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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第5章 おはようの朝はまだ遠くに
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第5章 7 図書館で喧嘩

 

  私と先輩の間に割って入るように、身体をねじ込んできた少女が私を後ろに下げさせた。


  「そんな言い方ないよ?言いがかりもいいとこだ。」


  私の前に立ち気丈に言い放つのは栗色の髪と、唇の下のほくろが特徴的な少女--


  ……コハク!?


  「は?何あんた?」

  「いきなり入ってきて……そいつの友達?」


  私を庇うように立つコハクに先輩たちも攻撃的に接する。しかし、コハクの方も一歩も退かない。


  「こっちだって迷惑してるんだ。私らが悪いわけでもないのに八つ当たりはやめてほしい。」

  「はぁ?絡んできたのそっち--」

  「別に絡んでないでしょ?ちょっと訊いただけ。もっと言うなら別にあなた達に用事がある訳でもないし…後輩にもう少し優しくできない?」


  私を強引に後ろに退らせ、高圧的な先輩たちにコハクも噛みつく。完全に喧嘩腰だ。

  完全に一触即発の状況。どうしたものかと私がオロオロしている間に、事態はよくない方に転がった。


  「……っあんたっ!」


  私にしたように、先輩がコハクの胸ぐらに掴みかかった。


  「触らないで。」


  その手がコハクの胸ぐらに触れた瞬間、素早く反応するコハクの左手が、先輩の触れた右手の手首を捻った。


  「痛っ!!」


  小さな悲鳴をあげる先輩の手首を捻ったまま、右腕を掴んだコハクがそのまま先輩の脚に自分の脚を絡める。

  まるで木の葉みたいに宙に舞った先輩の身体がコハクによって床に綺麗に叩きつけられた。


  「……っ!」

  「ちょっと!!」


  コハクの暴挙に後ろの二人も声を荒らげる。それに対してコハクは悪びれる訳でもなく転がした先輩を仁王立ちで見下した。


  ……ああ、ホントにまずい。


  「……逃げよ。」

  「え?ちょっとっ!?」


  次の瞬間、何か言いかけた先輩たちを無視して踵を返すコハクが私の手首を掴んで走り出した。


  コハクに引っ張られる私の背中に、先輩たちの罵声が飛んでくる。その声も遠ざかり、階段を駆け下りる頃にはホームルーム開始のチャイムが鳴り響いた。


  「……っコハク!?」

  「あははっ、あ〜怖かった。」


  言葉とは裏腹に心底楽しげな笑い声をあげるコハクが私の教室の前で私を解放した。


  「大丈夫?」

  「大丈夫って…あんたこそ…」

  「私は強いからヘーキ。」


  私が怪我をしていないことを確認したコハクは悪戯っぽく私に笑いかけてくる。


  「……あんた、なんで二年生の教室なんかに……?」

  「それはこっちの台詞かなぁ…悪巧みしてても、私にはお見通しってことだ。」


  どうやら朝食の時点で私の様子がおかしいことに気づいていたのだろう。それでこっそり後をつけてきたのだろうか。


  「脱走計画なら私たちも混ぜてよね?」

  「ばっ…そんなわけあるか!」


  冗談めかして口にするコハクを小突くと、コハクもあははっと笑って返した。本当に享楽的というかなんというか……この子は接する時間が増える事に当初の印象からかけ離れていく。


