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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第4章 忘れてはいけないもの
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第4章 24 『ナンバーズ』のクロエ

 

  ……死んだ。


  確信した。次の瞬間には、私の顔面はこの冷たい鉄杭に貫かれて終わるのだろう。


  目を閉じることすら忘れ、凝縮されて停滞する時間の中でそれをただ見つめて待っている。


  「……?」


  しかし、一向にその瞬間は訪れない。


  目を見開く私の眼前で、ピタリと停止した鉄杭は、あとほんの数ミリで私を殺せるというところで、微動だにせず止まっていた。


  「……え?」

  「ぼさっとすんなっ!」


  次の瞬間、私は襟を掴まれて後ろに乱暴に放り投げられていた。

  赤く硬い地面を転がる私が、シオリに並ぶように尻もちをつく。

 

  その視界の先で、私を放ったのがクロエだと理解した。

  いつの間にか鉄杭から脱出し--しかも全くの無傷のクロエが、停止した鉄杭の前で仁王立ちしている。


  いつの間に……?ていうかどうやって?


  私たちが呆然として間抜けにも座り込んでいる間に、状態は動く。


  クロエを中心に、円を描くように等間隔で地面が盛り上がる。クロエを取り囲んだ形で伸びる鉄杭が頂上で曲がり結ばった。


  ……鳥かご!


  脱出不可の鉄の檻だ。そして、その中に囚われたアスカの最期は、今だに目に焼き付いている。


  何もできやしないのに私は地面を蹴っていた。


  ……あれだっ!私からの精神干渉っ!私に触れた岩が砕けた“あれ”をもう一度…っ


  手を伸ばしながら鳥かごに駆け寄る私に、後ろからシオリが何かを叫んだ。

  同時に、前に駆ける私を迎え撃つように岩の波が地面からせり出した。


  こちらが止まっても間に合わない。私は横っ跳びに回避する。

  が、それを追うように蛇の如く先端をこちらに曲げた岩の剣がさらに迫る。


  「……っ!!」


  無駄と知りながら私は肉切り包丁を盾に構える。そんな頼りない守りに岩の切っ先が突っ込んできた。

  しかし、その先端が私を貫くことはなく、私に触れる直前でひび割れ砕け散った。


  「……ッ!?」

  「ヨミっ!」


  またしても直前の死を回避した私は、すぐにシオリに押し倒された。

  その真横に、空から鉄杭の雨が降り注いだ。


  「これが『明晰夢』の世界かぁ……確かに、“環境”そのものが敵ってのは珍しいかな…」


  などと、いつの間にか鳥かごから脱しているクロエが私たちの隣で呟いていた。

 

  先程から何が起きているのか理解が追いつかず、呆然とかかしになっているだけの私とシオリ。


  そんな私たちを串刺しにせんと、灰色の空から鉄杭の豪雨が襲いかかる。


  「……っ!?」

  「なっ!」


  これは避けられない。視界内の範囲全てを埋め尽くす鉄の雨は、私たちを見事にミンチにしてくれるだろう。


  だが、私は動かなかった。

  予感があったから……私は棒立ちのクロエを見上げた。


  私たちの頭上スレスレまでに迫った鉄杭たちは、私たちの頭を貫く前に砂のように空気に溶けていく。


  「……っ」


  目の前の光景にシオリが息を飲んだ。


  間違えない。夢の世界の攻撃が無効化されている。

  そして原因は--


  「すっげ……雨が降ろうと槍が降ろうとの槍じゃん。」


  ボケっと空を見上げるクロエを圧死させんと、盛り上がった地面が一直線に迫ってきた。


  「……むんっ!」


  可愛らしい気合いを入れるクロエが地面を強く踏んだ。応じるようにクロエの足下の地面が盛り上がり、即席の盾を完成させる。

  突っ込んできた地面のスタンプが、岩盤の盾と衝突し、互いに砕け散った。


  「……っクロエ?クロエ!?これ、あなたがやってるの!?」

  「ん〜?」


  尻もちをついたまま興奮気味にクロエを見上げるシオリにクロエが得意げに笑った。


  「ウチはなぁ、夢の世界を自在に掌握できるのだよ?これが『ナンバーズ』さっ!!」


  親指で自分を指さしながら声高に言うクロエに私もシオリも目を丸くして固まった。


  夢の世界を自在に掌握?


