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ねじれの位置に恋模様  作者: 八幡八尋
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Ⅳ_2

 こんにちは、こんばんわ。八幡八尋です。

 『ねじれの位置に恋模様』、本編4話後編となります。描く主人公が一様に甘党だったり、どこか子どもっぽいのは、私自身が子どもだからなのかなと思う今日この頃。大人っぽい主人公像は一生書けなさそうです……←

 今回も稚拙な文章ですが、楽しんでいただければと思います。

 世の中には知らなくて良いことと、知ってはいけないことがある。例えば、カフェレストランの店員が私のデート相手に一目惚れして、わざわざ頼んだパンケーキを1皿ずつ運んでくるのは、別に知らなくて良いこと。例えば、その店員が私を見て、嫉妬のあまり「何こいつ……中学生?」なんて大変失礼なことを考えて接客していることは、知ってはいけないこと。日本語には「知らぬが仏」という言葉があるが、全くもってその通りだと、私は常々感じている。


「おぉ~…………」

 運ばれてきた、クリームとハチミツがたっぷりのパンケーキに、思わず感嘆の声を漏らす。どこから食べようか、1枚の皿を真剣に見つめる私を、石原さんが目を細めて見ていた。

「本当に好きですね、甘いもの」

「ええまあ。至福ですね」

「それはよかった」

 石原さんが頼んだのは甘さ控えめのセットだった。ベーコンと卵ののった、最近流行りのおかずパンケーキというやつだ。

「石原さんは、甘いのより、辛い方がお好きですか?」

「さあ、どうだろう……? でもどちらかというと、辛いのは苦手かもしれないです。四川とか、食べられないし」

「なるほど。私も、辛いのは苦手です」

「じゃあ同じですね」

「ええ」

 2人で目を合わせてふふっと笑い合う。どうなることかと心配していたが、なんだ、意外と楽しいじゃないか。

「それにしても、カップル多いですね~……」

 食後のコーヒーとハニーカフェオレをそれぞれ飲みながら、不意に石原さんが呟いた。改めて周りを見渡してみると、確かに、休日の昼間である今日は、私たちと年の近そうな男女カップルの割合が高い。

「確かにそう……ですね」

「なんかすみません。俺、何も考えずにチョイスしちゃったけど、よく考えたら付き合ってもないのにここはマズかったかも……」

「そんなことないですよ。美味しかったし」

 本気でへこみ始めた彼の言葉を慌てて遮る。

「それに、私のこと考えて選んでもらえて、嬉しいです」

 また誤解を受けそうな発言をしてしまったと後悔する。今回ばかりは仕方がないのかもしれないが、余計に本当のことを言いにくくなりそうだ。

「そうですか……良かった」

 心底ほっとした様子で息をついた彼を前に、私は出かかったため息を無理やり飲み込んだ。

「じゃあ、そろそろ出ましょうか」

「そうですね」

 伝票を持って席を立った彼に続こうと、椅子から腰を浮かせる。その時、カランカランと軽い音を響かせて扉が客の来店を知らせた。ちょうど入口の方を向いて座っていた私は、入ってきた人物に動きを止める。

「奏さん……?」

「……すみません石原さん、お手洗い、行ってくるので、もうちょっと待っててもらえますか?」

「あぁ、はい」

 店の奥にある化粧室へ足早に駆けていく。鉢会うわけにはいかない人物がここへ来てしまったことに、私の心臓はどうにかなりそうだった。


 石原さんにトイレに行くと言った手前、ここに長くいるわけにはいかない。3分後、私は意を決して外に出ることに決めた。なるべく不審な動きをしないように、かといって向こうに気付かれないように。

 幸いなことに、会いたくなかったその人物は、化粧室が死角になる場所に座っているようだった。それに、今はメニューを見ながら付き添いの人と談笑している。細心の注意を払いながら、私はその人の傍を通りすぎた。

