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逃走

「クシュンッ」


 小さなくしゃみの音が、狭い空間に木霊する。街の地下、ぬれねずみとなった少女は何とか陸地に上がり、震える体を抱いてうずくまっていた。


「なんで、なんで助けたのよ……」


 それは、ドグマに対する言葉であり、自分自身に対する言葉でもあった。うずくまる少女の数メートル先、同じくぬれねずみと化した男が一人、石畳に横たわっていた。


 その息は荒く、肌は赤い。明らかに異常がうかがえる彼は、熱に浮かされたように何事かつぶやいては、ただただ息を繰り返す。死んでは、いなかった。けれど、この状況が刻一刻の彼の命を縮めていることだけは、少女も理解していた。


 彼を追う人たちがここにたどり着くまでどのくらいか。それに、毒の症状がみられるかでは、果たして解毒なしに生き続けられるか。


「うー……」


 ぐちゃぐちゃに絡まった思考にうめく少女は、抱えた膝に頭をうずめ、衣服が吸った下水の匂いにむせかえって咳を繰り返す。


「う、あ……ここ、は、どこだ……?」


 その音が契機になったのか、倒れていたドグマがゆっくりと目を開いた。それから、全身のだるさと痛みに小さく眉間にしわを寄せ、そのこと自体が体に障ったらしく再度うめいた。


「地下の下水道よ。覚えてないの?私を巻き込んで墜落したくせに」


「……ああ、そうだ。それは、悪かった……」



 なんとも歯切れの悪い返事に、少女は不快感を隠しもしない顔を膝の間に埋め、ドグマから隠す。自分が今、どんな感情を浮かべているか、少女は全く分かっていなくてその顔を彼に見られるのが、どういう訳かひどく恐ろしかった。


 ヘドロのように醜悪なにおいに鼻が慣れてしまったのか、今度は咳き込むことはなかった。


「どうしよう……」


 少女の穴見は、その一言に尽きた。現状のこと、今後のこと。それから、自分の隣にいる男のこと。

 シンカーの生き残りを殺せば、自分の気も晴れる。そんな思いは確かに彼女の心の中にあった。けれどそう考えるたびに、彼女の良心が、賢王たる父がいさめる言葉が、繰り返される。


『復讐に、心を囚われてはいけない。それは全てを見えなくしてしまう。大切なことも全て、覆い隠してしまう。だから、リーリエ。お前は決して、復讐を望んではいけないよ』


 当時の自分は、復讐なんてしないと胸を張って言えた。それは大切な父も母も、愛しい国民たちも、健やかな日々を送ることができていたから。今の私は、果たして——彼女の思考は、引いては押し寄せる波のように、同じところを行ったり来たりする。


 いつの間にかドグマは下水道の壁にもたれて座っていて、そんな少女をじっと見つめていた。その瞳に、彼女は虚無を見た。


「なんて、顔してるのよ……」


 きっと自分も、父と母を亡くしてからしばらくはこんな顔をしていた。そんな確信があった。それがこの男に、ドグマに気を許す理由になりはしないけれど。


「少し、休んだら……移動する。ここは、お前にとっても危険だ」


「……何がよ」


「あいつらは、シンカーという創り上げられた敵を葬るために、手段を択ばない。お前は、すでにあいつらにとって俺を束縛する鎖で、そして、場合によっては容赦なく撃ち殺すだろう。それが、俺の動きに隙を作るとわかっているから」


「ここで別れればいいじゃない」


「……お前ひとりで、本当に逃げられるのか?さっきの一件で、お前は帝国の上層部に目をつけられたはずだ。シンカー、の生き残り……と、手を組んで故国の復興を企む者がいると」


「つまりあんたのせいってことでしょ⁉私の両親が殺されたのも、私が、帝国の上層部に目をつけられたのも、今下水で震えるばかりなのもッ」


「そう、だな。そうだろうな……悪いな……」


 それだけ言い残して、ドグマは再び目を閉じる。しばらくして規則的な呼吸音が聞こえて来て、ドグマが眠りについたことを理解した。


「何よ……」


 自分だって、わかっているのだ。ドグマに、彼に助けてもらわなければ、あそこでとらえられて男たちの慰み者になって、そして帝国のどこかで処刑されてその一生を終えていたことくらい。戦後の平和をつかみ取ろうと必死な帝国は、反乱分子足りえる王族なんて、見逃しはしないだろうから——


