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月下独虎鈔〜泣き虫國主、乱世を生くる  作者: 独虎老人
一章 棟梁襲名
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一章 棟梁襲名 七、対高雲斎戦Ⅱ

一章 棟梁襲名 七、対高雲斎戦Ⅱ


◉登場人物、時刻


????    主人公。今回も出番なし。


大堂辻前大隅  豪農。乙名衆。若衆のリーダー的

        存在。軍役二鑓。

治兵衛     大堂辻前家の下男。大隅と共に

        軍役を務める。

        歳は大隅より少し上。

        生来、臆病な性で生き残る嗅覚に

        優れる。


卯正の刻    午前六時〜午前七時




丁卯(ていう)四年如月(きさらぎ)十四日 卯正(うせい)の刻 大堂辻前(おおどおのつじのまえ)大隅(おおすみ)


 陣中は雑多な音で賑わっていた。まだ辺りは仄暗(ほのくら)い。


 我々、村の軍役衆は戸田の御館様の本陣張りを仰せつかった。有職者(ゆうそくしゃ)※の指示に従い、幕串(まくぐし)を指し、幕を張る。床几(しょうぎ)を並べて上に掻楯(かいだて)※を二つ渡して床几机を作り、その周りに床几を配置する。


 ……寒さが(こた)える。

 肌着の上に羽織りを着て、下は股引の上に陣中袴を着て、脚絆(きゃはん)足半(あしなか)を付けている。革を漆で固めた陣笠に腹巻、籠手、脛当てで武装する。(やり)も大小も我は自前だが、下人や軍役衆の中にも御貸し具足、御貸し刀に番鑓※の者も居る。


「いつ戦が始まるかも知れません。皆々様、そろそろ腹拵(はらごしら)えとしましょうや」

 下男の治兵衛から声がかかる。賛同の声が上がり、村の者共が集まって来る。


 腰籠(こしかご)から握り飯を取り出し、焼き味噌の欠片と共に食す。一応、肩からかけた兵糧袋には、あと五食、三日分の乾飯(ほしいい)と梅干し二つ、兵糧丸が一つ入れてある。芋がら縄※は短期の戦になる、と思い持参していない。焼き味噌だけだ。


 鍋に腰の竹筒の水を注ぎ、皆に了解をとって、数人で萱場(かやば)から枯れ草、枯れ枝を人数分刈り取って来る※。腰の打飼袋(うちかいぶくろ)から火打ち石を取り出し、火を付け湯を沸かす。河まで行き、竹筒に水を汲み直したら、帰る頃には火が消えて、喉を潤す程よいお湯が出来ている。

 凍えた身体に熱が染み渡っていく。


 軍役衆の食糧は自弁※だが、員数外で付いて来た小百姓衆の食糧、燃料は戸田の御領主から出ている。どうやら(あわ)やヒエを鍋で煮て、支給された味噌と共に食している様だ。

 早暁(そうぎょう)の寒さには村の仕事で慣れている筈だが緊張のためか、どことなく小さく見える。


 鏡村の軍役衆と小百姓衆は共に戸田様の御家来に随身する。御味方右翼にあって、敵方左翼に相対する様だ。


 だが、いざと言う時に混乱せぬ様に隊を分けられた。御家来は小百姓衆の指揮を直接執り、軍役衆の差配は我に(まか)された。どうやら参陣する侍衆の数が少なく、一騎に従う隋兵(ずいへい)が多い様で、手が回らぬらしい。

 基本的に騎乗の御家来に随身するだけなので、難しい事では無い。無いが……



 惣村総出の願文(がんもん)※にも関わらず、戦は河の手前、麻原の北方で行われる事になった。

 戸田の御領主がお決めになったらしい。


 北の高まりから南東側に向けてなだらかに下り、大河の(きわ)が少し高まっている。この辺りは大河の氾濫地(はんらんち)で確かに家屋は無いし、田畠も無い。

 だから侍衆の目には戦っても収入の減らない荒地に見えるのだろう。


 だが、そうでは無い。

 先ず、北の高まりの上にある田畠はすぐ北の集落の土地だ。ここは戸田方にも棟梁方にも属さない國人衆の所領だ。


 村落の者共は家財を持って逃げ散っておるだろうが、何人かは“決死の物見”として残っているだろう。もし仮に田畠が踏み(にじ)られ、荒らされ様ものならば、北から新手の兵が襲いかかって来るだろう。

