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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

咒号『奪命』 ‐呪われた僕は生きる意味を探す旅に出る‐

作者: 古賀けんと
掲載日:2021/05/08


――初めて人を殺したのは八つの時だった。



「おめでとう!×××!」



その日は僕の八歳の誕生日で父と母が盛大にパーティを開いて祝ってくれた。

そこは人口二百人くらいの小さな村だったので、パーティと言ってもさほど豪勢なモノでもなかった。

誰を呼ぶわけでもなく家族四人で行われ、普段と比べて少し豪華な料理を食べるだけ。

母の愛情こもった手料理を食べ、父が酒を飲んで陽気になり、兄と一緒になって馬鹿騒ぎする。

それだけで楽しかった。

不満なんてなかった。


しかし、今日はいつもの誕生日と少し違った。


父と兄がくだらない事で言い争いをしていたのだ。

どうやら父の大切にしていたペンを兄が壊したらしい。

言い争い自体はよくある事で別段珍しくはなかったが、今日は祝いの席だ。

本来祝福されるべきである僕なんてそっちのけで、激しい喧嘩が繰り広げられていた。

年に一度の楽しいイベントのはずなのに空気は最悪。

せっかく時間をかけて用意してくれた母も困っていた。

一向に止む気配のない言い争いに痺れを切らし、恨みの矛先はくだらない喧嘩の原因である兄に向けられた。


拗ねた様子で僕は言った。


「――兄さんなんか死んじゃえ」


子供ながら出まかせに言った恨み節だ。

母には「何てことを言うの」と怒られたが、無視して寝室へと駆け込んだ。

その日はふて寝する様に眠った。








次の日の朝、兄は近くの川で溺れ死んでいた。








理由はわからなかったが、誰かと争った形跡も無かったので事故死ということになった。

まさか本当に死ぬなんて思っていなかった。

兄はいつも僕をからかい、余計なことばっかりしてきた、目の上のたんこぶのような存在だった。

だから当時は、寂しい感じはしたがそこまで悲しむことはなかった。


次は、近所の友達だった。

そいつの家はうちに比べて少しだけ裕福で、何かと僕に自慢ばかりしてきていた。

ある日、稼ぎが少なかった父のことをバカにされたので、腹が立って殴り合いの喧嘩になった。

しかし、喧嘩なんてした事もなければ体も小さい僕が勝てるわけなどなく、一方的に殴られるだけだった。


殺してやろうかと思った。


何度も立ち向かったが、全く敵わなかった。

ボロボロになった後、イタチの最後っ屁のつもりでタックルを仕掛けたら、相手はバランスを崩してこけた。

その時に頭を打った位置が悪かったのか、そいつは死んでしまった。


この手で直接、人を殺したのはその時が初めてだった。

家に帰ると、こっぴどく叱られた。

叱られた、なんてもんじゃなかった。

誤った、そのつもりは無かったとは言え、人を殺めたのだ。

父には何度も殴られた。


バカにされて悔しかっただけなのに。

父のために勝てない喧嘩に挑んだのに。

最後の最後まで諦めなかったのに。

なんで僕はここでも殴られなきゃいけないんだ。


“死ね“


と心の中でそう唱えてしまった。


すると突然、家に見知らぬ男が入ってきて、父をいきなり鈍器で殴り殺した。

どうやら僕が殺した友達の家族が、僕への報復として強盗をこの家に送り込んだらしい。

父はそのまま前のめりに倒れ、頭から血を流したまま動かなかった。


まず父を殺した強盗は、「次はお前だ」と言わんばかりに僕に視線を向けた。

ピチャピチャと、溢れる血を踏む音が近づく。

死を目の前にして足がすくみ、恐怖で声も出なかった。

しかし、やけに冴え切った頭の中でこう、呟いた。


“死ね”


