第5章 10 私の思う友達って
※
昼の休憩も終わり私は図書館を後にしていた。
シラユキとコハクと別れ自分の教室に戻りながら、私はついさっきクロエが口にしていた“条件”を思い返す。
「--ひとつは今夜早速潜るから、誰が行くか決めとくこと。来ないなら来ないで別にいーよ?夕食までに結論出してウチに教えて。」
「……もぐりますから。」
「で、もういっこ。そ、れ、は、シオリっぽこをちゃんと納得させておくこと。置いてくならさ、説明して、ハルカっぺのさっきの熱い気持ちを伝えときなよ?」
……シオリを説得。
クロエの出した条件に少なからず私は困惑した。
てっきり自分に不都合がないようにする根回しかなにかかと思っていた。クロエにとって、私たちとシオリの関係などどうでもいいだろう。
まるで本気でシオリや私たちのことを案じているように私は感じた。
「…はぁ。」
シオリとちゃんと話す--これは私の仕事だろう。問題ない。昨夜した話を改めて確認するだけ…私は密かに決意する。
……それにしても、ヨミがこんなに慕われるようになるなんて。
ちょっと前までなら、彼女がいなくなってももしかしたら誰も気にとめなかったかもしれない。
それが今では、シラユキにコハクに、私が距離を詰めるまであんなに時間がかかったシオリまで…
そもそも、クロエ先輩はなんでそうまでしてヨミを?
謎だ。シオリに関する一連の出来事が極秘事項だと言うのなら、ヨミは寝たきりで放っておいた方がいい。
『ダイバー』への『サイコダイブ』は特例のようだ。そうまでしてクロエがヨミを助ける義理があるのだろうか?
…それだけ彼女が周りから大切にされるようになったんだろうか。
ヨミが自分からシオリに協力したというのもびっくりだし…全て彼女の人間的成長があってこそかもしれない。
「子供が独り立ちした親の気持ちってこんななのかしら……」
などと、妙な感慨に耽る私。別にあの子の保護者でもなんでもないけれど……
なんだか少し寂しい気持ちになりながらも、私は午後の授業をこなしていく--
--午後の授業を全て終わらせた十六時。
私は学舎を出て真っ直ぐに入院棟まで向かっていた。
とにかくまず、ひと仕事終わらせよう……そう思い気持ち早足で目的の場所を目指す。
赤レンガ造りの暗い建物が、曇天の下私を待ち受ける。その入院棟に足を踏み入れようとした時、後ろから呼び止められて私はピタリと動きを止めた。
「ハルカ。」
「…シラユキ?」
私は振り返った先の少女の名前を口にした。
手足をばたつかせながらこちらに駆け寄ってくるシラユキは随分走ったのか息を切らせていた。肩を上下する彼女の背中をさすってやりながら私は尋ねる。
「どうしたの?そんなに慌てて…」
「…ワタシモ、シオリノオミマイ、シヨウトオモッテ…」
息を切らせながらシオリは苦しそうにそう告げた。
……今からお見舞いに行くわけじゃないけど…
「ソレニ、」
シラユキはきりっと真面目な眼差しで入院棟を見つめ呟いた。
「ヨミノコト、シンパイナイヨッテ、イッテアゲタイノ…」
たどたどしい日本語で頼もしいことを口にするシラユキの表情は決意に満ち満ちている。これは折れてはくれそうにない。
私は色んなことに対する諦めをため息と一緒に吐き出して、シラユキの手を引いた。
「じゃあ行こ?ちゃんと紹介するわ。私の友達。」
シラユキの手を握ってそう告げる私にシラユキは嬉しそうにはにかんだ。
※
目的の場所は三階--私もシラユキも互いに手を取って勢いよく階段を駆け上がる。
夕飯は十九時。それまでにシオリとちゃんと話して、私たちの間で話をつけクロエに報告する。
私の気持ちはまだ急いていたのか、自然階段を登る足も駆け足になった。
目的の三階の病室に辿り着き、そっと扉をノックする。
扉に手が触れる瞬間、妙な緊張感に襲われる。
自分の友人をシオリに紹介するなんて、夢にも思わなかった自体だ。
……あのシオリに、シラユキを…?
果たした受け入れるのだろうか?私と初めて会った時みたいに突っぱねたら、シラユキはショックを受けないだろうか?
