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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第5章 おはようの朝はまだ遠くに
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第5章 14 囚われの夢の主

 


  「--っ!はっ…っ!!」


  得体の知れない痛みと吐き気に全身から冷たい脂汗が吹き出した。


  これがヨミの記憶…あの子の“痛み”…っ。


  「…ハルカ?ダイジョウブ?」


  遠くからシラユキの声が飛んでくるが、絞られた肺から空気が全部抜けて、上手く声が出ない。返事のない私の身を案じたシラユキの人影が動いたのが視界の端に見えた。


  「ハルカ!?イマソッチ…」

  「…っ!ダメよ!!」


  こちらに向かって橋から橋へ渡ろうとするシラユキの影に私はなんとか忠告を叫ぶ。


  直後、シラユキの目の前に私の時同様巨大魚の影が現れた。

  大量の飛沫を上げて跳び上がる魚影にシラユキが後退するのが見えた。


  「シラユキ!」


  ここからではよく分からない。無事か?


  ここでカカシになっている場合ではない。『ナイトメア』の攻撃が始まった。


  私は再び橋に跳び移らんと助走をつける。が、視線を落とした水面の奥で、こちらを伺うように泳ぎ回る怪魚の影を見て脚がすくんだ。


  魚影は一体ではなく、私の周りを取り囲むように辺りを泳いでいる。不明瞭な水の中、映し出されるヨミの記憶の光景をかき乱すように泳ぎ回る異形の影は不気味で、私の平常心を掻きむしる。


  なんでこんなにホラーチックなのよあんたの夢は!!


  迂闊に飛び出せない。

  水飛沫を浴びただけで精神を汚染された。もし噛みつかれて引きずり込まれでもしたら…


  しかし、『ナイトメア』もいつまでも待ってはくれない。

  徐々にだが橋に近づいてくる魚影たち。そのうちの一体が、水面を割って私めがけ飛んできた。

  開いた大口。空中を泳ぐように突っ込む怪魚の顎を私は不安定な足場でなんとか躱す。

  身を屈めて躱しながら、右手のククリナイフを頭上を通過していく魚の腹に突き立てた。


  「--っ!おりゃぁぁぁっ!!」


  ぶよぶよした腹の肉をナイフが裂き、中から内蔵が溢れ出す。

  生きてるはずなのにまるで死んで時間がたったみたいな溶けた腸から異臭と汚水が流れ出した。

  慌てて躱すがククリナイフを握った右腕にどっぷりかかる。


  再び頭を刺す痛みの記憶--


  あの人--先輩がヨミに悪い遊びを教えている。ぼんやりとした情景が頭の中で再生される。

  同時に胸を締め付けるのは付随する感情。


  文字通り痛いほど伝わってくる。ヨミの、先輩への想いが--


  私と同化する感情が、先輩を見つめて訴える。


  --どうして私を置いていったのかと。


  「っ!?」


  リアルから切り離された意識が戻ってくる。

  撃退した怪魚が亡骸となって湖に落いく中、入れ替わりで別の個体が襲いかかってくる。その顎を紙一重で躱しながら、私は跳んだ。


  めちゃくちゃな体勢で跳んだ私の体は大きく弧を描いて目的の着地地点--腐りかけの橋に向かって落ちていく。


  しかし甘かった。


  私の眼下--橋の上を通過するように怪魚が跳び出した。

  まるで狙いを定めていたかのように、タイミングよく跳び上がる怪魚はその頭を頭上に向けて大口を開ける。


  このまま落ちたら脚を持っていかれる。

 

  空中で身体をねじってなんとか体勢を変えるわたしがククリナイフを振り上げる。

 

  間に合えっ!


  私と魚の視線が交差する。こいつを殺して、橋に落ちる。できるか?

  失敗したらこいつに食われるか、湖に落ちて精神汚染に浸かりながら水中の魚共の餌か--


  意を決して私がナイフを振り下ろす。が、刃が触れるより早く、魚が空中で何か見えない力に弾かれるように吹っ飛んでいく。


  「え?」


  標的が明後日の方向に飛んでいき虚をつかれた私はそのまま無防備に橋まで落下する。

  腐りかけの橋が私の落下によりメキメキと音を立て、水面が波紋で掻き回される。


  「やばっ!?」


  何が起きたのかは知らないけど、とにかくやばい。

  朽ちかけのボロ橋では私の落下は支えきれなかったようで湖に沈んでいく。


  どこかに…っ跳び移らないと……っ!


  が、辺りを見回しても近場に適当な足場はない。まずい。


  「橋が持たな--きゃっ!?」


  いよいよ湖に沈みそうというタイミングで、今度は私の身体が見えない力に引っ張られて浮上した。突然空中に投げ出された脚が足場から離れた不安に無意識にバタつく。


  「重っ!ハルぽん見た目より体重あんな!」

  「なっ…!?失礼な…って、え?クロエ先輩!?」


  空中に吊り上げられながら失礼な声に思わず反論しながら頭を上げる。

  その先、私の頭上でまるで見えない地面に立っているかのように平然と空中に浮かぶクロエの姿を見た。


  浮いてる!?


