表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第4章 忘れてはいけないもの
76/214

第4章 27 抱擁

 

  クロエの拳にぶつかって、白い巨腕がまるでポップコーンのように弾けた。


  花に覆われた大地に黒い血の雨が降り注ぐ。


  「……。」

  「……。」


  あんなに硬かった『ナイトメア』の体がまるで陶器のように簡単に割れた。私もシオリも言葉もなく呆然とそれを眺める。


  『ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』


  右腕が爆ぜた死神がフードの奥で絶叫する。大きく上体を仰け反らせ、後ろに倒れんばかりに痛みに悶えた。

  『ナイトメア』の激しい動きに、鳥かごの中で固定されていない花梨が端まで転がり格子に体を打ち付けた。


  「花梨っ!」

  「一気に行くぜっ!!」


  無防備なままダメージを受ける花梨にシオリが叫ぶが、花梨の身を案じ躊躇している場合では無い。

  クロエの合図に私も一気に地面を蹴った。


  直後、私は目を疑う。


  たった今弾け飛んだ『ナイトメア』の右腕が、もう生えてきて再生している。

  何事も無かったように再び右腕を振り上げる死神に対し、クロエが前に出る。


  「とぅっ!!」


  今度は両の脚が帯電し青白く光り出す。その左脚が大きく上に突き上げられ、右腕の一撃を受け止めた。


  両者の衝突の衝撃に、私もシオリも余波だけで吹っ飛ばされた。

  なんとか受身をとりながらすぐに立ち上がり駆け出す私にクロエが叫ぶ。


  「一年!!さっきのやつ!効いてっぞ!もっかい!!」


  さっきのやつ…私の記憶を押し流したあれだろうか?


  たしかに、どれだけ叩いても反応を見せなかった『ナイトメア』が明らかに私たちに拒絶反応を示した。効果はあるのだ。


  私は意を決して懐に飛び込む。後に続くシオリも鳥かごに手を伸ばした。


  が、私たちは鳥かごの花梨に届くことはなく、鳥かごの手前で大きく盛り上がる岩盤に押し返され、再び宙に投げ出される。


  「……っ!!」


  私たちを遠ざけるように前に突き出した地面を見下ろし、なんとか着地の体制を整える。

  そんな私とシオリが、空中で死神の左手に弾き飛ばされる。


  臓腑がねじれる衝撃と、身体の反対側まで突き抜ける衝撃。

  一瞬意識を飛ばし、私たちは無防備に硬い地面に叩き落とされた。


  全身の骨が軋み、内蔵が傷つき口から血泡がこぼれた。肺の中の空気が絞り出され、縮こまった肺が空気を吸わない。


  「……っしょーがねーなっ!!」


  立ち上がれず芋虫みたいに蠢く私とシオリにクロエが駆け寄った。


  させじと、『ナイトメア』が動く。

 

  先程までの緩慢な動きはどこにもなく、猛獣の爪のように力んで広げられた爪が私とシオリに迫り来る。


  私たちが死神の熊手に引き裂かれるより速く、私たちの元に滑り込んだクロエの手が地面に叩きつけられる。

  乱暴に叩かれた地面がまるで水のように波打ち即席の障壁となった。その壁が死神の手をなんとか受け止めてくれる。


  クロエはのろのろと起き上がる私とシオリを両手で鷲掴みにしたまま、跳んだ。


  「……っ!!」


  ひとっ飛びで四、五十メートルは跳び上がる。地面に落ちたら無事ではない高さだ。

 

  「行ってこい!!」


  ……は?


  両手に持った私たちをクロエは真下にぶん投げた。

  足場のない空中で、五十キロはある私たちを片手で放り投げるその剛力からは、凄まじい運動エネルギーが生じ、私たちはプロ野球選手の剛速球並のスピードで飛んでいく。


  「待て待て待て待て待て待て待てっ!!」


  問題は真下--こちらを見上げる死神の真っ黒な顔があること。


  なんとか滞空できないかとあれこれイメージをこねくり回すが、精神汚染による目まぐるしいトラウマの回想と頭痛でそれどころでは無い。


  フードの奥、伺うことの出来なかった死神の顔は、何も無かった。

  虚空だ。

  夢の世界同様、真っ暗なフードの中には顔などない。まるで透明人間が被っているようにフードが私たちに向かって起き上がり先の見えない深淵を覗かせる。


  私もシオリも各々の得物を構えた。

  落下しながらそれを振りかぶる。それを迎え撃つように、フードの顔がこちらに伸びる。


  「--どきなっ!!」


  直後、私たちの後ろから弾丸のように飛んできたクロエが、私たちを追い越して『ナイトメア』に突っ込んだ。


  そんなクロエの右腕に青い閃光が迸り、形を作る。

  雷光が形を成しクロエの手の中に現れたのは長大な槍だ。

 

  私たちより速く『ナイトメア』に向かって落下するクロエが、その虚空の顔に向かって渾身の力で電撃の槍を振り下ろした。


  その衝撃は空中の私たちはにも伝わり、ビリビリと痺れるような閃光が視界を覆う。衝突によって撒き散らされた雷光が、地面にまで駆け下りて花々の大地を砕きわった。


  『ーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』


  『ナイトメア』の声にならない絶叫が空気を震わせた。

  呼応するようにわたしの中で、意味のわからない不安感が際限なく膨れ上がっていく。

  思わず足がすくみ、手が震え出すような漠然とした恐怖--

  私は広がる精神汚染の絶叫に聞こえないふりをして、そのまま『ナイトメア』の体を駆け下りた。


  落下しながら肉切り包丁を振りかぶり、落下地点--『ナイトメア』の鳥かごに叩き込んだ。


  湾曲したドーム状の鳥かごの天井部分に、私の肉切り包丁が打ち付けられ、激しい金属音が鳴り響く。

  同時に着地し青龍刀を振り下ろしたシオリの打ち鳴らす音と共鳴し、夢の世界が激しく揺れた。


  そのまま私は再び、夢の世界を私で汚す。


  眼下の花梨に向けて、私から包丁へ--包丁から鳥かごの格子へ--格子から花梨へと、私の思念を送り込む。

 

