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ねじれの位置に恋模様  作者: 八幡八尋
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 おはようございます、こんにちは。八幡八尋です。『ねじれの位置に恋模様』、本編の続きとなります。1週間って早いものですね……

 拙い文章ですが、お楽しみいただければと思います!

 世の中には知らなくて良いことと、知ってはいけないことがある。例えば、さっきからレジ前を3度も往復しているあのお客さんが、実は大した用事もなくここに来ているのは、別に知らなくて良いこと。例えば、そのお客さんはとある従業員に恋をしていて、連絡先を聞けないかずっとここに張り付くつもりでいることは、知ってはいけないこと。日本語には「知らぬが仏」という言葉があるが、全くもってその通りだと、私は常々感じている。


「ねぇ、あの人、さっきも通ったよね?」

 隣のレジで商品券を数えていた鈴木さんが、怪訝そうな顔でこちらを向いた。今時の子らしく明るく染められたポニーテールが揺れる。

「……そう、ですかね」

「えぇ、もしかして沢井ちゃん気付いてない!?」

 とぼけた表情で首をかしげると、すかさず突っ込みを入れられる。

「あんまり、人のこと見てないんで」

「うーん、その一言が似合うのは沢井ちゃんくらいだろうな……イメージ通りの発言だよね」

「そうですか?」

「うん、あ、別に悪い意味じゃないんだけど」

 見た目に似合わずサバサバ系だもんね、と屈託ない笑顔で言われると、こちらもそれ以上ボケられなくなった。そうですかね、ととりあえず返しておく。

「なになに、何の話っすかぁ?」

 と、そこへ文字通り話に首を突っ込んでくる奴が現れた。彼は時雨透(しぐれ とおる)。私と同時期にこの職場に入社してきた言うなれば同期で、そして職場内で唯一私と同い年の男である。

「時雨さん、何でここにいるんですか」

 質問に質問で返すと、時雨は弱ったなぁと頭を掻いた。

「在庫チェックで表見てこいって言われたんすよ。そしたら、うちで1番かわいい沢井ちゃんと、1番女子大生な鈴木ちゃんがレジで楽しくお喋りしてたから、これはチャンスだと、ビビッと来たんすよね」

 俺も混ぜてくださいよ、の一言に蹴りを入れたい気持ちを抑えて、乱雑に引き出しを閉めることで意思表示をした。おっかなそうに首をすくめて、しかし話を続けるのが、この時雨という男なのである。

「で、鈴木ちゃんたちは何の話してたんすか?」

「えっと、そこに立ってるお客さん、さっきからずっとこの辺ウロウロしてるんだよって話」

「え、なんすか、ホラーっすか」

「よく見てよ、生身の人間だよ? むしろ、誰かを狙ってそうで怖いよね……」

「たしかに、急に襲ってきたりしたら怖いっすね……なんか、メンヘラっぽいですし。まあ、俺がいる限り2人には絶対傷ひとつつけさせないんで安心してください!」

 ドンッと胸を叩く隣の男を見ながら、私は密やかにため息をついた。


 突然だが、私は人の心が読める。いわゆるテレパシー能力というやつだ。この特殊能力に関して知っているのは、両親と弟、そして父方の祖母しかおらず、もちろん学校や職場の人にバレているはずもない。テレパスの私は、レジ前のお客さんがここの従業員である時雨に一目惚れをした女子高生であることを知っている。それ故に、今しがた彼女がその場を一切離れられないことも、時雨と喋る私や鈴木さんに敵意を剥き出しにしていることも、だ。

「時雨さん、ちょっと対応行ってきてくださいよ」

 ちょうど良いと顎で件の女子高生を指すと、時雨は心底嫌そうに顔をしかめた。しかしすぐに、人当たりの良さそうな笑みで

「いらっしゃいませ~何かお探しですかぁ?」

 と対応に行く。これで、しばらくの間彼女がこのレジ前をうろつく回数はいくらかマシになるだろう。時雨はずっと女の子にモテたいとか言っているし、ちょうど良いのかもしれない。


「最近あのお客さん、見なくなったわね」

 時雨が対応に当たってから1週間がたった頃、レジを素通りしていくお客さんを目で追いながら、清口さんがぽつりと呟いた。

「あー、女子高生の方ですか?」

「そうそう……前はほとんど毎日見たのに」

「なんか、時雨さんのこと好きだったみたいですよ、彼女」

 納品書の確認をしながら返すと、「えぇ? そうだったの!?」と驚いた声が飛んでくる。

「全然気付かなかったわ、いつから?」

「さぁ? でもこの間、すごい得意気に話してくれましたから」

 時雨さんが、と付け足すと、清口さんはそうだったの、とどこか弾んだ口調で返事をする。

「付き合ったりとかするのかしら?」

「連絡先聞かれたから教えたって言ってましたよ。時雨さんも女の子にモテたいみたいですし、お互い良い話なんじゃないですかね」

「ふうん……」

 清口さんが打った相槌を最後に、会話が途切れる。

 最近の私たちはいつもこうだ。他愛ない話はするけど、以前のように続かない。原因が、ほんの2週間前のあの夜であることは、お互いに分かっていた。


 あの日、私が目覚めたのは正午を少し過ぎた頃だった。捻って寝たのだろう少し痛む腰と首を押さえ、メイクをしたままで乾ききった肌を撫でる。

「おはよう、よく、寝たわね」

 扉の向こうには、夢にまで焦がれた彼女が立っていて、寝起きの体が現実を呑み込むのに、かなりの時間を要した。

「清口さん……」

「昨日はごめんなさい。私が引き留めちゃったのが悪いの」

 せっかくだからご飯食べていって、あと、シャワーも浴びて良いから。平然とそういう彼女に、いささかの違和感を覚えた。私は、彼女と私が互いに同じ想いを抱いていることを知っている。昨日私が眠りにつくまで、何もなかったことは分かっているが、問題はその後だ。()()()()()()()()()()()()、それなのに、彼女のこの余裕にも見える態度はなんなのだろうか。

