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ねじれの位置に恋模様  作者: 八幡八尋
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Ⅳ_1

 おはようございます、こんにちは、こんばんわ。八幡八尋です。


 「ねじれの位置に恋模様」本編第4話前編となります。本文が長くて前後編になってしまいました。ややこしさも倍増していきます……

 拙い文章ですが、お楽しみいただければ嬉しいです。

 世の中には知らなくて良いことと、知ってはいけないことがある。例えば、大学校内のカフェで働いているイケメンのお兄さんが私に恋心を抱いているのは、別に知らなくて良いこと。例えば、そのお兄さんが私に対して「守ってあげたいかわいい子」だというあらぬ想像をしていて、その上で今日こそデートに誘おうと思っていることは、知ってはいけないこと。日本語には「知らぬが仏」という言葉があるが、全くもってその通りだと、私は常々感じている。


「……で、なに? 大事な話って」

 木曜日の昼休み、甘さ控えめのカフェオレを片手に向かいの席に腰を下ろしたみっちゃんが怪訝な顔で尋ねた。

「『大事な』話とは言ってない」

 不機嫌な顔で揚げ足をとった私は、2個分のガムシロップが入ったクリームラテをかき混ぜる。

「言わなくてもわかるよ。急に『あのイケメンのお店で一杯奢るから話聞いてほしい』とか言われたら……奏が奢るとかマジ天変地異だもん」

「頭いいのか悪いのかどっちかにしてよ、その発言」

「ごめんって……でも、本当、どうしたの?」

 なんか嫌なことでもあった? と本気で心配そうなみっちゃんに、少しの罪悪感と、やっぱり改まって相談事なんてしなければ良かったという後悔が生まれる。

「別に、改まってするような話じゃないと思うんだけど……どうしたらいいか、分からなくて」

 躊躇って1度言葉を切ると、彼女は落ち着いた笑みを見せた。

「いいよ。奏の大事な話なら、何時間でも聞くから。ゆっくり、話したくなったら喋って」

 これじゃあいつもと立場が逆だ。この状況が少し気にくわない。まして、待ってくれている相手がこちらの弱味を握る気も、からかう気もないと知ればなおさら。


 突然だが、私は人の心が読める。いわゆるテレパシー能力というやつだ。この特殊能力に関しては、近しい家族__両親と弟、そして父方の祖母__しか知らず、もちろん学校や職場の人に言おうと思ったことは1度もない。そうでなくても、生まれ持ったこの能力のせいで形成されたひねくれた人格と、平均より低く幼い顔立ちのギャップを隠すのに必死になって生きているのだ。赤の他人には猫を被るに限る。

 そんな私だが、テレパスということは隠しても、毒舌を隠さない唯一の友達がいる。それが、みっちゃんこと、満島さわだ。彼女との付き合いは中学からなので、かれこれ7年ということになる。性格は派手すぎず、地味すぎず、成績も中の上くらい、イケメンを眺めるのが趣味で、もっぱら押しに弱い。それと、少し天然。彼女のことを表面的に表すならこれで十分だが、私が急に本性を現したときも、

「奏が楽なら、それでいいんじゃない?」

 と、特に気にするそぶりもなく言っていたので、実はとても肝の座った、否、懐の深い人物なのだと、一目置いている。心を許しているかと問われたら、即座にはいとは答えられないが、信頼における友達と訊かれたら、真っ先に彼女の名前をあげるだろう。私にとって、みっちゃんはそういう存在だ。だからこそ、こうして自分でもよく分からなくなった事に関して相談しよう、なんて珍しいことを考えてみたのだけど。


「あのさ、みっちゃん」

「うん」

「好きな人と、両想いだと思ってたのに、ちょっと経ったら冷められてた、みたいな経験、ある?」

 少し迷って「友達の話なんだけど」と付け足すのはやめた。よく考えたらそういう相談を私にしてくるような友達がいないことを、彼女が1番良く分かっていたからだ。

 みっちゃんは最初こそ神妙な面持ちで聞いていたが、恋愛相談だと気付いた瞬間、目の色を変えた。若干、姿勢も前のめりになったような気がする。

「……奏、それってもしかして……」

「やめて、皆まで言わないで」

 柄じゃないって分かってるから、小さく呟くとなぜか頭をポンポンと撫でられる。

「ごめんごめん。奏でも、そんな風に悩むんだなって思ったら、なんか、愛しくなっちゃって」

「……何それ」

「いや、私、幸せだなぁって思ったのよ。こんな貴重な奏を見れるのは、私だけだもんね」

 心底嬉しそうな顔をするみっちゃんに、若干の気持ち悪さを覚える。いや別に、友達にここまで想われているのは良いことなんだろうけど。

「それで? どんな人なの、その人」

 彼女の顔には「奏をここまで悩ませるイケメンはいったいどこの誰だろう」と書かれていた。正確にいうと、表情にそこまでの情報はなかったが、彼女が脳内で思っていることはほとんどそのまま顔に表れていたのだった。