なんだか現実味のない感覚の中でノックすると、「…誰?」とぶっきらぼうな返事が部屋から飛んできた。
寝てたらどうしようと考えていたのでほっとして私は声をかける。
「私だよ。ハルカ。今いい?」
「……気分じゃない。」
どうやら機嫌が悪いらしい。申し訳ないが、今は私の心境がそれどころではないので強引に押し入る。
「お邪魔します。」
「……入ってくるなら訊かなくて…誰?」
私の後ろに立つシラユキにシオリはベッドの上から怪訝そうな視線を向けた。
知らない奴を入れるなと言いたげなシオリの視線にシラユキはこそこそと私の後ろに隠れた。
「この子はシラユキ…私の、友達なの。シオリのお見舞いしたいってさ…」
私は背後のシラユキの背中に手をやって前に押し出す。
シオリの切れ目な鋭い視線にシラユキは怯えたように俯いてしまった。
「…シラユキ、デス。ハジメマシテ。」
「……。」
「シオリ、睨まないで。」
ちゃんと挨拶できたシラユキをシオリがじいっと見つめている。流石に感じが悪いと注意する中、もしやと嫌な予感が走った。
「…シオリ、気分悪いの?なんか…むかむかするとかイライラするとか?」
『サイコダイブ』による精神ダメージを懸念する私にシオリは首を横に降って否定した。
「…ちがう。イライラはしてるけど…ハルカが心配するようなことじゃない。」
やっぱりイライラはしてるんだ…
普段は能面のような無表情のシオリだが、今は心做しか表情が険しい。
「どうしたのかは知らないけど…そんなに睨まないでよ。せっかくお見舞いに来てくれたのに…」
「…いや、別に睨んでる訳じゃ……」
そう言って弁明しようとするシオリにシラユキはにこりと優しく笑いかけた。
「…ゴメンネ。ツカレテルノニ…ダイジョウブ?」
「…うん。」
人懐っこいシラユキの笑顔にシオリの表情も少し解れた。大丈夫そうだ。
今からの話題でまた精神状態が悪化しないか不安だが、私は近くの丸椅子を引き寄せてシオリの隣に座った。
「シラユキはヨミの友達でもあるの。それでね……」
私のそんな一言にシオリの表情が凍りつく。まずい切り出し方だったか。
しかし隠しても仕方ない。私は構わずに話を続けた。
「今日、クロエ先輩に会ってきた。それで色々話したわ。要件は、私たちで決めたことで、シオリもそれでいいかっていう確認…昨日の夜の返事を聞こうってこと…」
私がゆっくり聞き取りやすくを心がけシオリに説明する。シオリはそんな私の背後のシラユキが気になるようで、私に視線を寄越して小声で尋ねる。
「…それで、なんでヨミの友達を?」
「だから、お見舞いよ。それと、あの子も潜るわ。」
私のそんな返事にシオリの表情がみるみる引きつっていく。驚きなのか怒りなのか、読み取れない感情の波が隠しきれずに漏れだした。
「…巻き込む気?そもそも、ハルカだって関係の無い--」
「シオリ。私たちはヨミの友達よ。その時点で無関係でいるのは嫌なの。」
昨夜同様、強い口調でそう告げる私にやはりシオリは何も言い返せない。
「私たちでヨミを連れ帰るから、あなたはどうか大人しく身体を休めて。いい?」
私の言葉にシオリは大きなため息をひとつゆっくり吐いた。
「…ハルカが強情ってのは、昨日でよくわかった。」
「あなたもね。」
「……さっき、クロエと私のマザーが来た。本当についさっき……」
クロエとマザーがシオリの所に?
どうやら入れ違いになったようだ。シオリはぽつぽつと話を続けた。
「…マザーはなんか、遠回しに色々言ってた。でも、クロエは要件だけ言ってきたよ。ヨミに潜るって……あなた達が潜ることになったって…」
クロエは私たちに条件を突き出しておきながら、あの図書館でのやり取りの後でもう決定していたらしい。
それにしても、『ダイバー』への『サイコダイブ』ですらクロエの一任で決められるのか…
改めて『ナンバーズ』の特権を認識する。彼女をここで敵に回しても勝てないだろう。
「…私は、クロエや『ナンバーズ』が怖い。だから…ハルカや、そこのシラユキに関わって欲しくない。」
シオリは私とシラユキを見つめて疲れた元気の無い声音でそう呟いた。弱弱しい言葉はよく聞いていないと空気に溶けてなくなりそうだ。
「……これは私の問題だったのに…だから、本当は…」
私はシオリの言葉を遮るように彼女の頬を昨夜のように両手で挟み込んだ。
昨夜は何も言い返さなかったが、やはりシオリは納得していなかった。
シオリの内から溢れ出す言葉は私の中に深く染みた。それは私がクロエに言ったシオリへの感情と同じものだ。
しかし同じなら、譲らない--
「ヨミは勝手に手伝った、あんたが気にすることじゃない。それは私達も同じこと!あんたが責任感じることじゃない!」
ごちんと額をぶつけて私は至近距離で言い聞かせる。昨夜と同じ光景--でも、今回はちゃんと返事を貰う。
「あんたはここでヨミを待つの。」
「…でも、」
「でもじゃない!あんたとヨミ、二人揃ったら説教だから!それまでに身体を休めて、私の説教受ける準備しときなさい!!」
「…え?なんで説教…」
「うるさい!私はあんたらを心配したのよ!?これ以上私に心労かける気?」
我ながら無茶苦茶な言い分かもしれない。でも、事実でもある。
勝手に心配して、勝手に振り回されているだけだけど、もうごめんだ。
「いい?あんたは大人しくしてるの!返事は?」
「……は、はい。」
私は勢いのままシオリの肩を強く揺すってそう告げる。私の気迫にシオリも後ろのシラユキまでも呆然とした表情だ。
シオリの気の抜けた返事を聞き、「よし。」と頷く私から解放されたシオリは、眉を八の字に寄せてなんとも辛気臭い顔だ。
押されて返事しただけでまだ納得はしていない様子だ。
呆れたシオリの義理堅さに私は大きくため息を吐き、彼女を見つめて言い聞かせた。
「…あのね。助けられたからとか、迷惑かけたからとか、そんなの気にするの友達じゃないわ。」
私の言葉にシオリが驚いたように顔をはね上げた。私はそんな彼女に腹の底から出てくる言葉を紡ぐ。
「気にしすぎ。友達でしょう?私も、ヨミも--」
もしかしたら私はこれが言いたかったのかもしれない。
シオリの態度に対してずっとこう言ってやりたかったのかもしれない。
吐き出して胸のつかえが取れたみたいに楽になる私の前で、ぽかんとして固まるシオリが私を見上げていた。
「……うん。」
数秒の間を置いてゆっくりと首を縦に落とすシオリのそんな姿に、何故か私もほっと安堵した。
覗き込んだ彼女の顔も、つかえが取れたみたいにスッキリして見えたから--




