第5章 3 子供たち
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突然姿を消したヨミとシオリは、翌日の夕方になってようやく寄宿学校の敷居を跨いだ。
ただし、シオリ一人で……
本当にどうして、私の友人たちは面倒事ばかり起こすのだろうか。
正門から入ってくるシオリをマザーと寮監が出迎える。そんな三人を、生徒の野次馬たちが好奇の目で眺めていた。
ヨミの時と違って、入院棟から二人も生徒が抜け出したということもあり、かなり噂になっていた。
「……帰ってきたね。」
「デモ、ヨミイナイヨ?」
学舎の二階の窓からそんな光景を眺める私の隣で、コハクとシラユキが呟いた。
「あの子、ハルカの友達でしょ?ヨミとも仲良いんだ。」
「……知らない。」
コハクに素っ気なく返す私の口から思わずため息が漏れていた。
「ダイジョウブ?」
「友達に不良が二人もいたら気苦労が絶えないね。」
茶化してくるコハクを軽く小突いて私は眉間にしわを寄せる。大丈夫なのか問題なのはあの二人の方だ。
ヨミが前回抜け出した時は『ナンバーズ』のクロエが無理矢理連れ出したらしい。
今回も多分そうなんだろう。じゃなきゃシオリとヨミだけで脱走など不可能だ。
絶対安静の患者を連れ出してしかも一人で帰すなんて信じられない。
「『ナンバーズ』だかなんだか知らないけど…一言言ってやらないと気が済まない。」
「おっ、燃えてるねハルカ。私もついて行っていい?」
「コハク?」
怒りを募らせる私の隣で脳天気なコハクを思わず睨む。私の視線を受けてコハクは両手を挙げた。
「でも、クロエ先輩はまだ戻ってないみたいだね…シオリちゃんも今日はマザーたちに拘束されるだろうし…」
「そうね、うん……」
「ヨミもクロエ先輩と戻ってくるかも…」
コハクの言葉に私ははやる気持ちを抑えた。そうだ。とりあえず今は抑えよう。
「…フタリトモ、ナニシニイッテタンダロ?」
シラユキが首を傾げながら誰にでもなく呟いた。不安げな視線の先では、シオリがマザーたちに連れいてかれている。
「アシタニハカエッテクルカナ?ヨミ……」
「…多分ね。」
シラユキの頭を撫でてやりながら私は無責任な返事をする。
その言葉が実現する気がしないのは、私が心労が溜まっているからだろうか…?
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「……私は花梨を『ナンバーズ』に加えたいと思ってたのよ。」
薄暗い食堂--大きな大理石のダイニングテーブルを囲う“子供たち”を前に、大きなため息を吐いて彼女はそう呟いた。
工藤環--天照学園理事長にして全ての『ナンバーズ』の“マザー”。
食堂の上座でテーブルに並んだ料理に手もつけず、真っ黒な瞳を細めて不満げな態度を見せる“マザー”に、子供たちの空気も重い。
燭台の蝋燭だけが照らす、薄暗い晩餐の席。
居並ぶ七人の子供たち……
環をマザーとする至高の十人。寄宿学校の抱える最高の『ダイバー』たち。
場は、『ナンバーズ』の食卓--
今宵集まった環のとっておきの子供たち。自慢の子供たちを前に母である環は実に不愉快そうだ。
「『サイコダイブ』は許さないと、あれほど言いつけたのに……実。No.05も、あなたがついていながら…」
環の視線が食卓に座る白髪頭の男に向けられた。男は隈の濃い目を伏せてただただ押し黙ることしか出来なかった。
「花梨には『サイコダイブ』してねぇよ…てか、最初からあのアマが取り込んでたんだから、結果は同じだったろ?」
「私が言っているのは言いつけを破った件よ?実。」
環のすぐ目の前に座り、ワインをちびちび飲んでいた俺はすぐに反論した。当然、そんな結果論で今の環が引き下がるはずもない。
「ははっ!01怒られてやんの。ホント、01はマザーの言うこと聞かない悪い子だね。04を01につけたのは間違えだったね。ママ。」
俺の向かいの席でケラケラと一人空気も読まずに腹を抱えて笑う少年--
茶髪の髪は真っ直ぐな毛質でつやつやと輝いており、よく手入れされている。そんな髪をマッシュルームカットにしている彼はいかにもオシャレな大学生といった風情だ。
軽薄そうな言動とは裏腹に目はつり上がった三白眼で人相は極めて悪い。
座高も身長も低く、体は非常に細い。上背はないが細い体と髪型のせいで実際より高くすら見える。
環直轄の『ダイバー』--『ナンバーズ』のその次席。
『ナンバーズ』No.02。
No.02の言動に俺の後ろに立って控えたNo.04が微かに表情に不快さを見せる。普段は感情を出さないNo.04も彼が相手だと話が変わる。そしてそれは他のメンバーも同じだ。
「…02黙れ。今は俺たちが話している。」
斜め前に座るNo.05が窘めるようにNo.02を叱りつける。
軽薄そうな態度からは想像もつかない程冷酷で悪趣味なこの危険人物を環以外この場でよく思っている者はいないだろう。
俺はどうでもいいが…
「…それにNo.09?」
「うん?ナニカナ?マザー。」
環の鋭い視線がNo.09の方に向き、黙々と食事をかきこんでいたNo.09の手が止まった。
「一度ならず二度も寄宿舎の子供たちを連れ出して……その上私の屋敷に連れてくるなんて…」
「いやいやいや!連れ出したのは悪かったって!でも屋敷に連れて来いってのは01の指示だから!あと『サイコダイブ』も01の指示だから!!」
と、フォークを持ったまま手を振り回し必死の弁明と俺への責任転嫁をするNo.09。
その隣に座る灰色の髪を三つ編みハーフアップにした幼女--No.07がNo.09を「めっ」と窘める。
「09姉ちゃん、危ない。」
「09姉ちゃん、食べないの?じゃあ、僕食べていい?」
No.07の向かいの座る小さな少年が、No.09が途中で食べるのをやめた皿の肉をかっさらっていく。
No.07同様の灰色の髪に色素の薄い肌。目にかかるくらいに伸びた前髪の奥に、クリクリした丸い目が覗く。
No.08--No.07と同い歳の双子の兄だ。
「ちょちょいっ、それウチの……」
「09、聞いてるの?」
環の不機嫌そうな声にNo.09もびくりと震えて固まった。その間にNo.08がNo.09の肉を平らげる。
普段手が付けられない問題児のNo.09も流石にご立腹の環の前では大人しい。実に滑稽だ。
環の口ぶりから察して、『量産機』を持ち出したことより、自分の屋敷に許可なく入れたことが不愉快な様子だ。
「全くだね。お前、一体何回問題を起こせば……」
「実。」
余計な口を挟む俺にまた矛先が向く。しかし、環と俺は“対等”だ。
「秋葉は目覚めず、花梨は手に入らず……その上No.10まで戻ってこなくなった。私の息子が一人減ったのよ?」
「知るか。10の穴埋めについては検討中だ。それに何度も言うが、花梨が抜け殻になったのは俺らのせいでは……」
「あ〜、はいはい!!」
俺と環の口論に、元気よくNo.09が手を挙げた。