 棟梁方と事を構えるのに、北方から横槍を入れられては叶わぬ。惣村としても、二方に敵は抱えたくは無い。


 何より、ここは各村の萱場(かやば)の入会地で、我が鏡村の萱場も南へ少し降った所にある。萱場の状態は惣村の物成り※に直結する。萱場の柴草が下肥(げひ)厨肥(くりやひ)などの(こえ)の供給源になるからだ。

 それだけでは無い。ヨシズなどの手工芸品の材料となり、芦根(ロコン)などの薬にもなる。これらが高く売れる。惣村にとっては生命線なのだ。


 声をかける。

「……治兵衛、村の者は付いて来ておったか?ここが戦さ場だと伝わっておるか?」

 乾飯を(かじ)っていた治兵衛が答える。

「へぇ、村で見た顔のモンが、引き返していきやした。伝わっていると思います」

 そうか、ならば良い。


 戦場稼ぎ※は早い者勝ちだ。

 萱場に被害が出る可能性がある以上、どこかで挽回しなければ……




 『世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る

    山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる』……




◉用語解説


【有職者】

 公家、武家などの行事、儀式、官職等に関する知識と、それに詳しい者の事。有職故実に通じた者。


掻楯(かいだて)

 垣楯(かいだて)とも。木の大板(縦板)の裏に「(さん)」と呼ばれる横木を何本か打ちつけ、琵琶枝と呼ばれる折り畳み式支え棒を取り付けた物。

 陣地の構築や攻城戦時の仕寄時などに重宝しましたが、鉄砲の玉は貫通しました。

 かつては「(しこ)の大楯」と呼ばれ、神聖視されていました。


【御貸し具足、御貸し刀、番鑓】

 全て大名や領主が武具を持たない在郷被官、武家奉公人に貸し出した武器、鎧。他に鉢巻や陣笠などもありました。

 通し番号が付けられ、未使用時は(やぐら)などに収納されていました。番鑓はいわゆる長柄鑓です。


【芋がら縄】

 元祖インスタント味噌汁。

 芋の茎(芋がら)を縄の様に長く編み、味噌で煮しめた物。普段は縄として使い、食する時はちぎってお湯に入れれば、芋茎入りの味噌汁に早変わりしました。


【萱場から枯れ草、枯れ枝を人数分取って来る】

 盗人と区別する為に、日没から日の出までの農作業や柴木集めを村掟で禁止していた惣村が多くありました。日は出ていたと思われますが、まだ暗かった為、念の為了解を取ったものと思われます。


【自弁】

 自分で用意する事。


【願文】

 神仏や身分が上の者に提出した願い文。


【物成り】

 収穫(量)。ここでは村の農業生産力を指します。


【戦場稼ぎ】

 戦国時代の戦はその後始末を勝った側が行っていました。

 もちろん当人達がするのでは無く、近くの農民達に幾ばくかの銭を渡し、農民達に片付けさせていました。

 これを「戦場稼ぎ」と言います。

 死体から剥ぎ取った折れた刀、鎧、小物類は片付けた者の勝手となっていましたので、身なりの良い武者の死体に有り付く事は心効きたる(有能な)農民の心得となっていました。


  

  『世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る

     山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる』

 (百人一首歌 皇太后宮大夫〈藤原〉俊成)

 

 世の中なんて思い通りにはならないものだ。世を儚んで隠棲しようと分け入ったこの山でさえ、鹿の鳴く悲しい声が聞こえてくるのだから

 


 今回もお読み頂き有難うございます。

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