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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第1章 夢の世界へ
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第1章 9 白い女の子

  「ヨミ!?」


  派手にみぞおちを殴られ、惨めに足元に転がり落ちてくる私にハルカの声が降り注ぐ。みっともない姿を晒したものだ。


  「……っ」


  見てくれや格好を気にしている場合ではない。


  肋骨何本か持ってかれた……しかも…


  みぞおち辺りにズキンズキンと目が覚めるような激痛が脈打つように広がる。手で痛みの原因である箇所を抑えると、じわじわと生温かい感触が肌に染み込むように伝わってくる。


  私が立ち上がれずに石畳の上を芋虫みたく這いずっていると、私の眼前にこの痴態の元凶が元気よく躍り出てきた。


  憎きピンクうさぎ--


  昨夜と変わらぬ姿--私が昨夜吹き飛ばした顔の上半分はそのままに、胴体に先程空けたふたつの風穴が追加されている。

  下顎から上と、胴体の一部を失いながらも、ピンクうさぎはその挙動に一切のダメージを感じさせない。

  さっきまでゴンドラの中で二枚貝みたく固まっていたとは思えない、陽気さすら感じる軽やかなステップでその巨体を右へ左へ揺らしている。


  --まるで私を挑発するみたいに。


  「……くっそ。」

  「ちょっとヨミ!人に面倒事押し付けといてそのザマはなに!?」


  相変わらず立てずにいる私にハルカの空気の読めない罵声が浴びせられた。

  残念ながら今の私にはその罵声に憎まれ口を返すことも、こちらを挑発するようにタップダンスを踊るうさぎに噛み付く余裕もない。


  うさぎのふわふわの腕から生えた5本の爪。その爪にはべっとりと私の血が付いていた。

  あの凶暴な腕で殴られたからだろう。私は肋骨を折られ、おまけに腹までざっくり切り裂かれた。


  やばい死ぬ……


  この世界では無縁のはずの“死”がすぐそこまで近づいている気配。


  「え?ちょっとヨミ?」


  今だ立てずにいる私の姿にのんびり屋のハルカがようやく事態の深刻さを理解した。


  --この夢の世界でもし、“死ぬ”ようなことがあったら……

  そもそも、肉体のない世界で“死ぬ”ことが出来るのか?

  出来ないのならそれに匹敵する傷を負った時どうなるのか?

  やはり精神に致命的なダメージを負い、廃人のようになるのか?

  ……それとも、二度と目覚めることが出来なくなるのか?


  --私の中に“未知”という恐怖がじわじわと広がっていく。

  私の中の恐怖に共鳴し、夢の世界の“負“の感情、記憶が私の中で増幅していく。


  つまり、それほど私は今追い詰められた。


  --大丈夫だ。私たちは『ダイブ』中常に脳波をチェックされてる……致命的な状態になる前に引き戻されるはず……


  私は気持ちを落ち着かせる為に、言い聞かせるように頭の中で繰り返した。


  …脚に力が入る。


  精神汚染を押し返し、少しだがこの世界での主導権を取り返した。


  --こいつは相当強い。過去一だ。


  「……よし、やるぞ……」

  「ちょっ…大丈夫なの?」


  ねずみを食い止めるハルカが不安げな視線を私の背中に送る。ハルカの方もボロボロだ。何とかねずみを退けてはいるけれど、身体の傷は増えている。


  もう時間かけてられない……


  「どぉぉぉシてぇェェェェ……」


  腹の底に響くような、聞くものの不安を掻き立てるような不愉快な声が鼓膜を震わせた。

  下顎を残すのみのうさぎの喉から、震えるような低い声が私に語りかけてくる。


  「ドォしてぇェェェェ?」


  「……うるさいよ。」


  そろそろ悪夢もうんざりだ。


  私は手の中でウィンチェスターライフルを回しながら、その勢いでレバーを引きコッキングを完了する。手の中で一回転し、正面に銃口が向くと同時に引き金を引いた。


  弾ける肉片。血と臓物がぬいぐるみの殻から吹き出し、石畳と瓦礫の灰色の世界を汚らしく彩る。

 

