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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第4章 忘れてはいけないもの
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第4章 33 もう嘘つきじゃない

 

  ……攻撃で弱ってる?


  熱された格子は飴細工のように簡単にねじ曲がりそうだ。しかし、今の私にはそこまで行く余力がない。

  それどころか、胴体を血の槍で貫通刺せられたNo.10がしつこく起き上がろうとしている。


  …私、ホント役立たずだ。


  『ナイトメア』に取り込まれたシオリの安否も気になる。熱された鳥かごの中の花梨は平気だろうか?


  私は残った右手を必死に動かそうとするが、指先を微かに動かすだけで精一杯だった。


  そもそも、『動け』という司令を出せない。私の思考も脳の機能も完全に停止していた。

  今の私はただの倒れたカカシだった。

  精神汚染に侵され、チカチカと点滅する意識の中でひたすら同じ光景だけを見せ続けられていた。


  そんな私の背後で、No.10が完全に立ち上がった。

  体を貫通した血の槍を意に介さず、うつ伏せに倒れる私の頭を踏みつけた。

  そのまま、振り上げた両手の剣を私に振り下ろす。


  「っ!?」


  身体を刻まれながらも眼下の光景に気づいたクロエが鋭くNo.10を睨む。

  その眼光はまるで質量を持ったように、圧となってNo.10に襲いかかった。

  No.10の右腕が剣ごと不可視の“圧”に押しつぶさて弾け飛んだ。文字通り眼光だけで…


  しかし、No.10は止まらない。


  残った左手の剣の切っ先が私に触れる。そちらに向かおうとするクロエも、空中で『ナイトメア』に身体を浅く刻まれた。


  剣の切っ先がわたしの背中の肉に浅く突き刺さる--


  トドメの一撃だ。殺される--


  しかし、私にはそんなことを理解することも出来なかった。

  今はただ、私の頭は恐怖と不安、そして遠い過去の傷の痛みに埋め尽くされていた。


  --狙っていた訳では無い。そんな余裕も、小細工を弄する思考も残っていない。


  ただ、本当に偶然--膨れ上がりすぎて飽和していた私の負の感情が、その切っ先からNo.10に伝搬した。


  --No.10に駆け巡る私の感情、私の記憶。


  記憶の持ち主である私だから今まで持ちこたえた。しかしそれはおそらく、『ナンバーズ』の精神を持ってしても“即死級”の精神汚染だったのだろう。


  『ーーーーーーーーーーーーっ!?!!?!!!!?』


  電流のように一瞬で駆け巡った精神汚染は、No.10の思考回路を……その存在すらも容易に焼き尽くした。


  呆然と私が見上げる中、No.10の体が黒炎に包まれて崩壊する。


  ……倒、した?


  No.10の崩壊によって夢の世界にまた亀裂が入った。


  完全に夢の中に取り込まれていた。しかし、私は彼の心を今“壊した”。

  この非常時にいちいち気に病むほど私はいい子でもないし、仮に『ナイトメア』を倒したとして完全に『ナイトメア』として掌握されていた彼が戻ってくるかどうかも怪しかった。

  それでもこんな時だけ、私の精神汚染で生きた心が壊されたという実感がはっきり湧いてくる。その現実だけ正確に理解できた。

 

  「っぐっ!」


  燃え尽きて灰になったNo.10の上に、身体中を刻まれたクロエが落ちてきた。滞空もままならなくなったクロエのダメージは傍から見ても深刻だ。それでも辛うじて夢の世界の主導権はまだ握っている。


  その証拠に、落ちたクロエにトドメを刺さんと振り下ろされた無数の死神の斬撃を、岩盤のドームで何とか防ぐ。


  『ナイトメア』の攻撃は衰えない。目に見えてダメージを受けながら、その一撃は今だ必殺だ。


  「くっそタフすぎ……強ぇわやっぱ…」


  うんざりした声音で、敵への惜しみない賞賛を送るクロエ。その身体中に刻まれた傷は、醜い傷跡を残しながらもみるみるうちに塞がっていく。


  身体から発する電気も、瞬時に治癒する傷も、夢の世界とはいえ『ダイバー』の能力を超えている。

  原理不明の現象は実現不可能だ。イメージで補える範囲には限界がある。精々が物体の物理法則を少しねじ曲げたり、筋力や武器の攻撃力の底上げだ。


  発電器官のない人体から雷レベルの電流、爬虫類並の自己治癒力--

  『ナンバーズ』がイメージで補えるレベルは高すぎる。つくづく、規格外。


  そしてそれは、この“明晰夢”の『ナイトメア』もだ。


  『--ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』


  夢の世界全体を震わせる雄叫びが、しゃがれた女の嘆きのような叫びが木霊する。


  『--渡さない…絶対に…お前たちには…渡さない…ッ!!』


  体が爆ぜ、内蔵を零しながら私たちに呪詛を撒き散らす『ナイトメア』の声は、明らかに意志を持った橘秋葉の声だった。


  『渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さないッ!!』


  電熱で溶解し崩壊しかかった鳥かごを抱き、呪いの言葉を撒き散らす。


  応じるように、夢の世界が揺れ始め、地面がひび割れ地表にあの小人たちが這い出してくる。


  「……まじかよ。」


  流石に余力がないのか、クロエが額に冷や汗を滲ませる。私の方も、動けそうにない。


  夢の世界のダメージも深刻だ。そのはずなのに『ナイトメア』の力は衰えない。


  子を守る母は強い--

 

  クロエの言葉が実感となって湧いてくる。“明晰夢”の中で明確な意志を持った『ナイトメア』の強さは、今までのものとは比較にならない。


  『渡さない渡さない渡さない渡さないわた……ッ!?』


  執念の呪詛を吐き散らす死神が、突然苦しむように胸元を抑え込む。

  巨大な上体をくの字に折り曲げ、苦しげにうめき声を漏らし出す。『ナイトメア』の異変に応じ、這い出て来かけた小人たちも動きが止まった。


  『嘘だ……嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘ッ!!どうして!?!?』


  心臓を締め上げるような絶叫と共に『ナイトメア』が大きく上半身を反らせて天を仰ぐ。


  『どうして……ッ!?どうしてぇぇぇぇぇッ!!』


  『ナイトメア』の長い首が膨れ上がり、被ったフードごと弾け飛んだ。

  透明の顔面と首から、真っ黒な泥のような血液のシャワーが花畑に撒き散らされた。


  『ナイトメア』の体を内側から破裂させ、飛び出してきたのは特徴的な青龍刀の刃。


  真っ黒な血にまみれながら死神の不可視の首を裂き、シオリが外に飛び出した。


  『嘘よ……どうして……?』

  「私はっ!!」


  『ナイトメア』の巨体を沿うように、落下しながらシオリが青龍刀を振り上げた。

  食い止めんと空中のシオリに掴みかかる掌の上を、青龍刀で切り裂きながら滑るように走り、あらん限りで叫ぶ。


  「もうっ!!嘘つきじゃない!!!!」


  『ナイトメア』の下半身--赤く焼けた鳥かごにシオリの刃が叩き込まれた。


  鉄の焼ける音と匂い。飴細工のようにぐにゃりと曲がった格子が、実に呆気なく刃に押し切られた。


  『まなみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!!』


  『ナイトメア』の大絶叫が私たちの鼓膜を激しく叩きつける。

  同時に夢の世界の思念が一瞬にして私の中に流れ込んできた。


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