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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第4章 忘れてはいけないもの
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第4章28 最凶の『ナイトメア』

 

 ※




  『ーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』


  シオリを呑み込んだ死神が不気味な咆哮をあげて世界を揺るがした。

  その咆哮の余波は波紋となって広がり、私とクロエの肌を容赦なく叩きつける。痛みすら感じる空気の振動に、私は思わず片膝をついた。


  そんな私たちの眼前、鳥かごの上から私たちを追って飛び降りる敵が一人--


  赤髪の大柄な青年。両手に握った両刃の西洋剣にはべっとりと私の血がこびりついている。


  「あの人って……」

  「No.10。」


  私の呟きにクロエがそれだけ返した。


  私たちの目の前に立つのは、この世界に取り込まれて戻って来れなくなった『ナンバーズ』--そのNo.10だった。


  「これ、彼は今どういう……」

  「知らね。取り込まれて夢の一部になったか……」


  ゆっくり歩を進めてくるNo.10に、クロエは雷光を拳に纏わせ呟いた。


  「もう戻ってはこれねーな。解放されても廃人だ。何より…」


  勢いよく突っ込んでくるNo.10にクロエは容赦なく拳を振るった。


  「--向かってくる以上敵だ!!容赦しねーよ!!」


  No.10が剣を振り上げる。それがクロエにぶつかるより速く、クロエの右拳がNo.10の横っ面を叩きつけた。

  撒き散らされる電撃。殺しきれない衝撃にNo.10の身体が後方に吹っ飛んでいく。


  「…クロエ先輩。橘秋葉は何故こんなことが可能ですか?」

  「あ?何さこんな時に?」


  と、唐突な私の問いかけにクロエが面食らって訊き返す。

  たしかにこんな時だ。だから私もクロエも足を止めない。


  「こちらの攻撃を無効化したり……他人の精神を取り込んだり…それを扱えたり……これは全部、秋葉の“意思”で行われていることですか?」

  「……。」

  「睡眠状態の“無意識”ではなく、夢を自在に操れる“覚醒”状態……」


  図書館で目にした橘秋葉の記事--そしてクロエの呟き。


  夢の自在な操作--そこに、シラユキの『サイコダイブ』との共通点を見た気がした。


  「これが“明晰夢”の『サイコダイブ』?」


  クロエは私に返さずに拳を振るった。

  土煙と共に飛び出してくるNo.10がその手の剣を振り下ろす。それを無謀にも素手の拳で受け止めて、がら空きの腹部に蹴りを叩き込んだ。


  「--夢を夢だと自覚してっと、その夢を好きなように操作できるってさ!!」


  叫びながらクロエは連続して青い拳を叩き込んでいく。その度空気が激しく揺れて、No.10の身体が弾け飛んでいく。


  吹っ飛んだ先に先回りした私が、隙だらけの背中に肉切り包丁を一閃した。

  が、その一撃は空中で体を翻すNo.10の斬撃に止められた。


  そのまま標的を私に変えて連撃を叩き込むNo.10。

  重い一撃一撃を辛うじて包丁で防ぐが、その度私は無理矢理後退させられる。

  武器の性能の差か、私の肉切り包丁は十発ほど受けた後に粉々に砕け散った。


  丸腰になった私に斬り掛かるNo.10が、横から殴りかかったクロエにこめかみを強打され地面に叩きつけられた。


  直後、私の頭上に影が落ちる。


  「っ!」


  見上げた先、私たち目掛けて巨大な爪を振り下ろす『ナイトメア』の攻撃がすぐそこまで迫っていた。

  私は慌てて地面を転がり、クロエは後ろに跳んで地面を削っていく爪の攻撃を回避する。

  クロエによって叩きつけられたNo.10はそのまま爪に巻き込まれて切り裂かれた。


  しかし、爪が通過した後、何事も無かったかのようにゆっくり立ち上がる彼の体には、巨大な爪痕のひとつも刻まれてはいない。


  ……あの『ナイトメア』の攻撃は効かないのか。まぁ、同じ夢の一部なら当然か。


  今までも『ナイトメア』同士の同士討ちは見たことがない。

  つまり彼は完全に『ナイトメア』として夢の世界に取り込まれてており、それが可能なのが“明晰夢”なのだろう。


  夢を夢だと自覚することで自在に操れる。


  “明晰夢”自体は、誰が見れてもおかしくはない。ただ、クロエがこのことを知っていた点に加え、秋葉がかつて“明晰夢”を利用した精神疾患の治療法を論文で発表していた点……