「うわ~すごい。おかずパンケーキとかあるのね」

「あれ? 恵理子、甘いの嫌いだっけ?」

「もちろん頼むのは甘いのだけど、色々あるんだなって見てただけよ」

「ふふ、そっか」

「香奈はむしろ、おかずパンケーキ派、でしょ?」

「そうだよ。ここ選んだのも、久々に恵理子の喜ぶ顔見たかっただけだから」

「……もう、やめてよ」

 目の端にチラチラと映る、恥ずかしそうな彼女。付き添いの人は、今日もパステルカラーのワンピースにレースのボレロを着ていた。1週間前、私と彼女の前に現れた、あの人だ。

「すみません、石原さん。お待たせしちゃって」

「あぁ、いえいえ」

 培ったポーカーフェイスでデート相手の所へ戻る。石原さんは柔和な笑みで、片手に持っていたスマホをポケットへしまった。

「じゃあ、行きましょうか」

「ええ、今度こそ」

 お会計を割り勘にするか彼が引き受けるかで少し手間取ったものの、結局、私が財布からちょうど自分の分の金額を出したことで片がついた。


「今日は、ありがとうございました」

「こちらこそ……楽しかったです」

 日が沈めば街の灯りを一望できそうな丘のベンチに、2人で腰を下ろす。年上とは思えないほど丁寧に頭を下げる彼に、いやいや、と両手を振った。6月も後半に差しかかり、午後6時になっても陽は地球を照らしている。

「……本当に、楽しかった……ですか?」

「え?」

 眼下の街を燃やす夕日に目を細め、石原さんがぽつりと言葉を落とした。

「だって奏さん、途中から心ここにあらず、って感じだったから……無理させましたよね」

「そんなことな……」

「いいんです。分かってましたから。奏さんが俺なんかを好きなわけないですもんね」

「それは……」

 上手い言い訳も思い付かず黙りこむ。これ以上、本当のことを隠すのは無理そうだった。どちらにせよ、この優しいイケメンを傷付けてしまうのは目に見えている。

「……ごめんなさい。でも、楽しかったっていうのは本当のことですから。私のこと考えて、プラン練ってくれたのも嬉しかった……ですし」

 心の声をシャットダウンして、彼の方をちらと窺うと、なら良かった、とでも言いたげにふんわりと笑っていた。その表情で、彼の方も不安だったのだと悟る。

「そう言ってもらえたら、自信になります。良かった」

「石原さん……」

「気にしないでください。その、実は俺、こんなにも恋するなんて初めてで、女の子が喜ぶデートとかも分からなくて……すごく、不安だったんです」

 そんなんだからダメなのかな、俺。

「石原さんはダメな人じゃないですよ」

「え?」

「私が……私がこんなのじゃなければ、きっと、お相手の子はあなたとデートできてすごく幸せです。それは、今日デートした私が感じたことなので、間違いないです」

 呆然と見つめる彼に力強く言葉を紡ぐ。振ったくせに何を言っているんだ、私は。

「……はは」

 突如笑い出した石原さんを、今度は私が驚いた目で見つめる番だった。

「あの……」

「いや、すみません。弱ったな……まるで心を読まれたようで、ちょっとおかしくなっちゃいました。声に出すなんて、女々しいですね、本当に」

「えっと……」

「ありがとう。それから、俺は奏さんが『こんなの』って自分を卑下するようなこと、何もないと思いますよ」

 彼の言葉で自分の仕出かした事態に気づく。()()()()()()()()()、これは由々しき問題だ。幸いにも石原さんは気付いていないようだが、これは迂闊な発言だった。万一バレたりしたら……

「か、奏さん?」

 きっと真っ青な顔になっているのだろう私を見て、石原さんが慌てだした。

「ごめんなさい、何でもないんです」

「でも……」

「話、聞いてくれませんか?」

 咄嗟に出た言葉に、冷静な私が「何言ってんの?」と横槍を入れる。だってそうだ、彼とは下手したら今日限りの関係で、まだ信頼と呼べる信頼も築いていない……どころか、今しがた自分から裏切っているのに。

