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襲撃

 はっ、はっ、はっ。

 荒い息が耳朶に届く。肺が痛いほどに苦しくて、そして情けなくて涙があふれそうだった。


 逃げろと、言われた。お前は役立たずだと、足手まといだと、そう言われているようだった。

 巻き込んだのは彼で、彼は自分の敵で、その敵がなぜか、自分を守るために逃げる選択をせずに敵を戦っている。それがひどく、気持ちが悪くて——


「あっ……痛ッ」


 木の根に足を取られて、無様に地面を転がる。擦りむいた膝小僧がじくじくと痛んで、けれど震える四肢に鞭打って死の恐怖から逃げるために起き上がろうとして。


「見~つけたぁ」


 絶望の声が、後頭部の側から響いた。ヒィと、小さくのどを震わせた悲鳴が、ひどく大きく自分の耳に届いた。



「ッ⁉」


「ふーん、やっぱり斬らない、かぁ……すごくつまらないね?」


 先ほどからわざと隙を作ってドグマの攻撃を誘う目の前の男。彼はドグマとリーリエを追ってきた、賞金稼ぎの一人だった。もう一人、相棒の姿はここになく、だからドグマははやる気持ちを押せながら男と戦闘を続けていた。


「んー、戦闘不能を狙って気絶させるか、不意を突いての逃走狙い。聞いていた以上の臆病者だね、ドグマという男は」


「……臆病とは、呼ぶんじゃねぇ」


「そうかな?はたから見たらただの臆病者で、そしてひどく滑稽だよ。仲間を失ってなお、その刃を血で濡らさなかったドグマくぅん?一体あの娘にどれほどの思い入れがあるのかなぁ?あの娘、大層いい声で鳴いてくれると思わないかい?」


「ッ、この⁉」


「んー、これだけ煽ってもこの程度か、詰まらないね……ニーア、もう出てきていいよ」


「はぁ~い……おやおや、全くの無傷とはこりゃ驚いた。ベル、お前そんな強くなったのか?」


「まっさか。きっとドグマくんが手加減してくれているんだろうさ。お優しいこって」


 ぎゃははは、と笑い声を上げる男たち。その片方の腕の中に、逃がしたリーリエの姿があった。


「う、ごめん、なさい……」


 口が思うように動いていないのは、恐怖のせいか麻痺毒を盛られたせいか。その判断はドグマにはつかず、けれど最悪の状況が成立したことだけはわかった。


「さぁて、どう調理しようかねぇ、ニーア?」


「殺しはなしで~、顔はわかるようにして~、それで十分でしょぉ?」


「じゃ、そういうことでいこうかッ」


 走り出したベルと呼ばれた男が、ドグマの懐に潜り込む。その頭に切っ先を刺そうとして、ドグマの体が止まる。


「ッ」


 とっさに身をひねって躱すも、ドグマの頬を浅くナイフが切り裂く。

 鮮血が舞い、敵の服を濡らした。


「ダメダメだねぇ?攻撃を躊躇するとか、戦士の風上にも置けないなッ」


 防戦一方なドグマは、決して攻撃に踏み切らない。攻撃が制御できるか、分からなかったから。街の貴族邸で力を出してしまったせいか、いつになく力のセーブが困難で、ドグマは思うように動かせない体に歯噛みし、その間にも体のあちこちに傷がついていく。

 そして、ドグマが攻撃をためらう理由がもう一つ。


「ひッ⁉」


「ん~、そうじゃないなぁ?もっとこう、魂からの叫びを、ね?求めてるんだけどぉ~、あ~そっかぁ、あの男に、希望を持ってるんだねぇ?ニーアぁ、その男、さっさと殺してくれないかなぁ?じゃないとこの子が鳴いてくれないぃ」


「さっきと言ってることが違うぞッ」


 先ほどからドグマの集中力をそぐように、リーリエの服をナイフで切り裂き、あるいはその頬を舌で舐める。けれど完全な絶望に至らないリーリエの様子に、彼女のドグマへの信頼を見て取ったニーアが吠える。さっさと、ドグマを殺してしまえと。


「リーリエ、今助けてやるッ」


「この……ふっざ、けないでよッ」


 戦場が、凍り付いた。声の主は今まで震えていたはずのリーリエで。そして襲撃側であったニーアとベルだけでなく、仲間であるはずのドグマでさえ、その変わりように目を見張った


「リーリエ、だよな?」


「そうよ。守ってもらえるなんて、気持ち悪い。あいつは、ドグマは敵。私は、何を期待していたのよ。あれは敵。心を許していい相手じゃない……だから、守られているだけで、足手まといで、誰が満足するものかッ」


 バチ、とリーリエの髪がはぜる。否、髪の間を縫うように、小さな静電気が舞った。


「ごめんなさい、お父様、お母様。言いつけを破るわ。私はもう、これを人相手に使うことをためらわないわ。——ドグマとは違って」


 バチ、バチ。

 次第に大きくなっていく音に、リーリエを駆けているニーアの表情が引きつる。彼の腕の中で、リーリエが高速で呪文を口にしていた。


「ニーア、そいつを『遅いッ、サンダーアローッ』」


 言葉を遮って放たれた雷の矢が、ベルの体を貫いた。


「この、調子に乗って、ぇ?」


 絶叫と共に煙を上げて倒れる仲間を見て、怒りに囚われたニーアがリーリエの首にナイフを近づけ——素早く彼の背後に回り込んでいたドグマが、その頭部に剣の腹を振り下ろした。


 ゆらりと、地面に倒れこむ賞金稼ぎ、その腕の中からドグマはリーリエを引っ張り出す。


「痛いじゃない」


「……悪い」


 ドグマの攻撃によって手元が狂ったニーアのナイフが、リーリエの鎖骨辺りを浅く切り裂いたらしく、そこから血がにじんでいた。


「リーリエ、今のは雷魔法、だよな?」


「……そうよ。ホーリーエン王国王家に伝わる魔法よ。私は、その最後の生き残り。お父様もお母様も、友人も、領民も、全てあなたたちに殺されたの。決して、許さないわ」


「許してもらう必要なんかない。だが、何度だって言ってやる。俺は、誰も殺してない。それに、シンカーは、ただの帝国の駒だった。特殊な騎士団の一つに過ぎなかった。活動していた秘密組織の大部分が人員の死亡で消滅して、最後まであり続けたシンカーが終われることになった。それだけだ」


「それだけなわけじゃ『目の前で、候補者が殺された』ッ⁉」


「シンカーの候補者だ。集められた俺たちは試験が課され、それに反発した一人、それから試験を突破できなかった奴らが、死んだ。殺されるか、敵を殺すか。俺たちにあったのはその二択だ。お前がしていいのは、大切な者が殺されたことを恨むことだけだ。復讐したいのなら、正しく相手を見極めろよ」


 さっさと行くぞ、と気絶した二人が眼を覚ます前に遠くへ離れることをドグマは提案する。けれどリーリエが動かず、ドグマは彼女にいぶかし気な視線を向ける。


「どうした?」


「う、動けない。腰が抜けたわ」


 静かにため息をついたドグマが、リーリエを背負って走り出す。

 啖呵をきったばかりでのその親切な行為に、リーリエは耳を赤くして己を恥じた。


 二人の旅は、始まったばかりだった。

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