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ねじれの位置に恋模様  作者: 八幡八尋
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こんにちは、こんばんは、お久しぶりです。八幡八尋(はちまん やひろ)と申します。

久々に長編ものに挑戦してみようと思います。目指すは定期更新。R15タグつけていますが、今のところそういった表現はありません。進むにつれてどうなるか分からないので、保険です。今回は、ふわっとしているような、どこかちょっとダークなような、自分でもよくわからない世界観です。現実に近いお話として見ていただければ……

拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。

 世の中には知らなくて良いことと、知ってはいけないことがある。例えば、友人が昨日の夕飯を食べ損ねたことだとか、1限の先生が奥さんと大喧嘩をして昨日1日家に帰っていないことは、別に知らなくて良いこと。例えば、友人が昨日夕飯を食べ損ねた理由が、あの先生を家に引き込んだからであることだとか、先生の夫婦喧嘩の原因が友人との不倫であることは、知ってはいけないこと。日本語には「知らぬが仏」という言葉があるが、全くもってその通りだと、私は常々感じている。


「なーに、また難しい顔してる」

 昼休みの食堂で、どこから沸いてくるのかと言いたくなるほどごった返す群れの中から目ざとく私を見つけ、件の彼女が隣に腰を下ろした。

「さっきの講義そんな難しい話してなかったよ、先生」

「うん、ちょっとね。別のこと考えてた」

「も~そんな眉間にシワ寄せてたらいくら可愛くてもモテないぞ~」

 えいっと小突いてくる右手を片手でやんわり受け止めながら、私は先程考えていたことを無理やり頭の引き出しの奥にねじ込んだ。

「はぁ~お腹減った! やっぱり夜抜くと辛いなぁ」

「みっちゃん普段朝ごはん食べないのに、夜も抜いたの?」

 ダイエットとかしてたっけ? と、そ知らぬ顔で尋ねると、

「昨日はなんか疲れちゃっててご飯作る気力なかったの~」

 と返された。うどんを啜る音で相槌を打っておく。


 突然だが、私は人の心が読める。いわゆるテレパシー能力というやつだ。他人の心の声は、大概どこの誰でも関係なく入ってくるもので、なんだそれ、神からのギフトじゃないか、なんて思われるかもしれないが、本人からすればたまったものではない。想像してみてほしい、満員電車で、一人ひとりの思考が頭の中に入ってくる様を。もちろん、声の大小があるとは言え、朝のラッシュ時なんて文句小言の大嵐だ。ヘッドフォン越しにも入ってくるのだから、人の恨みと朝の機嫌の悪さというのは恐ろしいものである。それから、見えないことにかこつけて、おぞましい妄想をしている人も時たまいる。あれも怖い。いつか逮捕されてしまえ、と思わず心の中で毒づいたこともあるほどに、だ。

 この特殊能力に関して知っているのは、家族の中でも両親と弟、そして父方の祖母しかいない。父方の祖母は元々霊能力があった人らしく、幼い私を見て何かを勘付いたそうだった。昔から小さい見た目で、同級生のお母さん方から人形のようだと揶揄__もとい、ちやほやされた私だったが、この能力のせいで中身は大分荒んでいる、と自分では思っている。祖母に諭され、能力のことを友達に隠し続けていたのが余計に、誤魔化しの多い人格を造り上げたのだろう。別に祖母の判断は間違っていないとは思うが。


「奏! ほら、また考え事してる」

「ごめんって。食べ終わった?」

「終わったよ~ほら、カフェの新作タルトなくなっちゃう。早く行こ!」

 今さっきお昼を食べたばかりだというのに、もう甘いものか。呆れ半分で、手を引く彼女についていく。大学校内にある某有名カフェチェーン店は、今日から新作のフルーツタルトを販売していた。流行に敏い女子大生が多いうちの学校では、いかに早く店に着けるかが勝負の決め手となってくる。

「みっちゃん、甘いものそんな食べられないんじゃなかったっけ?」

「奏が好きだから連れて行くんじゃん! 私は、イケメン目当てだよ!」

 校内のカフェのある意味もう1つの名物は、木曜日にシフトが入っているというイケメン店員だった。なるほど、それは確かに早く行った方が良いかもしれない。なにしろ彼の人気はアイドル並みで、噂によると大学内の2/3の女子は彼狙いということだった。根も葉もない噂だから聞き流すに越したことはないが、新作スイーツのお披露目と被ったとなれば、今日のカフェはもはや戦地だ。