次の瞬間、母が台所から調理用のナイフを取り出して強盗に突き刺した。

母は泣き叫びながら何度も刺した。

何度も、何度も、何度も。

しばらくして強盗は死んだ。

母は絶望し、何か諦めたような目でこちらを見つめた。


「×××、一緒に天国に行きましょう」


そう言って母は僕に近づき、僕の首元にナイフの先を向けた。


ふざけるな、そんなのごめんだ。

何で俺まで死ななきゃいけないんだ。

死にたいんなら勝手に――


“死ね”


母の持つナイフは、その軌道を変えた。

そのまま母は、自ら喉を突いて死んだ。




そこでようやく確信した。

自分が死ねと思うだけでその人が死ぬのだと。

そんな呪いのような力がこの身に宿っているのだと。


偶然なんかじゃなかった。

兄も、友達も、父も、強盗も、母も――自分が呪い殺したのだ。


なんて愚かなんだろう。

なんて醜いんだろう。


こんな簡単に家族を失ってしまったのか。

こんなに容易く人の命が奪えるのか。

こんな呪いをなぜ僕に与えたのか。



――こんな僕に生きる意味なんてあるのか。


“死ね”





僕は死ななかった。




それからはあまり詳しいことは覚えていない。

気付けば僕は村の人から『悪魔』と呼ばれていた。


俺を殺そうと襲いかかってくる人も殺した。

俺を怖がって話しかけても返事しない人も殺した。

俺を騙そうとして友達のフリをする人も殺した。

そして村には僕以外、誰もいなくなった。


一人になってしまった。

僕には何も無くなってしまった。

どれもこれもこの呪いのせいだ。

僕のせいだ。

僕なんて死んでしまえ。

死ね、死ね、死ね。


いくら唱えても僕だけは死ななかった。


次第に、村は一匹の『悪魔』によって壊滅したという噂が流れるようになり、村を訪れる人もほとんどいなくなった。


数ヶ月後、村に国からの討伐隊がぞろぞろとやって来た。

討伐対象は村を襲った『小さな悪魔』――僕のことだった。


今まで何人か誰もいなくなった村を訪れた人はいたが、討伐隊は初めてだった。

僕のことを殺しにきたのだ、殺す覚悟があるなら殺される覚悟もあるだろう。


“死ね”


そう一つ唱えるだけで、五十人ほどいた討伐隊が一斉に同士討ちを始めた。

全員、錯乱したように狂った表情を見せている。

涙を流し、慟哭を上げながら仲間を斬る様はまさに地獄絵図だった。


それを見ていても愉悦も、憐憫も、何も感じなかった。


無心でその光景を見つめていると、混沌とした討伐隊の中から一人の女剣士が僕に向かって走って来た。

他の討伐隊の人は皆、醜い殺し合いをしているにも拘らず、その女剣士一人だけが僕に殺気を放って勢いよく向かってくる。

明らかに様子がおかしかった。

いや、おかしいのは彼女以外で、彼女だけが正気を保っていたのだ。


“死ね”


彼女は死なない。


“死ね”


