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ねじれの位置に恋模様  作者: 八幡八尋
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清口恵理子の場合 Ⅱ

 おはようございます、こんにちは。八幡八尋です。

 『ねじれの位置に恋模様』、幕間第2話となります。(いつもの投稿より1日遅れました……)清口さんには雰囲気だけモデルとなった方がいるのですが、当初の予定より大幅にずれてなんか色々背負わせたキャラになりました。大人だから色々あるのかなと、作者はどこか達観してみています。

 拙い文章ではありますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです!

 暗い部屋の中、目を覚ます。携帯を確認すると時刻は5:30を示していた。覚醒しきっていない頭がブルーライトの光に嫌悪を覚えるが、やがてすぐに、今日が何の日かを思い出して弾かれたように体を起こした。カーテンを開け、少し湿っぽい6月の空気を視覚で感じる。今日が晴れればいいのに、そう思いながら、私はお風呂の給湯器のスイッチを押した。

 脱衣所で肩より少し長い髪をまとめあげる。コックを捻ればすぐに出る暖かい水で体を濡らしながら、着ていく服やメイクのこと、今日行くつもりであるパンケーキの美味しいというカフェレストランのことを考えてみた。待ち合わせは11時。別に、こんなに朝早くからわざわざシャワーを浴びて準備をする必要はない。必要もないのにわざわざやっているのは、昨日から拭えないふわふわした気持ちや、断ち切れずにまとわりつく未練を、この湯ごと流しきってしまいたかったからだ。それなのに、やっぱり流れ消えてはくれない。顔についた泡を丁寧に落として、諦めたようにコックを閉める。

「……さて、と」

 朝ごはんと持ち物の準備を終え、着替えとメイクに取りかかる。ガーリーな彼女の隣に立つ私はいつも、おしゃれとはほど遠い服装をする。別に、キャラが被るから可愛い服を着ないとかではなくて、昔からそういったことにはてんで無頓着なだけだ。それに、仮に同じ格好をすれば彼女の方がずっと可愛いことも、知っている……ということでいつものようにパンツスタイルを決めた私は、メイクパレットを開けた。最近は、年齢のことをかんがみてブラウン系のアイシャドウを使うことが多いが、今日手に取ったのは薄くラメの入るラベンダー色のものだ。高校へ上がった頃、彼女に

「恵理子って薄い紫ってイメージだよね。メイクもそれっぽい方が似合いそう」

 と言われてから、私の持ち物は格段に紫系統のものが多くなった。彼女はもちろん覚えていないだろうし、気付きもしないだろうが、好きだと言ってくれた色を意識してしまうのは当然だろう。今日は久々に一緒に出かけるのだから。


「いやぁ、ごめんごめん。待った?」

 11時きっかりにふわりとスカートをはためかせて現れた彼女は、私を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。

「全然、今来たとこ」

 本当は20分前に到着はしているのだが、私ばかり楽しみにしていることがバレるのも癪なので嘘をついておく。彼女__松本香奈は、そっか、とまた笑みをこぼした。

「よーし、じゃあ行くか~今日めっちゃ楽しみにしてたんだよね、すごい早起きした」

「え、本当に?」

「マジマジ~……あれ、恵理子」

「うん?」

「メイク、上手くなったね」

「……社会人何年目だと思ってるの?」

「あはは、ごめんごめん。でもやっぱり、紫似合ってるよ。この間見たとき、ブラウン系だったから、やめたのかと思ってた」

「……職場ではね。この年で、どうかなぁって思って」

「えーいいじゃん! 恵理子はそっちの方が似合うよ」

 早く行こうとせっつく彼女を宥めながら、赤くなる頬にそっと手を添える。どうして覚えているの。ドキドキなんてしないくせに、なんで気付くのよ。


 香奈と久々に会ったのはほんの1週間前のことだった。職場にお客さんとしてやって来た彼女が、レジで対応する私を見て声をかけてきたのだ。その後、携帯でやり取りをして、たまたまシフトが入っていなかったこの休日にデート__いや、久々に遊びにいくことになった。数十年ぶりの再開だから、彼女も楽しみにしてくれていたけど、これが何年かおきに会えていたらきっと、浮かれているのは私だけだろう。女友達らしく、あれこれ言いながらショッピングをして、目的のカフェまで歩きながら、会っていなかった期間の話をする。

「……え、じゃあ今、正社員じゃないんだ?」

「そうなの。とりあえずって思って入ったんだけど、なんか、居心地良くて抜けづらくなっちゃって」

「あーなるほどね。確かに、ああいう職場ってアットホームな雰囲気あるもんね」

「そうなのよ」

「ふーん……でも意外だなぁ」

「え? 何で?」

「恵理子は、出版業界で出世するんだと思ってたから」

 ちょっと残念かも、と呟く彼女の横顔を見やる。高校時代、進路を決めかねていた私の背中を押してくれたのは、香奈だった。もともと、本をつくるということに興味はあったし、就職もあの業界では珍しく自分の希望の部署に入れたことも知っているから、香奈がそう思うのも当然と言えば当然なのだろう。

