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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第5章 おはようの朝はまだ遠くに
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第5章 2 無手の帰還

 

 ※




  車が止まったのはそれから約二十分後だった。

  私たちが車から降りるとそこには、昨日やってきた総合病院が待ち構えていた。


  私の胸中の予感はほぼ的中したようだ。

  私はNo.04に促されて院内に足を踏み入れる。


  --荷物運搬用の大型エレベーターに乗り、地下五階まで降りていく。何もかも昨日と同じ光景。どんどん下へと点灯していく階を示すランプのオレンジの光が私の瞳を照らしている。


  オレンジに照らされた網膜が次に見たのは薄暗い通路。淡々と続く通路に三人の足音が響いていく。


  やがてたどり着く金属の扉を開いた先には、青白い部屋の明かりがあった。


  小さいが最新医療の粋を集めた秘密の寝室のガラスの向こう--こちらを向いた形で拘束された花梨が私たちを出迎えた。


  つまり、何も変わっていなかった。


  昨日と変わらない光景が、ただ淡々と人知れず今日も紡がれている。

  抜け殻のまま生き続ける花梨の姿は、私の無力さをそのまま体現しているかのようにすら感じた。


  「……目、醒めてない。」

  「ん。」


  ぽつりと呟く私の隣でクロエが小さく頷く。彼女の花梨を眺める瞳にはなんの感情の色も見えない。


  「……生命維持に問題はありません。脳波も……ただ、目を醒ましません。『サイコダイブ』自体は成功していますが……」

  「原因は?」


  No.04の説明にクロエが尋ねた。No.04は首をゆっくり横に振る。


  「分かりません。」

  「異常はないけど目は醒さないってことね?」


  つまり打つ手がないということか……私の中に沈殿していた予感は絶望という確かな形として胸中を埋めつくした。


  結局、みんなを巻き込んでここまで来て、私は何を成せたのだろう。


  「……お通夜か。」


  私の隣に並んだクロエが、私の後頭部を勢いよく叩く。結構強めに。視界がぶれるくらい。


  「会えたんしょ?花梨には、夢の中で。とりあえずはさ……」

  「っ!夢の中で会えたってっ、今目を醒ましてないならなんにも……っ。」


  目の前、ガラス越しに眠る花梨を指さし声を荒らげる私の脳裏に、花梨の声が蘇った。


  --私の事、待っててくれる?


  花梨はそう言った。待っててと。


  「……花梨が、戻ってくるまで……」

  「ん?」


  呟いた私にクロエとNo.04が反応する。私はただ一点、花梨を見つめたまま言葉を紡ぐ。

  認めたくなくとも、今できる唯一の事……


  「花梨、言ってた。夢の中で……私の事待っててって……」


  私の呟きにクロエとNo.04が互いに顔を見合わせた。

  私に何を言ってやればいいものかと、思案しているようにも見えた。


  「じゃ、待っててやりなよ。」


  口を開いたのはクロエだった。

  私の肩に手を置いて、静かな声音でそう言った。その声音にはその場の慰めや気休めの色は感じられない。


  クロエは知っているような気がした。もう私たちにできることは無いことを。後はただ待っててあげるしかないことを。いつかは目を醒ます可能性があることを……

 

  『サイコダイブ』は成功し、体に異常はない……それでも花梨は目を醒さない。


  「友達待つのって辛いけどさ…会えた時にあれやこれや言ってやろうって、考えながら待ってたらあっという間だぜ?」


  背中を強く何度も叩くクロエが、今度は気休めのような口調でそう言ってきた。


  気休めだろう……でも、待っててあげるしかできないんだ。


  「……いいのかな、それで……」

  「それもまた、彼女の為では?彼女自身が望んだならば……」


  No.04は俯く私そう告げた。その後に私を勇気づけるように続ける。


  「……夢の中では、嘘はつけませんから…」


  言ってから、出しゃばり過ぎたとでも言うように、無言で彼女は部屋の隅まで下がっていった。

  No.04を見る私の頭をクロエがバシバシ叩く。慰めているつもりなのだろうか?叩かれる度私の頭が激しく上下する。


  「……あの、毎回痛いんだけど?」

 

  ついきつい目でクロエを睨みつけると、彼女は「悪い悪い」と詫びながら、今度は優しく私の頭に手を置いた。

 

