第4章 21 決断
「こっちの野郎は俺らの兄弟…俺ら『ナンバーズ』の末席だ。“10”とでも呼んでくれ。」
No.01は秋葉の隣に寝かされた少年の寝台の足を蹴る。
「もっとも、このアマの夢に潜って戻ってこなくなったとんだ約立たずだが…」
さらりと口にしたその一言に、私とシオリが凍りつく。
--『ナンバーズ』が戻ってこられない夢…
私はあの夢の世界を思い返して気分が悪くなってきた。そして、この先の展開も何となく…最悪の形で想像した。
「…彼女は、花梨のお母さんは今…?」
「眠ってる。夢を見てるんだよ。」
震えるシオリの声にNo.01は見ればわかる答えを返す。
--ここにいるぞ?
No.01の言葉の意味をようやく理解する。つまり、今目の前で眠っている秋葉の中に花梨はいる…ここにいるという訳だ。
「…彼は?どうなってるの?」
「あ?彼?…ああ、10はもうダメだ。死んだようなもんだろ。」
私の問いかけにNo.01は至極どうでも良さそうに吐き捨てた。実際、どうでも良いのだろう。
仮にも兄弟と呼んだ同じ『ナンバーズ』に対してすらこの態度だ。やはり私の抱いた彼への印象は正しいものだったのかもしれない。
「……花梨は、この人の中に…?どうやったら目を覚ますの?」
シオリの縋るような声にNo.01はなんだか鬱陶しそうに説明を始めた。
「--さっき言った通りだ。花梨はこいつの夢に閉じ込められた。ので、それを取り返すためにお前らもこいつも潜ったんだよ。」
こいつ--と言ってNo.01はNo.10の寝台の足を再び蹴った。
「…取り返す?」
「そう、だからお前らが花梨に会いたいなら自分らでそうすればいい…それだけの話だ。」
シオリに返すNo.01の話は飛躍しすぎて、かつ必要な情報が飛び飛び過ぎて混乱がより強くなる。
「…なんであなた達が花梨を取り返す必要が…?そもそも、なぜ花梨のお母さんはそんなことを?花梨は結局どういう状態なの?」
「あ〜うるせぇ。」
矢継ぎ早に疑問を飛ばす私にNo.01はやめろやめろと、手を払って私たちを遠ざける。
それでも私は食い下がる。知らなければいけないことが多すぎる。
「…私達も花梨のお母さんに潜った時戻ってこられなかったらしい…花梨も同じ状態なの?」
「…さぁな。」
しかし、No.01はこれ以上私たちに説明をする気はないようだ。
「このアマの夢の中で何があったのかは知らん。だからなぜ花梨が目を覚まさんのかも知らん。が、原因が『サイコダイブ』であるのなら、潜って対処する他ない。」
「…私たちに潜れって言うんだ。」
シオリの声にNo.01は「はっ」と憎たらしく鼻で笑った。
「お前らその為に来たんだろうが?」
No.01が私たちの後ろ--部屋の隅に佇むクロエに視線を向ける。
ここまで沈黙を守ってきたクロエはここでようやくバツが悪そうに私たちの視線から逃れるように移動し始める。
「ウチ、そんなことは言ってない…」
「連れてきたのはてめぇだろうが。」
と、逃げるクロエにNo.01の叱責が飛んだ。それに対してクロエもすかさず反撃に移った。
「花梨の件で頭抱えてたのはあんたじゃん!聞いたぞ?No.03から…今回の件は独断でマザーの了承得てないって…」
「別に頭抱えてねぇよ。なんで俺がいちいち環のお伺いをたてなきゃならねぇ?」
唐突に始まった『ナンバーズ』の口論に私たちは置いてけぼりだ。それに対して、シオリが大声で割って入る。
「分かった!!」
今まで聞いたことないようなシオリの怒号に私とクロエもびっくりして肩が飛び跳ねた。
「私が潜って花梨を連れ戻す……そしたら花梨は目を覚ますんでしょ?」
No.01を睨みつけるシオリに、彼もまた可笑しそうに顔を歪めて返す。
「さぁな。目ェ覚ますんじゃね?」
その言動にシオリの顔が紅潮し、どんどん目付きが鋭くなっていく。彼女のストレスも限界だ。
そのストレスも全て、花梨を想うが故であろう……であれば、この展開も必然なのかもしれない。
