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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第4章 忘れてはいけないもの
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第4章 25 鳥かご

 

 ※




  もう勝負どころの話じゃない。


  夢の主の心象風景であるはずの夢の世界は、乙女の夢を具現化したような花と青空に包まれ、荒野の悪夢は見る影もなく霧散していた。


  足元には花。降り注ぐ太陽の光は暖かく、地面で蔦と花に覆われた小人たちはなんだかちょっとオシャレなオブジェだ。


  「……えぇ。」

  「いよしっ!少しは静かになったっしょ!」


  もはや引いている私とシオリにクロエはニカッと笑いかけた。


  「えと……何を?」

  「ん?ウチの心をそのまま上書きした。」


  尋ねる私にクロエは実に簡潔にこの現象を説明する。簡潔すぎて、もうよく分からない。


  へー、そんなことができるんですねー。なんて、間抜けな感想しか出てこない。

 

  さて、クロエがすごいのはよく分かった。無傷でたった一人で完封してしまった。

  問題は……


  「……それで?花梨は?どこ?」


  足下の花を踏み散らかしクロエに詰め寄るシオリに、クロエはちょっとだけショックそうだ。だって自分の精神を足蹴にされているのだから。


  「ん〜、今この世界の主導権はウチだから……うち以外の“余所者”を弾き出せば、戻ってくんじゃね?」


  と、疑問形で可能性のありそうな推測を立てるクロエ。


  「……可能ですか?」

  「やってみるわ。ただ、きみらも弾かれるけど……」

  「弾かれるというのは、夢から追い出されるということですか?」

  「ん、強制的に『ダイブ』から戻るからちと危なめ?やる?」


  私とクロエの間にシオリが体ごと入ってきて訴える。


  「……お願い。」

 

  シオリの懇願にクロエも快く承諾した。


  「オッケー、ちと集中するわ。」


  目を閉じて地面に手を当てたクロエが意識を夢の世界--自らの深層に向ける。

  深い集中に呼応するように、ゆったりと流れていた空の雲が風に乗ってぐんぐん進み出す。まるで早送りの映像を見ているみたいだ。


  流れていく雲が徐々に大きくなっていく。はじめは青空に少しかかる程度だった雲が、少しづつだがまた分厚くなっていっている。


  「……まじか。」


  と、地面に手をついたクロエが苦々しい声で呟いた。

  それと同時に、夢の世界で複数の異変が起きる。

 

  分厚く広がる雲が青空を覆い尽くし、灰色の空に大きなひびが一本走った。

  夢の世界がダメージを受けた証--灰色の空がクロエのものか、秋葉のものか私には判断がつかない。


  そして、異変は上から足下へ--

  地響きと共に小刻みに花の大地が揺れ始める。所々でひび割れ盛り上がる岩盤を突き破り何かが飛び出した。


  その光景に私は大きなショックと衝撃を覚えた。


  地面から飛び出したのは鳥かご。

  鉄杭によって創られた即席の鳥かごの中に、誰かが鎖に繋がれ拘束されていた。


  見覚えのない少女だ。年齢は私たちと大差ない。そして、私やシオリと同じ制服を身にまとっている。

  意識のない少女の両腕は手枷に捕まり、鳥かごの格子に繋がれた鎖によって両腕を吊り上げられるような格好で囚われている。


  「……これって。」


  目の前の目まぐるしい変化、そしてその異様にシオリが息を飲んでクロエに近寄る。が、そんなシオリをクロエが無言のまま手で振り払う。

  彼女は今だに集中し、地面に手をつけたままだ。


  一つ目の鳥かごの出現を皮切りに、地面を割って鳥かごが次々に出現し始める。


  鳥かごの中にはやはり誰かが囚われていて、それはみな私たちと同じ寄宿学校の制服を身につけている。


  「……この子ら、この夢に潜った子達だ。」


  と、鳥かごの中を見つめるシオリが戦慄する。

  寄宿学校の制服で、夢の中に顕現する彼女らはみな、私たちより前にこの世界に潜り、“壊された”子たちだった。


  「っ!」


  連なる鳥かごの向こう側--その鳥かごに囚われた少女の姿に私は表情が引きつった。


  銀色の髪に浅黒い肌--


  「……アスカ先輩。」


  この世界に壊された全ての『ダイバー』たちが、鳥かごに囚われている。


  「……ごちゃごちゃしててわかんねぇ。色んな奴の思念が流れてくる…こいつ一体何人取り込んでんだ?」


  額に玉のような汗を滲ませクロエが呻いた。


  それと同時に、私たちの網膜を青白い火花が焼いた。


  「熱っ!!」


  火花の出処は地面だ。クロエがついていた手が地面から迸る青い閃光に弾かれた。掌を焼く熱にクロエが反射的に手を引っ込めた。

  その手は真っ赤に爛れていて、あの一瞬で大火傷を負わされたようだ。


  「痛ででででででででっ!」

  「クロエ先輩!?」


  熱がって手を振り回すクロエだが、見たところ精神汚染のダメージは無い。


  「…クロエ、これはクロエが?」


  じたばた暴れ回るクロエにシオリが鳥かごを指さしながら尋ねる。


  「う〜ん…ウチが弄ったから出てきたってカンジ?」


  クロエ自身よく分かってない雰囲気だが、クロエが部外者を弾こうとした結果の変化であることは間違いなさそうだ。


  現状をそのまま捉えると、彼らを救出するには鳥かごから解放するのが早そうだ。その後なら、クロエが夢の世界から弾き出せるのではないか?


  しかし、肝心な人物の姿は鳥かごの中になかった。


  「……花梨は?この世界に取り込まれてるなら、鳥かごに閉じ込められてるんじゃ…?」


  私は辺りを見回すが、見知った彼女の姿はどこにもなかった。


  「あ〜あ。とっととケリをつけたかったけど、やっぱ簡単じゃねぇなぁ『明晰夢』。」


  クロエは面倒くさそうに声をあげて、力強く両手を地面に叩きつけた。


  「やっぱボスを叩くのが一番早そうだわ!覚悟決めろよ〜っ!」

  「ボス……?」


  クロエの不穏な言葉に私の脳裏にあのトラウマが蘇った。


  「精神世界の主導権取られたっぽい。今半々。だからちゃちゃっとやっけつけた方が早いって!」


  そう早口で説明したクロエが、「うおりゃぁぁぁぁぁっ!!」と絶叫しながら地面に当てた手を持ち上げた。

  まるでなにかを引っ張りあげるように……


  大地が揺れて、鳥かご達を押しのけるように盛り上がったのはその直後だった。


  山のように盛り上がる赤い大地から花々がこぼれ落ちていく。ひび割れながらなにかに下から持ち上げられていくような岩盤はまるで津波だ。


  揺れる大地の余波はこちらにまで伝わり、私たちはその場でバランスを崩して倒れていた。


  私は直感する。--“奴”が来ると…


  私たちを虫けらのように蹴散らした、あの『ナイトメア』が--


  私の予感はすぐに現実のものとなり、具現化する。


  地表を割り周囲の岩盤を火山弾のように撒き散らしながらそれは姿を現した。


  巨大な腕が地面にしがみつくように這い上がる。

  あの時はその両腕しか拝むことの出来なかったそれの姿が、私たちの目の前に全容を晒した--


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