員が慌て始め、国王が怒りのあまりに怒鳴り始めた。

 それを無視して王子の傍らに駆け寄って語りかける。


「我慢しないで全部吐いてください。そうすれば楽になります」

 背中を擦ってやるとバケツに顔を埋めて思い切り吐いた。断末魔とも取れる声がバケツに反響して響いている。合わせてビチャビチャと血が溜まっている音もする。


 全員が見守る中、吐き終えた王子が顔を上げた。バケツの3割程に溜まった血液は赤黒く、正常な血液とは言えない代物だ。


「な、なんだこの血は!」

 医師が輸血をしている間に国王がバケツを覗いて叫んだ。王妃もひぃっと情けない声を出して引いた。


「この中に呪いが詰まっているのです。血液として無理やり吐き出させて体を正常に戻す治療法です」

「それで……その血はどうするのかね?」

「まぁ、埋めて大地の力で浄化させるのが一般的ですかね」

 それか闇市で売って金にするという手もあるが、流石に王の前でこの手の話は危険すぎる。


「これで薬が効くと証明されたので、続けていけばいずれ完治します」

 輸血の準備が終わった王子に両親が側に寄った。愛されてるな、と少々羨ましく思った。

 そんな気持ちを払拭するため、大臣にしばらく席を外すと伝えてバケツ片手に城を出た。


 庭に穴を掘ってそこに呪われた血液を流し込む。その上から薬を流して土を戻した。最後に土魔法で地面を活性化させておいた。

 これで明日には呪いは消滅しているだろう。


 翌日も朝から薬を飲ませて呪いの混じった血を吐かせ、私がその血を埋めて浄化するという作業をしていた。一週間ほど続けていると、日に日に吐き出す血の色も健康的な赤色へと変わり、回復しているのがよく分かった。