  「コーハイが可愛くってなぁ。」

  「……髪型崩れるからそれもやめて。」

  「セットしてねーじゃん?寝癖すげーよ?」


  痛いところをつかれて私はクロエをひっぺがす。

  クロエの不思議な力で空気が和みかけている。花梨の件は今はじたばたしても仕方ないのかもしれない。

  しかし、まだ問題は残っている。


  「……ヨミは?どうしたの?それに、おばさ……、花梨のお母さんは?」

  「橘秋葉も現在花梨と同じ状態です。」

 

  私の問いかけに間髪入れずにNo.04がそう答えてくれた。


  「シオリが目ェ覚ます前にもっかい潜ろうとしたけど弾かれたわ。そもそも、夢を見てないわあれ。」


  と、クロエがお手上げと肩をすくめる。それもまた、花梨をどうすることも出来ない要因のひとつだろう。


  「……ヨミは?」


  私はこの場にいない友人の名を告げて尋ねる。先程はすぐに返答をくれたNo.04は今度は少し躊躇っている様子だ。

  どうやら私の悪い予感はもうひとつ当たりそうだ。


  「……彼女もまだ目覚めません。」

  「脳波も精神パルスも全部アウト。完全に精神汚染で壊された。」


  No.04に続いてクロエが実にあっさりと言ってのける。その他人事のような言い方に思わず頭に血が上る。


  「……っ!」

  「落ち着けっての。」

 

  口をついて出かける言葉がクロエに頭をポンポンと叩かれ呑み込まれた。すぐに冷静さを取り戻し、熱くなった頭を深呼吸で冷却する。


  「……どうしたらいいの?」

  「簡単だろ?花梨と違って原因ははっきりしてんだから。」


  と、クロエはNo.04に目配せする。それに彼女は少しバツの悪そうな表情で視線を逸らした。そんな彼女を無視してクロエは告げる。


  「精神汚染で頭おかしくなってんなら、原因を取り除けばいい。」

  「……潜るの?ヨミの中に?」

 

  あまりに先行きが不安すぎる。

  ヨミに『サイコダイブ』し精神異常を取り除く。そうすればヨミは目を覚まして戻ってくると?


  「……『ダイバー』への『サイコダイブ』……」

  「な?No.04?」


  振り返ってクロエが満面の笑みをNo.04に向ける。にこやかな圧をぶつけられるNo.04は眼鏡の向こうで瞳を逸らした。


  「……それはマザーに訊いてください。」


  二人のやり取りにまたしても不穏な空気を感じつつも、とりあえず光明はあるのかと私の中で一縷の望みが顔を出す。


  「それで、ヨミは今どこに……」

  「それよりだ!」


  No.04の方に向き直る私に後ろからクロエがしなだれかかってきた。また頭をポンポン叩いてくる。


  「とりあえず帰ろーぜ?南青山は今回は諦めよう。いい加減きみら連れて帰らないとマザーに絞られちまうし?」

  「は?」


  脳天気に帰宅を提案するクロエの腕を私は勢いよく払いのける。


  「何言ってんの?ヨミがそんな状態で?帰る?いい加減--」

  「……今は09に従って下さい。」


  後ろから飛んでくる声に私は背後のNo.04を睨んだ。自分でも気が立っているのが分かる。自制しないと手が出そうだ。


  「……なんで?あの子がこんなことになったのは私のせい。このまま帰れるわけ……」

  「今晩にはマザーが帰宅するからです。あなた方が屋敷にいると面倒になります……これは01の意向です。従ってください。」


  物腰は柔らか。しかし有無を言わせない圧に私は一瞬たじろいで言葉に詰まった。

  今まではひたすら温厚で礼儀正しく見えた彼女に、クロエやNo.01同様の『ナンバーズ』の気配を感じ取った。


  「……っ。」

  「心配すんな。ウチらがちゃんとやるから。ウチもさ、ヨミの事はお気に入りだし。」

 

  お気に入り?一体何様だ?


  口から飛び出しかける汚い罵り言葉も頭に置かれるクロエの掌に吸い取られるみたいに消えていく。

  なにか言う気力もなくなってしまって、私はただクロエを睨むしか出来なかった。


  結局私は、何をしに来たんだろう?


  途方もない無力感と徒労感に私は思わず目覚めない親友の顔を見つめた。


  すがるみたいに--ずっと……


  彼女は微笑んではくれなかったけれど……


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