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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第5章 おはようの朝はまだ遠くに
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第5章 11 仲違いした分だけ…

 

 ※




  シオリを寝かしつけて私とシラユキは入院棟を後にした。

  二人並んで歩く学舎への道は曇天に見下ろされ、自然と気持ちも引っ張られナーバスになってくる。


  「…ナカヨシナンダネ。」


  道中私と並ぶシラユキが私とは対称的ににこにこしながらそう声をかけてきた。


  仲良し?私とシオリのことだろうか?


  「…う〜ん…シオリにそう言ったら怒りそうね。」


  私の呟きにシラユキは「?」と小首を傾げる。


  「シラユキもそのうち分かるよ。」


  ヨミとも仲良くなったようだし、シラユキやコハクともいい関築いてくれたら嬉しく思う。

  しかしシオリ本人があの性格だ。

  戻ってきてから雰囲気が変わったように感じたが、やっぱりまだ間に誰かが入ってあげないと上手くコミュニケーションがとれなさそう。


  シラユキを伴って私はコハクとの待ち合わせ場所に向かっていた。

  学舎を通り抜けて、寮とを繋ぐ渡り廊下の間にある中庭で、コハクはぼんやり空を仰いで待っていた。


  「コハク〜。」


  ベンチに腰掛ける彼女にシラユキが手を振りながら駆け寄っていく。遅れて続く私と目が合って、なぜかお互い気まずい。


  「…おまたせ。待った?」

  「いや…どうだった?」


  と、お互い目を逸らしながら言葉を投げ合う。やっぱり気まずい。


  「シオリは大丈夫。なんか、クロエ先輩が私たちより先に行って言い聞かせてたみたいなの。」

  「クロエが?条件出したのは彼女なのに?」

  「私、あの人のことよく分かんないわ。」


  コハクと二人で互いに首を傾げ合う。

  とりあえずこの後のことをこの三人で話し合っておく必要がある。

  話し合うというか、改めての確認だ。私たちは三人並んでベンチに腰を下ろした。


  座ったがいいが、なんだか変に意識してしまって誰から本題に切り込むか分からずなかなか話が進まない。しばらく気まずい無言の時が流れた。


  「…そろそろ梅雨ね。」

 

  沈黙に真っ先に音を上げたのは私だ。曇り空を見上げながら私は雨季の到来を予感し呟く。

  五月のカレンダーも残すところあと少しとなり、六月に入ればおそらく本格的な梅雨入りだ。そうなると気分の下がる日々が続くだろうか。


  「ツユ?」

  「雨がいっぱい降る時期のことだよ。梅に雨って書いて梅雨。」


  不思議そうにこくんと首を傾げたシラユキにコハクが教えてやる。「ウメニアメ?」と漢字表記がよく分からないようでまた不思議そうに反対に首を傾げた。


  そしてまた沈黙--


  どうしたものかと、私は気まずさに耐えかねなにか上手く話を繋げるタネを探すが、それより先にシラユキが私とコハクを見つめて言った。


  「マダケンカシテルノ?」


  シラユキの純真な瞳に見つめられ、まるで子供に喧嘩を見咎められた夫婦みたいに私とコハクはびくりと震えた。


  「ハヤク、ナカナオリシヨ?モヤモヤシテタラ、ヨミノユメデ、ウマクウゴケナイヨ?」


  ごもっともな私的だ。『サイコダイブ』はその時の精神状態に大きく左右される。こんなモヤモヤした気持ちで潜ったら、何があるか分からない。


  「…シラユキちゃん。私たち別に喧嘩してたわけじゃ…」

  「ううんコハク。図書館ではごめんなさい。」

 

  取り繕おうとするコハクを遮って私はコハクに頭を下げた。

  私から見てシラユキの向こう側に座るコハクが一瞬目を丸くして、すぐにバツが悪そうに視線を逸らした。


  「余裕なくて、ついきついこと言っちゃった。ごめんね。」


  反応がなくても再度謝る私に、コハクもようやく向き合った。


  「…いや、きついこと言ったの私だ。嫌な思いさせて、ごめん…」


  シラユキを挟んで向き合う私たちが互いに頭を下げた。

  挟まれたシラユキは満足そうにニコッと笑う。かわいい。


  不思議なものでたったこれだけのことで気持ちがすっと楽になる気がする。私とコハクは自然互いに見合いクスリと笑った。


  「人と喧嘩するとこんななんだね。喧嘩も仲直りも初めてだ。」

  「…あんた、ホントに友達いないのね…」


  何故か楽しそうなコハクに私は嘆息混じりにそう返した。今までの人生で些細な仲違いすらしたことないと…

 

  まぁ、この学校なら有り得るのか…?


