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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第4章 忘れてはいけないもの
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第4章 26 全部あげる

 

  その姿は不吉そのものだった。


  地面から這い出た上半身は、黒いローブを羽織った枯れ木のような体躯の白い人型。

  黒いローブから覗く体には乳房があり、その下にはあばら骨が浮き出ている。顔は目深に被ったフードで完全に隠れている。


  垂れ下がった首は異様に長く、人の体から蛇が伸びているようにすら見える。その首から顔はローよフードで隠れ、不気味な様相を醸している。

  両腕も上半身に比べ長く、前回私たちに見せたのがほんの一部だったと知ることが出来る。肩から肘までで上半身とほぼ同じ長さだ。


  最も適切な表現を探すなら、恐らく“死神”が一番しっくりくるだろうか。


  これがこの世界の『ナイトメア』……


  天を衝く巨大な『ナイトメア』を私たちは見上げていた。その姿にクロエすら若干引いていた。

  サイズだけなら今まで戦った『ナイトメア』で最大だ。そして威圧感も--


  顔を出しただけで私の精神に負荷がかかる。

  私の中に思い出したくない光景が次々蘇ってきた。


  廃人と化したあの人--

  あの人と初めて飲んだ酒の味--

  『サイコダイブ』でドジを踏んだ私を笑うあの人--

  あの人が消えた劇場--


  私、先輩のことばっかだ……


  締め付けられる胸の痛みに涙腺まで熱くなる。しかし、今はそんな場合ではなかった。


  上半身だけで見上げる程の巨体の『ナイトメア』が、ゆっくりとその下半身を地面から引き抜いた。


  ゆっくりゆっくりと顔を覗かせる下半身のその異形に私たちは戦慄した。


  分厚い黒のローブをまとった上半身は、胸の下、肋骨あたりから先がなかった。

  本来あるべき下半身の代わりに、姿を現したのは大きな“鳥かご”だった。


  巨大な『ナイトメア』の全容は、地面から生えた鳥かごの上に、ガリガリの死神の上半身が乗っかったような形だった。


  そして、その鳥かごの中--私たちを戦慄させたのは最悪の光景だ。


  巨大な鳥かごの中には、私たちが会いに来た少女が囚われていた。


  「……花梨っ。」


  目を見開くシオリが少女の名を呼んだ。


  少女一人にはあまりにも巨大な鳥かごの中、意識がないのかぐったりと寝そべった花梨がそこにいた。


  その光景に、私たちはやるべきことをはっきりと自覚する。


  「…こいつを倒さないと、花梨は戻ってこない。」


  私は自分の呟きにとてつもない絶望感を覚えた。

  勝てるのか?こいつに……


  今クロエの夢の世界の支配権は秋葉と半々だという。

  そして、私とシオリの攻撃は通らないのだとしたら……


  私が巨大な『ナイトメア』を前に完全に固まっている隣で、シオリが吹っ切れる方が早かった。


  「っ!?」

  「あっ。」

 

  私とクロエを通り越し、弾かれたようにシオリが前に飛び出した。その一歩に迷いはなく、一直線に『ナイトメア』--花梨の方へ駆けていく。


  虚空のフードの向こう側、死神の顔がシオリの方を捉えるように下を向く。


  「--っ花梨!!」


  ゆったりした『ナイトメア』の動きを無視して、シオリが手にした青龍刀で鳥かごを全力で叩く。

  空気を振動させるシオリの渾身の一撃が格子にぶつかり、ここまで痺れるような金属音が伝わってくる。


  鳥かごを……叩く?


  「……っ。」


  異変に気づく私とシオリがその光景に本日何度目かの驚愕に目を見開く。


  「シオリの攻撃が当たった…」

  「今は半分ウチの“領分”だからね。」


  驚きを紡ぐ私にクロエがそう返した。


  「こっちのダメージは通るようになってる……ウチに感謝して!してホラ!」


  と、私に恩着せがましく迫るクロエは、平静を装っているがその表現には隠しきれない苦悶があった。

  額には脂汗が浮かびいつもの不敵な笑みも歪んでいる。


  夢の世界の主導権争い--半分はクロエの世界、ということは半分は押し切られているということだ。

  ただ突っ立っているように見えるが、彼女は今かなり苦しい状況のようだ。半分主導権を維持するだけでもキツそうだ。


  「…クロエ先輩。」

  「あははっ、そんな顔すんなよ後輩。ウチの世界に塗り替えるにはウチの“心”を流し込むからね。やな事色々思い出して苦しいだけだし…」


  と、気丈にクロエは笑った。

  嫌なことを思い出す--トラウマを抉るのは夢の世界では直接致命傷にもなりうる。


  それより、世界を塗り替えるには、“心”を流し込むとクロエは言った。

 