  呆れる私は説教のひとつでもしてやろうかと考える。

  後先考えず先輩を投げたりして、後でどんな面倒になるかわかったものではない。

  しかし、とりあえず先に言うことがあるだろう。私はコハクにそれを伝える。


  「……まぁ、助かったよ。ありがとう。」

  「どういたしまして。」


  ふふふっと可愛らしく笑ってみせるコハクに私はなんだか恥ずかしくて顔を逸らす。思わずそっぽを向いた視線の先で、私とこちらに向かってくるマザーとで目が合った。


  「ハルカ。もうホームルームは始まっているわよ?あなたも、自分の教室に戻りなさい。」


  黒衣を纏ったそばかすが印象的な私のマザーの優しげな忠告に、私もコハクも慌てて自分の教室に戻っていく。


  「話は後でね?」


  去り際にそう囁くコハクに私は返事せずに、どうしたものかと思案しながらマザーと共に教室に入った。


  ……本当に、どうしたものかと…




 ※




  午前中の授業をいつも通りこなしていく。マザーの声と、黒板に当たるチョークの音だけが静かな教室に響き渡る。

  いつもは授業内容しか頭にないけど、今日はなんだか身が入らない。二人分のノートをとりながら、空の友人の席を遠目に見つめた。

  いつもはあっという間の授業も、今日はいやに長く感じられた。



  午前中の授業が終わり、十二時--


  一時間の昼休憩の時間になり生徒たちが各々昼食を摂りに教室を出ていく。そんな生徒たちの群れにならって私も教室をあとにした。


  向かったのは寮の食堂ではなく、図書館。


  赤いレンガ造りの建物の中に足を踏み入れる。以前はそれほど頻度高く通っていたわけではないのだが、ここ最近は何かと足を運ぶようになっていた。

  図書館の中はまるで大きな木の中みたいな不思議な雰囲気。今日は曇りだが天気が良かったら小さな窓から差し込む陽光がさらにいい雰囲気にしてくれる。


  「こんにちは、こだまさん。」


  入口でカウンターの向こうに座るこだまさんに会釈する。小さなこだまさんもぺこりと笑顔で会釈を返してくれる。


  「お〜い。」


  本棚に囲まれた空間で、端の方に座ったコハクがこちらに手を降っている。その隣ではシラユキがお昼のサンドウィッチをリスのように頬張っていた。


  「……ごめん。おまたせ。」

  「ハルカ、ドレガイイ?」


  別のテーブルから椅子を引っ張ってくる私にシラユキがフードパックを差し出す。中にはいかにも手作りのサンドウィッチがぎゅうぎゅうに詰められていた。


  「今日移動販売の車来ててさ、買ってきた。」


  コハクの説明を聞きながら私はハムサンドを手に取った。

  寄宿学校には不定期でお弁当や雑貨を販売してくれる移動販売の業者がやってくるらしい。

  らしいというのは、私は利用したことがないから。本当に不定期なので出会えたらラッキーだ。


  …あ、美味し。


  サンドウィッチを頬張りながらそんな小さなラッキーのお零れに頬を緩ませていると、シラユキが早速本題を切り出した。


  「アサ、『ナンバーズ』ニアイニイッタノ?」

  「ん、…コハクに聞いたの?」


  私の向かいに座るコハクがサンドウィッチをかじりながら私を見つめる。


  「…で?クロエ先輩になんの用事だったの?」

  「ヨミノコト?」


  これは誤魔化すのは難しいか…そもそも誤魔化す必要があるのかも分からないけど…

  クロエ先輩にはっきり確認しない事にはと思っていたけれど、肝心のクロエ先輩がいつ戻ってくるのか分からない。


  「…あのね、昨日……」


  私は二人にシオリから聞いた話をすることにした。

  私が切り出す話題にシラユキがじっと食事を止めて私を見つめてくる。その隣でコハクが図書館の入口の方を見て「あっ」と声を漏らす。


  「え?」


  その声に反応して私も振り返る。私は視線の先の映る人影にまた一波乱ありそうだと予感する。

  図書館に入ってくるのは三人組の女生徒。その顔には見覚えがある。というか、今朝会った。

  こちらに向かってくる三人組--今朝私とコハクと揉めた二年生たちが私とコハクを睨みつける。


  「…?」

  「さっき話した、私が投げた人だよ。」

 

  三人組のただならぬ雰囲気にびくつくシラユキの耳元でコハクが小さく囁いた。


  「聞こえてるし。」


  そんなコハクとシラユキを睨みつけて、投げられた張本人の女生徒が刺々しく言い放つ。


  ああ面倒事になる。確実に……


  「あの!さっきは本当にすみま--」


  このままいくと確実にどちらかの手が出ると思い、私は先手を打つ。

  勢いよく立ち上がり今朝の非礼を詫びようと頭を下げた--


  同時に、お腹に伝わる衝撃に私の言葉は途中で途切れ、私は後ろに尻もちをついた。

  私の正面で片足をあげた先輩の姿勢から、どうやらお腹を蹴られたらしいと理解する。そして、それが決定的になった。


  「ハルカ!?」


  私の隣に慌てて寄ってくるシラユキが私の身を案じる。幸い大したことは無いが、彼女らにとってはそれは問題ではない。

  問題なのは私が蹴られたこと--そして相手が関わるべきではない手合いだったこと。


  「ちょっと!」

  「は?なに?先に手ェ出したのそっちだし?」

  「お前のせいでお友達は蹴られたんだよ!」


  先輩を睨みつけるコハクと先輩たちが至近距離で睨み合う。次の瞬間には殴り掛かりそうな両者。

  そんな騒ぎにカウンターの向こうから慌ててこだまさんが駆け寄ってきた。


  ああ、最悪。まさか報復に来るなんて…


  私は自分の軽率さを呪う。ただでさえ学年を跨いでの交流などないのだ。彼女らに先輩の意識などない。


  もしこれでコハクかシラユキが怪我でもさせられたらと私が慌てて立ち上がる。シラユキが心配そうに手伝ってくれるが呑気に起きている場合でもない。


  おでこがくっつきそうなくらい至近距離で睨み合うコハクと先輩たちの間に、小柄なこだまさんが必死に割り込もうと頑張っている。

  そんなこだまさんを押しのけた先輩がコハクの胸ぐらを掴んで乱暴に引っ張り寄せる。


  始まってしまった。手遅れだ。


  私はシラユキを後ろに下げて、一発くらい殴られる覚悟で両者の間に--


  「いやんっ喧嘩はやめて!」


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