  もしかして、花梨のお母さんは常に、もしくは望んで“明晰夢”をみることができる?

 

  思考を巡らせてはみたものの、今答えが出るわけでもなく、今考えるべきことでもない。

 

  私はその場に屈んで影に手を入れた。精神汚染の影響でかなり具現を阻害されながら、なんとか肉切り包丁を影から引き出す。


  そのままNo.10に一気に距離を詰めにいく。


  --シオリの安否が気になる…っ!さっさと倒さないと……っ!


  焦る私の目の前で、No.10が大きく西洋剣を振り上げた。

  私を振り払うように目にも止まらない斬撃を自身の周囲に撒き散らす。私は剣の間合いギリギリで立ち止まり大きく後退する。


  その時、視界に巨大な『ナイトメア』が映り込む。


  両腕を広げた『ナイトメア』の手の中に、黒い靄のようなものが立ち込める。

  それはクロエの雷光のように形を成して死神の手に収まった。


  両手に掴まれるのは片手で持てる黒い鎌だ。

  大きく湾曲した刃の鎌が死神の手の中に収まる。まさに鬼に金棒ならぬ死神に鎌だ。


  「止まんな!!」

  「っ!?」


  目の前で凶器を装備した『ナイトメア』を見上げる私の背中にクロエの怒号が轟いた。

 

  瞬間、間合いを詰めてきたNo.10の斬撃が眼前で煌めいた。


  鈍い光が私の視界の端を横切った。直後、やけるような痛みと共に私の視界半分が失われる。


  「--っぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


  斬られた。私の左目。


  視界の左側が暗転し、ズキズキと焼けた棒を押し当てられたような痛みが収まらない。


  --暗転した視界にあの人の顔が浮かび上がる。


  彼女は気にするなと言った。いつかはこうなるんだと。

  言葉ではなく、その姿で--


  私の方を見つめながら無惨に千切れ飛んでいく先輩の、生温かい血と臓物が頭に降り注いだ。


  温かい中身をぶちまけて、先輩の身体が冷たく固くなっていく--私はそれを……


  「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


  もう見たくない。やめて。


  点滅する意識の中で、No.10が大きく剣を振り上げた。

  もうたくさんだ。これ以上見せるな。


  なぜ、精神汚染で私の記憶が抉られるのか分からない。夢の主たる秋葉の思念は流れてこない。

  意図して流していないのだろう。実に不愉快だ。


  私はすんでで剣の一撃を包丁で受け止めた。しかし、もう一方の剣が私の横っ腹を素早く切り裂いた。


  溢れ出る血。溢れ出す熱。


  「--っ!!」


  私の包丁をはじき飛ばしたNo.10が、傷口を狙って蹴り込む。

  紙くずみたいに弾け飛んだ私が、数メートル吹っ飛ばされた。地面に転がる度に傷口から訳の分からない内蔵が飛び出す。


  くそっくそっくそくそくそくそくそくそくそっ!