「何よ、ほんとに……」


 この出会いは、運命などではない。数奇な星のめぐりあわせは、けれどきっと最悪に最悪を掛けた結果出た、ただの最悪だ。これが運命なんて言わせない。これは、呪いだ。暴君帝から始まる、大陸中に広がった呪いた。その呪いをばら撒いた元凶との出会いが、呪い以外のなにものでもあるはずがない。


 震える体を抱きしめて、少女は静かに涙を流す。ドブネズミのような自分がひどくみじめで、現実はいつだって非情で、もうとっくに折れていたはずの心がうずいた。その心に再度蓋をして、少女はゆっくりと夢へと落ちていった。


 ゆらり、ゆらりと心地よい震動が再度のまどろみを誘う。ぼんやりとした意識が、体の震えをきっかけに一気に覚醒した。


「なぁ⁉」


 驚愕と同時に、顔が火照っているのを感じて顔を隠す。自分を背負っていた男の顔が、目の前にあった。体を包み込む温かさは、自分を背負う彼の体からくるもので——


「クシュンッ」


 そこまで考えたところで、少女は再度小さなくしゃみをして、そして目の前がぐらりとゆがんだ。近くにあるはずのものが非常に遠くに見えて、其れなのに以上にはっきり見える。覚えのあるその奇妙な感覚は、高熱にうなされた時の物に酷似していて。

 そこまで考えたところで、少女の意識はまたも深い海の底へと沈んでいった。



 静かに、静かに。

 水滴の滴る音と、遠くでゴウゴウと濁流が流れる音だけが響く。すぐそばの下水は静かなもので、時折跳ねた飛沫が水面に戻って小さな音を立てるくらいだった。

 その静寂に混じって、ドグマのほんの少しも聞き取れない歩みが続く。魔物との戦闘において必須技能のそれは、毒で力が入らない体においても衰えることはなかった。


 ゆっくり、確実に。自分たちを包囲しつつあるであろう敵を出し抜くために頭を高速で回転させながら、彼は暗い下水道を進んでいく。深い水は、けれどその濁りによってそれ以上に暗く深く見えた。流れる水の中にはただの一つも生命らしきものはうかがえず、時折不運にも下水に落下して溺れ死んだらしきネズミの死体が流れてくるばかりだった。


 視界の端を通り抜けていく死骸が、自分のそれと重なる。自分の死は、きっとあのネズミのような、なんの意味もないただ一人の死であるはずだった。けれど、自分の両肩に乗る重荷が、見方であるはずの帝国騎士に追い詰められ、傷つき倒れていく仲間に託された想いが、ただの死を許容しない。少なくとも、平和になった帝国を、自分たちが作り上げた安寧の時を、その目で見るまでは。


「……ん?ありゃあ……」


 それが眼にとまったのは、長年戦場において培ってきた勘によるものだった。偶然か、あるいは神の思し召しか、そんなどうでもいいことを考えつつ、ドグマはその壁に向かって歩く。


「……ビンゴ」


 よく観察すればわかる、壁の煉瓦の中のただ一つ周りより新しいもの。それを押せば、ガコンと置くまで煉瓦がスライドして、やがて壁の内側で仕掛けが動き始める。それから、ゆっくりと煉瓦の壁の一角が上に上がっていき、その奥にぽっかりと闇が口を開いた。