「にしてもイケメン、ねぇ……」

「奏、興味ないの? あの人マジでイケメンだし、付き合ったら絶対人生薔薇色だよ~はぁ、眼福眼福」

 嬉しそうな友人を横目に、あんたが不倫してるあの先生って、イケメンか……? と聞き返しそうになった。危ない。テレパシー能力は絶対秘密だ。そもそも、私は先生の顔をしっかり覚えていないから、イケメンかと問う資格すらあるか怪しい。1度発しかけた言葉を飲み込んで、私は精いっぱい興味のない「ふうん」を投げた。実際に、さしてイケメンに興味はなかった。

 そうこうしている内に目的地に辿り着き、私は新作タルトを無事迎え入れることができた。昼ごはん直後に甘いものを受け入れる準備ができていたのは、どうやら私の方らしい。みっちゃん、こと満島(みつしま)さわはイケメンをニヤニヤと凝視しており、よほど不審に思ったのか彼の方もこちらをチラチラと窺っていた。


「……奏、本当にイケメンに興味ないんだね」

 帰りの道すがら、唐突にみっちゃんはそう言った。

「なに、急に」

「いやだってさ、石原さん……あのイケメン、絶対奏のこと好きだよ? 今日もめっちゃ見てたし」

「えぇ……」

 どうして女子ってこういう時、観察力が異様に高くなるんだろう。

 私は言わずもがな、彼の気持ちには気付いていた。いくらポーカーフェイスが上手くても、心で思う限り私の前では無意味だ。まあ、彼の場合は一般人にも気付かれているあたり、表情にも出やすいのだろう。

「そんなの有り得ないよ。大体、私喋ったこともないし……」

「ないから惚れてるんだよ! だって奏可愛いもん……」

 みっちゃんは本心からそう言った。その「可愛い」には、多少の嫉妬心という毒が含まれていた。

『奏は可愛い。ちょっと難しい顔してる時あるけど、頭もいいし、気も配れる、絶対お似合い。でも……なんで私じゃないんだろ。私は、メイクしてもかわいくないし、単位取るために先生に媚売ってるし、断れないから今不倫とかに巻き込まれてるし……』

 若干いらない情報も含めてすべて受け取った私は、ふっとひとつため息をついた。

「中身に惚れてもらえないと恋愛には発展しないよ。それに、みっちゃんの方が可愛いと思うけど?」

 少なくとも性格がひん曲がってる私よりはね、という最後の言葉は飲み込んでおく。みっちゃんは少し視線を泳がせた。

「奏に、可愛いとか好きとか言われると……なんか、くすぐったい」

 へへっと照れ笑いをされる。なんだそれ、乙女か。突っ込む気力も起きず私は少し足を早めた。今日が大事な大事なアルバイトの日であることを、思い出したためでもあった。


「おはようございます」

 社員用出入り口からバックに入り、そこへいた人に挨拶をする。

 私のバイト先は、この辺ではそこそこ大きな雑貨店だった。実用性に優れたものから、女性が好みそうなお洒落なデザインのものまで、ある程度品は揃っている。ちなみに私の担当は、レジとネット関連の事務作業だ。3分で制服に着替え、出勤表に印をつける。

「あら、沢井さん。おはようございます」

 持ち場へ行くと、レジでお客さんを見送った直後のその人が振り向いた。

「おはようございます」

 私もいつもより少し高めの声で返しておく。

 彼女は、私の教育係である清口(きよぐち)さんと言う。勤務歴十数年というベテランだが、天然なのか抜けているのか、少々うっかりミスや物忘れをする、目の離せない人だ。年がかなり離れているのに「目が離せない」だなんて言えば、怒られるに決まっているから、口には出さないが。出会った初日、少し緊張して挨拶をした私に、彼女が発した一言は