  倒れ伏す私に追撃をやめないNo.10をクロエが止めた。

  雄叫びと共に雷光を纏った手足で猛激を叩き込む。止まることのない連撃にNo.10も両手の剣で応戦する。

  が、クロエの方が上なのか、一方的にNo.10が押され始める。


  「おらおらおらおらおらおらおらおらおらぁっ!!」


  顎を下から叩き上げ、上から頭に拳を打ち下ろし、側頭部に強烈な回し蹴りを叩き込み、腹を突き、横腹を蹴りつける。

  その全ての攻撃に、身体を焼く電撃が付随する。

  攻撃の僅かな隙に、No.10の剣が一閃される。紙一重で頭を下げてそれを躱すクロエが突き放すようにNo.10の顔面を蹴りつけた。

  飛び蹴りでNo.10を後方に吹っ飛ばし、地面に手をつく。


  「終わり--っ!?」


  手をついた地面が棘の形に盛り上がる。そのままNo.10に発射されるかと思いきや、クロエは反射的に後ろに飛び退いた。


  クロエの居た地面を、死神の鎌が通過した。

  空気を切り裂くような鋭い一撃が空振り、付近に乱立した鳥かごたちを中の囚われ人ごと真っ二つに絶っていく。


  「っ!やっべやっべ!!」


  ここにきて『ナイトメア』が本格的に動き出す。

  振り回される両腕は目で捉えられない速さ。その一撃一撃には、命中すれば即死必至の死神の鎌。


  乱雑に振り回される鎌が地面を切り裂いていく。


  「--避けろ一年!!」

  「……っ無っ理!!」


  視界半分失った私の方にも、斬撃の余波が飛んでくる。

  足下の地面が一瞬の間に細切れになり、逃れるように私たちは後退する。


  その猛攻の雨の中を、No.10が構わず突っ込んでくる。

  鎌が何度も彼の体を切りつけていくが、全くダメージはなく、意に介さず突進するNo.10が私に斬りかかった。


  辛うじて反応、振り下ろされた剣を受け止めるが、それで私の動きは止められた。

  すかさずクロエが岩盤を変形させ、防御壁を私の前に展開するが、次の瞬間には死神の鎌がそれを細切れに粉砕していく。


  頭上から振り下ろされてくる猛攻。そして、私の動きを阻む青年の剣戟。

  続く一太刀を身体を捻ってなんとか躱す。が、突き上げられた彼の膝が私の鼻の頭をへし折った。

  顔を弾き上げられ、息ができないほど鼻血が吹き出す。


  --薄暗い劇場で、スポットライトを浴びるのはあの人の残骸…


  「--っ!!」


  記憶の蓋をこじ開けられ、すっかり忘れていたはずのものを引き出され見せつけられる。

  私は振り払うように肉切り包丁を振り回す。分厚い刃はNo.10の顔面すれすれを通過していく。首を捻ってあっさり避けた攻撃のお返しに、No.10の剣の切っ先が鋭く突き出された。

 

  咄嗟に反応して左半身を後ろに下げた。そこに弾丸のような刺突が突き刺さり、衝撃でまたしても私の身体が飛んでいく。


  危なかった。反応が間に合わなかったら背中まで貫通して心臓を穿たれていた。


  なんてほっとする暇もなく、No.10の追撃と死神の鎌が私に降り注ぐ。


  起き上がるより速く、クロエがNo.10を蹴り飛ばした。同時にクロエの脚のついた地面から大蛇のような蔦が生え出てくる。

  私たちに斬りかかった鎌がその蔦に絡め取られて動きを止めた。


  --今っ!


  私は一気に地面を蹴って駆け出した。『ナイトメア』の懐に。

  が、身も心もボロボロの私の足取りはとてつもなく頼りない。


  すぐに追いついてくるNo.10が、後ろからクロエに殴り飛ばされる。

  それでも踏みとどまりクロエに斬り掛かるNo.10の攻撃をクロエは躱し、同時に夢の世界も操作する。


  私の足下の地面が爆ぜて、私の身体が一気に投げ出された。


  予想外の空中浮遊。『ナイトメア』の鳥かごへ投げ出された私に、蔦を振り払った死神の鎌が斬り掛かる。

  空中ですれすれの位置を鎌が通過していく。空ぶった一撃の余波で私はさらに加速して、そのまま--


  「……ぶつか--っ!」


  眠姫の鳥かごへ、頭から突っ込んだ。


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