前日譚 小春日和前 一、征旗北伐
前日譚 小春日和前
【前口上】
(この前日譚は一章を書き上げた後に書かれています。初めて読む方は前日譚から読んでいただいて問題ありません)
ご無沙汰しております。だいぶ空いてしまいました。このシリーズは「なるべく現実の歴史研究に寄り添うこと」を目指して書いているのですが、なにぶん史学など習った事のない素人で、調べれば調べるほど分からないことが増える現状に頭を抱えて、参考文献を読み漁っております。
「なるべく現実の歴史研究に寄り添うこと」というテーマを掲げた時は、愚かな作者は今までにない新しい何かになるに違いないと、自画自賛して調子に乗っておったのですが、なにやら墓穴を掘ったことにようやく気がつき始めております。
素人が素人の浅知恵で手を出すべきではなかったんや……
ともかく、最後までプロットは完成しており、エタらせるつもりは毛頭ありません(それくらいなら「なるべく歴史研究に忠実に書くこと」を諦めて、ただのフィクションとして全部書く)。
再開がいつになるかは分かりませんが、よろしければお待ち下さい。
……で、流石にそれだけでは何ですので、前日譚を書いてみました。前日譚自体はプロットは出来ておりますので、しばらくの間はカクヨム様→ 小説家になろう様→一日休みの順で三日ごとに交互に書いていきます。お時間があれば、暇つぶしにでも御付き合いください。
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前日譚 小春日和前 一、征旗北伐
◉登場人物、時刻
????? 主人公。今回出番なし。
〈南武方〉
南武甲斐 南武刑部大輔の子。南武家は守
護家の支族で「峡の国」南部に
一大勢力を持つ有力國衆。
直情径行のきらいがある。
櫻井余呉右衛門 南武家の重臣。先陣を務める。
この二人は主人公ではありません。
卯正の刻 午前六時から七時
辰初の刻 午前七時から八時
◉なお、昔の時刻は不定時法であり、厳密に言えば、例えば「夏至の卯正の刻」と「冬至の卯正の刻」では表す時間に違いがある(夏至は午前四時前から一時間、冬至は午前六時過ぎから一時間)のですが、それでは混乱するので定時法的に表記します。
それは山間の小さな道だった。
申し訳程度の裾野を縫うように、小道が遠慮がちに通っている。この道が貧しい「峡乃国」から豊かな「海乃国」へと抜ける大道だとは誰も信じないだろう。
それとは別に豊かな水量を湛えた河が轟々と音を立てて流れていた。明け六つを過ぎて日は登っているはずだが、両側の高い山々に遮られて薄暗く、闇の中で河の音は恐ろしい物の怪の咆哮のように聞こえた。
狭い裾野を南北に奔るその河は、平野の大河とは比べ物にならない狭い川幅ではあったが、それでもこの谷間では我が物顔と言って良い存在感を示していた。
両側には高く聳える山々。轟々と流れる深い河。遠慮がちに河の両岸を行ったり来たりしながら続く小道と、その道以上に遠慮がちに山にへばりつく集落の家々。それ以外の場所は森で全て塗りつぶされたような場所。
この山間は何里も続き、回廊の程を成している。河の轟音と鳥の声以外には何も聞こえない静かな山間だった。
………………その山間の秩序を乱すように突如、森の木々から鳥が飛び立つ。
やがて夢から覚める様に、物々しい騒音が近づいてくる。ガシャガシャと具足がこすれ合う音。雑多な足音。咳き。人いきれ。
それはこの山間の秩序から外れた者たち。完全武装の武士の軍勢だった。
庚戌二年長月十六日 卯正の刻 南武甲斐(南武方本隊)
急げ!駆けよ!手柄は足で稼ぐものぞ。
戸田の高雲斎が突如として兵を挙げた。本拠の館に兵を集めているという。
我が郷を敵方の好きに蹂躙されてなるものか!敵を防ぎ、成ろう事なら反撃し、逆に戸田の村落を襲うのだ。
この郷の先、隘路を越えれば、そこはもう敵の支配下だ。必ずや敵の郷で戦をせねばならない。そうすれば兵粮の調達も容易になる。
対岸の寺倉の郷は敵の郷である。先陣を対岸に渡らせ、寺倉に兵を伏せさせ、左岸の神社前に本陣を、その前に陣をしき、隘路に敵を押し留めて二方向から敵を討つ。
(至戸田)
丘丘丘丘丘崖道 川川川 崖丘崖丘丘川崖丘道丘
丘丘丘丘丘丘崖道 川川川崖丘崖丘丘小崖丘道丘
丘丘丘丘丘崖道 川川川崖丘崖丘丘川崖丘道丘
丘丘丘丘崖 道 川川川 崖丘崖丘小川崖道道丘
川小丘崖 道 川川川 丘崖丘小川 道
崖川小崖 道 川川川 丘丘小丘 丘
丘崖小川小洗小 川川川 崖 丘丘
丘丘崖崖 道 川川川川 崖 寺倉の集落 丘
丘丘丘崖 道 川川川崖 (戸田方)
丘丘丘丘崖道 川川川丘丘 丘丘
丘丘丘丘崖屋道 川川川 丘丘 丘
丘丘丘「神」道 川川川 丘丘丘崖 崖
丘丘崖屋 道 川川川 丘崖崖丘丘丘
丘丘 道 川川川 丘 丘崖丘丘丘
丘屋 屋道 川川川 丘 崖丘丘
丘屋 屋道屋 川川川 小小川丘丘
丘屋 道 川川川 川崖小小川
崖「寺」 丘道屋 川川川 小小川崖崖崖崖
崖崖丘丘崖崖 道 川川川小川丘丘崖崖丘崖
崖崖崖崖丘丘 道 川川川崖崖崖丘崖崖丘丘
(至南武方、木花集落
=南武軍本隊の現在地)
洗=洗い越し(路上河川)
「寺」=寺 「神」=神社
屋=家屋(寺倉以外は半手〈中立〉)
父上は守護所に詰めており、ここには居ない。報せを聞いてこちらに向かっておる筈だが、着到にはしばらく時がかかる筈だ。父上抜きで戸田を押し込めることができれば、父上も國人・被官衆も私を見る目が変わるであろう。私の実力を見せつけなければならぬ。
幸いにも先程の物見の報告では戸田方は館に兵を集めたまま、動く気配は無いらしい。敵は一里半*1向こうで漫然と刻を無駄にしている。ここで勝負を決するのだ!