「え、可愛い……」

 だった。普通は多少のお世辞が入っていると思うが、私がどれだけ心の中を見透かそうとしても、彼女の可愛いは本心から来るものだった。そう、彼女は、ほとんど裏表のない人なのだ。人間誰しもイライラすることはあるが、清口さんは切り替えが早い。イライラが一瞬頭を過った時、大概は、夕飯の献立か別の仕事のこと、最近ハマっている韓流ドラマのことを考え始める。そして、途中でやめてしまっていた事務作業の存在を忘れたりする。何だかんだで仕事はできる人だし、さりげなくいれたフォローに満面の笑みを返してくれるし、何よりも本心という本心を見なくても済むので、私としては傍にいてくれて心地良い存在だ。その一方で、本当の彼女の思うところは、一体どうなっているのか覗いてみたい、なんて不思議な感覚に襲われる時がある。人の本心なんて見ても仕方がないのに、気になってしまうというのは初めての現象だった。

「今日も大学から来たの?」

「ええ、授業あったので、そのまま」

「うわ~ご苦労様です……」

「いえいえ。清口さんも、お疲れ様です」

「ふふ、ありがとうございます。まだあと2時間はシフトだけどね」

 本当、店長ってば私のこと酷使させるんだから、とあまり怒っていない様子でごちる清口さんを宥める。その声は少し弾んでいて、何だかんだで仕事が好きなんだなぁと変に感想を抱いてしまった。

 その後は一気に来たお客さんの対応に追われ、彼女の退勤まで残り20分となった。

「そう言えば」

 人の影も少なくなったことを確認してから、清口さんがこちらを振り向く。

「沢井さんって気になる人とかいないの? ……下世話な話だけど、さっき、鈴木さんが彼氏さんと来てるの見たから」

 鈴木さんは、私とひとつ年の離れたアルバイトさんだ。確かに、さっき大柄な男性と店に来て、幸せそうに手を繋いで帰っていった。

「自分は特にいないですね……」

 昼間の話を思い出す。以前から薄々思っていることだが、私はイケメンより可愛い人を見る方が好きなような気がした。

「そもそも恋愛ってよく分からなくて」

 肩を竦めると、清口さんは意外そうに目を丸くした。

「そうなの? 私、もう中学生くらいから彼氏さんとかいたのだと思ってたわ。だって沢井さん、可愛いしね」

「そう、ですか?」

「ええ。でもごめんなさい、おばさんの勝手な思い込みよね」

「いえ、こちらこそ。期待外れで……なんか、すみません」

「いいのよ、謝らなくて……でもそうね、恋愛って難しいものだけど」

 どこか遠くを懐かしむように彼女が少し目線を外す。何を思っているのかが霞がかったように分からなくなって、私はなぜかそれに、胸を刺されるような痛みを覚えた。

「もっとその人のことを知りたいような、知りたくないような、甘えたいけどいざという時は助けてあげたいと思えるような……そんな人が、いいのかもね」

「なるほど……経験談ってやつですか?」

「いやね、茶化さないでよ」

 そろそろ私、上がる準備しないとね。そう言って清口さんがパソコンを立ち上げた。

「ああそうだ、沢井さん。そこにあるレシート、打ち込んで登録しないとだから、渡してもらえない?」

「これですか? いいですよ」

 なんなら私がやるのでも良いですけど、言いながらふっと彼女の手に自分の手が触れたとき、感じたことのないピリッとした感覚が背筋を走った。彼女の方を見ると、よほど驚いたのか当たった方の手を自分の口元に当て、耳まで茹だるように赤く染まっている。

「静電気……ですかね?」

 軽くそう言って私はパソコンに目を向けた。

「そうね、ごめん。痛くなかった?」

「大丈夫です。清口さんは?」

「私も、大丈夫」

 自分の体温が上昇していくのを悟られないように、パソコンを思いきり睨み付ける。打ち込み作業をしたあと、何事もなかったかのように清口さんは帰っていった。


 人の集まらないレジ中でひとり。彼女の手が触れたとき、私は知らなくて良いことを知ってしまった。いや、知ってはいけないことなのかもしれない。

『どうしよう……好きなの、奏ちゃん』

 いつも私を呼ぶあの優しい声が、心の中ではほんの少し甘ったるかった。あれは決して見せることのない心の根幹にあるものなのか。そう考えるのが自惚れだと思っても、少し期待している自分がいる。そうでなければ、ひどい妄想になってしまう……だって、気付いてしまったのだ。

 もっと知りたいような、知りたくないような、甘えたいけどいざという時は助けてあげたいと思えるような……私にとってのそんな人が、あなただということに。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

来週も更新しますので(自戒)、よければ覗いて見てくださいm(_ _)m

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