 混乱状態に陥っている私の両手をそっと握って、石原さんが優しく言葉をかける。

「話してください。俺で良ければ……」


 「奢らないけどカフェに行こう」というメッセージに可愛いスタンプを返してくれるのは、やっぱり私の友達なだけあるな、と1人ほくそ笑む。待ち合わせ場所で、クリームラテにセルフサービスのガムシロップを2つ開け放っていると、「今日も奢りにしてよ」という声と共に、カフェオレが置かれた。

「……奢らない」

「何でぇ?」

 少しイラッとくる声を出しながら、いつものようにみっちゃんが向かいに座る。奢るわけにはいかない、今日の目的は、「相談」ではないからだ。

「……えぇ? 違った?」

 石原さんとのデートから2日後の今日、事の一部始終を説明すると、みっちゃんは予想以上に驚愕の表情を見せた。

「何度も言ってるでしょ。みっちゃんの勘違いよ」

「でも奏、あの時何も言わなかったじゃん!」

「それは、本人を前にして違うって言いにくいじゃない」

「いやいや、でも、()()のにデートは可哀想だって」

「だから本当のことを話したのよ」

「友達の勘違いでしたって言ったの? 石原さんに?」

「……うん」

 あちゃー、と額に手を当てるみっちゃんのジェスチャーが、なんだかとても面白い。

「それで、なんて?」

「もともと、私が恋愛の好きとして見てないことは、薄々気付いてたみたい。エスコートは、完璧だったけど」

「はぁ~だろうね、奏、恐ろしく分かりやすいときあるもんな……ねぇ、それで惚れないのは罪深いことだと思うよ?」

「でも……」

 本当は、石原さんに伝えたことでもう1つ、みっちゃんには言っていないことがある。それをこの場で言うべきか迷って、結局、沈黙に耐えられなかった。

「私、他に好きな人がいる、から……」

 ともすれば「ドスのきいた」という表現がしっくりくるような、低い声で呟く。照れの隠し方が上手くないことが、全面的に出てしまった。

「あーそっか、そうなるよね……」

 先日の話を思い出して全てを悟ったみっちゃんも、諦めたような声を出す。

『でも、じゃあ奏は、石原さんのことを好きじゃないってことだよね……良かった』

 落ち着こうとストローを口に運んだ私は、吸いかけの口を思わず止めて、みっちゃんの思考をゆっくり反芻した。良かった……よかった? それは、何に対してだろう。「みっちゃんにもチャンスはある」ということだろうか。それとも、「私に彼氏ができない」という点に関して?

「じゃあ私また、奏の好きな人考えなきゃじゃん」

「考えるって……いつか教えるよ」

「マジで!? いや、でも、当てたいなぁ……」

 当てたい、と本心から思う彼女に、どうしてそこまでして私に興味を持つんだと突っ込みたい気分になった。

「みっちゃんって……時々、気持ち悪いくらい私に興味津々だよね」

「なっ、気持ち悪いって! ひどいなぁ」

 友達なんだし気になるの当たり前じゃん、と告げる彼女。いつもの光景に、少しの安堵と気の緩みが見え隠れする。

『ビックリした……奏って時々心のなか読めてるみたいな発言するよな~……気を付けなきゃ。まさか、私が石原さんに嫉妬して、奏のこと好きって気付いたなんて、言えないもんね』

 みっちゃんは平然とカフェオレを飲む。対照的に、私はクリームラテを変な器官に入れてしまい、思い切りむせた。

「え、ちょっと奏!? 大丈夫?」

「だいじょぶ…………」

 どうしてこうも、知らなくて良い__いや、知りたくもない事実ばかり耳に入ってくるんだろう。心配そうなみっちゃんに片手を上げて応えながら、私は今まで以上に自分の能力を恨んだ。

 最後まで読んでいただきありがとうございました! 話が複雑になってきましたが、ハッピーエンドを目指したいですね。


 ではまた、来週。

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