  「つまり〜……」


  と、クロエがパチンと指を鳴らす。軽やかな音に誘われて、乾いた赤い地面から色とりどりの花々が咲き誇り始める。


  「……え?」


  私たちが呆然とそれを見つめる前で、クロエの周りからどんどん花畑が広がっていく。


  「ハッハッハっ!!ウチの世界に塗り替えてやる!」


  無味乾燥な赤い荒野に花々が咲き乱れていく。明らかに、夢の主の心象の変化では無い。

  クロエによって、夢の世界が書き換えられていく--


  「そんな…」

  「うそ…」


  不可能だ。そんなこと、できた試しがないし、やろうと試みたことすらない。


  夢の世界は無意識の精神世界。意図して変えることなど本人にすら不可能だ。

  可能だということは、クロエの精神への介入はそれ程深くまで入り込んでいるのだ。

  元の精神を塗り替えるほどに……


  それが一体、夢の主の精神、人格にどれ程の影響を与えるのか--

  そんな想像をするよりも、クロエが自分の世界を広げていく方が早い。


  「『ナンバーズ』が潜った夢はその『ナンバーズ』が支配権をもぎ取れるのさ!みんなできるよ。」


  と、なんでもない事だと、言葉とは反対に自慢げにクロエは胸を張って説明する。余程私たちの反応が小気味良かったのだろう。

  実際、同じ『ダイバー』だからこそ、その規格外さが伝わった。


  『サイコダイブ』において『ナンバーズ』はもう、戦う必要もないのだろう。


  そんなことを思ってその性能に戦慄していたのもつかの間、色彩豊かな花園が再び赤い大地に覆われた。

  花々を呑み込むように、粘土のようにうねる地面が反転して赤い岩盤を露出させる。


  「ぬなっ!?」


  再び殺風景な心象風景に置き換わっていく光景にクロエが悔しそうに悲鳴をあげる。

  そんなクロエを嘲笑うかのように、これ以上の横暴は許さぬと花々がクロエの方まで押し戻されていく。


  「ちっ……強いな。」


  夢の世界の主導権争い--とでもいうのだろうか?押し戻された花畑にクロエが舌打ちをする。


  同時、赤い地面が爆ぜ、硬い岩から何かが這い出してきた。


  --小人だ。


  大きさは私の膝くらいで、立派は口髭を蓄えた小人の群れだ。

  各々の手には斧やピッケルが握られており、頭には三角帽子を被っている。一人ひとりが赤や青や緑といった薄い服を纏っている。

  その姿は、パッと見で絵本に出てくるドワーフを連想させた。


  「……出た。」

  「お決まりの雑魚兵だな!」


  青龍刀を構えて警戒するシオリを押しのけクロエが前に出た。


  素手でドワーフの群れに臆することなく突っ込んでいくクロエに、小人たちは容赦なくその手の得物を振りかぶった。


  しかし、その凶刃がクロエに触れることはなく、すんでのところでドワーフごと霧のように霧散する。


  「……すごい。」


  私は素直に感嘆した。『ナイトメア』ですら、クロエには攻撃すら出来ない。

  原理は分からないが、夢の世界の一部である『ナイトメア』を、強制的に消去しているのだろうか?


  しかし間に合わない。

  次々に湧いて出てくる『ナイトメア』は既に目算で百は超えていた。フィールドが広い分その出現に際限がない。


  クロエの死角に回り込んでくる小人たちが、一斉に攻撃を仕掛けてくる。


  私はシオリと共にその間に突っ込んでいた。

  クロエの背後を守るように各々得物を振るう。が、やはり私たちの攻撃は小人たちに触れることは無かった。


  小人たちの斧やピッケルが私とシオリの身体を抉る。その衝撃はとても園児より小さい体躯から繰り出されたものとは思えない。


  「おぉいっ!?無茶すんなよ?」


  血を吐きながらクロエにぶつかる私たちを、振り返る彼女が抱きとめて止めてくれた。

  私たちを受け止めて両手が塞がるクロエに、好機と一斉に小人たちが仕掛ける。


  しかし、クロエに隙など無かった。というか、彼女は端から戦ってなどいない。ただ突っ立ているだけ--そこに存在しているだけで敵が消えていく。両手に花だろうが約立たずのかかしだろうが問題ではない。


  しかし、小人たちも馬鹿ではなかった。


  彼らはクロエに近づくことなく距離を置いた。

  直後、私とシオリの脚に地面から生えだした蔦が絡みつく。


  こんな土地に植物!?


