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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第4章 忘れてはいけないもの
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第4章 23 油断

 

 ※




  --目を覚ますとそこは、赤い土と曇り空の荒野だった。


  「……。」


  なんの覚悟も決める間も与えられず、私たちは再びこの悪夢に放り込まれていた。

  完全な敗北を喫したこの悪夢に、なんの策も備えもなく……


  「〜っの野郎っ!!メシに薬盛りやがった!!」


  呆然とする私の後ろでそんな怒号が聞こえてきて振り返る。そこでは顔を真っ赤にしたクロエが怒り狂いながら地団駄を踏んでいた。


  やはり食事に睡眠薬か何かが盛られていたようだ。No.01がNo.04に何か指示しているのを思い出した。


  ……それにしてもクロエにまで?仲間なのに……


  天を仰いで「バカヤロー!!」と叫びをあげるクロエが何も無い荒野を走り回る。なにしてるんだろうこの人……


  私は突然の『サイコダイブ』に自分の容態を確認する。

  前回のような吐き気はない。今のところ精神汚染の兆しもないようだ。今回は前回よりはスムーズに潜れたらしい。


  不安なのは前回の『ダイブ』から目覚めてまだ一日ということ。私の精神状態はまともに戦える状態なのだろうか?


  と、どこかへ走り去ってしまうクロエを遠目に眺めていると、背後の地面が盛り上がってきた。

  段々人型を成す赤い地面が、卵の殻みたいに割れて、中からシオリが吐き出された。


   「っシオリ!」


  私に遅れて潜ってきたシオリに私は駆け寄った。

  私の腕の中に抱かれたシオリはうなされてるみたいに眉間に皺を寄せ険しい表情だ。


  「……っ。」

  「シオリ?平気?」


  ゆっくり目を開けるシオリに声をかける。ようやく意識が夢に馴染んだシオリが私の腕からゆっくりと逃れるように起き上がる。


  「……平気。」

  「…前回の夢だ。」

  「分かってる。」


  私に短く返すシオリが周囲を見回す。やはり何度見ても何も無い荒野だ。


  「……クロエは?」


  と、周囲を見渡すシオリが私に尋ねた。


  「一緒に潜ってきたよ。ただ、どっか行っちゃった。」

  「どっかって……」


  早くも統率の取れない問題児に二人して頭を抱える。しかし、今はそんな場合では無い。


  「…やり方はともかく、目的はこれで果たせる。問題は……」

  「花梨をどうやって引きずり出すか…」


  シオリが言葉にする最大の問題点に私も答えが出ない。


  『夢の世界から花梨を取り戻す』と言っても、どうしたら夢の世界から引きはがせるのだろうか?


  「花梨の精神はこの世界と一体化してるってこと…?だとしたら……」


  だとしたら、何とかなるのかもしれない。私はそんな無責任な言葉をすんでで呑み込んだ。


  精神を引き剥がす--言葉にすると、シラユキの『サイコダイブ』と非情に似通って思えた。


  あの時は、シラユキの中に定着した“誰か”の精神を引き剥がした…という理解でいいのだろうか?

  あの時の『サイコダイブ』自体、そもそも精神異常の原因の『ナイトメア』がおかしかった。

  シラユキの中にいながら、シラユキから独立した自我を確立しているように見えた。

  もしかしたらあの『ナイトメア』も、シラユキに“取り込まれた”状態だったのではないのか?


  今の花梨の状態は分からないけれど、もし、秋葉の精神に花梨が定着--寄生している状態なら、同じことをすれば引き剥がせるのでは?


  ……などと憶測が頭を巡るが、全く根拠も何も無い私の想像だ。


  「……だとしたら、何?」

  「いや、なんでも……」

  「おーーーーいっ!!」


  シオリの問いかけに咄嗟に誤魔化そうとする私の耳に、遠くから間抜けな声が飛んできた。


  「……今の。」

  「クロエ先輩だ。」


  「おーーーーいっ!!助けてーーーーっ!!」


  かなり遠方から、一人走り出したはずのクロエの間抜けなSOSが私たちの鼓膜を激しくノックする。本当にあの人は一体何をやっているのだろう?