  どうやら魚を吹っ飛ばしたのも、私を持ち上げているのもクロエらしいが…


  「え?先輩なんですかそれ!浮いて……るんですか?」

  「あ〜ハイハイ後でな。それよか周りがやばそーだぞ。」


  クロエが私の混乱を無視して視線を落とす。それに私も視線を遥か下の湖に落とした。


  「シラユキ!!」


  眼下、不安定な足場を怪魚に取り囲まれたシラユキが巨大な戦斧を手に飛びついてくる怪魚を相手に孤軍奮闘している。

  飛びかかってくる怪魚達をなんとか躱すが、いかんせん得物が身の丈以上の斧に足場はもう沈み掛けのボロ橋だ。

  満足な攻撃も出来ずに怪魚の体当たりをまともに食らうシラユキが橋から落ちかける。


  「シラユキ堪えて!!今行く!!」

  「ジタバタすんなって。ウチに任せな。」

  「…っ、クロエ先輩!シラユキを助けないと…っ!?」


  吊り上げられた間抜けな体勢の私が本日二度目の仰天。


  クロエの掲げた右手の中で青白い閃光が迸る。電流の塊はまるで意志を持ったようにその不定形な形をクロエの手の中に収まりやすいように整形していく。


  「雪見だいふく!水面から離れな!!」


  クロエの大声にシラユキが反応する。頭上の光景に度肝を抜きながら慌てて橋の端まで移動する。


  そんなクロエの退避を待たずに、クロエは空中で雷撃の槍を放る。

  無造作な動作で放たれた電撃は真っ直ぐ水面に吸い込まれるように入水し、眩しい程の電流を放出した。


  『イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』


  灰色の曇り空が割れ、聞いたことの無いような絶叫が夢の世界に響く。紛れもなく精神を攻撃されたヨミの悲鳴に水面が大きく波打った。

  同時に電流にやられた魚共が水面まで浮かんでくる。その姿に力はなく、死体と化した『ナイトメア』たちはそのまま真っ黒な液体になりながら湖に溶けていく。


  「……っ!あれだけ慎重にって言ったじゃない!!」

  「うおっなんだよ!ちょっとくらいなら大丈夫だよ!暴れんな落ちっぞ!?」


  クロエの暴挙に私は空中でクロエに噛み付く。制御が乱れたのか私たちの身体は一瞬急降下した。

  水面すれすれで辛うじて浮遊を保つ。私たちはシラユキのすぐそばまで降りてきていた。


  「ハルカ…」

  「シラユキっ!大丈夫!?」

 

  既にフラフラなシラユキを空中に吊るされながら何とか支える。

  手で触れた彼女の身体はびっしょり濡れていた。

  それだけ飛沫を貰ったのだろう。つまり、それだけ精神汚染を食らったということだ。


  「……っコハクは!?」

  「あっちで頑張ってんじゃね?てかさ、あの子可愛げなくて好かんのだが。どうにかならね?」


  クロエの無駄口に付き合っている暇はない。とにかく合流しなければ……


  ヨミの夢の世界はあまりにも戦いにくい。足場は不安定で、周りは精神汚染の塊のようなものだ。


  「クロエ先輩!シラユキと私を抱えて上がれますか?」

  「あ?なめんなよ?その気になったら十トントラックだろーが--」


  私の問いかけに早くもシラユキの身体が浮き上がり始めた。その瞬間。


  大きな水飛沫が私たちのすぐ目の前で上がる。辺りに大量の飛沫を撒き散らし、それらは容赦なく私たちに降り注ぐ。


  「……っ!!」


  私は咄嗟にシラユキを庇うように抱き寄せ、胸に抱く。そんな私の身体に汚水の飛沫が打ち付けられる。


  --心臓を見えない力で押さえつけられるような、じわじわとした重い痛みが私を襲う。


  同時に私の知らないはずの記憶が頭に無理矢理入り込んでくる。


  それは恐らく、あの日の--先輩がいなくなった日の光景…


  なんでもない一日のはずだった他愛ない光景たちが、ヨミの心を締め付け呪う鎖と化して消えない傷を刻み込む。


  「……っ大丈夫っ、大丈夫…。」

  「……」

 

  心を犯されながら、それでも必死に自意識を保つ私。同じように飛沫を浴びたはずのクロエは平然としており、ただ一点、飛沫が上がった方を見つめている。


  「……ハルカ?」

  「大丈夫。シラユキは平気?クロエ先輩は--」

  「見な。」


  私は二人の無事を確認しようと頭を上げる。そんな私にクロエは顎で自分の視線の先を指し示す。


  …そうだ、今湖から何が……


  視線をクロエの示す方に向けた私は思わず息を呑んで固まった。


  「……ヨミ。」


  私の腕の中でシラユキが小さくその名を呼んだ。


  --私たちの視線の先、水面から顔を出していたのは錆び付いた太い鎖に締めあげられたヨミの姿だった。


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