「貴族の避難経路か。好都合だな」


 自分たちを使いつぶした貴族たちの抜け道を利用する。吐き気を覚える展開に、けれどドグマは獰猛に笑う。無能な貴族への、せめてもの復讐だと自分を奮い立たせて。


 時間経過によるものか、ドグマたちが通過してすぐに下水道へ続く壁はひとりでに締まり、そして真の暗闇がドグマの視界を遮る。けれど、それにすら慣れた様子で、ドグマは軽く足音を鳴らし、その反射によって周囲を把握して進む。幸いと言うべきか周囲には障害物などなく——いざという時の緊急脱出経路なのだから当然だろうが——代わりに積み上がった埃が音を吸収して周囲の把握をし辛くしていた。


(……眩しいな)


 なんの障害もなく、ドグマは光射す出口へとたどり着いた。物置らしき底の床の隠し扉をあけ放つ。さびた金具による悲鳴が部屋に木霊し、ドグマはわずかに息を飲む。周囲に誰もいないことが分かり、ほっと一息ついた彼は背中の少女の顔を一瞥し、それからしばらくの潜伏を決める。


 現在の時刻は夕方。倉庫に差し込む光は橙に染まり、もうすぐで夜のとばりが落ちる。そこからが、勝負時だった。起こさないように静かに少女の体を床に下ろそうとして、この床もまたひどく埃で汚れていることにドグマは気が付いた。


「………」


 しばらくの逡巡の後、彼は少女の頭を自分の膝の上に置き、その体を横たえる。

 規則正しい呼吸はわずかに荒く、頬の上気は体の冷えを原因とする発熱だと思われた。


(あるいは、しばらくぶりに緊張の糸が切れたから、か?)


 まさか、とありえない考えを首を振って頭から追い出し、ドグマも目を閉じて体力の回復に努める。

 しばらくして膝の上で身じろぎした様子が伝わり、彼は目を開き——そして硬直した。


 どこまでも真っすぐな瞳が、彼の顔を捕らえていた。無言のにらみ合いが続き、そして先にそれを破ったのはドグマだった。


「……なんだ?」


 視線を上にそらしながらぶっきらぼうに告げれば、少女は視界の端で不思議そうに瞬きを繰り返す。


「どうして、あなたは私を助けるの?」


 ほう、と上気した肌と共に熱いと息が漏れる。わずかな妖艶さをはらんだその言葉に、ドグマはしばし体を硬直させて、それから自嘲気味な笑みを浮かべる。


「なぜ、だろな。多分、理由なんてない。あいつだったら……リーダーだったら、おそらくこうしただろうことをしただけだ」


「リーダー?シンカーの?その人が、私を、助ける……?」


「理解なんてしなくていい。いや、してほしくない。あの人はもう、俺の記憶の中にしかいないんだから。どんな尾ひれがついた彼女の姿を追ったところで、本当のあの人の姿に誰もたどり着けないんだ。思考することによって、あの人の姿がゆがめられるのは、これ以上ごめんだ。死神のリーダーなんて、死神に死神であれと呪われた、ただの人間でしかなかったのにな……そろそろ行くぞ。夜だ」


 ふと、彼の鼻に慣れ親しんだにおいが感じられる。それは戦場にはびこる血と対をなす臭い——煙の、においだ。


「ッ⁉」


 毒でもうろうとする頭が、働いていなかった。復讐に濁った脳が、正確に働いていなかった。理由なんてそんなもので、だから窮地に陥ったのは彼自身のせいだ。


 ——あの執念深い追手が、抜け穴からの脱出を許すと思っていたのか?

 ——貴族の秘密通路の使用が、貴族に伝わらないとどうして思い込んだ?

 ——本当に何の障害もなく逃走できると、なんで楽観視していた?


 燃えるのは、ドグマと少女がいる倉庫自体だった。そして、彼の鋭敏な感覚はその外に待ち構える戦闘集団と、そして下水道側に待機する集団の気配を読み取った。


「クソ、おい、しっかり捕まってろよ⁉」


 下水道に落ちてもなお、決して失うことなくドグマの腰に存在し続けた剣を引き抜く。逃走の日々の手入れ不足でさび付いたその刃に顔をしかめつつも、ドグマはそれを強く握りしめ、そして振りぬく。