死なない。


遂に彼女は僕の目の前にまで迫った。

そして僕の首に剣の先を当て、冷酷な声で呟く。


「これはアナタが原因?」

「は、はい……」

「早く止めて。さもなくば首を刎ねるわよ」


剣の先が喉に少し食い込み、真っ赤な血がツーと首をつたう。


「無理です。これは僕には解けない呪いで一度かかったらもう……」

「そう――」


「じゃあ」と言って女剣士は剣を振りかぶり、僕の首を刎ねようと振り抜く。


終わるのか。

終えられるのか。

今日ここで僕の人生が終わるんだ。

長らく独りぼっちだった人生を、この汚い人生を。

やっと終えられるんだ。


「――っ!!」


直前で剣が止まった。

首元に当てられた冷たい金属の感触が、死を彷彿とさせる。

あと少し力を入れて剣を引けば簡単に僕を殺せるのに。


「……なるほど。死なない呪い、か」


突然、女性はバタっとその場に胡座をかいて座り込んで、叫んだ。


「こりゃ無理ね!殺すならさっさと殺しなさい!」



###



「――僕が死ねって唱えると、その通りに死ぬんです。死に方も死ぬまでの時間もバラバラだけど、例外はありませんでした」

「ふぅん…。心で唱えると相手が死んじゃう呪いねぇ…」


時刻は夜。

僕と女剣士は二人で焚き火を囲い、ご飯を共に食べた。

さっきまで殺し合おうとしていた二人とは思えない空気の中、会話を続ける。


「しかも、アナタを殺そうとしたらアタシの手がなぜか止まった。本能が止めろと言っているようだったわ……これも多分呪いね」


死ねない呪いについては以前から自分でも薄々勘づいていた。

しかし……。


「なんでアタシに効かなかったのか、って顔してる」

「……」


そう、この女剣士にはいくら死ねと唱えても死ななかった。

こんなこと今まで無かった。


「別にもう死んでも良かったんだけどなー。あわよくば今日でさっぱり殉職しようだなんて考えてたのに、神様ってホント意地悪だよね」

「僕も…そう思います」


もし神様がいるのなら。

それこそ、僕の呪いで殺したかった。


「討伐隊の方々はいいんですか?」

「いいのいいの。元々アタシ、お国なんか大っ嫌いだし。アンタにはこれっぽっちの恨みも感じちゃいないわ、むしろせいせいしたくらいよ」

「……そうですか」

「今回の討伐隊は無惨にも、小さな村の悪魔の呪いによって全滅させられました、ってことでいいんじゃない?」


女剣士は全く気にしていない様子で飄々と喋る。

僕のことを警戒する様子は全く無かった。

その後、彼女とたくさん話をした。


彼女はこの国の貴族の生まれで、何一つ不自由なく生活していたらしい。

広い屋敷、豪華な食事に、盛大なパーティーと、話を聞くだけで僕が小さかった頃の憧れが蘇ってきた。

そのまま淑女としての勉学に励み、遂に国を守る騎士団に勤める一人の騎士様と結婚を果たしたらしい。

ここまではただの裕福な家庭に生まれた少女の人生成功談に聞こえた。


しかし数年後、騎士である夫が何者かに殺害されたのだ。

殺された理由は分からないが、犯人の捜索もロクにされず、国によってその事件が揉み消されたため、なんらかの国の陰謀に巻き込まれたのは明らかだったという。

夫を失い失意のどん底に落ちた彼女は生きる意味を見出せず死に場所を求めるようになった。

やがて彼女は剣士に身を落とし、その生涯を散らそうと思い立ったのだった。


淡々と語る彼女の瞳には、悲しみや怒りなどの感情ではなく、ただただ虚無が映ってあった。

彼女は話の中で何度も「生きている意味なんてない」と言っていた。



「当時は喉が潰れるほど嘆いたけどね。今は絶望する気力ももう残ってない」

「……」


彼女はまるで今の自分とそっくりだった。

まるで自分を見ているようだった。


もちろん二人が歩んだ過去はそれぞれ違う。

僕は大切な人をたくさん殺してしまった。

彼女は一番大切な人を殺されてしまった。


しかし、共通して言えるのは、今の僕にも彼女にも残っているものなんて何一つないという事。

「生」ですら、縋り付く対象ではないという事。


でも。

でも、じゃあなんで――



「――なんでお姉さんは死なないんですか?」



僕と彼女で決定的に違う事。

それは僕は死のうと思っても死ねないが、彼女は死のうと思えばいつでも簡単に死ねる事だ。

唯一僕が理解できない点だった。


僕はこんなにも死にたいのに。

今すぐにでも死にたいのに。

彼女も死にたいはずなのに。

なぜ死なないのか。



「なんか、全部どうでも良くなったからかな」