「なんでやめたの……? って、言いたくないか」

「ん~……別に嫌だったわけじゃないんだけど。なんとなく、潮時かなぁって思っちゃったの」

 今考えるとバカだよね、と自嘲すると、香奈の方は、そうかな? と少し首をかしげていた。

「恵理子がそう思ったんなら、そうだったんだよ。きっと」


「いや~いい感じに涼しいね~」

 夕日の輝く小道を、香奈がひどく楽しそうに歩く。時刻は午後6時に差し掛かり、人通りの少ないその場所で彼女の声は少し大きく聞こえた。

「こんだけ人少ない場所、犯罪はびこってそう……」

 隣をゆっくり歩く私がぼそりと呟くと、彼女は大きな目を更に開いてこちらを向く。

「ちょっと恵理子~そういうこと言わない! 雰囲気ぶち壊しじゃん」

「だ、だって……!」

 香奈といるとついつい漏れ出てしまうのだ。少し毒のある本音も、楽しいと思うことも。

「はぁもう、変わってないなぁ……安心するよ、恵理子といると」

「香奈……」

「それに、人通りが少ないっていうのは利点もあるのよ?」

「利点……?」

 突如、立ち止まって体ごと向き直る香奈。光に照らされたその瞳に、思わず生唾を呑み込む。再会したときは少し開いていた2人の距離も、この1日で以前と変わらないようになった。相変わらず、私よりも低い位置にある頭をしっかりもたげ、相変わらず、私よりも私を知っているかのような目が、逸らすことを許してくれない。目線が合った瞬間、彼女の口元が、いたずらっ子のするような不敵な笑みに変わった。

「そうそう、人前ではできないあんなことやこーんなことを、ね?」

「へ!?」

「……あ、ほら」

 こちらへ向かって伸ばされた手に、思わず身をすくめる。触れられるのだと思ったそれは空に留まったままで、視線も私を通り越した向こうを見ているようだった。

「カップル。あそこの、ベンチに」

「あ、あぁ……そう」

 1人恥ずかしくなって、ろくに返事もできない。ちらりと香奈の方を窺うと、「なんか変なこと考えたでしょ?」とでも言いたげな、それは楽しそうな笑みを浮かべていた。軽く睨むと、外国人よろしく大袈裟に肩をすくめられる。そのまま、私の横を抜けて話を続けた。

「いやぁ、お盛んだね……って、あれ? あれは、うーん……」

「なに、どうしたの」

「お盛んだと思ったら、なんか喧嘩? っぽいかも。はぁ~青春だねぇ」

「もう、ジロジロ見るなんて失礼だよ。香奈ったら」

「恵理子も見りゃ良いのよ。私より背高いんだから」

「私は……」

「ほらほら、隣おいでって」

「ちょっと引っ張らないでよ……」

 会話の途中で腕を引っ張られ、されるがままに後をついていく。覗きなんか趣味ではないが、彼女とこんなにも近付けることなんてもうないと思っていたから、これもありなのかな、と最低なことを考えてしまった。本当だったら、こんな、よこしまな想いを抱いている私が、彼女といることは許されないのだ。それにこんなところ、万一、奏ちゃんに見られでもしたら……なんて、彼女が見ても、おばさん2人がワチャワチャしてるだけに映るか。それならそれで、良いんだけど。

 考えまいとしていた奏ちゃんのことを思い出し、1人挙動不審になっている間にも、香奈の方は植木越しのカップルの動向に興味津々だ。

「あれだよ、あれ……あー別れ話か?」

「もう、だからジロジロ見ちゃ……」

 咎めようと顔をあげる。瞳に映った女の子は彼女__奏ちゃんにそっくりで、余計なことなど考えるから幻覚でも見ているのだと、1度、脳が否定をした。でも、目が離せない。その子は、香奈の言う通り若い男の子とベンチに座っていて、後ろから見ても少し肩を震わせているようで、それを男の子が懸命になだめている、ように見える。すみません、とでも言ったのだろうか、痛いような笑顔で男の子に向いた横顔は、認めたくもない現実を、冷酷に突きつけてきたのだった。

「彼女の方泣いてる……のかな。修羅場になる前に移動するか……って、恵理子? おーい?」

「なんで……奏ちゃん……?」

 だってその横顔は、いつも、私が隣で見ているものなのに。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 ではまた、来週。

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