前日譚 小春日和前 七、萌え出づるⅱ/日常、ⅰ
前日譚 小春日和前七、萌え出づるⅱ/日常、ⅰ
◉登場人物、時刻
⚫︎ 萌え出づる
???? 主人公。今回は出番あります。
数え年で八歳。棟梁家の庶長
子(側室から生まれた長男)。
伊兵衛 村の中で主人公が侍身分である
事を唯一知っている子供。
数え十五歳。
今回の石合戦で副将を務める。
悟助 主人公が参加する村の大将格。
大柄で乱暴な典型的なガキ大
将。総身に回りかねる知性。
対戦相手の与兵衛とは仲が
悪い。自分より大柄な主人公が
気に入らない。
与兵衛 相手方の大将。腕力も知恵も悟
助と良い勝負。
午初の刻 午前十一時から正午
午正の刻 正午から午後一時
辰初の刻 午前七時から八時
丙寅三年神無月十日午初の刻 伊兵衛
二保*1それぞれの神主役が簡易な祭壇の前で祝詞をあげている。
石合戦は菖蒲*2を刀に見立て、石を弓に見立てる合戦の真似事だ。皆、なるべく頑丈な石を投げ合うので手負いが絶えない。死者すら出る事がある。その為、いくつか決め事がある。
一、菖蒲か石に三回当たったら、その者は討ち死にとみなし、決められた場所に移動する。必要なら手当を受け、以後、行事に参加しない。
一、上の条件に当てはまらなくても、当たり所が悪いなど、身体が不調なら、決められた場所に移動する事で行事から抜ける事が許される。
一、大将だけは一度、石か菖蒲に当たったら、その時点でその軍全体が負けになる。当たったのに当たってないと言い張るなど不当な振る舞いは神仏にかけて許されない。
一、故意に頸より上を狙う事は許されない。
一、防戦側は旗を立てる、この旗に故戦側の誰かに触られても防戦側の負けとする。
若、この条々違乱申し候はゝ、神明社、村社、熊野権現、並びに摩利支天社の神罰を蒙るもの也、仍 起請文之状如件、
一味神水*3して、神籤を引いて故戦・防戦を決める。
今回は故戦側だ、縁起が悪い*4。
我らはここで待ち、相手側は移動し本陣とする場所へ旗を立てるのだが…………
先ほどから此方側の大将である悟助と彼方側の大将である与兵衛が無言で睨み合っている。
この二人、兎に角、仲が悪い。
水と油、犬猿之仲、不倶戴天。
常日頃から当たると触ると大喧嘩をする。大人たちに仲裁して欲しいのだが、もはや所定の位置に移動して、唄を謡い始めている。少量だが神酒も振舞われている様だ…………此方など眼中にない、当てにならない。
睨み合う二人の大将は腕っぷしも、御頭の出来もどっこいどっこいだった。その後ろには双方、四、五人の取り巻き達がやはり睨み合っている。双方の村のそれ以外の子供達のウンザリした白い眼に気づいているのか、いないのか。
こうなる事は知れていた。三年前に同時に大将格を引き継いでから、これまでの戦績は一勝一敗。双方、私と同い年で今年が最後だから、今年の勝敗で雌雄が決する事になる。
この日が近づくにつれて、両者、鼻息が荒くなっていった。いやはや。
丙寅三年神無月十日午正の刻 伊兵衛
散々、睨み合った挙句、やっと離れていった。
始まる前から、どっと疲れてしまった。悟助とその取り巻きは気炎を上げているが、その他の村の者たちは私と似た様な表情だった。
我々、「御厨保」は三十一名。もちろん馬に乗っている者など居らず、全員徒士だ。
菖蒲を片手にして、用意の良い者は内飼袋に石をいくつか入れている。社で祈祷を受けた紺染の 布で頭に頬被りをし、二の腕に標として巻きつけている。その他は思い思いの格好をしていたが、唯一、大将だけは親に借りてきた鉢巻をしている。
相手方の「神楽保」は紅花染*5の頬被りと布で、三十五人参加と聞いていたが、二十八人しか居なかった。七人は病欠と聞いている。
……もしや疫*6ではあるまいな。そこまで愚かではあるまいが。