 女の私より細かった腕にも肉がついて青白かった頬にも赤みがさして健康へと近づいていく。そこから3日後には歩けるようになり、まともな食事ができるようにもなった。


 あと数日で治療も終わるだろうというある日、王子にお茶を飲まないかと誘われた。はぁ、まぁなどと曖昧な返事をして庭に用意された椅子に座る。


 動けるようになって嬉しいらしく、王子がお茶も茶菓子も全て用意してくれた。


「ノーリア、ありがとう。僕の呪いを解いてくれて」

「いえ、それほどでも……」

「そんな謙遜しなくてもいいのに。相当な魔法の腕だけど、どこの名家の出なんだい?」

 あまり言いたくはないが下手に誤魔化して根掘り葉掘り訊かれる方が厄介だ。


「アルバートン家です」

「水魔法の! かなりお世話になってるよ! そうかアルバートン家ならあの腕前も納得だ」

 誉められた経験が少ないせいか、大袈裟に見える王子の称賛も嬉しく思える。


「後で感謝状を書かなくちゃね。お宅のノーリアさんのおかげで命を救われましたってね!」

「その、手紙はやめていただきたいです……」

 ニコニコと笑っていた王子の顔がキョトンとした表情に変わった。


「何故だい?」

「言いにくいのですが、実家を勘当されまして。ですので実家に連絡が行くのはあまりよろしくないのです……」

「理由を訊いても?」


 結局全部話す事になるのか、と溜息をつきたかったが王子の前なので堪える。しばらくの逡巡の後、決心を固めて口を開いた。


「私、水魔法が使えないんです。水以外の属性は殆ど使えるんですけど、水魔法だけがどうしても使えなくて縁を切られました」

「水以外の魔法が使えるのにかい? 変わった家族だね……」

「変わり者というか頑固というか……」


「嫌な事を思い出させてごめんよ」

「いいんです。もう私には無関係のアルバートン家ですから」

「もし良かったらさ、ここに住まない?」

「へ?」


 突然の提案にカップを持った手が止まった。飲むにも置くにも絶妙に遠い距離でにっちもさっちもいかなくなって口ごもる。


「いや……私は、そんな……」

「無理にとは言わない。命の恩人だから色々とお礼がしたくてさ。書庫でも風呂でも好きに使ってくれて構わない」

「……はぁ、それじゃあ王子が完全に回復するまではお世話になります」

 なんだか言いくるめられたような気がするけど、気にしたら負けな気がする。


「さて、堅苦しい話はおしまいにしよう。次はノーリアの事を教えてくれないかい?」

「私の事? 知っても面白い事はありませんよ」

「なんでもいいんだ。好きな食べ物とか得意な魔法とかでもね」

 約2時間、王子と質問のやり取りをしていた。好きな食べ物、得意な事や苦手な事等々──この時間だけで姉弟よりも仲が深まったような気がする。


 今日はリック王子の体の調子を気遣ってこれでお開きとなった。私は不思議とまだ話足りないと感じた。それは向こうも同じらしく、「また明日ね」と言って去っていった。


 それから毎日、同じ時刻に同じ場所で落ち合った。それは呪いを全て吐き出し終わっても変わらなかった。

 話すネタは尽きず、今日あった事や魔法の話、なんでも話し合った。


「む、茶葉が切れてしまったようだ」

「あら、明日私が買い足しておきますよ」

「まだ明るいし今から行ってくるよ」

「私も行きます。倒れられても困りますから」


 つい数日前も元気になったと言って一人で城下町へ買い物に行ったところ、ぶっ倒れたと発見した人が城まで運んでくれた事があった。

 それ以来、王子の外出には監視がつくようになった。


「町までちょっと行ってくるよ」

 城門を守る門番に伝え、王子は階段を軽快に下りた。私もその後ろについて歩く。


「いやぁ、みんな活気に溢れていていい事だ」

 キョロキョロと周りを見て町民の話に耳を傾けてウンウンと頷いた。長い間ベッドから動けなかったから、久しぶりに見るもの全てが新鮮に映るのだろう。


 それにしてもいつもより騒々しい気がする。王子は気になっていないようだが、井戸から水を汲んでいた3人の奥様方がひそひそとこちらを見ながら話し合っていた。


 自意識過剰かと思ったが、耳を済ませば『王子・あの女・なぜ』という単語がよく聞こえる。

 確実に私の事を話している。王子を見失わないように少し近づきながら思考を巡らせる。


 そしてすぐに気づいた。自分が置かれている状況にようやく気づいた。

 今、私は王子の付き添いという名目で着いてきているが、町人達はそんな理由があると全く知らない。

 仲良く歩く我々を見て、私達が恋人ではないかと囁かれているのだろう。


「ノーリア、平気かい?」

「はい、問題ありません」

 あくまでも冷静に、なんでもないように振る舞うだけだ。ここで慌てると疑念がさらに深まってしまう。


「ほら、ここだ。僕がいつも茶葉を買っている店だ」

 王子が示したのは古びた外観の小ぢんまりとした店だった。見てくれはあまり良くないが、見方によっては味があるというのだろう。


 中は暖かく、色々な茶葉の優しい匂いに包まれた。いるだけで心地好い店には私と王子以外の客がいなかった。

「じーさん、いつもの詰めてくれよ」

 カウンターで本を読んでいる老人に袋を差し出す。本から目を上げ、じっとリックを見つめる。

 そして大きく目を見開いて泣きながらリックの手を掴んだ。上下にブンブン振ってよかったよかったと喜んでいる。


「だ、誰ですか?」

 抵抗もせずにこやかに全てを受けるリック王子に耳打ちする。

「この人は先代の国王、つまり俺の祖父だ。引退後はばーさんと一緒にここで色々と売ってるのさ」

 金貨三枚をカウンターに置いた。


「俺の欲しい茶葉はじーさんから買うのが一番早いし安いんだ」