  死角からの攻撃にびっくり仰天するが、ここは夢の世界、常識で考えても意味は無い。


  私とシオリはクロエから引き離され、宙高くに釣り上げられた。


  「ありゃ、油断した。」

  「クロエ!後ろ……っ!!」


  と、能天気なクロエに逆さ吊りのシオリが叫ぶ。

  クロエの背後、距離を取った小人たちが手の得物を一斉に投げた。

  回転しながら投擲される武器たちはクロエの背中に迫る。が--


  っ……違う!こっちだ!!


  不自然な軌道でクロエを避けていく武器たちの狙いが、捕まった私たちだとすぐ気づく。


  --目の前で仲間を殺す。

  なんとも姑息--否、精神世界において最善の攻撃。まるでに夢の持ち主が“狙ってやっている”ように感じてゾッとする。


  --これが『明晰夢』の世界かぁ……


  私は先程のクロエの呟きをふと思い出し、ぞっと背筋が凍った。

  そんな悪寒を噛み締める間もなく、私の眼前に再び死が迫る。


  --しかし遅い。

  夢の世界で圧倒的な実力を誇るクロエに、その程度の小細工では動揺すら誘えなかった。

  クロエの意思か、目の前で急に軌道の変わる武器たちが、私たちの脚に絡まった蔦を断ち切った。


  「げっ!」

  「うべっ!」


  蔦から解放され地面に落下する私たちが情けない悲鳴をあげる。

  その一瞬の間に、蔦を断ち切った武器たちがブーメランのように小人たちに帰っていく。

  当然、それはクロエの反撃であり、小人たちは受け止めることすら出来ず各々の得物に貫かれ、切り裂かれ--塵となって消えていく。


  ……強い。というか、『ダイバー』としての基本性能が違いすぎる。


  今のところ約立たずは私たちの方だ。というか、クロエが一緒じゃなかったら多分今まで生き残れていない。


  なんとかなるのかもしれない--


  花梨を取り戻す為の具体案すら浮かばない状況で、私は希望を抱いた。

  そんな希望に応じるようにクロエが動いた。


  「も〜鬱陶しいって!!」


  苛立たしげに叫ぶクロエが大きく地面を踏み砕いた。

  細い脚からは想像も出来ない地面への衝撃。砕けた地盤から衝撃波が波紋のように空に拡散していく。


  私たちの元にもその衝撃が届いた。それと同時に私の中に一瞬--本当に一瞬、刹那の間に何かが湧き上がった。


  それは、嫌悪感だ。

  形容しがたい、憎しみにも近い、そんな胸の底で燻る負の感情……

  しかも、それは明確に“自分”に向けられたものであると、私には分かった。

 

  私のものとして、入り込んできた他者の感情だから、理解できた。


  明らかな精神汚染。しかし、ほぼ害のない刹那の感情の逆流。そして、それが誰のものなのかも、容易に察することができた。


  この場で今最も活発に暴れ回っているのは一人だ…


  感情の波と共に広がった衝撃波は、すぐに形となって夢の世界に影響を与えた。

  --それも、圧倒的に。


  衝撃の波紋と共に、クロエを中心に再び花が咲き乱れる。

  しかも、先程とは比べ物にならないスピードと規模だ。


  赤い地面はその本来の地表を覗かせることを許さず、そこから這い出る小人たちも、その途中で花と蔦に阻まれてまるで置物のように固まった。

  それは空にまで及び、重く深く頭上にのしかかっていた灰色の雲が、一瞬のうちに散っていく。


  --空は青空を覗かせ、地には花が咲き乱れる。


  最悪の悪夢は、一瞬でクロエに“塗りつぶされて”いた。


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