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おはようございます、こんにちは。八幡八尋です。
『ねじれの位置に恋模様』本編第5話の前編となります。ちょこちょこ前後編に分かれている箇所ですが、実は大体1話分の長さを決めていて、それを大幅に越しそうなときは前後編になります。ノっているときは全部この形になりそうで怖いですね。
幕間と合わせて8回目の投稿になるのですが、予想以上に覗きに来てくださる方が多くて驚いております。(慣れていなさすぎて言及できていなかったのですが)本当にありがとうございます……!
今回も、拙い文章ですが楽しんでいただけると嬉しいです。
世の中には知らなくて良いことと、知ってはいけないことがある。例えば、人手が足りずレジ対応に借り出された同期が慣れない仕事にそわそわしているのは、別に知らなくて良いこと。例えば、その挙動不審の理由のひとつに、「同期なのに普段あまり話す機会のない私と2人でいる」この状況が含まれていることは、知ってはいけないこと。日本語には「知らぬが仏」という言葉があるが、全くもってその通りだと、私は常々感じている。
「鈴木さんからお電話です……はい、シフトのことらしいです。繋ぎますね?」
店長に外線を繋ぎ、受話器をそっと戻す。顔を上げるとこちらを見ていた同期の従業員__時雨透とばっちり目が合った。
「……何か?」
「いや、別に! なんか、借り出されたはいいけど今日暇っすよね~……」
「……そう、ですね」
見通しの良すぎる店内を一瞥して返事をすると、そこで会話が途切れてしまう。時雨は意味もなく、引っかけてあったレジ袋を綺麗に広げ直した。
突然だが、私は人の心が読める。いわゆるテレパシー能力というやつだ。この特殊能力に関しては、今のところ両親と弟、そして父方の祖母しか知らない。私が祖母の教えを守り、他の人にはバレないように上手く立ち回って生きているからだ。テレパシーである私にとって、会話はほとんど意味のないものなのだが、人間というのは面白いもので、口で話していることと頭で考えていることが違う、という状況には結構な確率で遭遇する。今目の前にいる、この時雨も例外ではない。
「……そういえば時雨さん、例の彼女とはどうなったんですか?」
話す内容と入ってくる内容が違うことによる頭の混乱を防ぐため、私はわざと、時雨が今頭の中で考えている人の話を出した。こういうとき、たいていの人は「自分の心を読まれているのではないか」と一瞬ドキッとする。案の定、時雨もほんの一瞬肩を震わせてからこちらを見た。
「……例の彼女って?」
「前に連絡先交換したって言ってた女子高生ですよ」
「あー……あの子かぁ」
わざとらしく声をあげる時雨を横目に、静かに引き出しの戸を閉める。
「どうなったんです? あれから」
「いや~……その…………彼女、めっちゃ怖いんっすよ」
しばらく言い淀んだあと、時雨は意を決したように口を開いた。どうせそんなことだろうと思っていた私は、驚いた素振りも見せず「へぇ」と気のない返事をする。
「……え、沢井ちゃん反応薄っ!?」
「え、だって、なんて返したらいいか分からないじゃないですか。それに、聞くほど興味もないというか……」
「余計傷つくよ!? ……まあでも、そうだな。なんつーか、束縛きついんっすよ、あの子」
「……そんなの、ここにいる時からなんとなくわかってることじゃないですか」
気にする様子は見せたものの話を続行する隣の男に、また身も蓋もない返しをした。
「いやそうだけど……なんか、俺が思い描いてた“彼女”じゃないんだよなぁ……」
「ふーん」
「てかこの話、この間清口さんともしたんすよね」
「え」
不意をつかれて出てきた彼女の名前に、微かに頬が熱を持つ。
「……清口さんと、ですか?」
「そうそう。つっても1ヶ月前の話っすけど。『聞いたわよ時雨さん、彼女、できたんだって?』って言われて。どうせまたパッキングの時に俺の話盗み聞いてた三ツ矢さんあたりが流したんだろうけどなぁ……ほんと、おばさんって噂話好きっすよね」
参ったと頭を掻く時雨。ごめんなさいね、それ流したの、私なの。
「で、なんて答えたんですか?」
「普通にそっすよ~って返しましたよ。あ、でも思ってたのと違う的な話はしましたけど……そうそう、俺その時、冗談で__ほんとに冗談っすよ? 彼女にするなら、沢井ちゃんがいいって言ったんすよ。そしたら……」