鉦の音が響きわたる。敵の準備ができた様だ。どうやら敵は小高い丘と川の間に旗を立てた様だ。あの丘は地元で『市辺の一枚岩』と呼ばれている丘で、小さい割には急で後ろから回り込む道以外の登り降りが難しい。
と言うことは丘と川に挟まれた狭い地で正面からぶつかる事になる。なるほど。数が少ない敵の戦法としては理に適っている。
道 丘崖崖崖崖崖崖崖森森『神』河河河
道道『小高い丘』崖森森 道 河河河
森森崖 崖森森森 道 河河河
林森森崖崖崖崖崖森林 道草草河河河
林林林林林林林林 道 草河河河
道 河河河
この辺り草場 道河河河
『御』河河河
『御』=御厨(主人公)の保
『神』=神楽(敵方)の保
正面衝突なら無理に悟助を抑えなくても良い。そういう意味でもホッとした。やれやれ。
甲辰六年九月五日 某県某所
これは寺倉の集落に伝わる、ふるいおはなしです。
むか〜しむかし、ある所に、とっても悪い人たちがいました。彼らは乱暴もので、すぐにあばれて、誰かれかまわずケンカをふっかけるので、みんな困りはてていました。
ある時、その悪い人たちが寺倉の集落に来ました。家をこわし、田んぼをめちゃくちゃに。
とってんぱらりで、さぁ、たいへん。
村の人たちはどうする事もできずに、泣いて悲しんでいました。
それを見ていたえらいお侍さまは
「そんな事をしてはいけないよ」
と、優しく悪い人たちを説得しました。
最初は馬鹿にしていた悪い人たちも、根気よく説得を続けるお侍さまに、ついには耳を貸し、うばった物を村人に返し、壊れた村を直しました。
そして村人たちに「ごめんなさい」と謝りました。
このできごとから、みんな、なかよしになり、助け合ってたのしく暮らしましたとさ、めでたし、めでたし。
(◎◎県△△市、広報「我が町」の歴史コラムより)
庚戌二年長月十六日 辰初の刻 於、寺倉集落(戸田方集落)
周囲は未だ薄暗く、朝靄の中に包まれていた。押し入った村は朝の静寂の中にある。
…………否、それは朝の静寂というには、余りにも静か過ぎた。静か過ぎて、逆に耳が痛くなる静寂。
村人たちは戦が始まると見ると一散駆けて逃げ散ったらしい。
村人が居なくなり人気の無くなった村で、人が懸命に働いていた。薄暗がりに蠢く黒い影。
収穫の終わった田から、二毛作用に植えられた麦の種を大事そうに掬い上げる雑兵。畠に残った野菜・ツルマメなども苅田狼藉している。
彼ら彼女らは彼方此方欠けた胴丸を付け、鎌や槍や駄刀など思い思いの武装をして、何処からともなく現れた。
その正体は南武領の食えない百姓たちであり、このままでは飢え死にするところを戦の気配を感じて、謂わば“火事場泥棒”をする為に付いてきた人々だ。
彼ら彼女らは止められれば、飢え死にするしかない。相手が如何に侍衆と言えども半狂乱で抵抗するだろう。下手な恨みを買っても詰まらないので、侍衆も見て見ぬ振りをする。
だが、侍衆やその被官衆・軍役衆も全て雑兵たちに持っていかれる訳にも行かない。
ある程度は若様に献上しなければならない為、自分たちの取り分をより多く確保する為にも、力を入れて家探ししていた。家屋内だけではなく、羽目板を外し床下の土も掘り返し、銭や穀物の入った甕がないかを探している。
上納年貢の俵米はもう納付されたのか、それとも山に持ち去ったのか、見つからなかったが、戦の開始が余りに急だったためか、屋内には銭や穀物が残されていて大漁だった。
一つの屋宅に集め、見張りの兵を二人立ててある。
「おぉい、皆んな。こっちゃ、来い!」
………………静寂を破る下卑た声。
何かを見つけたらしい。
実際、付いてきたのは南武領の食い詰めた百姓たちだけではなかった。
重装の徒士兵。