  それは、自分の感情や思念を夢の世界に流し伝えるということだろうか……


  ……私がシラユキの夢の世界や、この前の秋葉の『サイコダイブ』でできたみたいな……


  「クロエ先輩、私--」

  「いい、それよりあんまもたん。さっさと倒して。」


  私の提案をクロエは切り出す前に却下した。そして、シオリの方を指さす。


  「シオリっちひとりじゃきつい。子どもを守ろうとするお母さんは強いからさ…」


  クロエの言葉に、なにかを返すより先に私は走り出していた。


  私の向かう先では、シオリが一心不乱に青龍刀を鳥かごに叩きつけている。その度甲高い衝突の音と余波が私の肌をビリビリと叩いていく。

  自分の体--その一部である鳥かごを猛打するシオリに対し、『ナイトメア』はそんな彼女をただ眺めるだけで動じない。


  ダメージがない?触れられても効かないっていうの?


  胸中を占める嫌な予感を振り払って私は駆ける。

  今はクロエを信じる。そして、どうであろうとあの『ナイトメア』を倒さなければならない。


  シオリをただ見つめる『ナイトメア』は、彼女ではなく駆け寄る私に反応を示した。


  『ナイトメア』の右腕がゆっくりと持ち上がった。赤黒い爪の先が私に向けられた。


  あの時、羽虫の如く蹴散らされたトラウマと無力化が、不安を増長させながら胸の中で膨れ上がる。


  「っ!!」


  それを振り払い、なんとか私は大きく前に、『ナイトメア』の懐に飛び込んだ。

 

  シオリに並び立つように鳥かごまでたどり着き、手にした肉切り包丁を全力で振り下ろす。

  歪んだ刃と鳥かごの格子が火花が散るほど激しくぶつかり、私の手に痺れるような衝撃が伝搬する。


  --硬っ!!


  ファーストコンタクトの印象はそれだけだった。

  しかし、触れた。この世界で初めて攻撃が触れたのだ。

 

  私は包丁を格子の隙間に差し込んで、その柄を強く握った。


  クロエの言葉を頼りに、私は記憶の奥底の底から、残すことなく花梨との出会いの記憶を思い出す。

  振り絞った記憶の全て--取るに足らない数分の記憶をそのまま押し出すように放出する。


  「--全部っ…あなたにあげるっ!!」


  出来ているのか分からない。

  シラユキの『サイコダイブ』で初めてできたあの感覚を頼りに私はそれを鳥かごに叩き込んだ。


  冷たい格子のその奥の--花梨に向けて。


  『ーーーーーーーーーーーーッ!!!!』


  私の頭上で、なにかを拒絶するように『ナイトメア』の頭が跳ね上がった。


  直後、私の頭に頭蓋を割るような激痛が走った。

  同時に、痛みとともに私の心の奥底もこじ開けられる。底の底--最奥に忘れるように封じ込めた心を抉る情景がフラッシュバックする。


  --目の前でバラバラに千切れるあの人が…


  「--っ!!」


  私を拒絶するような精神汚染。刹那の記憶の再生に私は立っていることもできなくなり膝をついた。


  ふつふつと心の深淵から湧き出る感情。とうに過去のものになったはずの恐怖と後悔の胸の痛み。

  まるで水死体のように泥沼から浮かび上がるそれが、私の身体にダメージとしてフィードバックした。


  私の目と耳、鼻と口--穴という穴からどろりとした血が垂れ流される。生暖かい感触が肌を伝い、頭の痛みと相まって酷く私に訴える。過去の自分を責め立てる。


  「ヨミ--っ!?」


  倒れた私にシオリが近づき、介抱するように抱き抱えた。その直後、敵前で晒した隙を見逃さない夢の世界が牙を剥く。


  私とシオリの身体が見えない衝撃に叩かれた。

  『ナイトメア』の懐から一気に弾き出され宙を舞う二人に、巨腕が襲いかかった。


  眼前迫る掌。背面は地面。潰されれば、手と地面のサンドウィッチで間違いなくぺしゃんこだ。


  「っ!?」


  私はシオリだけでも逃がそうと、私を抱き抱えるシオリを空中で振りほどき押し出した。

  手を伸ばすシオリの目の前で、地面に落下した私に死のスタンプが迫る。

  が、直前で私を守るように展開されたのは岩石でできた即席のかまくら。

  岩のドームが私を手から守り、派手に砕け散る。


  「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


  すぐに脱出する私と入れ替わり、クロエが弾丸のように前に出た。

 

  振るうのは丸出しの拳。その拳には、青白い電流が迸っていた。

 

  ……なに、あれ?


  あれも『ナンバーズ』の力なのか?

  クロエは迷うことも躊躇うことも無く、帯電する拳骨を巨腕に叩き込んだ。


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