  --強く、強く強く念じる。


  私と繋がった全てと一体になるうよな意識を尖らせ、花梨と出会った日を--花梨の為にここまで来た今日の記憶を--


  「……っ受け取れ!!」


  目や口から血を流しながら私は押し流す。夢の世界の拒絶反応から膨大な精神汚染が返ってくるが、決して手を緩めず……


  夢の世界の空にまた一条、大きなひびが走った。


  「……まじか。」


  空を見上げながらその光景に空に浮かぶクロエが呟いた。その表情は汗を垂らしながらも楽しげに歪んでいる。

  そんなクロエが死神の手に鷲掴みされる。大きな掌にすっぽりと、クロエの身体が収まった。


  「……っクロエ先輩!?」


  私は視界の端の光景に思わずそちらに意識を向けた。

  万が一クロエがやられれば、夢の世界の主導権が秋葉に完全に戻り、私たちの攻撃は効かなくなってしまう。


  「--花梨?」


  私がクロエの方に向かおうかと一瞬逡巡する間に、シオリが鳥かごへの攻撃の手を止めた。


  「……え?」


  動きを止めて呟いたシオリの方に私も振り返った。

  その先で、私は目を見開いた。


  鳥かごの天井--つまり鳥かごの“外”に立つ少女の姿。


  明るい茶色の頭髪を、右側でサイドテールにして纏めている。その目は大きく愛嬌のある顔立ち--


  鳥かごの中に囚われた花梨が、鳥かごの天井に立っていた。


  ……脱出?


  いつの間に目を覚ましたのかと、私が鳥かごの中を見下ろした。そこで異変に気づく。

  鳥かごの中では、今だに意識のない花梨がぐったりと寝そべって囚われていた。


  ……っ偽物?幻覚?


  なんであれ、私たちの目の前の花梨は夢の世界が創り出した紛い物--


  私はすぐに肉切り包丁を構え、こちらを見つめる花梨に攻撃の準備を整える。


  「……花梨。」


  次なる異変は、私の隣で起こっていた。


  私の隣で、ゆっくり花梨に向かって歩き出すシオリの瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれていた。

  シオリは手にした青龍刀を鳥かごの上に落としながら、ゆっくりと花梨の方へ歩を進めていく。


  「……っ!?シオリ!?」


  様子がおかしい。すぐ足下に視線を移せば、その花梨が偽物だと容易に判断がつくのに……

 

  「……花梨、私、私さ…どうしても謝りたくて……」

  「シオリ!!それは違う!!戻れ!」


  腕を掴む私の声も、シオリの耳には入ってこない。シオリと向き合って両手を広げ、シオリを迎え入れるような花梨にシオリは吸い込まれるみたいに寄っていく。


  「シオリ!!」

  「邪魔しないで!!」


  呼びかける私を強引に振り払って、シオリが花梨の方に向かっていく。


  普通じゃない。まさか、精神汚染か?


  私は手の得物を強く握りこんだ。そのまま、鳥かごの天井を蹴り、一気に偽の花梨へ距離を詰める。

  同時に、『ナイトメア』の手を内側から爆ぜさせたクロエが脱出し、一直線にこちらに降りてくる。その拳は青く帯電し、真下の偽物の花梨の頭蓋を叩き割らんと大きく振り上げられた。


  が、両者の攻撃が届くことはなかった。


  私とクロエが花梨の間合いに入った瞬間、『ナイトメア』の胴体から湧き出したなにかが私たちを阻むように落下し、攻撃を受け止めた。


  「っ!?」

  「あ?」


  肩あたりまで伸びた赤毛、深い堀の顔に太い眉は男に精悍な印象を与えている。しかし、その瞳に今は光がない。

  大柄な体を盾に、花梨を守るように私とクロエの攻撃を弾く。その両腕には幅太の西洋剣が一本ずつ握られていた。


  生身で私とクロエの一撃を弾いたその青年は、弾き飛ばされた私にすかさず斬撃を繰り出した。

  筆舌に尽くし難いその一撃は私の上半身を左肩から斜めに斬り下し大きな傷を叩き込んだ。


  「--っ!!」


  ダメージにより増長する精神汚染、その攻撃力--しかし何より驚かされたのは、彼の姿を私は知っていた。


  「……花梨。」


  一方で、シオリを抱きしめるように胸の中に迎えた偽の花梨は、そのままシオリを抱いて鳥かごから浮上する。


  「シオリっ!!」

  「あ?逃がすか--」


  すかさず追いかけようとするクロエの前に躍り出た青年の斬撃がクロエの足下で空を切った。

  間一髪躱したクロエが退る。それを逃がすまいとしつこく追撃する青年に、クロエもとうとう応戦を諦めた。


  「ちっ!!邪魔する気かよおめー!!」


  私を脇に抱き抱えたクロエがそのまま逃げるように鳥かごから飛び降りる。


  待って!シオリが……っ!!


  斬りつけられた痛みで言葉が出ない。わたしは必死に手を伸ばすが、届くはずもなく。


  遥か頭上までシオリを連れて昇っていった花梨が、吸い込まれるように『ナイトメア』のフードの中に入っていく。


  その様はまるで、巨大な口腔内に飲み込まれていくようだった--


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