  「どぉぉォし、シテェ?」


  体に三つ目の風穴を開けられながら、ピンクうさぎは変わらず愉快な挙動でこちらへ向かってきた。


  「ハルカ!!ねずみは任せたからね!」

  「さっき聞いた!早いとこ畳んじゃいな!」


  私もうさぎの方へ突進する。

  石畳を蹴る度右脚から血が吹きこぼれ、これ以上酷使するなと傷口が痛みで警告する。走る振動で腹部から内蔵がこぼれそうな気がして、無意識のうちに左手で強く抑える。


  「ナンデェェェェェェ!!!!!!」


  ふらふらと揺れていた体がピタリと止まり、腕が地面に着くほどうさぎの上体が前に倒れる。

  突進の前傾姿勢。


  「--いい加減……」


  ライフルの銃口が火花を散らす。うさぎの右腕が着弾の衝撃で千切れ飛ぶ。

  ライフルを捨てて、右手を下に向ける。駆ける足下、影の中からぬるりと大型の肉切り包丁が跳び出してくる。


  「しつこいっ!!」


  右腕を吹き飛ばされた反動で大きく後に仰け反ったうさぎが体を戻すと同時、勢いのついた右半身--無くなった右腕の傷口から人間の背骨のような何かが飛び出してくる。


  「ハルカ!!避けろ!!」


  それだけ叫び、私は石畳蹴って跳んだ。足下を背骨の鞭が通過していく。

  ハルカの無事を確認する余裕はない。


  跳び上がり、そのままうさぎの上に落下した私はうさぎの上半身に脚を絡め、しがみつく。私の落下の衝撃にうさぎの上体が後に大きく倒れる。


  「--シャワー浴びさせろォ!!」

 

  右手の肉切り包丁を下顎--その中の剥き出しになった口腔に振り下ろした。

  切れ味の悪い刃の欠けた肉切り包丁が、力任せに肉を切り裂いていく。


  「--うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


  体ごと、全体重を乗せて、私は肉切り包丁を下に引いた。

  切れる--というより、肉が潰れて裂けていくという感触。刃と肉の間に挟まれた綺麗に切れない肉片がミンチになる。

  肉団子になった肉片と血飛沫が、私の顔面にべちゃべちゃと飛び散った。


  「……ァッ」


  頭から股まで、引ききった肉切り包丁は肉片と血で赤くなり、体を乱暴に切り裂かれたピンクうさぎは力なく膝から倒れる。

  体が切り開かれ、中から内蔵や骨が丸見えである。元の体色が分からないほど全身血に濡れている。最も、私も似たようなものだが……


  …まだだ。


  昨夜もここまではいったのだ。でも、こいつは死ななかった。

  目の前、虫の息のうさぎから意識を外さず、後ろを振り返る。案の定、ハルカと対峙するねずみは消えていない。


  トドメを--


  私が包丁を振り上げた瞬間、うさぎが後ろから糸に引っ張られたように上半身を持ち上げた。

  私が切り裂いた傷口--顕になる体内。血泡吹きこぼれるグロテスクな内部から、白い腕が二本伸びてくる。

  腕が二本、血飛沫と共に伸び、その血飛沫が悪いことに私の目に入った。

  偶然の目潰しを食らい、一瞬動きと視界を奪われた私はあっさりと白い腕に捕まった。


  見た目からは想像もつかない剛力。

  締められた首の骨がメキメキと軋み、あっという間にへし折られそうだ。


  ……これ、前と一緒じゃん……


  前回と全く同じ光景にいよいよ醜態どころではない。


  ……まずい、折れる……っ死ぬ……


  夢の中なのに意識が遠のいてきた。私は必死に体を動かそうともがくが、力が入らない。

  胸の中が酷く不快な気分だ。

  まるで胸に穴が空いたみたいに寒くて、寂しい……そして、不安だ。


  精神汚染が進行したのか、私の身体から抵抗する力が抜けていく。


  詰んだ…


  --ぼんやりと薄れ始めた視界を、なにかの影が横切った。


  ……?


  次の瞬間--頭のないうさぎの体が上から叩き潰されるように地面に叩きつけられた。

  私がつけた体の切り傷をなぞるように、巨大な斧の刃がさらにその上から深く--それこそ体を縦に真っ二つにしながら上から下へ叩きつけられる。


  「……げほっ!!」


  左右で二つに引き離されたうさぎの体が自分で自分を支えきれずにうすっぺらな紙切れを立てた時のように石畳に沈んだ。

  白い腕から開放された私は鯉かなにかのように必死に酸素を取り込もうと口をぱくぱく開く。

  血まみれで餌を求める魚のように口を開き地面に転がる姿は間抜けとか醜態とか通り越してただただ不気味だ。


  ……誰?


  酸素が脳に供給され、ようやくまともな思考が追いつき始めた頃、私は視界に映る誰かの脚を辿るように、目線を上にあげた。


  そこには、真っ白な少女が立っていた--

 

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