……。

この答えは果たして答えになっているのだろうか。


「……どうでもいいんだったら死んだ方が楽じゃないですか」

「死ぬのなんていつでも出来るじゃない?それにどうでもいいのは全部って言ったでしょ。生きるのも、死ぬのも、何もかも。だから死んだ方が楽だなんて思ってない」


初めは似たもの同士かと思っていたが、この人は僕とは違った。

生きている意味がないと思うのは同じだった。

しかし、彼女は生きている事が辛いと思っていなかった。

辛いという感情を失ったのか、あるいは辛いという思いを乗り越えたのか。

死んでも良い。

だが、生きていても良い。

そういう意味での、「どうでもいい」だった。


「それに生きていたら、それこそいつか『生きている意味』が見つかるかもしれない」

「……」

「生きてるうちに見つかればラッキー、死んだら死んだでいいじゃん」

「……」

「何にも考えないで生きるって、案外楽だよ」


なんて陳腐な言葉だろう。

なんて楽天的な考えだろう。

なんて都合のいい解釈だろう。



――なんて綺麗な生き方だろう。



「生きる意味なんて見つかるんでしょうか」

「知らないわよ」

「……僕は生きているのが辛いです」

「なんで?」

「ずっと独りぼっちだし」

「今は独りじゃないじゃん」

「簡単に人を殺せてしまうし」

「アタシは殺されてないけど」

「僕は生きていていいんでしょうか」

「いいんじゃない?」


彼女は淡々とそっけない言葉を返した。

僕の悩みなんて彼女からすれば『どうでもいい』のだろう、そんな事が伺えた。


僕がしばらく黙っていると、彼女は腕を組んで「はあ」と一つため息を吐く。


「――生きる意味が欲しいなら、アタシがなってあげる。アナタの生きる意味は私の生きる意味を一緒に探すこと。そうやって、アタシのために生きなさい」

「そんな急に…」

「そうすればちょっとはマシな気持ちになるわよ。嫌だったらいいわ」


彼女のこの傲慢に思えるセリフも、一応僕のことを思ってのものだった。

無理矢理にでも僕に生きる意味を作ってくれた。

ここで嫌とは言えない、言いたくない。


「じゃあ一つ条件を」

「……?」

「僕だけだとアレなんで、お姉さんの生きる意味も僕にください」


冗談めかして僕がそう言うと、彼女は一瞬キョトンとした顔をする。

そして「ふふっ」と笑って、


「いいわよ。なんだかプロポーズみたいで面白いわね」


そう言われて、僕は自分が口にした恥ずかしいセリフに思わず赤面した。


その日は二人で真夜中まで話した。

こうしてゆっくり人と話すのも、久しぶりで楽しかった。


初めて、僕の呪いで死なない人と出会った。

その人は僕に生きてもいいと言ってくれた。

僕に生きる意味を与えてくれた。


まず村を出よう。

旅に出て、冒険をしよう。

家を買ってそこで暮らそう。

ちゃっかり家族なんかも作ろう。


これからの事を考えると、ワクワクが止まらなかった。

死にたいと願っていた日々がまるで嘘のようだった。

生まれて初めて『生きた』心地がした。


焚き火が消えるまで話し続けた僕たちは、暗闇の中静かに眠りについた。

















――翌朝、二人が目覚めることはなかった。




冷たくなったその顔には、穏やかな笑顔が添えられていた。



###



人は死ぬ。


それは避けられない運命であり、人として死ななかった者は未だかつて存在しない。


では、なぜ人は死ぬのか。


――それは人が「生きている」からだ。


生きていなければ、そもそも死ぬことなどないのは自明の理。

死ぬ、というイベントが待ち構えているからこそ、人は人生に花を咲かせようと必死になって生きる。


生と死はそんな表裏一体の関係にある。


つまり、二人のように死を『死』だと思わない者にとっては、ただ生きていても『生きている』とは言わない。

そして、彼らが生きる意味を見つけた時、初めて彼らは『生き』、そして『死ぬ』。





これは、そんな二人が出逢い、生きる意味を見つける物語――。





最後まで読んでいただきありがとうございます。


処女作につき拙い文章で伝わりにくい部分もあったと思いますが、最後はまあ……そういうことです。


現在長編を書いていて、それにまつわる話を試験的に投稿してみました。

あと数本、投稿する予定ですので、もしよろしければ今後の作品も読んでいただけると幸いです。

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