  「イッパイケンカシテ、ナカナオリシテ、ナカヨクナッテイクンダヨ。」


  私とコハクの間でシラユキの口からそんな言葉が流れてくる。私たちの些細なすれ違いが解消されてシラユキも嬉しそうだ。本当に友達思いだなと私はシラユキに感謝する。


  「じゃあ、シラユキちゃんとも喧嘩しなきゃね?」

  「ムゥ…ソレチガウ。」


  意地悪を言うコハクにむくれるシラユキを、私たちは撫で回す。子猫みたいにされるがままのシラユキは慣れた様子で私たちの掌を受け入れている。


  さて、こんなことをしている場合じゃないわ。

  私はシラユキで遊ぶのも程々に、コハクとシラユキに本題を切り出した。


  「それでね、ヨミへの『ダイブ』だけど…」

  「ワタシハイク。」


  間髪入れずにそう宣言するシラユキに私も頷いた。


  「ハルカ、シオリニ「ワタシタチ」ッテイッタヨ。」

  「その“達”ってのは私は入ってるのかな?お留守番はやだな。」


  私を折れさせようと詰め寄ってくる二人。しかし無用だ、私はとっくに折れていた。


  「…コハクもシラユキもいた方が、安心だもんね。」

  「あれ?もう心配じゃないの?」

  「コハクハマタ、スグイジワルイウ。」


  茶化すみたいに私の顔を覗き込んでくるコハクをシラユキが窘める。


  たしかに勝手な言い分だろう。でも、彼女たちもヨミのことを想ってくれている。その気持ちは無下にしたくない。

  それにこのままお互い意地を張っても平行線だ。コハクの言うように、彼女らがいた方が安全かつ成功率も高いだろうから…


  「ごめんね。二人とも、手伝ってくれる?」


  私が二人に尋ねると、コハクもシラユキも変な奴と笑った。


  「きみが頼むことじゃないよ。」

  「ガンバロ?」


  「--な〜にイチャコラしてんだよ。」


  私たち三人の背後から唐突に響いてくる声に私たちはベンチの上で飛び跳ねた。

  私たちの後ろでベンチの背もたれに前のめりで身体を預けるクロエがにやにやしながら見つめている。

 

  ……いつの間に?


  いつの間にか中庭に侵入し背後を取られた。この人は神出鬼没だ。


  「ど?話決まった?」

  「…決まったっていうか…まぁ、一応。」


  ぐいぐい物理的に詰めてくるクロエにコハクが距離をとる。逃げ遅れたシラユキが捕まってぐにぐにと頬をもみくちゃにされる。


  「シオリは納得してくれたか?それとも連れてく?」

  「…あなたシオリの所に行ったんでしょう?私たちが潜るって……」


  私の指摘に「そうだっけ?」とクロエが首を傾げる。とぼけているというより、本当に覚えがないような感じだ。あんまり思い出す気もなさそうだ。


  「あ〜……マザーに許可とるアレでアレしたかな…?」


  マザーにアレ?

  いまいち抽象的すぎて伝わらないが、ヨミの『サイコダイブ』の為にマザーに許可でもとっていたのだろうか?

  予定が変わったからシオリのマザーに断りに行ったついでだったのかもしれない。だとしたら本当にシオリを潜らせる気だったのだろう。

 

  連続で危険な『ダイブ』をさせようとしたクロエに対して憤りを覚えるべきか、これもクロエなりに彼女の気持ちを汲んでのことなのか…

  図書館で見たクロエの別側面の鱗片に私は彼女を計りかねる。


  「そういえば、私たちのマザーへは……」

  「ん?大丈夫大丈夫、ウチに全部任せなってば。」


  すっかり失念していた大事なことだ。勝手に『サイコダイブ』などしたらあとからどれだけ絞られるか分からない。

  しかし、既に根回し済みなのかクロエは任せとけと大きな胸をドンと張ってシラユキを抱きしめる。


  「イタイ…ハナシテ…」

  「で?誰が潜るって?決まったか?」


  尋ねるクロエに私はシラユキとコハクを一瞬見つめて、彼女らの顔を見て最後の躊躇を振り切った。


  「はい、私た--」

  「オッケー三人な。んじゃ行くか!」


  私が全部言うより早くクロエは私の考えを見透かしていたように切りだす。

 

  ……行くか?


  「行くって今から?今夜って言わなかった?」

  「ん?別にいつでもいーけど?ヨミはずっと寝っぱだしいつでも潜れるよ?」

  「いやだから今夜って言ったじゃん…」


  突然の提案に渋るコハク。当然だ唐突すぎるし、なんの準備もしてない。今すぐ潜るなんてできないだろう。


  「導入機の準備とかあるだろうし…一応藤村先生から安定剤貰わないと…」

  「うわぁこのメガネちゃん真面目、引くわ〜。てか飯食った?」


  なんだか心外だ。引かれること言ってないのに…


  「ゴハン、マダタベテナイ…」

  「じゃあまず飯!で風呂!でおやすみだな。」


  とクロエが雑な予定を立てた。予定というか当然の流れだ。

  正直、心境的にのんびりしてたくもないので呑気にご飯や入浴を楽しめはしないだろうし、すぐにいけるならすぐにいきたい。


  「おい。」


  またしてもそんな私の頭の中を見透かすようにクロエが私の頭を軽く小突いた。

  突然の優しげな暴挙に目を丸くする私を見下ろしてクロエは人差し指をメトロノームみたいに顔の前で振って警告する。


  「焦るのが一番危ねーよ?深呼吸深呼吸。」


  クロエに促されて私は大きく息を吸った。

  満足気に頷くクロエが小突いた私の頭をよしよしとなでてくる。無意識のうちに逸る私の心がすっと落ち着きを取り戻した。


  「頭はクールにな?焦んなくても、ウチがついてっから大丈夫。」

  「……はい。」


  いまいち安心材料に欠ける言葉に、不思議と私は落ち着いた。その様子に「よし」とニカッと笑って頷くクロエが私の腕を引っ張った。


  「んじゃ飯だ!まずは腹ごしらえ行くぞ〜!!」


  まだ夕飯までは時間があるけど…


  そんな言葉を言う間もなく私たちはクロエに引きずられて行った。


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