 ふわりと、少女の長髪が浮かび上がる。それはドグマの剣戟が生んだ風の流れによるもので、そして次の瞬間、彼の斬撃の軌道をたどるように、その延長線上の倉庫の屋根が縦に切り裂かれ上へと吹き飛んだ。


「………え?」


「舌を噛むぞ!しゃべるな!」


 がれきが、落下を開始する。それを足場に起用に宙を舞うドグマの体が、月夜の中に踊り出る。瞬間、四方から雨のように矢が降り注ぎ、けれどそれは全て、ねじり溜めた横薙ぎの衝撃波によってたやすく吹き飛ばされる。飛来する魔法は、一太刀のもとに切り捨て、ドグマが敵を飛び越えて貴族屋敷の二階部分の手すりに飛び乗る。


「クソがッ、撃て、射殺せッ」


 狂ったように唾をまき散らして叫ぶ青白い肌の男。彼の言葉を聞き、熱に浮かされたような部下たちが剣を手に取り、弓を一層強く引き絞り、ドグマへと攻撃を開始する。屋敷の壁に突き立てられた剣を足場に、騎士たちが地獄の底から這いあがる罪人のようにギラギラと剣呑な光を宿す目でドグマへと近づく。


「余波に巻き込まれても知らないからなッ」


 吹っ切れた、とまでは言わない。けれど、人を切った経験が、確実にドグマの攻撃への転換を容易なものにしていた。これまでの彼であれば決して使わなかったであろう、周囲に甚大な被害がいって人間を巻き込み傷つけてしまうだろう一手を、彼はわずかなためらいの後に放った。


 空気が、振動した。世界を揺らすほどの強烈な殺気と共に、修羅と化した男が、剣を振り下ろす。まっすぐ、全身全霊で振りぬかれた一撃が、大地を割る。

 的確に人が存在しない位置を把握して、二撃目、三撃目が繰り出され、その時点で轟音と共に大地が崩れ出す。


 地下下水道の空間へと続く大穴が、騎士たちと屋敷を飲み込んで沈んでいく。


「ッ」


 ドグマへと手を伸ばす絶望の表情を浮かべる人間。その姿に、血がにじむほどに唇を噛みしめる。けれど、決して視線はそらさない。これは、自分がやったことだ。自分が、自分を守るために手を汚したものだ。これは決して、腕の中の少女を救うためにやったことではない。そう正当化してしまえば、きっと自分は人に対して力を使うことに歯止めが効かなくなるから。


 沈んでいくがれきの山の中、相変わらず人間離れした脚力で宙を舞ったドグマは、無事な地面に着地して走り出す。

 そのまま街の外壁を飛び越える頃には、目を回した少女が真っ青な顔で震えていて——


 オエッ。

 小さなえづきと共に、すっぱい匂いのするものがドグマの胸あたりから下を汚した。



「……………」


 月明かりが遮られた森の奥。焚火にあたるドグマと少女、そしてその脇には、川で現れて再度水浸しになったドグマの服が干されていた。

 少女は何もしゃべらず、ただその身を縮こませるばかりだった。


「……気にしてないぞ」


「お父様が、この世には少女に汚物を浴びせられて喜ぶ変態がいるんだって言ってたわ。……汚物……ううぅ」


「俺は変態じゃないぞ」


 自分の言葉に自分でダメージを受ける少女に、ドグマはこれだけは訂正しておかなければと不名誉な断定を阻止する。再び二人の間に沈黙が訪れ、遠くの虫の音だけがひどく心細く響いた。


「……街での生活は、もう無理だろうな。本格的に帝国が動き出せば、あらゆる街に侵入者感知の結界が張られるはずだ。そこまで俺を殺すために執念を燃やすとは思えないが……」


「燃やすよ。必ず」


 少女の強い断定に、揺らめく炎をじっと眺めていたドグマが顔を上げる。


「今の帝国が分裂していないのは、間違いなくシンカーという人々の間に共通認識のある明確な悪がいるからなのよ。だから、あなたがきっと、死ぬまで追われ続けるわ。統一国家帝国の平定のために、死ぬまで、ね」


