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夜の帳が降りる頃に  作者: 白米おしょう
第1章 夢の世界へ
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第1章 7 『サイコダイブ』

 

 ※



  --深く深く、引き込まれるように沈んで行った先……


  「……」


  目を開いた私の視界には、昨夜と同じ光景が広がっていた。


  誰もいない遊園地--


  大きな観覧車にうねるジェットコースター、くるくる回るメリーゴーランドに楽しげなBGM。

  昨夜同様の夢の世界が眼前に広がる。音も、匂いも、風の冷たさも…

  体は置いてきたはずなのに、全て本物のように感じることが出来る。

  色も匂いも音も味も感触も--痛みも全て、本物なのだ。

  たとえ、ここで何を感じ、体がどうなろうも現実に一切物理的な影響がないとしても…


  「……空が。」


  吹き抜ける風の温度がやけに冷たく感じ私は頭上を見上げた。


  昨夜はあれほど晴れ渡っていた空が、今夜はどんよりと曇っていた。

  清々しい青空はどこへやら、今の空は夢の持ち主の心境でも表しているのか鉛のように重い灰色の雲に覆われていた。


  ……昨夜あれだけ痛めつけたんだ。相手の方だって、全く影響が無いわけじゃないはず……


  夢の世界のダメージは、肉体には一切還元されない。

  この世界には体は連れては来れない。唯一持ってきたのは“心”だけだ。

  もしダメージを受けるとしたなら、精神的なものとして還元される。


  今の私たちは剥き出しの精神。


  今朝、やけにカリカリしてしまっていたのは、もしかしたら昨夜のうさぎにやられたダメージが精神に影響を与えていたのかもしれない。

  そしてそれは、相手も同じこと…

  自分の中に無理矢理入り込まれて、なおかつ中途半端に殴られたのでは、相手の方の精神にも少なくないダメージが残ったはず。


  心理状態と夢の中情景がリンクするのかは知らないけど…

  少なくとも今晩は曇天のようだ。恐らく青空は拝めまい。


  昨晩と全く同じはずの遊園地も、どんよりとした空模様に引きずられるように心なしか寂れて悲しげな雰囲気を漂わせている。


  「……ハルカは、もう潜ったかな?」


  辺りを見回しても私以外の気配はない。


  『サイコダイブ』は一人の夢の中に複数人潜ることが出来る。

  しかし、必ずしも一緒にという訳では無い。夢の中にもキャパシティはある。一度に大勢は受け止めきれず、吐き出す--つまり弾かれることもある。


  「……昨夜よりも深く潜ってるから、弾かれてるのかもね…」


  私は自分の足元の影からにょきにょきと生え出てくるウィンチェスターライフルを右手でしっかりキャッチし、レバーを引き何時でも撃てるように備える。


  モタモタしている時間も惜しい。


  私はメインストリートの石畳を足早に踏みながら、どんどん奥に進んでいく。

  ハルカともう一人はそのうち合流するだろう。


  曇天の下、無人の遊園地をクラシックなライフル片手に学生服姿の少女が歩く。

  人気なのい遊園地は人に忘れ去られ、荒廃したような印象で、そんな中を歩く私はさながらゾンビパニック映画の主人公のようだ。


  そんな私の横を、騒がしい音楽と共に愉快なパレードが通過していく。

  電飾に彩られ煌びやかに輝く大きなフロート車の上では、コミカルな仕草でマスコットたちが愛らしく手を振っている。

  まるで歓声に応えているようなマスコット達は、無人のメインストリートをゆっくりと前進していく。


  そんなパレードがすれ違った時、私の中にズキンと、鈍い痛みのようなものが走る。

  肉体的なものでは無い。胸の奥にズンとのしかかるような痛み。

  それと同時に、酷く悲しい憂鬱な気分、そして狂いそうなほどの空腹が実感として私の中を駆け抜ける。


  --これは私の感情(もの)じゃない。


  より深く潜ったからだろう。

  夢の主の感情が私の方へ逆流している。これが進行すると、私と夢の世界の自我の境界線がぼやけ、やがて戻ってこられなくなる。


  つまり、精神汚染だ。


  私は気を強く持つ。


  --これは私じゃない。私のじゃない…



  --どれくらい進んだだろう。

 深度を下げると夢の世界が大きく変わることもあるけれど、この世界の場合、風景は大して変わらず広さが増している。


  歩いても歩いても、奥に見える観覧車までたどり着かない。


  ……埒が明かないな。


  もしかしたらこの夢には距離や限界の概念がないのかもしれない。風景はどこまで行っても風景で、最奥には決してたどり着けない。


  あるいは、それだけこの夢の主は私たちを拒絶しているか…


  「……っと」


  なんて、索敵しながら二十分程も歩いた時、足元の石畳からずぶずぶと何かが湧き出してくる。

  水面に浮かぶ泡のように、丸い何かがゆっくりと浮き上がり、石畳の上に躍り出る。


  ねずみだ--


  眼前、のっそりと這い出してきたのは数十匹の白いねずみの大軍。