頭には折烏帽子。半首に喉輪を付け、胴丸を締め、兵粮袋をたすき掛けにし、粗末な草摺と内飼袋を腰につけている。佩楯はないが、籠手も脛当ても嵌めている。
背には負子を付け、丸めた寝ゴザや分捕り品をくくり付けている*7。
その姿は夜逃げか盗人のようで、甚だ見目が悪い。
そして事実、彼らはその後者だった。
雑兵にしては兵具に金はかかってはいるが、品はなく、乱暴で、傍若無人で、見る者に不快感を与える態度と声。
彼らはこの近辺を荒らし廻る盗賊の一味だった。進軍する南武軍の跡を付いてきた彼らは、今後、南武の村は荒らさない事を条件に赦免され、戸田方の村々を濫妨狼藉勝手を条件に此度の戦に雇われたのだった。
完全武装していて、戦慣れしており強いが、此方の指揮には従わず、村と見れば隊列・戦陣から離れ、勝手に掠奪を始める統制の取れない厄介な兵だった。
今もせっかく得た獲物を横からさらわれない様にする為だろう、侍衆や雑兵どもを牽制するように、二人の盗賊の見張りが此方に槍を向けている。
…………ある家の奥から盗賊の一人が老人の二の腕を掴んで、引き出した。御老人は生まれた集落を離れるのを拒んだのだろう、観念しているのか目にはどんな表情も浮かんでいなかった。
「爺ぃがいやがった。荷物持ちでもさせて、市で売っぱらおうぜぇ」「ジジィかよ、つまんねぇ。売るくらいにしか、使えねぇじゃねぇか」「何だとぉ、お前には……」
その瞬間だった、御老人が信じられない力で二の腕を外し、隠し持った小刀で盗賊の胴丸と腰の間を刺した。
「いてぇ、いてぇ。何しやがんだ、この爺ぃ」
のたうち回る盗賊。
「ギャハハ、ジジィに刺されてやんの」
「バカでぇ」「アハハハハ」
周りの悪党どもは刺された盗賊を嘲笑うばかりで助けない。しかし、逃げようとした御老人の逃げ道を塞ぐことは忘れなかった。
「この爺ぃ、舐めてんじゃねぇぞっ!」
顔を真っ赤にした盗賊はやおら刀を抜き放つと、御老人めがけて振り下ろした。
倒れ込む御老人。
……その瞬間、私は歩き出した。
此方を見ていなかった二人の見張りの間を抜け、盗賊の側に歩み寄ると刀を静かに抜き、最上段に振り上げ、静かに振り下ろした。
ビシュっ
呆気に取られる盗賊ども。
御老人を斬った盗賊は頸を三分ほど斬られ、間欠泉のように血を噴き上げ、ドォっと倒れ伏した。
今はまだ、あたたかい血が右頬より下を、べっとりと濡らす。
「戯け!」
盗賊どもは吃驚したように後ずさる。
「斬っちまったら値が下がるじゃねぇか。死んだら一文にもなりゃしねぇんだぞ、この間抜け!」
全く。御老人と言えども、売れば五百文くらいにはなるのに勿体無い。それで何食かは食えるだろうが、真面目にやれ!
…………その時、対岸から騒音が聞こえてきた。
馬の嘶き、何かの息遣い。ナニカが動いているような大きな気配。
慌てて対岸が見える位置に移動する。いつの間にか現れた戸田方の軍勢に、我が隊の対岸の残余がなす術なく蹂躙されている光景だった。
慌てて弓を構えようとするも、矢は靭の中の分しかない。補充分は今、まさに蹂躙されている本隊が持っている。その一瞬の逡巡の間に敵味方紛れて、弓の使用を断念せざるを得なくなった。
…………渡河攻撃をするか?
しかし、我が隊の残余が持ち堪えられるか?
……望みは薄い。渡河にも時間がかかる。また、何隊かに分けて渡河する必要がある為、対岸が持ち堪えなければ、簡単に各個撃破されるだろう。
……救えぬのか………………、?!
その瞬間、他人の心配をしている場合ではない、自分たちの危うさに気がついた。
おそらく、いや確実に気が付いただろう、山に隠れた寺倉の百姓衆は。自分達の味方がすぐ近くまで来ている事に。
そうなれば、絶対に私たちをこのままにしない。勝てる可能性があるなら、斧や槍を振りかざして死に物狂いで殺しにくる…………!