「……そうか、それは良かった」


「何が、良かったのよ⁉全く良くないでしょう⁉死ぬのよ、戦争を生き延びて、ひたすらに帝国に追われ続けて、そうして捕まってさらし者にされて、死ぬのよ⁉それでいいなんて、本気で言っているの⁉」


「……本気だ。死ぬのは怖い。死を考えるだけで体がすくむ。でも、仲間に託されちまったんだ。その手が血で染まっていないお前だけが、平和になった帝国を見届ける権利がある。私たちの分まで、帝国の未来を見る義務がある。だから、生きろ……ってな」


「なによ、それ……」


 それこそ、呪いじゃない、と少女は心の中で毒づく。それは、両親の死と亡き二人の言葉に縛られ続ける私よりもきっと不自由ない生き方だと、少女は思った。そして、ひどくむなしい生き方だと。


「…………シンカーは、帝国の極悪囚人を活用した秘密組織じゃ、なかったの?」


 代わりに口からこぼれたのはそんな言葉で、それを聞いたドグマの顔が憤怒に染まる。ヒッ、と少女ののどが鳴った。


「そんなわけが、ないだろう。そんなわけが…………」


 いくら待っても続きの言葉はなかった。やがて、無機質な声で寝ろとだけ告げると、ドグマは少女に背を向けて横になった。


 夜闇の中でむき出しのその背中には、前と同様か、あるいはそれ以上の数多の傷がった。まだ血がにじむ新しいものの下に、元の肌を覆い隠すほどに雑多な傷が——火傷や擦過傷、裂傷——どうしたらそんな傷がつくのか、少女には想像もつかない異様なものもあった。

 その傷つき丸められた背中に、少女はただただ見入っていた。羞恥の感情はそこになく、あるのは驚嘆と、そして苦虫をかみつぶしたような複雑な心境だった。


「私は……」


 一人になると、途端に記憶の奔流に飲み込まれる。その中で、自分が告げた言葉が、声がフラッシュバックする。自分は、彼のことを何も知らない。何も知らず、帝国が広めたであろう噂に踊らされて、いくつものひどい言葉を彼に浴びせてしまった。


 目の前で寝息すら立てずに懇々と眠るドグマ。その本当の姿が、少女には分からなかった。



「お前は、これからどうしたい?」


「お前じゃなくて、リーリエよ」


「………リーリエ、お前は、これからどうしたい?何か、目標やすべきものはあるか?あれはそれを目指しながら旅をするが」


 突然の変化に不思議そうに首を傾げたドグマが、その名を呼ぶ。

 呼ばれたことが、その声が、リーリエの心に染み込んでいく。不思議と心地が良かった。それがきっと、自分を傷つけようとする響きを含んでいないからだと、リーリエは己に言い聞かせる。目の前の人物は、シンカーの……虐殺を続けて戦犯組織の、少なくともその一員ではあるはずだと言い聞かせて。彼の言葉の「手が汚れていない」という言葉を信用するのであれば、シンカーの中でも全うな部類で、そしてシンカーの実態も、自分が思うようなものではないのかもしれないという在りえない幻想を抱いて。


「……特には……あ、一つだけ。お墓参りがしたいわ。生きているうちに、もう一度両親に手を合わせておきたいの」


 ドグマの質問に、顎に手を当てて記憶を掘り返す。旅の道連れができたことも、そうするべきだということも、昨日のうちに覚悟を決めた。彼がどんな人物か、やはり噂通りの極悪非道な人間であるということの完全な否定はできないけれど。少なくとも数度にわたって自分のことを守ってくれたこの男なら、強いこの男なら旅の道連れとして不足はあるまいと。


「墓は、どこだ?」


「………帝都。その、大霊園」


「そう、か。帝都か……」


 目指す場所は、ドグマにとって、そしてリーリエにとっての敵の本拠地。終戦と平和を誓った皇帝が、暴君帝を自らの手で屠り終戦へとこぎつけた平和帝が待つそこが、二人の目的地に定まった。


 こうして、追われる身であるシンカーの一員のドグマと、少女の旅が始まった。

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