兵法に云う『先に戦地に処りて、敵を待つ者は佚し、後れて戦地に処りて、戦いに趨く者は労す*2』
敵よりも早く戦場に着く者は勝つ。その上、二方向から敵を迎え討てば、それは必勝の策と言って良い。
だから急げ!ここが切所*3ぞ!急げ!急げ!!
庚戌二年長月十六日 辰初の刻 櫻井余呉右衛門(南武方先陣)
徒士侍どもが浅い瀬を寒そうに渡っている。騎侍どもも馬の足が瀬に取られぬよう、慎重に馬を操っている。
何とか間に合ったようだ。先陣先手が既に渡り終えて、後は我と馬廻り、それに後備だけだ。あと四半刻*4もあれば、渡り終えるだろう。
先陣は三十二騎。
騎侍七騎、長柄持十一人、鑓持三人、弓持八張、小旗持三人。それぞれ、五人の被官衆、軍役衆*5が付く。総勢百九十三人。既に百十人強が対岸に渡り終えている。
若の本隊は百四騎。それぞれ、五人の被官衆、軍役衆が付いて、総勢六百二十人強。非戦闘員の小荷駄が付く。全軍、秩序を保ちつつ動ける最大限の速さで行軍しているため、未だに姿は見えないが、もう直ぐそこまで来られている筈だ。
既に渡り終えた者どもからの伝令によると寺倉の百姓どもは逃げ散っているらしい。半刻前*6の報告では、敵は館から動いていないらしいし、戦はおそらく明日以降になるだろう。敵が姿を現すまで暫しの時間があるのであれば、兵どもに濫妨取り*7を許してもよかろう。充分に準備したとは言え、兵粮はいくらあっても足りない。
「早く渡れ!早く渡ったら敵が来るまでの間、濫妨取りをさし許すぞ」
兵たちから歓声が上がる。
飢餓が常態化してしまった昨今、満足に食べられている者など、どこにも居ない。我らですらそうなのだから、下々の者どもはもっと辛い思いをしているだろう。彼らは濫妨取りをしなければ、そもそも生きていけないほど追い込まれているのだ。
浅瀬を選んで渡っているが、それでも深い河で遅々として進まない。静かな谷に人の気配以外は轟々と流れる河の音しか聞こえてこない…………
◉用語解説
※1【一里半】
昔の距離の単位で一里が約3.9km。一里半は約6〜7kmぐらい。
※2 【先に戦地に処りて、敵を待つ者は佚し、後れて戦地に処りて、戦いに趨く者は労す】
孫子虚実編にある言葉で「先に戦場に到着して敵を迎え討てば、余裕を持って戦をすることが出来る。逆に敵に遅れて戦場に到着する軍は、休みなく戦わなければならなくなり、苦しい戦いを強いられる」という意味です。
※3 【切所】
通行困難な難所、と云う意味ですが、それが転じて『物事の大事な場面、頑張りどころ』というような意味があります。ここではその意味です。
※4【四半刻】
三十分のこと。
*5【被官衆、軍役衆】
この物語の特有の名称で、
「被官衆」は『武士の家の下人(奴隷)として、普段は雑用や主人の供を務め、戦になると戦場で護衛兵を務める人々。いわゆる“武家奉公人”』の事です。
「軍役衆」は郷士制の一種で『普段は惣村の存続に務める有力百姓(地侍)だが、免田(年貢免除地)と引き換えに軍役(戦争参加義務)を務めている地侍層の人々』の意味で使っています。
「被官衆・軍役衆」の二つセットで「武士の周りに居て護衛を務める歩兵」(因みに現実の「軍役衆〈地侍〉」は馬上兵もいます。と言うか、伴無しの一騎馬上兵の軍役衆が殆どだったと言う話もあります。本作品では今更、設定を変えられないのでこのまま行きます)というイメージで書いています。
なお、厳密には意味が異なりますが、まとめて「雑兵」「足軽」などと表記している事もあります。
詳しくは一章の『【改訂・注釈】足軽・農兵・被官衆・地侍について(「足軽・農兵・在郷被官・地侍について」改訂)』をお読みください。
※6【半刻前】
一刻は現在の二時間。半刻前は現在の一時間前。
※7【 濫妨取り】
戦場における掠奪のこと。
⚫︎この章の本隊・先陣などの表記について
基本的に
『本隊』=総大将の部隊
『先陣』=配下の将の部隊
『本陣先手』『先陣先手』など〇〇先手
=〇〇の部隊の分隊
『本陣』=総大将を守る帷幕の内
としています。
⚫︎槍と鑓
軍役衆・被官衆や雑兵などの数打ちのものを
『槍』
馬上武者や侍身分のものを『鑓』
と表記します。
一応確認していますが、表記揺れがあった場合は申し訳ありません。
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