「こちらこそ、すみません……シャワー、お借りしますね」

 まだ覚醒しきっていない体をゆっくり動かして立ち上がる。私の様子を少し心配そうに見ている清口さんは、いつも職場で見るよりなぜか大人っぽく見えた。黒一色の仕事着と違って、白を基調とした服装が色っぽさを際立たせているのかも……って、何を考えているんだ、私は。自分の思考回路に動揺しつつ、壁にもたれかかって腕組みをしている彼女を横切る。早くなる自分の鼓動と共に、すぐ傍の心の声も、明瞭に聞こえるようになった。

『__恵理子さん、好き』

 驚きすぎて歩みを止めなかったのは、後から考えても誉めて良い部分だと思う。清口さんから聞こえたその声は、私の声だった。そう、私の声だったのだ。あの、聞いたこともないような甘い、ささやくような声の主が。

「何かしたのは、私の方……?」

 シャワーを流しながら悶々と考えるが、分からない。ただ眠っていただけだと思っていた。一線を越えたから、清口さんは、あれだけ冷静でいられるのかもしれない。例えば、重ねてみればやっぱり違って、恋心なんて冷めてしまった、なんて可能性もある。もしそうだとしたら、私はいったい、どうすれば。


「……沢井さん? 大丈夫?」

 はっと気が付くと、清口さんが私の目の前で手を振っている。2週間前の出来事を思い返していたせいで、どうやら意識が現実から飛んでいたらしい。

「体調悪いとかだったら、無理はしなくていいからね?」

「ああ、いや、別に。そんなんじゃないんです」

 慌てて否定すると、なら良いけど、と微笑まれた。

 あの日以降、私は清口さんの心を極力覗かないようにしていた。私がしでかした何かを、彼女が勤務中に思い出す可能性もあったし__もしうっかり知ってしまったら、恥ずかしくて仕事どころではない__冷められてしまったという現実を受け入れることも、今の私にはできないと悟ったからだ。こういう時、生まれ持ったこのテレパシーという能力を、心底恨みたい気持ちになる。普通の人はわからないはずなのだ、自分の好きな人が、自分に恋い焦がれているという事実も、もう冷めきったという現実も。

「清口さん、そろそろ上がりですよね」

 レジスターに表示された時刻の表示を見ながら言うと、もうそんな時間? と驚いた顔をされた。彼女の上がりなんて来なければ良い、そう思っている私にとっても、同意見のはずだったが、やっぱり居たたまれないから、早く別れたいような気もした。

「最近、時間の流れが早いわ~」

 年なんて取るもんじゃないわね、と言いかけて、お客さんが来たことを確認した彼女がレジへと回る。

「いらっしゃいませ、ご利用ありがとうござい……」

「あれ、恵理子?」

 聞こえたその質問に思わず顔をあげる私、彼女は驚愕の表情で固まっている。

 レジに来たその人は、私と同じくらい__つまりは平均よりやや低い身長で、胸元にフリルをまとったブラウスに、淡いピンクのスカートというガーリーな出立ちだった。口調から察するに清口さんの友達かなにかなのだろうが、同級生だとしたら10歳以上サバを読んでもバレなさそうだ。もちろん、清口さんだって顔立ちや雰囲気が実年齢と合っていない、負けず劣らずの美人さんだけど。

「やっぱり恵理子じゃん。ここで、働いてんの?」

 ガーリーなお客さんは、その見た目とは裏腹に男勝りな口調で彼女に話しかけていた。当の彼女はうん、と小声で頷いたきり、黙々とレジの作業を続けている。

「……帰ってきてたのね、香奈」

 他にお客さんが近付いていないかを気にしながら、小さい声で清口さんがそう呟いた。その声には、驚きと、若干の期待を孕んでいた。私は、彼女のそんな声を聞いたことはない。

「そうだよ、旦那がこっちで仕事することになってさ。子どもも寮制の高校に上がるし、引っ越そうってことになったのよ」

「そう、なんだ」

「そうそう。それにしても、暫くぶりじゃない? 恵理子、雑貨屋に転職したの?」

「色々あってね、今はここで働いてる」

「ふうん。あ、そうだ。今度ご飯行こーよ、久々に。番号、変わってないよね?」

「うん」

「おっけ、じゃあまた、連絡する」

 ありがとう、と最後に一言残して、そのお客さんは去っていった。清口さんは、いつもより長く、お客さんの後ろ姿を見送ってから、私の方に向き直った。

「……お知り合い、ですか?」

「え? ええ、まあ、ね。いわゆる幼馴染み、ってやつよ。彼女が結婚で北海道へ移るのを機に、連絡とってなかったんだけど……まさか、こんなところで会うなんてね。本当、何があるか分かったものじゃないわ」

 困ったように肩を竦めて、パソコンに定時報告を打ち込む彼女。

「そう、幼馴染み、ですか……」

 私はそれ以上何も言わず、ただ彼女が上がるのを見送った。


 世の中には知らなくて良いことと、知ってはいけないことがある。例えば、やって来たお客さんが「幼馴染み」だというその人の口調が、無意識に弾んでいるのは、別に知らなくて良いこと。例えば、その人が「幼馴染み」に昔から恋心を抱いていて、今だって会えば胸をときめかせるほど好きだというのは、知ってはいけないこと。そう、私は知ってはいけないのだ。知ればもう、手に負えない醜い感情が、胸を渦巻いて仕方なくなるから。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。それでは、また次週!

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