  「……どうする?」

  「え?行く以外の選択肢が?」


  見捨てるという方向性を暗に支持するシオリに驚きを返しつつ、私は声の方に歩き出す。シオリも気乗りしなさそうに着いてきた。


  仮にも『ナンバーズ』。こんなところで間抜けにやられてもらっても困る。彼女は今回の切り札だ。


  助けを呼ぶ声はさほど深刻に聞こえない。何があったかは知らないが、早々に救出し打開策を--


  「おーーいっ!助けてーっ!!」


  しばらく歩いた先--だだっ広い荒野に付き立った鉄杭に貫かれたクロエが、空を仰ぎながら叫んでいた。


  地面から伸びた鉄杭は背中からクロエを串刺しにして腹部を貫通していた。

  見事に串刺しにされたクロエは天を仰ぎながら逃れようと必死にもがく。その姿はブラックジョークの効いた海外アニメのようで非常にシュールだ。


  いや笑い事ではない。


  「……っえ?い…痛くないの?」


  人間焼き鳥状態のクロエに顔面真っ青なシオリが震えながら問いかける。

  現実ならもちろん、夢の世界でも致命傷だ。


  「痛てぇよ!だから助けてって!いきなし生えてきてよー!」


  と、全く痛くなさそうなクロエが訴える。この人はもしかしてどんな状況でも能天気でいられる能力者か何か?


  「……えっと。」


  あまりの事態についていけずシオリは私に助けを求める。なんてことだ。


  前回の例を鑑みるに、この世界に対する物理的な干渉は全て無効化される。

  前回腕を串刺しにされた私は自分の腕を切り落として脱した。しかしこの場合は……


  「……先輩、どうにもならないです。」

  「おおいっ!?諦めんなよ!いいのかそれで?」

  「先輩こそいいんですか?『ナンバーズ』がこんな醜態晒して…あなたエリート『ダイバー』ですよね?」


  クロエにありったけの嫌味をぶつけながら、影に手を入れる私は頭の中で練ったイメージを具現化した。


  手に握られているのは肉切り包丁。


  すっかりお馴染みの愛刀を、私はダメもとで鉄杭にぶつけてみた。


  結果はお察し--包丁の分厚い刃は鉄杭に触れることも叶わず消失した。


  「……やっぱり無理ね。身体をふたつに割るしかない。」


  青龍刀を持ち出したシオリがそんな物騒な提案をする。今度はクロエの顔がみるみる青ざめていく。


  「待て待て待て待て待て、いくら現実でないといえそれはダメっしょ?有り得なくね?出来んの?そんなことが?」


  本気か冗談か、シオリの青龍刀が天高く掲げられる。

  もはや救出しようとしているのかトドメを刺しに行っているのか分からない絵面だ。


  「ねぇ、私たちこんなことしてる場合じゃないんだ。」

  「てめッ!?目の前で先輩が串刺しで『こんなこと』だとぉ!?」


  クロエが私の発言に激しく突っ込んだ。その間も、青龍刀を掲げたシオリが今か今かと機会を伺う。


  --油断していた。

  突然クロエの身に降りかかった悲劇と、それに対するクロエのリアクションに。

  本来なら、油断など許されない状況下で、気が緩んでいたのだ。確実に--


  全員じゃない…私と、シオリだけ--


  「っ!避けろ!!」

  「え?」


  緩んだ空気の中でクロエが唐突に叫んだ。その声に固まるシオリに、クロエが鋭いガンを飛ばす。


  射殺さんばかりの鋭い視線にシオリがたじろいだ。冗談が過ぎたか--?


  そんな杞憂も、次の瞬間後方に弾け飛ぶシオリの姿に消し飛んだ。

  --私たちの中を蝕んでいた“緩み”と共に。


  シオリが吹っ飛ばされた直後、シオリの立っていた場所の地面が爆ぜ、無数の鉄杭がそそり立つ。


  「っ!?」


  なんの前触れもなく始まった攻撃と同時に、私の中に悪寒と不安、そして吐き気が同時に広がった。


  「……っ!?うっ……っ!」


  身に覚えのある感覚と、忘れていたかのように爆発する不安感と緊張感。本来覚えるべき感覚の到来に、私の先程までの緩みきった安心感にすら似た感覚は跡形もなく消えていた。


  ……まさかっ。


  正常な自分の感覚が戻り、今更ながら、既に汚染されていたと気づく。

  あの“緩み”すら、精神汚染によって引き起こされた“異常”だった。


  考えてみれば普段の私ならありえない。『サイコダイブ』中にまるで漫才でも見るかのような感覚で、クロエやシオリのやり取りを眺めているなんて--


  忘れた訳では無いだろう!ここがどういう世界なのかを!!


  「あんたも!」

  「っ!?」


  それでも--それでもまだ緩んでいたか?あるいは、完全に動揺して思考が停止していたか?


  クロエの声に私は振り返った。

  目の前、迫る鉄杭の切っ先を避けるにはあまりにも反応が遅すぎた--


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