 店の中見てくるから、とだけ言って王子は棚の奥へと消えた。店内だけなら一人にしても平気だろう。


「あんな孫ですが、これからもよろしくお願いします」

 茶葉を詰めながら先代が言った。王子と同じ青い瞳に見つめられる。

「ええ、できる限りの事はします」

 乗り掛かった船だ。最後まで最良のサポートをする、と先代と握手を交わした。


「リック、詰め終わったぞ」

「ありがとう。ばーさんにもよろしく言っといてね」

 また来るよと言ってリックは店から出た。

 帰りもヒソヒソと噂をされ、魔法で黙らせたくなった。だががそれは肯定してしまうようなものなので服の裾を強く握って我慢した。


 城へと至る階段を上りきった辺りで私は王子に言った。

「あの王子、次の外出からは別の人を連れていってください」

「どうして?」


「王子と私が恋人に見られているようなので……」

「いいじゃないか。僕は平気さ」

「ですが……」


「ノーリアは僕の事は嫌い?」

 それはズルいですよ、と言いかけた口を閉じる。

「嫌いじゃ……ないですけど」

「なら問題ないね。気にしすぎない事だよ」


 と、本人は言うが民衆にその意思は伝わらずに私がリック王子の婚約者であるという噂が流れ始めた。

 情報網は凄まじい速さで他国まで巡ったようだ。

 連日、婚約に関する手紙が城に送られてきているのを見かける。


「はぁ……またか」

 そして婚約問題よりも厄介なのが実家からの手紙だ。噂が始まって3日後には話し合いたいという趣旨の手紙が送られてきた。


 当然、応じるわけもなく暖炉で燃やして灰にした。それでも毎日送られてくるエセ謝罪手紙にはうんざりしてきている。

 結婚するしないに関わらず、家族には一度キッチリと制裁を加えないとならないだろう。


 王子に少し実家に向かうと伝えて窓から飛び立った。箒を全速力で飛ばして2時間かけて実家の敷地に降り立った。

 庭園を抜けて玄関から中に入る。二階の中央にある応接間に、両親がいた。

 気持ちの悪いほど不自然な笑顔で迎えてくれた。その後ろに立っている姉弟は明らかにムスッとした表情をしている。


「お帰り、ノーリア」

「お久しぶりです。なんの用ですか」

「私達がお前を追い出してから1ヵ月が経過した。お前も成長したみたいだから、うちに戻ってこないか?」


「遠慮します。今の生活の方が楽しいので」

 ピクリと父のこめかみに青筋が立ったのを見逃さなかった。やはり、コイツらは私を使って王国とのパイプをより強力なものにしようとしているのだろう。


「これまでノーリアを邪険に扱っていた事は謝るよ。どうか、やり直してくれないか?」

 崩れた笑顔を瞬時に直して握手を求めてきた。当然応じるわけもなく、腕を組んで拒否の意思を示した。


「戻る気はありません。支援もいらないし、私から何かを頼む事もありません。二度と連絡も寄越さないでください。これからは他人として生きていきましょう」

 言い終わるや否や、父が鋭い水の刃を飛ばしてきた。相反する風の魔法で打ち消して父を睨み付ける。


 顔は真っ赤で拳を握りしめて怒りを露にしている。

「王子との関係が目当てなんでしょ。これ以上利用されるなんてまっぴらごめんだわ。それじゃ、いつか会うかもしれないけどその時は他人なんで」


 窓を開け放って飛び立とうとする私に、家族からの水魔法の総攻撃が繰り出された。 

さすが水魔法の名家だ。どの魔法もレベルが高く、そこらの魔導師じゃ防ぐ事すら無理だろう。


「甘いわ」

 直撃する寸前、風の魔法で攻撃の矛先を反転させて父達に飛んでいくよう仕向けた。悲鳴が空に響く中、私は窓枠を蹴って飛び立った。


 今生の別れという事で振り返ると、屋敷の一角が崩れてしまったようだ。びしょ濡れになった屋敷から家族らが喚いているのが見える。

 さよならと軽く手を振って、私は城へ向けて発進した。


「お帰り、どうだった?」

「完全な縁切りしました。もう手紙も来ないでしょう」

「……まあ、君の選択だ。僕は何も言わないよ」

「そう言っていただけるとありがたいです」


「それで、ノーリアはここに住むのかい?」

「書庫に興味深い本もありますから、しばらくはお世話になります」

「しばらくと言わずにずっといなよ。ついでに僕と付き合わないかい?」

「はは、面白い冗談ですね」


 箒の毛先を整えながら王子の方を振り返った。ゾクッとするほど真剣な顔をしていた。

「僕さ、ノーリアのおかげで元気になったでしょ。それで色んな国からお見合いの話が来てさ、対応に困ってるんだよ」

「じゃあ私はカモフラージュという事ですか?」


「僕、君に惚れてるって最近気づいたんだ」

「えと、それは……」

「どうかな……?」


 恋愛に疎い私だが、王子と一緒にいると楽しいのは確かだ。それは他の同年代の異性といて感じた事のないものだ。

 これが恋愛感情だと言うのならば私も王子に──リックに惚れているというのか。


 高まっていた心の隅には冷静な自分がいた。王子はああ言ってるけど、本当は私を盾に使おうとしているのかもしれない。身分が違いすぎる、やめておくべきだ、と警告される。

 でも、もし本当に私の事が好きならば、私もそれに応えるべきだ。仮に嘘だったとしても、その時に考えればいい。


「わ、私も……好きです……」

「ほ、ホント!? はは、嬉しいなぁ!」

 子供のように喜ぶ王子が私の手をとった。

「これからよろしく、ノーリア」

「こちらこそよろしくお願いしますね」

 いきなりキス、とまではいかなかったがそっとハグをした。初めて会った時とは違い、彼の体はがっしりとしていたが、しかしどこか柔らかく感じた。

本作をお読みいただきありがとうございました。

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