「そしたら?」
「清口さん、『確かに沢井さんはかわいいものね』って微笑浮かべてました。ま、目は笑ってなかったんで、俺たぶん失言したんすけどね」
だって清口さん、バックでも沢井さんの話しかしないっすから、という奴の声はどこか遠くで聞こえた。冷静な思考は翻弄されるなと警告をしてくる。分かっているけど、彼女がもう、私に振り向かないことも気付いてはいるけど……思わず胸に手を当てるほど、私にとって嬉しい出来事なのだ。いっそこの想いに浸ったまま、彼女の本心など見ずに過ごせたら。
「沢井ちゃん?」
「……え? ああ、ごめんなさい。清口さん、本当に私のこと可愛がってくれるんですよね」
「そっすよ~それに、沢井ちゃんも満更ではないんでしょ?」
「はぁ?」
思わず低い声で返答してしまった。慌てて口をつぐむと、時雨はおかしそうに肩を震わせた。
「なんでそう思うんですか?」
「だって沢井ちゃん、清口さんと話してるときめちゃめちゃキラキラしてるじゃないっすか」
「そう……でしょうか」
「ほんとっすよ。他の人が気付いてるかどうかは別ですけど、俺にはわかります。なんてったって俺、女の子の気持ちはわかるんでね」
決まったとでも言いたげにウインクをかましてくる時雨の視線を手で払う。本当に女の子の気持ちがわかるなら、メンヘラ気質の彼女の気持ちも汲んでやればいいものを……しかし、それとこれとは別問題なのだろう。今回ばかりは黙っておくことにした。
「人の恋愛にあれこれ言うのはナンセンスですけど、俺は別に、沢井ちゃんが清口さんを想う気持ちは素敵だと思うし、2人はお似合いだと思うっすよ」
屈託なく笑うその表情に嘘はないようだった。
私の想い人である清口さんが、骨折を理由に入院したのはちょうど1ヶ月前のことだ。私はその日、彼女と会うのが気まずくて、店長から口頭で入院の話を聞いた時は、心配もしたが少し安堵もしてしまった。今思えば最低なことだが、会わない期間を作る方が私にも彼女にも良いような気がしたのだ。4日前に見た、彼女と歩いていた人__ずいぶんとガーリーな服を着る人だ__のことを思い出すたび、その人を見る彼女の笑みを思い出すたび、私の胸の中に禍々しい何かが生まれる。感情が見えるが故に淡白だった自分が、まさか嫉妬に苛まれるだなんて、いったい誰が想像できただろうか。清口さんは確かに私のことを好きだったのかもしれないが、帰ってきた幼馴染みへの恋心を思い出して、私なんてどうでも良くなったのだろう。その証拠に、今まで頻繁にやり取りしていたメッセージも、あれだけ弾んでいた話し声も、あまり聞かなくなった……ただ単に清口さんが携帯を触れない状況にあるだけかもしれないが。
私も私で、入院を機にいよいよ彼女のことを考えないようにして、その内に春学期の学期末考査が始まったせいでこのモヤモヤと向き合う暇もなくなった。考査が終わって少し落ち着いた今でも、それで良いのだと思うことにしている。自分の本心なんて、他人のものより見たくないのだから。
「あのー……すいません」
「はい、いらっしゃいませ!」
聞きなれない声で我に返る。お客さんだ。
「この、テレビで見たソファ取り寄せたいんですけど……」
基本的にレジから離れることを許されていない私が時雨の方をチラリと見ると、察しの良い彼はお客さんに満面の笑みで近付いた。
「ご案内しますね、こちらへどうぞ~」
1人取り残されたレジに、また静寂が訪れる。いつもこの時間なら、まだ清口さんもいるはずで、たとえ話さなくてもこんなに虚しい気持ちになることなんてなかった。客が来ないのが悪いのか、それとも別の理由があるのか、考えても仕方がないとは思うけど。
「すみません。お会計、お願いしてもいいですか?」
発された声の方へ顔を向ける。考え事をしていると周りが見えなくなるのは悪い癖だ。特に、職場では。レジ台に買い物カゴを置いているその人__胸元に小さめのリボンがついた白いワンピース、夏そのもののような可愛らしい麦わら帽子を片手にこちらを見ている__は、どこかで見たことのある人だった。数秒後、彼女が名も知らぬライバルであることを、私はしっかりと思い出す。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ではまた、来週。