  親玉であるうさぎとは打って変わって非常にリアリティのある白いねずみたち--ただ、昨晩と違うのはそのサイズ。

  一体一体が子犬程もある。

  やはり深度が下がれば下がるほど、“敵“もより強力になる傾向にある。

  誰だって、心の奥底は覗かれたくないものだろうから…


  「…おじゃま虫が出てきたってことは、近いかな…」


  敵からの攻撃が始まったということは、それ以上は立ち入られないようにという抵抗--拒絶反応が起き始めたということだろう。


  私が敵の数と配置を確認し1歩下がったと同時に、私の視界が急にブレた。


  「……っ」


  見ると、私が後退した時下げた左足がまるで沼にハマったかのように石畳に沈み込み、どんどん呑み込まれていく。


  --ここは相手の夢の世界。

  私たちは招かれざる客だ。世界の主導権はあちらにある。この世界の持ち主が、これ以上踏み入るとこを許さないのだ。


  バランスを崩した無防備な私にねずみの群れが一斉に飛びかかる。

  黄ばんだ歯を剥き出しに、私の首を噛み千切らんと--


  「っ!!」

 

  私は咄嗟に構えたライフルを、目の前まで迫っていたねずみの口腔内に突っ込んだ。

  そのまま引き金を引き、ねずみの頭を吹っ飛ばす。反動で大きく仰け反りながらレバーを引き下げ次弾を装填する。レバーアクションに応じて、ライフルが空の薬莢を吐き出し石畳に落ちた薬莢が軽やかな音色を奏でる。


  ライフルの反動で仰け反り、天を仰ぐ私の視界をねずみの体が横切る。

  私に飛びかかってきて、私が仰け反ったことで的を外したねずみがそのままの勢いで飛んできたのだ。


  極限の集中力--スローに映る世界。


  私は仰け反った体制のまま、ほとんど後ろに倒れながらライフルを真上に突き上げる。銃身に身体を突き上げられたねずみが「ギュッ!?」と間抜けな悲鳴をあげる中、私は容赦なく引き金を引く。

  ねずみの体が弾け飛び内蔵が飛び散る。


  鮮血と臓物のシャワーを浴びながら私は背中から倒れる。

  地面を背に仰向けに寝転がる私に上から次々にねずみが襲いかかる。

  素早いレバーアクションで次の弾を送り込み、眼前数センチに迫ったねずみの頭を弾き飛ばす。

  すぐさま横に転がり、目の前で頭を失った同胞の身体を後ろから真っ二つに切り裂くねずみの爪を回避。派手に石畳が砕けた。


  ……ようやく足抜けた!


  転がりながらも次の弾をリロードし、狙いを外し私を見失ったおバカなねずみの頭を吹っ飛ばす。

  すぐに左手を石畳につき、片腕の力だけで大きく跳び上がる。

  現実ではありえない筋力。片手による跳躍で地上数メートルまで体が浮き上がる。

  そのまま空中で身体をねじって回転。神がかり的な動きで軌道修正し、ねずみたちの背後をとった。


  あとはひたすら撃つだけだ。


  1発撃ってレバーを下げ、再び撃って次の弾を送り込み--


  血に飢えたネズミどもを全て駆逐するのにおよそ十五秒。

  頭を撃ち抜かれたねずみたちが次々に倒れ伏していく。


  しかし、ここは夢の世界--


  「キリがないな…」


  仕留めても仕留めても、次のねずみが地面から這い出てくる。

  私は一匹一匹仕留めながら、後ろ走りで後退していく。


  --ゴンッ


  後退しながら、つまり奥へ進みながらねずみを駆逐していく私の耳に遠くからそんな重い音が響いてくる。

  何か重量のあるものが支えを失った合図--

  直後、地鳴りのような衝撃と轟音が石畳を伝って私の身体を震わせた。


  なに?


  音の方へ一瞬振り返る私。

  そんな私の隙を見逃さず、ねずみの一匹が私に上からのしかかるように襲いかかる。

  私の背中に覆い被さるねずみの牙が、私の肩に無理矢理ねじ込まれる。ギザギザした黄ばんだ牙が私の肉を乱暴に裂き、溢れ出る血を美味そうに啜る。


  「あぐっ……!!」


  痛みにあえぐ私の身体の--右脚に肩と同様の痛みが走る。身体の神経が、敵からの攻撃を痛みとして知らせる。この目で確認せずとも、私の右脚がどういう状況かその痛みだけで把握出来る。


  しかし、そんな場合ではなかった。


  私はライフルの銃床で右脚にかじりついたねずみの頭を叩き割り、そのまま肩に食らいつくねずみの頭も吹っ飛ばした。


  その間も、地鳴りのような轟音と揺れが私の方へ近づいている。


  「……あれ、背景じゃなかったんだ。」


  私の背後--遥か後方から遊園地を揺らしながら接近してくるのは、巨大な観覧車だった。

  主軸から外れた車輪状のフレームが、そのまま立った状態でゴロゴロと猛スピードで私の方へ突っ込んできていた。

  あんなものに巻き込まれた日には、私は石畳の赤い染みにされてしまうだろう。


  さらに追いすがるねずみを、ライフルでぶん殴り、私はメインストリートから横っ跳びに脇の茂みに逃げ込んだ。


  直後、殺戮の車輪と化した観覧車がねずみ達を轢き殺すながら、遊園地の入口ゲートまで突っ込んだ。

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