「どんな人って……」

 返答に困って視線をさ迷わせると、それが何か勘違いを生んだらしい。

「……え、もしかして」

 みっちゃんの声のトーンが一段と低くなる。

「それって、あのイケメン?」

「……へ?」

 思わず変な声が出るほどに驚いた。どうしてそうなった? 確かに、性別がどうのとか、職場の人だとか、今まで1度も言わなかったけど。

「なぁんだ。だったら冷めてはないでしょ。奏ったら何見てんのよ~」

 固まっている私を見て、変な声を肯定と受け取ったのか、みっちゃんが満面の笑みで返してくる。否定する間もなく、彼女は肩ごと後ろへ向き、「お兄さん、ちょっと、すみません」とあのイケメン店員に手招きをした。

「……はい、なんでしょう?」

 爽やかな笑みを崩さずにこちらへ向かってくるイケメンが、しかし、心の底では緊張で混乱していることを、私は知っている。

「急に呼んじゃって、すみません。でも、この子がどうしても話したいって言うもんだから」

「ちょっとみっちゃん……」

「まあまあ、まずは連絡先交換からよ。ほら、勇気出しなよ。奏」

 今さらみっちゃんの早とちりだと言うわけにもいかない。彼女は完全にこの状況を面白がっているし、イケメンの方は完全に勘違いして舞い上がってしまっている。

「まあ、じゃあ、差し支えなければ……」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 勤務中なのにすみません、と形ばかり謝って、なぜか私に気のあるイケメンと連絡先を交換することになった。

 やっぱり恋愛相談なんて、慣れないことをするものではない。


 そこから数日、何度かイケメンとやり取りをして、デートとやらをすることになった。不本意だが致し方ない。そこで本当のことを言って謝る方が、彼にとっても良いだろう。

「……お待たせしました」

「いやいや、俺も今来たところなんで」

 5分前行動が原則の私が待ち合わせ場所に到着すると、既にイケメンはそこに立っていた。「今来たところ」の判断基準は個人によって違うだろうが、私の感覚では予定時刻の30分前は確実に、今来たところ、ではないと思う。それほど浮かれている彼を前に、少しばかり胸が痛んだ。最近は、知らなくても良い人の気持ちばかりに目がいってしまう。

 デートプランは無難にショッピングということになった。彼の方は映画や水族館などベタに「デート」な計画を提案してくれたのだが、あまり大勢の人と同じ場所に長時間いると、他人の心の声が鮮明になってきてデートどころではなくなる懸念があったので、丁重に断ったのだ。ちなみに、彼には「人混みが若干苦手」というグレーな回答でお茶を濁している。

「やっぱり、奏さん、おしゃれで可愛いですね」

「そう……ですか?」

「はい。時々カフェにお見えになる時に、おしゃれだなぁって思ってたんです」

「はぁ……どうも」

 イケメン__石原颯斗さんは、確かにこう見るとうちの女子大生の多くがファンになるのも分かる。180cm近い身長、スラッと長い手足に、柔らかい質感の黒髪。真剣に仕事をしているときの切れ長な瞳は、笑うと途端に緩く弧を描く。私がもし、彼女に恋などすることがなければ、こんなイケメンに想われて、デートまでできて、さぞ幸せなのだろう。彼女に、恋さえしなければ。

「お昼パンケーキとか、大丈夫なんですか?」

「え?」

「だって、足りないでしょ。石原さん」

 渦巻く黒い感情から目を逸らすように、石原さんに問いかけをする。一昨日送られてきたデートプランには、昼ごはんにパンケーキの美味しいカフェレストランが入っていた。極度の甘党である私にとって、ネットやテレビで時々取り上げられるそのお店は心弾むものだったが、彼はそこまで甘党でないだろうし、20代前半の男性には物足りないだろう。

「俺、かなり少食なんですよ。昼とか、こうやって人と出かけることがなければ食べませんし。それに……」

 1度言葉を切った彼を不思議に思って隣を見やると、少し恥ずかしそうに頬を染めて、彼の方もこちらを見ていた。

「甘いの好きでしょ、奏さん」

 なるほど、よく観察されているわけだ。能天気に感心なんかしながら、私たちはカフェレストランに向かった。

 最後まで読んでいただきありがとうございました!

 それでは、また来週。

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