迷ったのは一瞬だった。
「陣を移動する」一言告げる。
侍衆は次々と集積していた屋宅に入り、貫銭を引っ掴むと懐に入れ、足早に立ち去った。
その後、盗賊たちも屋宅に入り、村の鋳物屋が作った鍋に毛皮、木炭、鎌や塩などを山盛りにして、侍衆とは別の方角へと去っていった。
最後に雑兵どもが屋宅に入り、豆や麦の種、胡麻、里芋などを懐に入れて去る。
村を後にする前に彼ら彼女らは村へと振り返り、手を合わせ何事か呟いたり、黙祷したりしていたが、それも一瞬のことで慌てるように侍衆の後を追っていった。
………………後に残されたのは、倒れて動かない二つのモノ以外、何事も無かったかの様な風景。
いつの間にか差し込んだ朝日に照らされて、鳥は唄い、川は細流ぐ。
何百年も変わらずそこにある様な、山里の風景だった。
「石合戦」のルールはオリジナルです。史実ではありません。
◉用語解説
*1【二保】
惣村は生業(農業、漁業、林業など)や地域などで、惣内がいくつかに分かれていました。
これを「保」と言います。
保(惣村内の諸グループ)はそれぞれ専用の神社仏閣を持っており、宮座も分かれていたとされています。
保は「方」とも書き、有名なものに自治都市として発展した伊勢山田の山田三方があります。
今回の石合戦はクミの村同士である「市辺村」の「御厨保」と「八田村」の「神楽保」が演習・神事をする設定になっています。
*2【菖蒲】
川・沼などに自生するショウブ目ショウブ科の多年生の草。葉の形が剣の様になっている。
芳香が邪気を祓うという言い伝えがあり、その名前が「尚武」に通じるため、武家にとって縁起の良い植物とされ、軒先に吊るしたり風呂に入れる「菖蒲湯」にするなど「魔除け」として利用されてきました。
*3【一味神水】
中世日本における一致団結(同盟・惣結合・一揆的行動)する為の儀式・神事。
鐘や鉦を打ち鳴らしながら、神に捧げた起請文を焼き、その灰を神水(多くの場合、神酒で代用された。今回の話では水)に混ぜ、一味で回し飲みをする。この上で、誓約に違反すれば神罰が降ると信じられていました。
……「そうは言いますけどね、そんな死に方した奴、聞いたこと無いですよ」と言った人も居たとか居ないとか。
*4【今回は故戦側だ、縁起が悪い】
室町幕府が定めた法に「故戦防戦法」と言うものがあり、これは「故戦」側(喧嘩を仕掛けた側)は理由の如何に問わず死罪、もしくは重罪。「防戦」側は罪には問うが理由によっては罪の軽減がある、という法になっていました。
この法は広く社会に浸透していた様で、例えば当時の百姓が書いた菅浦文書(国宝)では明らかにこの「故戦防戦法」を意識した作りになっています。
そのため、故戦側=死罪=全員討ち死に=負けという連想で「縁起が悪い」と思った、と考えられます。
*5【紺染・紅花染】
紺染は黒に近い青。紅花染めは白に近い薄いピンク。どちらも現代と違い、はっきりとした染色ではありません。
*6【疫】
伝染病のこと。はやりやまい、疫病。
*7【半首・喉輪・草摺・佩楯・負子】
半首は簡易版の面頬。喉輪は首に掛け喉やその下の辺りを守るもの。草摺は胴丸から垂らしたり、腰を紐で回して付ける腰の防具。佩楯は太ももを守る為の防具。負子は背負子ともいい、肩にかけて背に荷物を背負う為の道具。これをしている為、普通の歩兵が背につけている旗指は付けていません。
【日常ⅰについて】
この話は救いのない、追い詰められた「中世」という時代を、私の拙い想像力と筆力で何とか表現してみたいと考え、書いてみました。
なお、ここに登場する人物たちは「悪」ではありません。彼らにとっては日常に過ぎて、擦り切れてしまっているだけです。盗賊たちですら、元々は雑兵たちと同じ食い詰めた百姓たちでした。
また被害者側も加害者であった事があります。当時はそうでなければ飢え死にしてしまい、生き残れませんでした。
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