「……嘘だったら許さない。」
「別に結構だが…お前ら、一度あのアマの夢に潜ってコテンパンにやられたそうだな?威勢がいいのは大いに結構…後は結果を出せるかだ…」
煽るように大仰に両手を広げて「どうなんだ?」と問いかけるジェスチャーをしてみせる。
突っつけば爆発する破裂寸前の風船状態のシオリが、ここにきて言葉を詰まらせた。
--それ程、秋葉の夢は凶悪だった。
一気にしおらしくなってしまうシオリに「ふむ」とNo.01は満足気に頷き、視線を部屋の隅っこで彼に舌を出すクロエに向けた。
「心配いらん。今回は頼もしい先輩も一緒だ。」
No.01の目配せに、クロエが目ん玉を飛び出さん勢いでひん剥いて声をあげる。
「……ウチ?」
実に弱々しい悲しげな声にもNo.01は非情に言い放つ。
「お前でダメなら08に行かせるが……お前はそんなことさせないよな?」
どういう意味があるやり取りなのかは分からないが、その一言でクロエは苦々しい表情で押し黙った。
「……で?」
と、最後にNo.01はその蛇のような眼光を私に向けた。
シオリ、クロエと『ダイブ』が決まり、この場で最も“部外者”である私に全員の視線が集まった。
--確かに、友人のシオリや『ナンバーズ』のクロエに比べて私のここに居る意味はあまりにも薄い。
花梨とはたった一度会話を交わしただけの間柄--それも本当にただの偶然だ。
きっとここで辞退しても誰も何も言わなかっただろう……
しかし、ならば私はそもそもここに来ていなかった。
「……行くよ。私も。」
No.01の無言の問いかけに私は間髪入れずに返していた。
それに対してシオリが後ろでなにかを言いかけたが私は無視する。
--なんせ私は、まるで漫画の主人公のような、考えなしのバカだから……
※
私たちが通されたのは食堂だった。
軽く片側に十人は座れそうな大理石のテーブルには、見たことも聞いたこともないような名前の料理がこれでもかと敷き詰められた。
席に着いたのは私、シオリ、クロエのたった三人--
とても三人で消化しきれる量では無い料理を前に、固まる私とシオリをよそにクロエが満面の笑みで両手を合わせた。
「いただきま〜すっ。」
『……いただきます。』
クロエに合わせて私とシオリも両手を合わせた。
「--まずは飯だ。」と、私たちをこの食堂に詰め込んだNo.01は、いくつかNo.04に指示を出した後にどこかへ消えてしまった。
彼も同席するのだろうか?と、内心ひやひやした私だったが、彼が消えて運ばれてきた料理を前にしたら、そんな杞憂は吹っ飛んでいた。
むしろ今は、これ五分の一も食べれないどうしようという不安と焦りでいっぱいだ。
料理を運んできた給仕係たちと一緒に入ってきてわざわざ料理の説明をしてくれたコックさんに申し訳ない。
……というかここはホテルのレストランかなにかか?この屋敷にはコックまでいるの?
ますますよく分からない理事長の素性に戦慄しながら私は料理を口に運んだ。
……美味かった。
長年狭い寄宿学校で生きてきた私に言えたのは精々それくらいの感想だ。
口に運んだのは鴨肉の何とからしいが、とにかく美味かった。あと柔らかい。
「……ヨミ。」
夢中でかぶりつくクロエをよそにシオリが料理に控えめに手をつけながら私に声をかけた。
「……どうしてあなたまで潜る必要があるの?」
「…ん?」
「……ここまで付き合ってもらっただけで、充分感謝してる。」
シオリは本心から私の身を案じ、また巻き込んだことに対して申し訳なさを覚えて私にそう言った。
少なくとも私にはそう見えた。
「……ここまで来たから、でいいんじゃない?」
私は至極単純な答えをシオリに返した。というか、本当にそれくらいしか論理的な意味はなかった。
折角来たから…それだけだ。
「……ありがとう。」
消え入りそうな小さな囁き声でシオリはそう私に言った。
ひどく小さな声だったけれど、私には確かに届いた。




